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「高所恐怖症ではありません、下さえ見なければいいのです」

 街の門前らしき場所に黒竜がスムーズに降り立った頃には、私はノワールに対する評価を180°変えていた。


「ノワール! ありがとう! あなたは素晴らしいわ!」


 ランス隊長の手を借り地上に立った私は、感激のままノワールの首に抱きついた。キュゥゥ、とノワールは鳴いて、私の顔をベロンベロン舐め回した。アヒャヒャヒャ、と笑ってしまったが私はもうこの子のことを怖いとか不気味とか思えなくなっていた。行き過ぎた親愛の表現すら愛おしい。

 ごめんねマツダさん、イグちゃんのこと毛嫌いしてて。ひょっとしたらイグちゃんもめちゃくちゃかわいい子だったのかも知れないね。私は同じアパートの上階に住んでいた劇団員に内心で詫びた。今さらの詫びだけど。


「珍しいな、ノワールがこんなになつくのは」


 ランス隊長がカノン様に手を貸しながら穏やかに言った。彼曰く、ノワールは気性が荒く気位が高く、世話役の隊員の手を焼かせるタイプの竜なんだそうだ。


「昔気質の、竜らしい竜でな。相棒以外に心を許さない奴なんだが」


 ランス隊長は言外に、ノワールは俺にはオープンハート的なノロケをぶっこんできた。……何コレ私ひょっとして嫉妬されてる?

 地上に降りたカノン様は隊長と竜に礼を言うのもそこそこにふらふらとした足取りで門前の木陰に向かい、屈み込んだ。


「え……カノン様?」


 私は慌ててカノン様を追った。ランス隊長は放っといてやれ、と言ったが、そんなわけにいかないじゃないか。


「カノン様、大丈夫ですか? 乗り物酔いですか?」


 竜が果たして乗り物かどうかの議論は後に譲るが、ノワールはこの上もなく安定した運転(?)をしてくれたと思う。揺れなんて殆んどなかったし、急にスピードを上げたり急ブレーキかけたりもせず、酔う要素なんて全くなかったと言っていい。でも、どんな安全運転だって酔う人は酔う。体質ばかりはどうしようもない。

 屈み込み、浅い呼吸を繰り返すカノン様に私は言った。


「気持ち悪かったら我慢しないで吐いちゃった方がいいですよ。あ、あと呼吸のコントロール気をつけてね」


 またしても過呼吸気味になっているカノン様の背を撫で――あぁそうだ、と思いつく。


「そうだ、レイキしてみましょか。乗り物酔いにも効くかしらん……?」


 レイキ発動の手筈を整える私にカノン様は、どうぞお構いなく、といつもの文言。私はそれを黙殺し、カノン・オラクル・ラディウスにチューニングしたレイキを発動させた。


「カノンよ、お前さんは相変わらずだな」


 ランス隊長が呆れたような口調で言った。


「ミオ、そんなにしてやることはないぞ。魔法がもったいない。この坊ちゃんはただの高所恐怖症だ。竜酔いですらない」


「魔法じゃなくてレイキですから」


 私はカノン・オラクル・ラディウスへのレイキはそのままに、ランス隊長に一応ツッコんでおいた。この世界にレイキの概念はないようだが、魔法使いにおける魔力切れ的なモノはレイキにはないので、もったいないとかそういう気は使わなくてもいいのだ。むしろガンガン使ってけ、それがレイキスタイルってか?

 ノワールもとてとてと歩いてやってきて、キュゥゥ? とカノン様を覗き込んでいる。ギョロッとした金の目はどことなく心配そうにも見えた。ええ子やんノワール、見た目で敬遠してすまんかった。

 ノワールはキュウキュウ鳴きながら、屈み込むカノン様の髪をはむはむしている。彼なりにカノン様を案じているのかな、と思ったら、何とも健気だ。




 日本ではイマイチ効いてるのか効いてないのかわからんぞ、って評価をほしいままにしてきたレイキだが、異世界へ来てからというものレイキのこうかはばつぐんだ!

 発動後、ものの数分でカノン様は完全復活。レイキは乗り物酔いにも効くようだ。竜が乗り物か否かについての議論は以下略。


「ミオ殿、感謝致します。れいきとやらは本当に素晴らしいものですね」


 カノン様は私に一礼し、次いで黒竜に微笑みかけ、


「ノワール殿、もう大丈夫ですよ。……いえ、貴方のせいではないのですからお気になさらず」


ノワールがキュイキュイ言ってるのが何だか相槌みたいでおかしい。黒竜とハイプリーストとで会話が成立してるようにも見える。

 カノン様は立ち上がり、ランス隊長を見上げて若干すねたような口調で、


「ランス殿、以前も申し上げましたが私は高所恐怖症などではありません。下さえ見なければいいのですから。えぇ、怖くなどありません、ただ少々苦手なだけです」


 いやそれを世間じゃ高所恐怖症と呼ぶんやで、というツッコミは自重しておいた。私とランス隊長とで目と目で通じ合い同じ意識を共有してみたりはしたけれど。


「お前さんは竜騎士にはなれんな」


「元より目指してもおりません」


 隊長殿と神託の主のこんなやりとりに思わず笑ってしまったが、ひとしきり笑ってから、はたと思い至る。


「カノン様、私を迎えに来るの竜で来たらよかったんじゃないですか?」


 こう言っちゃ何だが、竜は究極の時短ツールだ。大分前に駐屯地を出発したヨロイー’sを途中で抜き去り、彼らはまだ到着していない。体力温存という面でもずば抜けている。重装備の鎧騎士団が足場の悪い山道をえっちらおっちら踏破する旨味は? 山下りから7日もかかった行軍の意味は? ――正直、とんでもない無駄だと思う、色んな意味で。

 それが仮に、指揮官の私情……高所恐怖症だから竜はイヤよ~ん、という極めて私的な思惑からもたらされたものだったとしたら?


 体張る下っ端騎士達はいい面の皮だ。いちばん大変な思いをするのはいつだって現場の人達。そういうのは私、大嫌いだし許せない。

 という気迫が表に出ていたか、とりなすように言明したのはランス隊長だった。


「ミオの言うことはもっともだが、遺跡の山は竜が近づきたがらんのだ」


「遺跡の山……ランス殿、ベルク・ルイーネとお呼びなさいと――」


「ユタ民には昔から遺跡の山は遺跡の山だ。中央の連中が何と呼ぼうとな」


 ランス隊長はカノン様をぴしゃりとやり込め、私に向き直り、


「ルイーネ山は昔からいわく付きの場所でな。地元民は滅多に近寄らん。竜があの場所を避けるから人間も近づかなくなったというのが正確なところだ」


「竜は人より『気』に聡い生物です。あの山は過去、霊山とも呼称されていたとも文献にあります。ベルク・ルイーネには確かに何かあるのでしょう」


 カノン様は淡々と言った。ランス隊長が続けて、


「現実問題として、あの山に竜の発着に必要な分のスペースがないということもあるがな。『英雄』を竜で迎えに、という案もあるにはあったが俺が却下した。単騎で向かうにはあまりにリスクが高い」


それに、とランス隊長はカノン様を見下ろしニヤリと笑って、


「『英雄』殿がカノンと同じような思考の奴だと困るだろうしな」


「ですから私は高所恐怖症ではないと」


「そうだな、少しばかり苦手なだけだったな。……ミオよ、お前さんはノワールが気に入ったようで何よりだ」


「えぇ、それはもう!」


私は何度も大きく頷いた。そして、見当違いな疑惑を抱いたことに関してカノン様に謝罪した。


ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


タイトル通りのお話です。

別名:手のひらクルーで竜のファンでござるの巻。

爬虫類系は駄目だの何だのけちょんけちょんに言ってたのにゲンキンなものです。


ヒーローポジのカノン様がか弱いヒロインみたいな言動をなさるので相対的にヒロイン(のはずの)ミオちゃんの逞しさが際立つ結果になります。

こんなはずじゃなかった。

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