黒い竜の背に乗って
束の間のティータイムの後、ランス隊長が言った。
「ミオとやら、君の事情は理解した。ユタは『聖女』を歓迎しよう」
ありがとうございます、と、私と、何故かカノン様もハモって、ん? となったが、カノン様曰く、彼は『聖女』探索の為ユタの街に身を寄せているいわば居候みたいなものなのだそうで、なるほど『ユタの次期領主』に『オラクル』としての返礼という意味合いになるのか。
カノン様からちょろっと聞いてはいるけど、ヴァルオードのお国事情もなかなか面倒臭……いや複雑そうだな。
「さて、差し当たってのことだが――」
ランス隊長はちらり、とカノン様を見た。カノン様が受けて、
「ミオ殿にはしばらくユタの街に逗留していただくことになります。現在は中央に――ヴァルハラに『聖女様発見』の一報を入れまして、当面はその返答待ちということです」
お役所仕事……と心の中でぼそっと呟いてしまったが、表面上は笑顔で、
「それってどのくらい待ちますの?」
「いかにオラクルと言えど、その預言は致しかねます」
しかつめらしくのたまうカノン様に、ランス隊長が皮肉げに言った。
「中央の奴らはある意味神より御し難い、というわけだ」
うーん、お役所はどこも似たようなものだねー。私はうっすらと事情を理解した。
街までは俺が送ろう、とランス隊長が申し出て、カノン様が一拍半の逡巡の後、私を見て、
「ミオ殿、高所は大丈夫でしょうか」
と、訊いた。
「こーしょ? って、高い所? むしろ大好きです」
何とかと煙は以下略って言うでしょ、と返すとカノン様はランス隊長に、
「では、お願いします」
と、一礼した。
よし任せろ、と、ランス隊長は悪そうにニヤリと笑って(本人的にはコレ多分さわやかな笑顔ってヤツかも知れない)、首にかけていたホイッスル的な何かを口にくわえる仕草をした。そう、本当にジェスチャーだけ。多分、吹いたのだと思う。音は聴こえなかった、少なくとも私には。
すぐに、キュイィィィィン! と聴き慣れない何かのいななきがした。私はきょろきょろと音源を探った。バサッ、バサッと羽音が聴こえる。ヘルコンドルの大群を思い出し、私は震えた。不吉な予感を否応にも煽る羽音は、バサッ、バサッ、と逆ドップラー効果で徐々に大きくなってきて――
「キュオォォォォォン!」
バササッ、と、一際大きな羽音を立てて、黒い巨大な生物が悠々と地上に降り立った。
「紹介しよう。俺の竜ノワールだ」
ドヤ顔で相棒をお披露目するランス隊長に、私はどうにか曖昧な微笑を返すことに成功した。外国人には不評なジャパニーズ・スマイルってヤツかも知れんがこの場合はおそらく最善だったと思う。
ランス隊長曰くの俺の竜ことノワールは、イグアナを黒くして翼を装着し巨大化させた感じの生物で、とにかくデカイ。日本一仕事を選ばない白猫ちゃん(勝手に認定)が全てをリンゴ換算するのに倣ってランス隊長換算してみると、ノワール氏は縦ランス隊長3人分、横ランス隊長5人分……いや、もっとか? デカきゃいいってモンでもないぞとツッコミたいあぁツッコミたい。
私にそんな当たり前のツッコミをさせなくするのはその金の目だ。ギョロッとでっかい蛇みたいな目。キュイィィィンとおたけびを上げる口にはのこぎり状の鋭い歯。チロチロと赤い舌が覗く。ヘビみたいに二股に分かれてるとかじゃないけど、とにかく不気味だ。
正直に申告しよう。私は動物全般大好きで、特にねこちゃんは熱愛対象だけど……ゴメン、爬虫類は! 爬虫類だけは!! どうしても!!! 駄目なのよ!!!!
同じアパート内にイグアナを飼育してる劇団員がいたけど、他の店子さん達のお部屋には割と気軽に行けたのに、彼のトコだけは無理だった。ヘビとかトカゲとか、そっちら辺にはどうも馴染みが薄いというか、生理的に受け付けないというか……うん、正直すまんかったと思ってる。
イグアナも慣れると結構可愛いもんだよ、と劇団員某氏はおっしゃったものだが、慣れるまで辿り着かなかったというか、そこまで親密度が上がらなかったんや……。ちょっとイイ顔するとイグちゃんの飼い主さんにチケット売りつけられそうになるから遠巻きにしてたという大人の事情もあるけどね。劇団のチケットノルマってなかなか厳しいみたいだし?
ちなみに一度だけどうしても断り切れずに観劇に行ったけど、その時のお芝居は不条理劇と呼ぶには生温い程の不条理に満ち満ちた演目で、私の知ってるシェイクスピアと違う、となって帰ってきた。理解不能と言うか、高尚過ぎて意味不明。そういうことにしておこう。
ちっちゃいイグアナでさえ「……」ってなってたというのに、こんなでっかい爬虫類の親玉みたいのに引き合わされて内心パニックよ。曖昧なジャパニーズ・スマイル浮かべただけでも私エライよ頑張ってるよ。多分笑顔引きつってるよ。つか怖いよノワール氏……。
「ん? どうした?」
ランス隊長が問うてくるにの、私は絶妙なジャパニーズ・スマイルで、
「いえあの……ノワール、くんが、大きくて、圧倒されて……」
「竜は初めてか?」
「はい……」
そりゃそーですわよ、日本に生息してませんものこんな爬虫類のオバケとか。
とは、もちろん言いません。えぇ言いませんとも。
ランス隊長は私の微妙な態度を善意に解釈したようで、そうかそうかそりゃよかったな、と手放しで喜んでいた。
「ミオ、お前さんは運がいい。初騎竜がノワールとはツイてるぞ。ノワールはユタで一番速いんだ」
「はぁ……そりゃどうも……?」
自称カノン様の特別な人ことヘイゼル殿の時も思ったけど、ヴァルオードの人ってめっちゃポジティブシンキングやな。
つか騎竜ってことはやっぱり私、この爬虫類のオバケに乗るのよな……? うぅ、半径2m以内に近づける気がしないんだが……。カノン様もさぁ、高所は大丈夫? の前に、爬虫類は平気かって訊いてくれよぅぅぅ……。
カノン様はというと何のてらいもなくとことことノワールに歩み寄り、
「ノワール殿、街までよろしくお願いします」
と、人にするように律儀に黒い竜に頭を下げていた。ノワールはキュイィィ、と鳴いて、カノン様の髪に顔をすりつけている。というか、カノン様の髪を噛んでる?
カノン様はくすぐったそうに身をすくめ、
「ノワール殿、私の髪は食べられませんよ」
常にポンコツなはずのカノン様の表情筋が珍しく仕事してた……笑ってるよカノン様。
ランス隊長が真顔で、
「美味そうに見えるのかも知れんな。カノンの髪は飼葉に似ている」
「それで皆様、私に寄ってくるのですか……」
好かれているのだとばかり、と、カノン様はちょっとがっかりしたようだ。
「竜さんって、葉っぱ食べるんですか?」
てっきりガチの肉食系かと思ってた、と思いつつ私は訊いた。ランス隊長は、割と何でも食べるぞ、と超適当なことを言った。そう言や劇団員トコのイグちゃんも野菜食べるって言ってたっけかなー。ふむ、してみると竜が雑食でも何ら不思議はないわけか。
でもこうして見ると、カノン様にじゃれついて髪をはむはむしてる黒竜は可愛くなくもない。案外人懐っこくてフレンドリーな子なのかも。爬虫類っぽい見てくれのことは一端脇に置いとこう。大丈夫だ食いつきゃしないさ、とのたまうランス隊長、あなたを信じるわ。
私は意を決して一歩踏み出した。正直めっちゃ怖い。足なんか震えてる。ギロリ、と頭上で金の目が光る。うぉぉぉぉ蛇の目光ったコワイコワイコワイ。思わず足を止め、火とか吹きませんよね? とか訊いてしまった。ランス隊長、我が意を得たりとばかりにホイッスル的なモノをひけらかし、
「安心しろ、竜笛で命じなければブレスは吐かん」
…………吐くんかい。
まったく安心できる情報じゃないだろそれは、と内心で怯えつつも、私はノワール氏のパーソナルスペースに飛び込んで、
「えっと、ノワール……さん? お世話になります……?」
「キュオォォォォン!」
ヒィィィィィ! 叫ぶな鳴くな雄叫ぶな!! 一声かけてからおたけべや寿命が縮むわ!!!
先に乗り込んでいたカノン様が私をノワールの背に引っ張り上げ、地上からはランス隊長がうんせ、と私を持ち上げる。私を竜の背に乗せるのにふたりがかりの大作業。手のかかる客ですんません。
私を押し上げた後、ランス隊長はひらり、と軽くまたがった。慣れたものだ。
「ノワール、ユタの街まで頼むぞ」
ランス隊長は手綱を握るとホイッスルを吹く仕草をした。やはり、音はない。でもノワールは心得たように一声鳴いて、バサッ、バサッと翼をはためかせ、宙を舞った。
「うわぁー、たかーい!」
駐屯地はすぐに小さく遠くなる。右手の山々が超高速で景色を変える。風が気持ちいい。コレはアレだ、ナウシ力のメーヴェの筋力要らないヴァージョン。
お空の旅は快適だった。何せ歩いてたらいきなり魔物とエンカウント! とか普通にあるあるだもんね、この世界だと。何より、てくてく歩かなくても景色が変わるのって超気持ちいい! だから私は乗り物が好きよ。
「あ、ポール殿達だ!」
私は下界にヨロイー’sを見つけ、手を振った。露払いはお任せを、みたいなこと言ってたけど必要なかったかも?
「ねぇねぇカノン様、あそこ! ポール殿達いますよ!」
私は振り向き、背後のカノン様に言った。
黒竜の広い背中は3人乗ってもまだ余裕。並び順としては、先頭に手綱を握るランス隊長、その後ろが私、そしてマルハ(=まるではじめて)の私を支えるようにして後ろにカノン様。カノン様は遠い目をして斜め上45°くらいをぼーっと見ている。私が地上を指差して、ホラあそこにヨロイー’s! と言っても、視線は斜め上のままで、そうですね、と返すだけ。
超高速で羽ばたく竜はすぐにヨロイー’sを抜き去った。多分彼らは私達に気づいてもないんじゃないかな。あの凄腕の戦闘集団が空中の私達に何のリアクションも起こさなかったんだから。
「街が見えてきたぞ」
先頭のランス隊長が言ったので、私は彼の背後からひょいっと前を覗き込んだ。あまり動くと危ないですよ、とカノン様が私の肩をつかんで押さえた。随分と強い力だ。大丈夫ですよ、と私は言った。
事実ノワールの運転(?)は安定していて揺れも殆んどない。風を感じる、と言うよりは……何て言ったらいいんだろう、風を受ける俺、というよりむしろ、俺が風、みたいな? 素晴らしいこの乗り物との一体感!
私は、かわいい相棒jazzたんことアメリカンバイクのことを思い出し、ちょっぴり切なくなってみたりした。そんなに思いつめる程にではなく、ほんのちょっとだけ。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
日本一仕事を選ばない白猫ちゃんよろしくリンゴ換算ならぬ隊長換算されている竜の大きさですが、あくまでミオちゃん視点で正確な数値ではないものと思われます。
とにかくでっけぇぇ生き物が目の前にいるんだよ! という混乱の極みによる表現です。
ファンタジーに竜はお約束ですが、爬虫類苦手な人にとってはなかなかの試練だと思うのですが……。