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「貴女は、ヴァルオードに来てよかった」

 少し長く語り過ぎただろうか。

 私は花茶に口をつけた。冷めきってしまってはいたけれど、ジャスミンにも似た風味が私の精神を落ち着けてくれる。

 私は面接官よろしく目の前で威圧するふたりの男を見た。面白いように対照的な容貌の男達は、浮かべる表情も対照的だ。筋骨隆々スキンヘッドは酷く渋い顔をしている。元々の強面が三割増しで、どこぞの凶悪犯すら尻尾を巻いて逃げそうだ。対して、線の細い美青年の方は無表情。顔には何の表情も浮かんでいない。ただ、翡翠の瞳が不安定に揺れていた。


 やがて、ランス隊長が言った。


「これは……すべて本当のことなのか?」


 疑っているというよりかは、信じたくないというニュアンスだ。顔だけ見てると悪役幹部みたいなのにな、と私は思った。この隊長さんは見かけより大分善人臭いな、とも。


「こんなんで嘘ついてどーすんですか」


 だから私は努めて軽く、肩をすくめて返す。善人に要らん心労を与えるのイクナイ。


「整合性は取れますよ、ミオ殿が満身創痍であの遺跡におられたことも」


 カノン様は淡々と言い、おかわりをお淹れしましょう、と背を向け、キャビネットに向かった。


「あ、私はもう結構です」


 あまりお茶ばかり飲むとお腹ちゃぷちゃぷしちゃうしな。水分摂るのは大事だが、摂り過ぎは冷えを誘発する。血虚に冷えは特によくないから気をつけなさいってケイ先生が言ってた。


「俺はもらおうか」


 ランス隊長は渋い顔のまま、不機嫌そうな声で言う。正直、何怒ってんの? と怯えられても仕方のない態度と雰囲気だ。

 カノン様はキャビネットの前で、私達に背を向けたまま――直立不動。まったく動かない。


「カノン?」


 様子がおかしいと悟ったランス隊長がその場で呼びかけるが、応答ナシ。

 気分でも悪くなったのだろうか。私は小走りでカノン様に駆け寄った。もしそうなら私のせいだ。出来ちゃった婚で破廉恥な! と思春期少女ばりの潔癖さで眉を顰める程の人だ。そりゃあ気分も悪くなるだろう。出来婚どころか倫理的にこれってどうなんだ、ってコトをこれでもかってぐらいに話したしな。正直すまんかった。でも、哀しいけどコレ、全部ホントのコトなのよね。


「カノン様?」


 背後からだとどっかのゴルゴ十三みたいに俺の後ろに立つな! とかなったら困ると思ってあえての横から。見上げた私は絶句した。

 カノン様が泣いていた。無表情のまま、器用に涙だけ流して。不謹慎だが綺麗だなぁと思ってしまった。いわゆる女優泣きとでも言ったらいいのか。


「ごめんなさいね、気分悪くなっちゃいましたね」


 対患者さん仕様で私は言った。カノン様はこちらを向かない。目も合わさない。

 私はスラックスのポケットからハンカチを取り出すと、背伸びして彼の目元を拭いた。あまりごしごしすると腫れちゃうから、当てる程度で。

 本格的に様子が変だと判断したらしいランス隊長もやってきた。背後からひょいっと覗き込んだ彼は、棒を飲んだようにフリーズ。美人の涙は時を止める作用がある。だから駄目なんだよな、カノン様みたいな人は泣いたら。

 私の話に何かカノン様を泣かせる要素があっただろうか、と考えて、あったからこうなってるんだよ、と思い直す。そして同時にこうも思った。私の過去はどうやら軽々に他人様に話すべきではなさそうだ、と。特に、心の優しい清らかな人には。


「えーっと、とりあえず全部過去のこと、ですから」


 カノン様の目元を拭きながら私は言った。

 色々あったけど……ありすぎて、その時は必死だったけど。乗り越えることはできなかったけれど、どうにかやり過ごして来れたこと。悔やまれるのはただひとつ、脳筋小猿と関取蛇女のプリンカポーの魔の手の中にケイ先生を置き去りにしてしまったこと。

 結局私は馬鹿プリンの手に堕ちて死に――はしなかったけど、もう日本で、あの世界で、ケイ先生を守れない。それだけが心残りだ。


「割り切れる、ものなのですか」


 涙の目のままこちらを見ずに、カノン様が言った。


「現実感がないだけかも、まだ。……でも」


 私は合わない視線を気にしながらどうにか笑ってみせた。


「過去は過去です。それがたとえ、1秒前のことだったとしても」


 今だって、数秒前から見れば過去。時間は偉大な治療者だ、と、のたまったのは誰だったか。


「無理に割り切ったり、乗り越えようとしたりするのはやめたの。今、この時をやり過ごす。それでどうにかなることもある」


 だから私は大丈夫――上手く笑えているだろうか。失敗したかも知れない。ようやく合った視線の先、翡翠の瞳はさらに大きく揺らめいて、ぽろぽろと零れるそれはもう小さなハンカチでは間に合わないくらいで。

 女優泣きから一転、過呼吸寸前みたいに泣きじゃくり始めたカノン様に私は慌てた。浅い呼吸は過換気症候群まっしぐらだ。


「あーっと……とりあえずカノン様、息しましょ? ね、大丈夫ですから。

 無理に吸わなくてもいいです、吐く方を意識して呼吸して。……そう、ゆっくり、ゆっくりですよ。大丈夫、吸うのは吐けば自然に吸えるから。ゆーっくりと、吐き切って……そう、上手。ちゃんとできてますよー……」


 鍼灸の患者さんで時々いたんだ、こういうの。こういう時に施術者側が一緒になってパニック起こすのNG。カノン様もだが私も落ち着け慌てるな。過呼吸の時とかってついつい一生懸命吸いたくなるけどそれが罠、無理に吸わずに吐く方を意識して、ってケイ先生が言ってた。

 触れますよ、と一応ひとこと断って、いつになく丸まったカノン様の背に手を置いて――そっと置くだけ、触れるだけ。いきなりざかざか撫でたら焦らせちゃうから、左手は患者さんの背中に添えるだけ。右手は目元にハンカチで。呼吸のコントロールが少し定まったかな、って頃合を測って、背に触れた左手でそっと、ゆっくり、撫でていく。


 次第に深く、ゆったりとなる呼吸――落ち着いたかな。うん、もう大丈夫そうだ。涙は相変わらず止まらないけど。

 止まらないなら無理に止めることもない。ヘルコンドルがバーニングでさぁ大変事件の時、いいですよ無理に止めようとなさらずとも、と、匙をぶん投げたカノン様のアレ、実はとってもありがたかったりしたし。抑え込もうとするのもストレスになる。涙には浄化作用もあるという。流せるうちは流しとけ。

 ふぅ、と、いうでっかいため息はランス隊長のものだ。オイオイスキンヘッドゴリラ何一仕事終えた感漂わせてんの、アンタ何もしとらんかったやろ、というツッコミはしないでおいてあげよう。私は心が広いから。


「貴女は、」


と、カノン様は明後日の方向を見たままで、ぽつりと呟く。


「貴女は、ヴァルオードに来てよかった」


 え、と首をかしげた私にカノン様はくるん、と体ごと向き直り、言った。


「ミオ殿、ここには貴女を傷つけるものは存在しません。少なくとも、貴女がニホンという世界で舐めた辛酸は。貴女は完全に安全です。『聖女』の肩書きが貴女を守るでしょう」


 だから、と言いかけ、またもや見事な女優泣きを披露するカノン様を、私は見つめるより他ない。

 こんな時、どんな顔すればいいのだろう。笑えばいいのか?

 とりあえず、ひたすらフリーズしてたくせに、ここは聖女の肩書きじゃなくて俺が守ると言い切れ等と言葉でカノン様の尻を叩きまくってるランス隊長はガン無視の方向で。アンタさっきまでゴリラの置き物みたいになってただろと。




 お茶は結局私が淹れた。

 カノン様はとにかく呼吸のコントロール! 座って! 何なら寝て! 腹式呼吸を意識して! 一生懸命吸わんでええからとにかく吐いて! と、ケイ先生と気功のウサミ老師の教えを丸パクリしてカノン様を廃材寸前の椅子に座らせて――ヴァルハラ産の花茶とやらは、日本のハーブティーと同じ扱いでよかったみたいだ。

 見かけはアンティークっぽいけど何気に高性能のポットの中のお湯は、ちゃんと適温。日本で言うところの電気ポットって感じか。カノン様が語るによると、動力は火魔法だとか。魔導具っていうんだってさ。魔法スゴイネー。

 2人分のつもりが、カノン様の分とランス隊長の分を淹れても少し残ったんで、余りはちょろっと私がいただきました☆


「へへっ、ゴールデンドロップもーらい♪」


「おや」


 両手を温めるように木製のカップを持つカノン様が小首をかしげて、


「ニホンでも『黄金の一滴』の概念がありましたか」


 何だそれは、と、熱い茶をふうふうして冷ますランス隊長にカノン様が説明していた。


「お茶を淹れ、最後に落とし切る一滴は、風味が凝縮されていてより美味とされているのですよ。その『最良の、黄金の一滴』は本来お客様に捧げるものですが――」


 ハイすんません、淹れた人が独占しちゃいましたね。アハハ……と私は笑ってごまかし、


「ホラでも私、広い意味で来客! 異世界からのお客様!」


「随分とあつかましい客だな」


 ランス隊長のツッコミは容赦なかった。でもとりあえずこの反応なら私は『役員面接』にパスしたってことでいいのかな?

 お茶は、先程カノン様が淹れたのより大分濃く入ってしまった。ハーブティー感覚だとちょっと蒸らし過ぎなのか、それとも茶葉の入れ過ぎか。


「…………渋いな」


 ランス隊長は彼的な適温となった花茶について、言葉を体現したかのような声で言った。


「私はこのぐらいが好きですけどねー」


 自己弁護というわけでなく私は返す。この濃さならヴァルハラ産花茶とやらはちゃんとしたジャスミンティーだ。


「でも……温かいですよ」


 カノン様は某新世紀トラウマ量産アニメ風な台詞を、儚げヒロインみたいな雰囲気を醸し出しつつのたまった。カノン様=アヤナ三という図式が私の中で出来上がった瞬間だった(というのは嘘です冗談です)。


評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


長い長い回想を終え、現実=異世界に戻ってまいったぞ、という話。

別名:あーた金ロー見たでしょうの巻。


某トラウマ量産アニメはテレビでやってるとついつい見ちゃうヤツです。

私の中ではジブりとかと同枠です。

何度も見てるのにやってればついつい見ちゃいます。

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