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私、セイジョサマなんて名前じゃありません

 張り切って煮炊きの仕度に追われる鎧集団を余所に、ラディウスキョウさんは私を一番大きくて立派なテントに誘った。

 布製のそれはぺらぺらと頼りなく、入口を開け放っているので(多分、女性とふたりきりになる際の紳士の気使いってヤツだろう)寒風が容赦ない。でも雨がしのげるだけマシだった。


「さて」


と、ラディウスキョウさんは仕切り直しのように息をつき、メイスを置いた。

 テント内とは言え地面に直置きってどうなんだろうと思ったが、元々長居する気のなさそうな簡易な設備なので、仕方ないっちゃ仕方ない。とは言え、得物に対する扱いはとても丁寧だった。


「他にお怪我をなさっているところはありませんね?」


「えぇ、あ…はい」


 アナタ様の魔法とやらのおかげで捻挫のねの字もありませんありがとうございます。

 と、私が口にする前に彼は淡々と言った。


「それは重畳」


と。そして、彼は言った。


「寒くはありませんか?」


 あのねぇ…と私は呆れて苦笑した。それをあなたが言いますか。

 寒くないと言ったら嘘になる。でも私は幸いバイク野郎御用達のライダースジャケット(勤め先の鍼灸院の患者さんがお下がりでくれた、私にはちょっと大きい)を着込んでいるし、治療家あるあるとして商売モノの大事なお手々を守る為、真夏でもない限りは外出時には手袋装備を徹底している。

 むしろ、薄手のローブにロングブーツ、褐色マントを羽織ったきりでずぶ濡れのこの人の方がよっぽどだ。


「私よりあなたの方が心配です……ラディウスキョウ様?」


 赤毛の鎧男の台詞を思い出し、一応相手を様付けしてみる。貴族だとか言ってたし確かにイイトコの坊ちゃん風な雰囲気あるし。

 するとラディウスキョウ様は彼比ですっごく微妙な顔つきで、えっと…と口走り、


「えっと、…恐れながら聖女様。ラディウスは私の家名でありますが、卿とは主に貴族に対する敬称でして。我々の世界では様と卿は重ね付けしないのが通常です」


「それは失礼致しました」


 私は型通りに詫びたが、内心ではめっちゃテンション上がってた。

 この人今えっとって言った! ギリシャ彫刻ばりのバリイケメンが鉄面皮のまま「えっと…」って! 何だよこのギャップ可愛いかよクッソ萌える!!


「私の国では貴族という者が存在しませんでしたので、『卿』という敬称に馴染みがありませんでしたの。無知の程、お許し下さいませ」


 私は頭を下げた。言葉つきも、相手の流儀に合わせて余所行きのそれに変える。

 新卒で1年ばかり働いたブラック会社はとんでもねーブラックだったが、よかったことがひとつだけある。いわゆる『エライ人』に対する言動が実地で身についたこと、だ。

 あのクソみたいな1年で、敬語謙譲語から名刺の受け取り方まで、ビジネスマナーはバッチリよ☆


「聖女様、どうか頭をお上げ下さい」


 ラディウス卿が頭上で慌てる気配。

 面白いからしばらくこのままでいてやろうかなんてちょっとした悪戯心が芽生えたが、私はお辞儀を解除した。そして、素直にそうしてよかった、と思う。

 ラディウス卿の鉄面皮は相変わらずだったが、綺麗な翡翠の瞳が物凄く判り易く困ってた。別に困らせたいわけじゃない。

 私は彼を見上げる。やっぱり、第一印象より上背があるな。


「先程から気になってましたけど、私セイジョサマなんて名前じゃありません。

 私、佐倉澪と申します」


 半ば挑むような口調になっていたか、ラディウス卿の目が驚いたように見開かれる。だがそれも一瞬で、すぐに春の海の凪にとってかわった。


「失礼ながら…そのように軽々に真の名を告げてもよろしいのですか? しかも、得体の知れない者に対して」


「?」


「せい…貴女が嘘をついているようには見えません。おそらく貴女は真実を口にしていらっしゃるのでしょう。

 ですが過去には、聖女様より名を教えていただくまでに十数年の時を費やした『オラクル』もいたと文献には記されています。その聖女様は彼女の世界では高名な巫女でした。真の名を知るのは本人と、最も近しい家族のみというのが彼女の教義だったのです」


 ほへーぇ、と私は間の抜けた相槌を打った。色んな人がいるもんだ。


「では、サクラミオ様」


 わーお! いきなりのフルネーム呼びかよ。


「え? しかし貴女は先程、貴女の世界では貴族制度は存在しなかった、と……」


 戸惑うラディウス卿に『この世界』でのお名前事情を訊いてみると、ここでは家名――いわゆる苗字を持つのは貴族と王族だけで、フツーの庶民はファーストネームのみなのだそうだ。


「つまり、ラディウス卿の場合だと、ファーストネームがカノン、オラクルがミドルネームで役職的な? んで、家名とやらがラディウスってコトになるワケか。…オッケー把握、理解しました!」


「私のことはカノンとお呼び下さい、……サクラ様」


「カノン…様……?」


 こりゃまた何つーか……可愛い名前だなー女の子みたい。そう言や小学校時代の同級生で花音ちゃんっていたっけなーご両親が離婚してどっか引っ越しちゃったけど今何してるかなー元気かなー……。


「何か?」


 不審げに見下ろすカノン様に、いいえ、と慌てて首を振り、


「可愛らしいお名前だな、と」


「名が体を表していないとよく言われます」


 若干不機嫌そうに彼はぼそりと言い捨てた。ありゃーこりゃ地雷だったかな?


「いえいえそんなことは。

 …っと、じゃあその理屈から行くと私はド平民なんで、家名抜きのミオでお願いしますね」


 家族、家の名、私を縛りつけ続けてきたモノ。私にとって、呪いのようなその存在。

 ここでは佐倉と呼ばれなくていい。その事実がとても嬉しくて――正直、解き放たれた気分だ。


お越しいただきありがとうございます。

鍼灸院整骨院等の施術者は割とアバウトですが、オイルを使うセラピストさんはハンドケアを徹底しています。

お客様のお肌に直接触れるジャンルだと施術者のちょっとしたささくれや手荒れでも気になるとのこと。

めっちゃプロ意識高いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] なじみがありませんでしたの。 って、いきなり令嬢言葉で発言できちゃうのはしゅごい。 わたしが異世界行っても、でしたのとは言えない…www しばらく目を離している間にも更新あったようでしたの…
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