聖女様の身の上話 ~ガサ入れするなら地味にやれ~
暦の上では秋ですがまだまだ暑さの続く夜、学校から帰宅した私を大家のオオヤさんが出迎えました。
オオヤさん曰く、真っ赤な見慣れないクルマがアパート近くの路地に停まってたから違法駐車と思って通報しようとしたけどフクムラ院長が乗り込んで爆音を響かせて走り去って行ったので、ああ院長さんがミオちゃんを送ってきたのね、と解釈して通報を思いとどまったそうです。でもその後、聞き慣れたバイクの音がしたから、おやミオちゃんさっき帰ってたんじゃなかったのかね、と怪訝に思って出てきた、と。
かわいいjazzたんことアメリカンバイクと出逢うまで、院長が私を送ってくれることはごくまれにありましたから、オオヤさんの判断は適正です。私がオオヤさんでもそう思うでしょう。
嫌な予感がしました。とても嫌な予感が。
オオヤさん立会の元、私はアパート自室のドアを開けました。鍵はかかっていませんでした。セクハラストーカー専務のことがあってからというもの、神経質なくらいに施錠はきっちりしています。鍵のかけ忘れなどあり得ません。
嫌な予感を打ち払いたくて、オープンセサミ、なんておどけた調子を装ってドアを開けました。私もオオヤさんも呆然と立ち尽くす以外ありませんでした。几帳面とは言えないまでも、そこそこ暮らしやすく整えていた私の小さなお城は、泥棒でも入ったのかってくらいに滅茶苦茶に荒らされていたのです。
その場でオオヤさんが通報し、警察の人がやってきました。院長がやったという証拠はありませんが、状況的には限りなくクロです。
私はなるたけ私情をはさまないよう気をつけながら、ケーサツ屋さんに事情を話しました。オオヤさんも聴取され、色々訊かれたり答えたりしてました。
盗られたものはありません。通帳印鑑貴重品は、滅茶苦茶に荒らされた部屋の中から発掘できました。宝石とか大金とか元々持っていませんでしたしね。
ただ、私用のパソコンが物理的に壊されていました。破損しているのが目視で判ります――どこの脳筋小猿の仕業でしょうね?
ケーサツの人は、この荒らし方は場当たり的な窃盗というよりは何かを探してたんじゃないかと言ってました。オオヤさんはしきりに鍵はどうやって開けたのか気にしています。大家として鍵の管理はしっかりしていたのにとオオヤさんはオロオロしています。私も鍵を落としたり紛失したりということはありませんでした。
院長に――いえ招かざる侵入者にピッキング能力なんてあるんでしょうか。あの脳筋小猿にそんな高等技術があるはずありません。あの小猿が人並み以上にできるのは施術だけです。愛人にだって無理でしょう。あのウインナーみたいにぶっとい指で、患者さんに干渉波つけるのだって苦戦する程の不器用さで、しかもトイレの後どうやって拭いてんだろうと首をかしげざるを得ないゴテゴテした爪で鍵をこじ開けるとかムリゲーです。
その疑問はケーサツ屋さんが解消してくれました。今時はわざわざ鍵を持ち出さなくても合鍵が作れるツールがあるんだそうです。その場で鍵の型を取り、何食わぬ顔をして鍵を鞄に戻して――私はあぁ、と思い至りました。無防備にバックヤードに鞄を置いていた頃、右側に寄っていたファスナー。不倫カップルの狙いはハナからスマホではなかったというわけでした。
私は自身の甘さを悔やみました。脳筋小猿と頭に羽が生えたみたいに享楽的な豚女の不倫カップルですが、奴らは本気です。そして悪だくみに関してはあちらが何枚も上手です。
イエローボール(黄色い手乗りインコのお名前です)の飼い主さんこと隣の部屋の大学生は、ケーサツ屋さんがわさわさしてるところにバイトから帰って来て、隣室の惨状におおぅ……とドン引きしていましたが、事情を知るとしばらくコッチきなよ相手は合鍵せしめてんだから怖いでしょ、と気づかってくれました。オオヤさんも、せめて今夜だけでもウチで寝てお行き、そんな散らかり放題じゃ落ち着かないだろう、と言ってくれましたが、お気持ちだけをありがたく受け取りました。
ケーサツ屋さんを送り出し、オオヤさんとイエローボールの飼い主さんにお礼を言って見送って、普段はかけないチェーンまでかけて、私は荒れ放題の部屋でため息をつきました。正直、不倫カップルがここまでやるとは思いませんでした。
奴らは一体、何をしたかったのでしょうか。証拠を消したいだけならパソコンを破壊した段階で既に目的は達したはずです。私物のパソコンはパスワードロックをかけています。院長はそれを突破できずに物理的に破壊するという暴挙に出たのだと思いますが――。
キッチンから冷蔵庫、衣装ケースにクローゼット代わりにしている押入れに、本棚の本まで引っくり返して――確かにケーサツ屋さんの言うように何か目的があって物色した感はあります。それにしては、日記代わりのノートが手つかずなのが解せません。とりあえず電気代がもったいないので冷蔵庫の扉は閉めて行って欲しかったです。
私なら、冷蔵庫や下着の前にまずそのノートを持ち出します。いえ、私でなくても大抵の人なら、合鍵までもっているなら、部屋に侵入したという気配すら相手に悟らせないように、ノートとパソコンをどうにかするでしょう。わざわざ騒ぎを起こして相手の警戒を誘うなんて愚の骨頂です。あいつら馬鹿なんでしょうか。
この片付けは骨が折れるだろうなと思いながら私はケイ先生に電話して事情を説明しました。……整骨院勤めなのに骨が折れるなぁなんて言っちゃいけませんねすみません。そういうわけで明日は休ませて下さいと私が言う前にケイ先生は、大変だったろうから明日は休んでいいよと言ってくれました。
翌日、部屋の片付けもそこそこに最寄駅近くのネットカフェに行き、スマホの中身をUSBにコピーしておきました。パソコンはやっぱり駄目でした。電源も入りません。完全にオシャカです。
USBはチャッカマンを入れるのに使っているポーチに忍ばせ、常に持ち歩くことにしました。最早自室でさえも安心できる場所ではありません。愛人が院のチャッカマンを水没させて全滅せしめてからというもの、私は自前のチャッカマンを持ち歩くようになっていたので、仕事中にもこのポーチが手元にあるのは不自然ではないはずです。
大家のオオヤさんはすぐに私の部屋の鍵を変えてくれました。それも、無料で。オオヤさんのせいではないのに本当にありがたいことです。
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転移前・現代日本での回想記録。
ついに犯罪に手を染めた不倫カップルの巻。
別名:結局こいつら何も考えてないよ馬鹿だから、という話。
大家のオオヤさんのように車に詳しくないオカンいえご婦人方は、車種云々よりふかしてる時の爆音で記憶してるみたいですよね。
院長さんのクルマ=派手でうるさいヤツ、みたいな認識なのではないかと。
しかし小者に限ってイキって空ぶかしするのって何なんでしょうね。
ご近所から苦情来てますよ小猿さん。それは正当なクレームですから逆ギレしないで下さい小猿殿。