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「夢ではありません、これは現実です」

 えっと、まずは状況を整理しよう。

 いつも通りバタバタとお弁当作って仕度して、朝自宅アパートを出た。いつも通りじゃなかったのは、通勤用バイクのブレーキケーブルが切られてて(多分、愛人の仕業だ)バイクを修理に出していたので、自宅から徒歩で最寄駅→電車→乗り換え→職場の最寄駅→バス→職場という七面倒臭いルートを使わねばならなかったこと。

 そして何より最大の『いつも通りじゃなかったこと』は、乗り継ぎ駅のホームで電車を待ってる時に、いきなりホームから線路に突き落とされたことだ。


 ズボンのポケットの中でスマホが震えた。最前列で電車を待ってた私は震え続けるスマホを見た。職場からの電話かも知れないと思って。視覚障碍者のケイ先生からの連絡はもっぱら通話が主だった。彼女にとってメールやラインは使いづらいツールだ。

 着信は、非通知。……ケイ先生じゃない? 怪訝に思ってスマホに気を取られたそのほんの一瞬。誰かが私の背を強く押した。

 私は、私を突き飛ばした奴をはっきりと見た。ニット帽をかぶり、季節外れのマスクまでして顔を隠そうとしてたようだが体型までは誤魔化せない。口の悪い患者さんに陰で関取と呼ばれるデb…いやふくよかな体つきの、ハエトリソウかってぐらいに今時じゃない仰々しいマスカラに縁どられた、髪色と同じ色の茶色い目。

 特徴的などんぐりまなこが蛇みたいにニヤッと細められるのを、確かに見た――そして、快速電車がホームに……怒号と悲鳴…「女の子が落ちたぞ!」「非常ボタン!」「ダメだ間に合わない!」……落ちたんじゃない、落とされたんだ! との内心の叫びも虚しく――あぁ駄目だこりゃ死んだわ、と、私は人生を諦めつつも、誰かあの0.1t女を捕まえて警察に突き出して!! と、愛人への恨みつらみを抱いたまま落下して――。




 気づいたら、ここにいた。




 まぁ普通に考えたら死んでるわな。

 私は回想を打ち切り、ギリシャ彫刻風の美青年魔法使いの手を借りずに立ち上がった。痛みも違和感もなく、難なく立ち上がれた。


「えっと、治して下さって、ありがとうございます」


 我々の業界では『治す』という単語は御法度、それを使っていいのは医師免許を持つ医者だけだ、という不文律を破って私は魔法使いさんにぺこりと頭を下げた。魔法とやらがどういう原理かは不明だが、これはもう『治す』でいいだろう。

 幸い言葉はちゃんと通じたらしく、文官風の魔法使いさんは口元に弧を刷いて、


「それが私の職務ですので」


と、淡々と言った。

 幾分表情が硬いし、トーンが低い。何だろうこの人、自分の仕事が好きじゃないのかな。


「素晴らしいご職業ですね。私も生前は治療家を目指していたものです」


 私は言った。

 上手く笑えているだろうか。自分の死を認めるのはつらい。やっと学校にも通えるようになったのに。働きながら学校に行って、鍼灸師の資格を取って、愛人の化けの皮を引っぺがして、それで……なんて、漠然と思い描いていた未来は、実現することなく夢のままで終わってしまった。


「貴女は……」


 魔法使いさんは怪訝そうに小首をかしげ(明らかに私より年上の男性に対して何だが、やっぱりちょっと可愛い仕草だな、と思った)、やがて何か思い至ったように少しばかり哀しげに翡翠の瞳を眇め、言葉を選ぶようにして言った。


「いえ、同様のケースは多数あったと文献にもありました。

 貴女は亡くなってはおりませんよ、聖女様。貴女の人生は……あるいは貴女の元居た世界では終わったとされているかも知れませんが、貴女の人生はまだ続いています。生前、という言葉をお使いになるのは早過ぎます」


 ふむ、と私は頷いた。

 元居た世界、か。つまりここは異世界……なんてファンタジックなことを一瞬考えたが、んなわきゃないわな。


「随分と無駄に手の込んだ夢だなー……」


 多分私はあの時電車に轢かれて、死にはしなかったのかも知れないけど植物状態とかになってて、パラショックで終わらない夢を見てるんだ。

 自分ではリアリストだと思ってたけど、私意外とファンタスティックな夢見がちだったのね……。


「夢ではありません、これは現実です」


 淡々と、艶のある美声が私の取り留めない思考を遮った。

 口調こそ硬かったが、ギリシャ彫刻風の整った顔立ちに浮かぶ表情は相変わらず凪いだ海だった。


「お気持ちはお察し致します。しかし、逃避は決して建設的な手段ではありませぬぞ、聖女様。貴女は我が国の――」


「あのぅ……」


 今度は私が彼を遮った。

 はい、とかしこまる彼に私は言った。


「そのお話、長くなりますか?」

「え?」


 私は先程から、この魔法使いさんのおかっぱヘア(!)からぽたぽた滴る雨雫が気になって仕方なかった。

 私はまだいい。ボロっちいとは言え一応、軒下にいる。

 百歩譲って、後ろに控える鉄塊軍団も許せる。彼らは鎧が雨避けになっている。

 でもさっきから私と一定の距離を保った位置に立ち、ローブにマントを羽織ったきりの、この集団の中では際立って華奢な美青年が濡れそぼっているのは非常にいただけない。寒さなんて微塵も感じていませんよ、って顔をして、凛として背筋を伸ばして立ってるけれど、寒くないわけないじゃない。


「こちらへ来て、おかけになりません?」

「は……??」


 春の海の凪のポーカーフェイスが崩れた。鳩に豆鉄砲の顔。

 この集団の中では華奢で小柄に見えるけど、自分が直立してみてわかった。この人明らかに私より20cm以上は背が高い。少なくとも日本人男性の平均身長は軽く超えてるはずだ。

 ……ってか私がチビ過ぎるんだよねわかってるよ。嗚呼せめてあと10cmとまでは贅沢言わない、せめてせめて、日本の成人女性の平均に達するに必要な、あと5cmちょっとくらいの身長が欲しい人生だったわ……。


「そんなずぶ濡れて立ち話なんて、風邪引けって言ってるようなもんじゃないですか。

 後ろの方達も大分お疲れのようですし」




 果たして、私の提案は背後の鎧集団に多大な喜びをもって受け入れられた。

 ボロっちい遺跡の軒下に十何人もの団体客を収容するのは不可能だったが、彼らはキャンプよろしく万端な準備を整えてきたらしかった。

 早速簡易なテントっぽい雨避けが特筆すべき速さであれよあれよという間に組み立てられ、煮炊きの準備まで始まった。


「ここで寝泊まりするつもりですか」


 最後まで難色を示したのは誰あろう、いちばんずぶ濡れになっている鎧を着てない魔法使い氏だった。


「今日中に下山したかったのですがね……夜闇の山中行軍は危険です」


 ふぅ、と物憂げなため息をつく魔法使い氏は、どうやらこの集団の指揮官らしかった。


「まぁまぁラディウス卿、そうおっしゃらずに」


 鎧の頭を脱いだら結構な男前だったでござる……の副官らしい赤毛の青年がとりなした。

 金髪おかっぱギリシャ彫刻魔法使い氏はラディウスキョウという名前らしい。


「その呼ばれ方は好みません」


 魔法使い氏改めラディウスキョウさんがぴしゃりと。


「再三申し上げているでしょう、ここにいる間は私は――」


「はいはい、存じておりますよ。ユタにいる間は、あなたはヴァルハラの大貴族ラディウスの名を捨てた身で、『使命』を果たすまでは『オラクル』でもない。只人のカノンである、と」


「はいは1回」


「へーい」


 ったく耳タコですよ、と赤毛の青年は言った。


「鎧着る職種でもないのに頭ン中はコッチコチだ。でも俺は、カノン様のそういう所が好きですけどね」


「戯れも大概になさい」


 ……私の中で、危うくBでLなカンジの何かが目覚めかけるところだった。


お越し下さりありがとうございます。

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[一言] 導入ながっ。 とりあえず作者(≒ヒロイン?)がきちんと化粧してる目が丸いデブの同性を嫌いなのはよくわかった。 出てきたイケメンも変な身内話をするより先に、ギリシャ風なのかローマ風なのかゲルマ…
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