聖女様の身の上話 ~施術者デビュー~
さて、交通費の現物支給として私の元にやって来たかわいい相棒jazzたんなのですが、当然のことながらガソリンを入れなきゃ走らないワケでして。
えっと、ガソリンって、燃料……そう、カノン様大正解! 要はお馬さんのエサですよ! つかお馬さんって表現可愛いな……あーららまたランス隊長血相変えて。そっか、そうでした。可愛いってカノン様の前では禁句でしたっけね。
院長ガソリン代のコト忘れてますね? むしろすっとぼけて自腹切らせようとしてますか? つか雨の日なんかは流石に電車とバスで来たいんですけど?
と、いうことを院長にそれとなく言ってみたら、経理の人が来たら相談してみて、と一蹴されました。
院長曰くの『経理の人』とは、院長の実の妹さんであるヨシエさんのことです。隣の市に嫁いで他の仕事もしているので院に来るのは月に数回といったところですが、とても有能な人で院の経理に関するすべてを取りまとめています。院長が経費の無駄使いをしようとすると即座にブロックしてくれる頼もしい人でもあります。前出のゴリラや電動スクーター、フェアレディも経費では落とさせなかったというのですからやっぱり実の妹って凄いです。
でも必要なものは必要とちゃんと認めてくれる人でもあるので、ケイ先生が最上級のお灸を使用するのはOK牧場なのです。私の通勤用バイクもちゃんと院の備品として通してくれました。
会計士のキヨノさんとヨシエさんの付き合いは長く、嫁ぎ先の家業の会計士もキヨノ氏にお願いしているのだそうで、この院をキヨノさんに紹介してくれたのもヨシエさんなのだとか。つまり院長はヨシエさん&キヨノ氏のダブルチェックでぎゅーぎゅーに締め上げられてるってことですね。グレイトです。
私はヨシエさんが出勤してきた時に、ガソリン代のことと、バイクで来られない日の交通費について相談してみました。するとヨシエさんは、
「あいつミオちゃんの交通費踏み倒す気だったの!? ミオちゃんもなあなあで済ませてちゃ駄目でしょ!」
と、激怒して、燃料代はレシート持ってきてくれたら実費で精算するし、電車とバスを使った時は出勤簿に書いといてくれれば払うから、と確約してくれました。ヨシエさんありがとう、いい人です。院長と血が繋がってるとは思えません。
さらに私は、通勤の相棒jazzたんを買い取りたい旨を申し出ました。あいつに何言われたか知らないけどそんな気を使わなくていいんだよ、とヨシエさんは過剰に心配してくれましたが、私はすっかりjazzたんが気に入って、名実共に彼女(彼?)を自分のモノにしたくなったのです。
幸い、ブラック会社からせしめた解決金の残りもありますし、難しい話ではありません。それに、ヤマさんの話を聞く限り院長はバイクも電動スクーターも手に入れたらそれで満足しちゃって見向きもしない感じなんでしょう。
そんな男の第4夫人の憂き目に遭うより、私の唯一になった方がjazzたんだって幸せなバイク生を全うできるはずです。アパートからの足だったオオヤさんの自転車は、隣の部屋の大学生に進呈しました。もちろんオオヤさんにも通達済です。イエローボール(というお名前の黄色いインコです)の飼い主さん、めっちゃ喜んでくれました。やっぱり駅までの道のりがキツイのは、あのアパートの住人の共通事項ですからね。
私がそう熱弁するとヨシエさんは、無理してないならいいんだけどね、と、バイク代15万円の領収書を切ってくれました。
ちなみに院長がその領収書を2万で買い取るとかイミフな提案を持ちかけてきましたが、丁重にお断りさせていただいた上でヨシエさんにチクって――いえ、お伝えしておきました。
私だって元は仮にも経理屋だったんですし、院長が何を企んでいるかはうっすらわかります。不正経理なんてヨシエさんもキヨノ会計士も許すモンですか。もちろん私だって許しません。
院長、ヨシエさんにとっちめられてました。いい気味です。
いつだって盛況のフクムラ鍼灸整骨院。その一端を担うバックヤードサロンに集う流しの施術者さん達は皆それぞれに多彩な技をお持ちです。私は折を見て彼ら彼女らに教えを請いました。
ありがたいことに彼ら彼女らは惜しみなく様々なことを私に教えてくれました。レイキ、足裏マッサージ、内臓整体etc.――学びたいこと、身につけたいことは沢山あります。上記3つと、気功も少しかじってみたり――練習台になってくれる人には事欠きません。ケイ先生も鍼灸の仕上げにする整体のやり方やツボのことを教えてくれます。実践は理論に勝るを地で行く有意義な学びの場、それが私にとってのフクムラ鍼灸整骨院でした。
院で働き始めて半年程が立つ頃、私はレイキティーチャーのチナツさんに正式に弟子入りし、レイキのセカンドを取得しました。足裏マッサージも内臓整体も、鍼灸の仕上げの整体も、その頃には一通り淀みなくこなせるようにもなりました。
この頃まではあくまで受付メインでしたが、ある昼休みにケイ先生に今ミオちゃんができること全部やってみて、と言われたので、足裏と内臓と鍼灸の仕上げの整体とセカンドのレイキを緊張しながらケイ先生に施術しました。私はそれがある種のテストだと悟っていました。
昼休みいっぱいを使ってのテスト施術の後、ケイ先生は言いました。ミオちゃん施術者に転向しない? と。
正直、戸惑いよりも嬉しさの方が大きかった記憶があります。その頃の私にとって、施術をする人達は特殊部隊の人達というか雲の上の人っていう認識だったのです。私もあっち側に行けるんだ、と思ったらわくわくして嬉しくて。実際、サロンメンバーに施術してみて、気持ち良かった、楽になったって言われるのは本当に嬉しくて――単純に、誰かの役に立てるってことは、嬉しいことです。
私に否はありません。願ってもないことです。是非やらせて下さい、と、ケイ先生が引くぐらいの意気込みでした。
院長ははじめ渋っていました。私が施術者に転向すると受付がいなくなる、つまりはまた自分が受付もこなさきゃならないというのが院長の一番の反対理由のようでした。受付は受付で結構やることあるんですよね。
私が本格的に受付をするようになるまでは、フクムラ鍼灸整骨院の受付は今時まさかの紙ベースでした。私が受付を預かるようになってまずしたことは、患者カルテのデータベース化と受付簿をエクセルで組むことでした。前職での経験が活きました。あのブラック会社での経験も無駄ではありませんでした。はじめに直属の上司になったのがカガさんでよかったです。エクセルワードCADその他、手引きししてくれたのはカガさんだったんですからね。カガさんには感謝です。
私が受付をするまでは、院のパソコンはBGMを流すだけの箱でした。ヨシエさんが経理関係で使う以外はパソコンは高価なスピーカーでしかなかったのです。何てもったいない!
院長はパソコン関係まるでダメで、私が患者ファイルと受付簿を作成したのだって余計なことしやがってって思ってたみたいで――でもいざ使ってみたらノートやリアルファイルを何冊も使って管理してた煩雑さがなくなって事務仕事が一気に楽になって手のひらクルーでラクしてたんですけどね。一端作っちゃえば今日の売上は~とか今月の来院者数は~とか、いちいちノートを引っくり返して数えたり計算したりしなくてよくなるんですから。
パソコンの活用はむしろ院長よりもヨシエさんの方が喜んでくれました。出勤簿もパソコンで作っといて、とヨシエさんのお墨付きがもらえたので、私は着々とフクムラ鍼灸整骨院のデジタル化を推進していきました。なので、受付の仕事も院長がやってた頃よりは大分楽になってるはずなんですけどね。
ちなみに、予約だけはネットNGを貫いています。何故かと言うと、ネット予約だとケイ先生が不便だからです。ケイ先生は視覚障碍者なので――電話ならケイ先生でも出られますしね。もっとも、私が受付にいればケイ先生も院長も電話を気にせず施術ができます。
院長が私の施術者転向に難色を示すのもわからなくもありません。でも私にとってはまたとないチャンスです。仕事に対して自他共に厳しいケイ先生がやってもいいよって言ってくれたことが大きな自信になっていました。私は必死で院長に食い下がりました。
院長の懸念はあとひとつ、私が足裏や内臓整体をやってしまうとサロンの先生方が気を悪くするんじゃないかということでした。でもそちらも既に根回しが済んでいます。私の施術は院の新メニューとして、整体の延長料金と同じ10分1000円のワンセットで試しにはじめてみたらと思う、チナツさん達も応援してくれてるし、とケイ先生も院長を説得しました。
じゃあそれなら、と院長も折れて、私は受付スタッフを兼任しつつ施術も担当することになりました。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
転移前・現代日本での話。ミオちゃんが施術に携わるようになるまでの紆余曲折。
話し言葉なのでそこそこマイルドですが、院長は割と強固に反対したのかも知れません、という話です。
またの名を安定のクズっぷりを披露する院長の巻とも言います。