「お迎えに上がりました、救国の聖女よ」
残念ながら立ち上がることはできなかった。他の箇所が癒えた分、右足首の不調がかえって際立つ。
鬼は皆、人の形をしていた。少なくとも金属製の鎧から出る手は2本で、足も2本。直立歩行で頭は1つ。私と何ら変わるところはない。ただ、どの鎧も皆ゴツくてガタイがよすぎるぐらいによい。威圧感が半端ない。
私は座り込んだまま、ナイロンバッグを抱えて固まって……でもなるべく「トゥース!」を意識し、胸を張り、背筋を伸ばす。
むこうが威圧してきたからって屈するもんか。気弱でいい人そうに見えるからつけこまれるんだ。私は新卒で勤めたブラック会社での理不尽な扱いを思い出し、うつむきがちになる顔を上げた。
第一印象で優しそうとか与し易そうとか思われたら終わる。ここが正念場だ。
小柄で童顔、黒髪ロング――こんな自分の外見がある種の人間に訴えかけるものなのだと、私は22年の人生で嫌という程学んでいた。でも背丈も顔も変えられないし、仕事柄髪や化粧や爪なんかで派手さを演出することは事実上不可能。
ショートヘアだと若干マシになるとかいう都市レジェンドを小耳に挟んだこともあったが、髪は切らない。ケイ先生のお師匠さんが闘病の果てに亡くなった時に決めた、髪は伸ばしていつか寄付すると。
ロングヘアのウィッグは1年待ちにもなるって聞いた。癌患者の1年は長い。彼女達の1年は、ことさら重い1年だ。
こんな私を冗談めかして孫弟子とまで呼んでくれた人だ。ミオさんはケイコさんの弟子なんだからあたしの孫弟子ってワケね、あのおケイちゃんにお弟子さんなんて月日が経つのは早いわー…なんて。
あのお師匠さんが生きてたら院長も不倫なんかしなかった……とは言いきれないな。小猿は所詮、小猿だ。
鎧集団の中、守られるようにして居たひとりの青年が進み出る。
鉄のかたまりが密集する中でひとり文官風の褐色マントに薄青ローブ姿の彼は、酷く華奢に見えた。
煙雨の中、近づくにつれ彼の様子が少しずつはっきりしてくる。おかっぱに似た金髪、ギリシャ彫刻を思わせる彫りの深い顔立ち。ガタイのいい鎧集団に埋もれるようにしていた時には気づかなかったが、華奢に見えたこの青年もまたなかなか体格に恵まれている。
すらりと背が高く、柳のような体つき。頭が小さく、手足が長い。マントで隠れているけれど、これはこれで素敵な筋肉の持ち主かも知れない。手にしたメイスは飾りではなさそうだ。
整った顔には何の表情も浮かんでいない。この青年が何を考えているのか推し量るのは難しい。あえて言うなら、穏やかな春の海の凪。
ただ――これは個人の感想だが――翡翠色の瞳がとても綺麗だと思った。
その綺麗な緑色が、座り込んだままの私を見ている。
穏やかな春の凪が、ふっと揺らいだ。…不安? 哀しみ? どちらともつかない一瞬のゆらぎは本当に一瞬で、彼はまたすぐ春の海の穏やかさを取り戻す。
「お怪我をされておりますな」
ギリシャ彫刻がしゃべった…ってか、イケメンは声までイケてるのか。淡々と響く艶声だが、言葉使いが妙に古風だ。
「えっと……右の足首を、少々?」
何かお見合いの「ご趣味は何ですか~」からの「ストレッチを少々」みたいなノリになってしまった……お見合いとかしたことないけど。
ギリシャ彫刻風のパツキンイケメンはそれを聞くとちょっと眉根を寄せて、おもむろに何やら唱え始め、軽くメイスを振りかぶる。
「ヒッ…」
殴られる!?
怯えて身を竦めたがメイスは私に触れもせず――その先端から、いや、青年の身体から、柔らかな緑がかった黄金色の光が静かに私に注がれただけだった。
「キレイ……」
私はただただ見惚れた。
何て神々しい、優しい光なのだろう。これこそ宇宙のエネルギー? この人、ものすごく凄い(日本語としては不適当な表現)レイキヒーラーか何かだったりするのかな?
「気持ちいい……」
もっとちょうだい。全部寄越せよ。
そんな貪欲さに引いたのだろうか、あまり変化のなかった彫刻めいた顔つきが素直な驚きを表す。
こんな時に――しかも、まるで初対面の、おそらくはかなり年上の男性に対して何だが、ちょっと可愛いな、なんて思った。思わずふふっと笑ってしまう。
キラキラと、柔らかに注がれる緑がかった金色の光が消える頃には、足の痛みは完全に癒えていた。
「すごーい! 痛くない! 魔法みたい!!」
「魔法です」
「え?」
「魔法です」
と、ギリシャ彫刻風美青年は鹿爪らしく繰り返し、座り込んだきりの私に騎士よろしくすっと手を差し伸べ、淡々と言った。
「お迎えに上がりました、救国の聖女よ」
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