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幕間 ~神託の主と隊長殿・後編~

「お前は何なんだ?」


 え、と小首をかしげ、ランス殿記憶喪失? 一歩も歩いていないのに? 三歩歩くと忘れるヘルコンドル以下の記憶力? 等と失敬な事を口走るカノンを一睨みして、意識して威圧感たっぷりの咳払いなどして、ランスは立て直しを試みる。

 確かに今の言い方はおかしいとランス自身も判っている。意余って言葉足らずなんですよね貴方は、と、目の前の青年に散々指摘されてきた悪癖が出た。


「カノン、お前は『オラクル』だろう」


 言いたいことは簡潔に、をモットーとするランスだが、彼の場合はあまりに簡潔過ぎて時に伝わりづらい。だが聡いカノンには正しく伝わったようだ。

 あ……と、幼子のように瞳を揺らすカノンにランスは低く言った。


「『オラクル』とは何だ?」


 三拍程の間をあけて、カノンはひとことひとこと噛みしめるように言った。


「『オラクル』は、常に『運命』と共に在り、『運命』に寄り添い、最上の護り手たる者。そして、正しき導き手として……『運命』の意志を尊重し、抗うことなく、世の安寧と発展に力を尽くす、……べき、存在……」


「そうだ」


 歴代『オラクル』に脈々と伝わる文献の序章を諳んじたカノンに、わかってるじゃないか、とランスは大きく頷いた。


「いいか、『聖女』はお前の部下じゃない。お前が鍛えてやるべき相手じゃないんだ。

 彼女の意志を無視してはいけない。『オラクル』の教義以前の問題だ。人としての道の話だろうそれは。

 今のお前は『オラクル』ではなかったな。あの娘はお前に一言でも魔法の手引きをして欲しいと言ったか?」


 ランスの言に、カノンは半眼でうつむいた。この様子ではこいつは『使命』に関わること以外『聖女』と満足に会話もしてないな、とランスは正しく推察した。

 仕事が絡むと百戦錬磨の手練手管を発揮するくせ、ひとりの青年としてはどうにも未熟でとてつもなく不器用。穏やかなハイプリーストの鎧の下には酷く柔らかくて感じやすくて繊細な心を隠し――魔法使いの特性なのか、それとも貴族の生まれ故か。

 仕方のないヤツだ、とは思うがランスはカノンのそうしたところも決して嫌いではない。


「魔法を珍しがっていました。戦闘経験も皆無で……けれど彼女は私の魔力を目視できる程、魔法に対する感受性が強い方です。ですから――」


「強い力を持つ者が魔法を学ぶということは、それだけ危険な目に遭う率も高くなるということだ」


 ランスは重々しく告げた。


「俺がこの街の騎兵隊を預かることになってから、ひとつだけ決めていることがある。

 その隊員を竜騎士に昇格させるか否かは……まぁ、竜に選ばれるのは大前提だが、それでも本人が戦いを望まないのであれば強制はしないということだ。お前は竜に選ばれた、お前は強い兵だ、だから竜に乗って戦え、と――それを期待と取るか重圧に感じるかはそいつ次第だからな。昇格を受けるも蹴るも本人次第だ」


「もったいなくはありませんか。せっかく竜に選ばれたのに蹴るなどと」


「『使命』に総てを奪われたお前がそれを言うか」


 唇を噛み、瞳を揺らすカノンにランスは言った。


「そんな顔をするな。お前が揺らぐと、周囲も不安になるんだぞ」


 カノンはよくランスに対し、貴方の影響力が云々とこんこんと説教したりするのだが、それはそのままそっくり返したいものだとランスは思う。常に穏やかな表情を保つ聖職者が、ある瞬間にふと物哀しげに眉根を寄せたりしようものなら彼を慕う隊員達が、すわ敵襲か天変地異かと大騒ぎするのだから。


「彼女に対する質疑には、貴方も同席していただけますか」


「何だ、まだしてなかったのか」


 呑気なことだ、と含んだランスにカノンはうつむきがちにぽつぽつと、


「こちらの事情はさわりだけを大まかに、彼女の背景は断片的に。とても冷静で切り替えの早い性質の方で、文献に記されたような混乱はありませんでした。ですが、あまり幸福な暮らしを営んできた方のようではないとお見受けしまして」


「そうか?」


「貴方を見て、過呼吸を起こしかねない程に怯えていました」


「そうだったな……」


 ランスは一応同意した。


「だが俺は女子供には大抵あんな態度を取られるぞ、顔を見るなり泣かれたりな。その点、竜はいい。見てくれだけで判断したりはせんからな」


「山頂の遺跡で発見した時もそうでした。酷く怯えて、まるで手負いの獣のように……実際、怪我をしていたのですが。私がキュアライトをかけた時も、殴られるのではないかと身構えていました。もしかしたら彼女は、日常的に虐待を受けていたのかも知れません。

 気丈な方です。ヘルコンドルの襲撃に、石を投げて応戦する程に」


「それは……」


 気丈というより無謀だな、と、ランスは口を滑らせこわごわとカノンをうかがったが、いつもの小言はなかった。憂いを帯びた翡翠の瞳が、揺れながらランスを見上げてくる。


「おかげで我々は全滅の危機を免れたのですから、彼女の無謀に感謝しなければなりません。

 結局、彼女の度外れな胆の座りようや異常な切り替えの良さは、彼女を襲う不幸に対処する為に身につけざるを得なかった悲しい習性ではないのか、と。

 彼女は時折『ぶらっくがいしゃ』なるものについて言及していました。詳細に語られたわけではありません。ですが私はその時、『黒の組織』を思い出しました」


「黒の組織、か……」


 ランスは妻の手料理を食した時のような酸っぱい顔になった。


「それは『オラクル』の『啓示』か?」


「わかりません」


 カノンは切なげに目を眇め、首を振る。ランスは凶悪犯のような表情で、


「数百年前、時の王により殺戮された『黒の者』の組織、な。だとしたらまったく厄介なことだ。

 お前さんはあいつらを随分と庇うが、俺は当時の王の判断は適正だったと思うぞ。奴らは森を焼き、水を汚し、風を澱ませ、土を穢して破壊の限りを尽くした。その上非道な人体実験を行い、近隣の村民を攫っては奴隷のように働かせていたというじゃないか」


「異世界にも……ミオ殿の世界にもあるいは『黒の組織』のようなものがあって、彼女はそこの組織員だった過去がある。そうと知ったら、何を訊いても傷つけてしまいそうで……いえ、質疑も私の一存ではなく、慎重に行わなくては、と」


「そういうことか」


 ランスは納得し、瞳を揺らすカノンの頭をぽんぽん、と二度軽く撫で、言った。


「あの娘にどんな過去があれど、同情は禁物だ。『オラクル』は慈善事業じゃない。『聖女』にはこの国の為に役立ってもらわんとな。

 だが、彼女がひとりの人間としてヴァルオードも悪くないと思えるような人生を送れるように尽力する、それもまた『オラクル』の役目なのだろう? そう不安そうな顔をするな、ことに『聖女』の前ではな」


「えぇ……えぇ、そうですね」


 カノンが溶けるように微笑んだ。泣き出す寸前のような目をしてはいたが、いつもの貼りつけた人格者のプリーストの表情ではなく、本物の笑顔だ。


「ランス殿、貴方は時々良いことをおっしゃいますね」


 流石は隊長殿です、と、こっそり目元を拭ったカノンに、時々は余計だ、とだけランスは釘を刺しておいた。


お読みいただきありがとうございます。

オフラインの都合(仕事とも言う)により、妙な時間帯での更新です。すべては患者様の為に(!?)……なんてな。


黒の組織()で大爆笑。コナソ君かよと鼻で笑って下さい。

カノン様の中でミオちゃんは最早悲劇のヒロインポジ。そんな深刻なことではないのですがね。

頭が良くて優しい人は時折明後日の方向に想像力を巡らせてしまうものです。


数百年前の黒の組織()って多分日本の中小企業とかが集団転移なぞしてきたんじゃなかろうか、と、何故かここでこっそり補完。

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