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頭髪など飾りです、偉い人にはそれがわからんのです!

 スキンヘッド野郎は狛犬じゃねぇや警備兵乙兵と同じ形の、色違いの服を着ている。

 年の頃は三十路越え。モブ警備兵乙兵(って、酷い表現)がアースカラーなのに対して、スキンヘッド甲は快晴の空の色。制服の方をあつらえて仕立てたんじゃないかってくらいに見事なターコイズブルーの瞳。三白眼で目つき悪し。鷲鼻で、眉毛ナシ。身の丈2mなんて表現がJAR0に訴えられなくて済みそうなガタイの良さ。

 全体的にゴリラ感漂ってる。総評としては、厳つく男臭い雰囲気。

 多分コレ普通だったら、目を合わせちゃいけません案件。背中にごっつい大剣背負ってるし。でも――。



「あぅぅ~~~♡」


 私は意図せずイミフな呻き声を発してしまった。


――いい。



 服の上からでもわかる隆起した上腕二頭筋。パツパツの大腿四頭筋にプリッとした大臀筋。エックス線も顔負けの施術者アイで見ればわかる。このオッサン(見た目で判断)、絶対腹直筋は綺麗なシックスパックだ。ふっと頸部を旋回した時に浮き出る胸鎖乳突筋が眩しい。首なんて鍛えるの大変なのに……全身全霊鍛え抜かれた男盛りの肉体美! 

 あぁ、尊い……尊いわ……!


――はぅぅぅ~~いい。ヤバイ。めっちゃイイ。


 何て尊い、素敵な体! 

 菱形筋に拇指ぶっ刺したい腓腹筋がっつり把握したいハムストリングだってガチで圧したい何より臀筋! その素晴らしい臀筋を! 揉みしだきたいっ!!

 ……ハゲ? コワモテ? 全体的にイケメンゴリラ感満載? そんなの関係ねぇ!! 顔面なんてオマケです、頭髪など飾りです、偉い人にはそれがわからんのです!!!


 あまりに好み直球どストライクの肉体美を前に、過呼吸寸前ではふはふハァハァしていたら、カノン様が警備兵乙兵を追いやり、スキンヘッド甲から私を庇う位置に立った。あぅーカノン様のいけずぅぅぅ~もっとよく見せてよぅぅぅその芸術品のような筋肉をぉぉ~!


「すまん。怯えなくていい」


 ハスキーボイスで紡がれた謝罪の意味がわからずきょとんとすると、臀筋が本体の(あくまで私視点では)スキンヘッドが苦笑して言った。


「俺はどうも女子供に怖がられる性質らしい」


 この台詞で、どうやら私の一連の変態じみた言動が怯えによるものと解釈されたのだと理解した。


「ちがっ……ちが、違うんですこれはっ」


「ミオ殿……」


 痛ましげな声で、綺麗な翡翠の瞳を揺らすカノン様。……ああぁ完璧に誤解されてるわ。これは単に垂涎の筋肉を前にだな、と、釈明する隙も与えずスキンヘッドが言う。


「俺の部下がすまなかったな。ここは国境で隣国とは地続きだ。

 ユタに敵を入れることとは、すなわちヴァルオードに敵を入れること。ここが南の最後の砦だ。理解してもらえるとありがたい」


 はいはいはい! おっけーです理解しました! 私は超高速でこくこく頷いた。スキンヘッドはちょっと不躾なんじゃないかってくらいにじっと私を見て、


「黒い瞳の『聖女』か……」


と呟き、次いでカノン様に、


「10年越しの悲願達成、だな。おめでとう。竜神の恵みに感謝を」


「すべては運命の神のお導きです」


 カノン様は淡々と返した。




「ミオ殿、改めてご紹介致します。こちらはランス・アガリエ卿。ユタ竜騎兵隊の長であり、次期領主でもあります」


「正確には次期領主は俺の女房なんだがな」


 女房……って、奥さん? ってことは、既婚者!?

 がびょーん、と効果音付きで愕然とした私に、臀筋が本体のスキンヘッドゴリラじゃねぇやランス卿は情けなげに眉尻を下げ(この人眉無しじゃんってツッコミは却下)、


「おいおい、そんなに驚かなくてもいいだろう。こんな面で15も年下の貴族の娘と逆玉云々はもう聞き飽きたぞ」


 あぅぅ……いらんわそんな情報……うぅ聞きたくなかった! 

 好みどストライクなプリッと輝く臀筋の所有者がよりによって既婚者だったとは……。

 いや、落ち込むなプラスに考えるんだ! 仮にこのごっついゴリラフェイスに反して中身が素敵な臀筋並の漢前だったらうっかり惚れちゃってたかも知れないじゃないか! そうなる前に知れてよかった! 深入りしてからじゃ遅いから!

 今ならセフセフ。不倫イクナイ、泥棒と一緒。私の願いが叶っても誰かが泣いてたらそれは純愛でも何でもない。 

 大事なことだから繰り返す、不倫イクナイ! 愛人とは違うのだよ愛人とは!! 切り換えろ、これは観賞用筋肉だ!!!


「ミオ殿……?」


 どうなさいました、と、カノン様が私の顔を覗き込む。まったくもって表情筋は仕事してないが、この眼差しが何を訴えているかは判る。本当にこの人、他人の心配ばかりしてるなぁ。


「失礼しました。日本では……私がいた所では30越えても独身って割と多かったものですから驚いて。えっと、だからそしたらランス様の奥様は私と同じくらいのお年なのかしら、って」


「ふむ」


 ランス・アガリエ卿はしげしげと私を見て、


「そうだな……いや、グレイスの方が君より年上かも知れんな。今年19になる」


「ファッ!?」


 待て待て待て奥さん10代かよそれロリコンじゃねぇかよつか私一体幾つだと思われてるんだよ!?


「私もうすぐ23歳になるんですけど?」


 今22だって言うと、あら随分と若い先生ねーなんて足元見られる。経験が私にそんな表現をさせた。


「え」「は!?」


「……何ですか?」


 私がジト目で、固まるカノン様とランス卿を睨み上げると彼らはぎくしゃくと顔を見合わせ、


「貴女……ポール殿と2つしか違わなかったんですね。幼い、いえ、お若い割にしっかりなさっておいでだと思ってはおりましたが……」


「すまん、てっきり未成年者だとばかり……」


 何か酷い言われようだな。


「もしかして『聖女様』って10代の少女じゃなきゃダメなんて決まりでもあるんですか?」


 多少の嫌味を込めて言ってやると、彼らは申し合わせたようにぶんぶんと首を振り、


「いや違うそうじゃない。そういう意味はなくてだな」


「『聖女様』も『勇者様』も、年齢人種その他諸々、個性豊かな方々ばかりで……えぇ、むしろ10代の少年少女は稀でした。

 ポーションを発明した勇者様は20代でしたが、直近の――治水のモンド氏は40代。服飾の聖女様もおいでになった時点で30半ばです。地図職人の勇者様に至っては、召喚当時で50代前半といったところでしょうか」


 へーそーなんですか。私はにわかに興味をそそられた。


「だが珍しいな。女性は1歳でも若く見られるのが嬉しいのだとばかり思っていたが」


 君はそうでもなさそうだ、と、のたまうランス卿に、私は口元を引きつらせてしまった。あーヤダヤダこういうステレオタイプの思考回路。


「そういう方もいらっしゃるのかも知れませんけど、私は『若さ』と『女性』のコンボって、物凄いハンデだと感じてます」


 私は苦笑と共に言った。

 そんな場面は幾らでもあった。例えば、学校での実技の時。

 私が『私』として施術してると判る時、大抵の人が駄目出ししてくる。圧が弱いだの物足りないだの、もたついてるとかぎこちないとか。生徒同士の時ばかりか、講師までもがそんなことを言ってくることだってあった。

 でもいざブラインドで(受け手に先入観を抱かせない為に施術者が誰かを伏せて施術するやり方)やってみると、私は全受講者中で2番目にいい評価を得た。

 そりゃそうだ、こちとら3年鍼灸整骨院で働いてんだ、毎日が実技で実践だ、年季が違うんだよ、とスカッとしたのと同時に、あぁ『若い女の子』ってだけで下手クソで頼りなくて力も足りないって思われちゃうんだなぁって思うと、本当に歯がゆくて悔しかった。

 ちなみに、その時のブラインドで1番だったのはひょろガリパツキンにピアスの穴が左右合わせて6つも開いてる若いチャラ男で、2番が私、同率3位が大人しそうな職人気質の眼鏡の青年と、視覚障碍者でチョイぽちゃのおばちゃんだった。

 度々マウント取ってきた某大企業を早期退職して学校に来てるジジイなんか、エラソー風吹かして弁が立つからデキる人みたいに思われてただけで、いざブラインドでやってみたらけちょんけちょんで散々な結果だったんだから。

 それから、学校内でのヒエラルキーががらりと変わった。先入観って怖いな、と、まざまざと見せつけられた出来事だった。


「私の世界では、『若い女性』ってだけで足元見られて侮られる。

 だから私は、早くこの道ン十年の風格漂うクソババアになりたかったんですよ」


 私は努めて軽く、冗談めかして言った。

お読みいただきありがとうございます。

ミオちゃんは筋肉が好き。垂涎の筋肉の前では年齢頭髪その他諸々は考慮のうちに入らないようです。

ただし不倫イクナイ、それだけは譲れないみたいです。

ちなみに作中のブラインド云々はほぼほぼ実話だったりします。先入観コワイネ。

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