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ツボとレイキとお弁当

 腹が満ちると、少し冷静になれた。

 ここはどこだろう、という疑問は解消しないが、とにかくバッドステータスてんこもりのこの体調をどうにかせなあかん。

 胃にモノを入れたので薬が飲める。頭痛生理痛に! とCMなんぞで連呼しているこの鎮痛剤は、果たして怪我の痛みにも有効だろうか。

 少なくとも右足首は捻挫してるし、肩と言わず腰と言わずズキズキしてる…これらは多分、打ち身っぽい痛みだ。大丈夫折れてない骨は無事。頭部や内臓もおそらく平気。お弁当食べてみてもちゃんと消化してる感じだし、吐き気や眩暈もないし。

 ホームから落ちたんだ、むしろこのぐらいで済んで僥倖と思わねばなるまい。


 水筒のお茶で服薬してみる。

 お茶で薬飲むとお茶の何ちゃらいう成分が薬効を阻害して~とか言ってる場合じゃない。

 この場合、飲んだという事実が大事。プラセボブラボー。それから――


「合谷、押しとこか」


 治療家あるある、困った時の合谷頼み。

 手の親指の骨と人差し指の骨が交差する所に、押すとめっちゃ痛いポイントがある。そこが合谷。万能のツボとも呼ばれる汎用性の高いツボ。とりあえずビール的なノリで何かあったらとりあえず合谷押しとけってケイ先生が言ってた(あくまで個人の感想です)。


「ぎゅーーー…うぉー痛ぇーーー!」


 うんうん、効いてる~ってカンジ?


「あと、曲池と…」


 治療家あるあるその2。肘を曲げた時にできる外側の端の、くぼみの部分。それが曲池。痛みに効くツボだってケイ先生も言ってた。血行促進、身体を温める効果もある(諸説あります)。内臓整体の仕上げに押すツボでもある。


「ぎうぅぅぅー…イタタタ…」


 ぐぉぉぉ~痛いぞぉぉぉだがそれがいい~(!?)


「そんで仕上げの足三里、っと」


 足三里…合谷と湧泉に並ぶツボ界のビッグスリー(諸説あります)。

 膝のお皿の下の指三本、っと。…三里だから指3本って覚えがちだけど、私の場合手もちっちゃいから大体指4本分くらい下になる。そのポイントをグッと押す。ここも痛みに効くとされるツボ(諸説あります)。


「ぐふっ…効くわー…」


 足三里のついでに、湧泉の存在も思い出した。


「念の為に、押しとくか…」


 スニーカーを脱いで、足裏中央。足の指を内側に曲げると出現するくぼみ。ここが湧泉。足ツボ界のメジャーネーム。これもオールマイティーに何にでも効くぜ! とされている(諸説あります)。


「ぐーっと、じわーっと、押しまーす……うっひょーイテーーーぇ!」


 湧泉、って書くぐらいだから、元気の泉が湧いて出てくるんだよー(あくまで個人の感想です)。


 とりあえず、セルフで押せるツボをガンガン押してみた。

 気休めでもいいのだ。やれるだけやったという達成感が胸に熱い。事実、経穴刺激の痛気持ちよさに打撲の疼痛を一瞬だけでも忘れた。…うん、やっぱツボは偉大だ。

 ツボの王道のどれが効いたのかは謎だが、少しばかり回転がよくなったらしい私のオツムはとっておきの秘策を思い出してくれた。


「そうだ、レイキやろう!」


 我が日本国ではイマイチ影の薄いレイキ。でも実は日本発祥のヒーリングで、霊氣とも書く。

 ヨーロッパや欧米では医師免許と同じく医療保険が適用される国家資格として扱われている(国もある)。戦前日本では伝統的な民間医療として「おてあて屋さん」と呼ばれるヒーラーが多数活躍していたとか。

 西洋医学が幅を利かせる前、ことに滅多なことでは医者にもかかれない庶民の間で重宝されていたというこのレイキ、ざっくり言うと宇宙のエネルギーを拝借して元気に健康になりましょう! って感じ……ってホンマにざっくりやな。


 マントラを空中に描き、発霊の文言。手順通りに、顔、頭、首、胸、と手を当てていく。

『手当て』って言葉があるけど、レイキはまさに『お手当て』だ。じんわりと、温かいエネルギーが身体の深部にまで染みわたるように…イメージ? 錯覚? 

 そう、錯覚だっていいのだ。気のせい、って言葉があるけど、気の持ちようって大事だわ。

 気のせいだっていいのだ、よくなりさえすればね。…って、もちろん詐欺は駄目だけど。

 胃から腹、さらにその下、次は背面、肩から背中へ――痛む肩部と腰部には特に念入りに。


 結論から言うと、レイキは私史上最大の、稀に見る上出来な結果をもたらした。

 腰部から上の痛みはほぼほぼ消えた。

 マジかよレイキ、すげぇよレイキ。ウスイ先生ありがとー!!!


 …と、霊氣創設者の今は亡き知らないオッサンを全力で誉め称えていた私ははっと我に返る。

 金属音がした、気がした。


 今の仕事に就いて、目の不自由な鍼灸師の女性に付き従っていた3年近いこの日々で、私はすっかり目敏い地獄耳に成長していた。

 今の鍼灸院で働くことに決まった時にケイ先生は言った「ミオちゃん、わたしの目になって頂戴ね」――そう、私はいつだってケイ先生の目であり、彼女の手足だった。そうなりたいと、自分で願う程に役に立てていたかどうかは今となっては判らない。

 でも、盲目というハンデを背負いながらもお洒落で気丈でエネルギッシュなケイ先生の人柄も鍼灸師としての実力も、好きだし尊敬していたし、何より彼女はブラック会社勤めで疲弊し心身共にボロボロだった私に新たな職と生き甲斐を与えてくれた恩人だ。

 少しでもケイ先生の役に立ちたかった一心の私は、ケイ先生の夫である院長と受付スタッフの女がデキてることにもすぐに気づいた…まぁ院長も愛人もまったく隠す気なんかなかったみたいだけどね。

 とにかく、ケイ先生が傷つかないようにと秘密裡に暗躍してたつもりだったが…結局こうして死んじゃった。

 ってかアレ絶対愛人が突き飛ばしたって! 愛人殺人犯じゃん!!


 もっとも、私の気使いなんか必要なかったかも知れない。ケイ先生だって気づいてた。目は見えないけど――いや、見えないからこそ聡いケイ先生のことだ。院長も愛人も泳がされてただけ、見逃してもらってただけだ。



 ガチャガチャと、金属が触れ合うような音は次第に大きく、近くなってくる。

 人の姿は見えない。というか、生物の姿そのものがない。でも音だけはどんどん増して、近づいてくる。

 そして、人の声も――「本当にこんな、寂れた遺跡に――」「神託は云々――」「それにしても酷い雨――」


 私は緊張で身を硬くした。

 散らかしていたランチボックスやらポーチやらをささっとバッグに収納し、辺りを見回し…駄目だ、隠れる場所なんかない。雨を避けるのが精いっぱいのボロっちい石の掘っ立て小屋以外は、朽ち果てた木ぐらいしかない岩山だ。


「これはいよいよ、お迎えが来たか…?」


 私は勝手にここが死後の世界と思ってたけど実はまだ死んでなくて狭間の世界とやらに一時預かりになってたけどついに地獄の鬼さんがお迎えに――なんてファンタジックなことを考え、でも、と思い返す。

 たとえ鬼さんが「ウェルカム to 地獄~♪」なんつって迎えに来たとしてって、だから何だって言うんだ?

 私は、私の魂に恥じ入ることは何もしてない。

 院長と愛人がグルでレセプト不正をしてたこと、院の経費で愛人と院長の愛の巣 (…キモッ)の家賃を落としてたこと、愛人の『お手当』を正規の給料とは別に上乗せして院のお金で以下略なこと、私の通勤用バイクのブレーキケーブルが切断されてたのを警察に届けたこと。それらの証拠を秘密裡に集めてたこと。

 確かに後ろめたい気分にさせられた数々の証拠集めの実績だが、それは罪? 私は何も悪いことしてないわ。


 私は相変わらず古びた遺跡の軒下に座り込んだまま、意識して背筋を伸ばし、ピンクベスト筋肉芸人の「トゥース!」ばりに胸を張り、顔を上げた。

 悪いことしてないんだから、堂々としてればいい。地獄の鬼さん相手でも、ケーサツ屋さんに披露した完璧なプレゼンを展開してやるわ!

 内心でふつふつと闘志を燃やしつつ…でも、心残りがひとつだけ。


「肝心の足首にレイキできなかったな…」


 ここまでバリマッチョな威力を発揮するなら、しっかり足までケアしたかった。いや、まずいちばん酷い右足首から始めるべきだった。レイキの手順通りに~なんて頑なに順番守ってないで。

 私は自身の手並みの悪さを悔やんだ。


 鬼が来る。もうここまで来る。岩山を登ってやってくる鬼がもう目視できる位置まで。

 鬼が来る。鬼は集団で、皆大柄でガタイがよく、しかも鎧で完全武装していた。ガチャガチャと、武器が鳴る。耳障りな金属音。


 あぁこれは殺されるな。

 私はひっそりと覚悟を決めた。


お読み下さりありがとうございます。

「諸説あります」と「個人の感想です」を連呼する話になってしまいましたが評価感想等いただけましたら幸いです。

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[一言] 若い女性ヒロインが冒頭から愛人連呼してると相手は中年以上の男かなと思ってしまうし、男女差別かもしれないけどそんな人間関係を持つヒロインは突き落とされたとしてもあんま同情できねーやと思ってしま…
[良い点] 今日読み始めました。聞いたことのあるツボが出てきて、面白いし、場所を間違えて覚えてたツボもあり、なるほど、ここか!!ってツボ押しながら読んでました。愛人の後日談もでてくるのかなぁとか、主人…
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