ヴァルオード王国におけるポーション事情
「どうですか? どうですか!?」
カノン様は子供のように期待に満ちた目でポール殿に尋ねる。この期に及んでポンコツな表情筋は一体どうなっているのか。
うぅ…いてぇよぉ…母ちゃーん…等と弱々しく呟いていたポール殿は我に返って真顔になって、
「全快は…してないですね」
「何ですと!?」
「あららら……」
カノン様と私はそれぞれ落胆を表した。
「全快はしてないですけど、」
と、ポール殿は続けて、
「大体半分ってトコですかね、回復したのは」
「えー半分ー……?」
私はちょっとガッカリした。しかしカノン様はテンション高く、
「充分ですよ! 大体ポール殿は見境なく使い過ぎなのですから! ほぼ空のところ半量回復なのなら御の字です!」
「ま、俺は魔力の総量が少ないんで満タンでもカノン様の半分も行かないんですがね」
へらっと笑ってポール殿は頭をかいた。カノン様はデュフフコポォのテンションで、
「素晴らしい……素晴らしいことですよこれはいわゆる革命です! ひとたび魔力切れにもなれば自然回復を待つか魔力ポーションを服用するかの二択しかなかったところに、このゴウコク!
嗚呼神よ感謝致します……もうあの魔力ポーションの副作用地獄に苦しめられることはないのですね……!!」
「そっかもうゲロ吐きながらのたうち回って戦わなくていいのか!」
ポール殿は晴れやかに笑って恐ろしいことをのたまった。
「え……魔力ポーションって何なの劇薬なの……?」
こわごわと訊いた私にカノン様とポール殿が競い合うようにして語るによると、魔力ポーションとは読んで字の如く魔力を回復させる薬物のことだが、高価な上にシビアな副作用があって1日に服用できる上限が国の法でがっつり決められているとのこと。
「とは言え、戦時中ともなると法律など気にしている場合ではなくなりますし……特に回復主体のプリーストは出征する度に前科者になってしまうという有様でして」
カノン様の物憂げな発言に、私はあぁー……とやるせない息をつく。
戦争行って、命がけで戦って、いざ帰ったら犯罪者扱いか。酷いものだ。いつだっていちばん損をするのは現場で働く立場の弱いフツーのヒトで。それは日本でも変わらない。
「どこも一緒ね、そういうのは」
やりきれないわ、と私はうんざりと首を振る。
「法律で決まってるってのにはやっぱり、それなりの意味ってヤツがあるんですよ」
ポール殿がしたり顔で、
「まー何て言ったらいいのか……胃が引っくり返って前宙バク転エンドレス! みたいな腹痛と吐き気と、人によっては錯乱状態に陥ったりとか」
「過去にはポーションの幻覚による同士討ちなども起きたそうですし」
「何それ怖い」
私は慄いた。カノン様は憂い顔で、
「ポーションは数百年前に異世界からお迎えした勇者様の手による『発明』でした。
当時は画期的だと誉めそやされ、手軽さもあって人口に膾炙しました。しかし時が経つにつれ深刻な副作用が発覚し……件の勇者様は責任を感じ、ポーションの副作用の研究に生涯を捧げたと文献にはあります。今のポーションは当時のものより格段に副作用は弱まったとのことですが」
「そりゃ嘘でしょー」
ポール殿は心底嫌そうに顔をしかめた。
「あれで弱まったってなら当時のポーションってどんだけキツイ副作用だったんだよ」
「服用し過ぎて文字通りの廃人となった兵も多かったようです。よって現在では、製造販売使用全てが国の法律によって管理されているのです」
「なるほど……」
私は深く納得した。どんな薬だって副作用はある。もし何の副作用もないという薬があるとすればそれは『毒にも薬にもならない』シロモノというワケだ。
「つまり、おくすりは用法用量を守って正しく使いましょう、ってコトですね」
「それです!」
私が故国日本で散々使い古された言い回しを口に乗せると、カノン様は我が意を得たりとばかりに頷いた。
それからの道程で、ヨロイー’sの間でちょっとした合谷ブームが巻き起こった。
篭手を外さなきゃならんのは面倒だな、という鎧騎士某のお言葉にはそれな、としか返せなかったが、総員の合谷を手当たり次第押してみたところ、程度の差はあれ魔法持ちの方々の魔力が回復することが確認できた。私が押すと全量の半分、カノン様が押すと3分の1くらい? そして、
「ぬうぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉーーー!!! イテッ! イテッ! イテテテテッ! くそう、これ以上は無理か……」
歩きながらムキになって合谷を押しまくってるポール殿だと、微量。どうやら連打しても意味はなさそうだ。
「あークソッ、何でミオ様はそんな激増するんだ!? 聖女様だからか!?」
「いやそれ関係ねぇーし」
つい素でツッコんでしまった。いけないなぁ、どうもポール殿相手だとかぶった猫がはがれるわ。年が近そうってのもあるけど、この人めっちゃコミュ力高い。
「私は控えめに計算してものべ1000人の合谷を押してきた女です。まずは1000回押しましょう、話はそれからです!」
「1000人……1日3人としても、3年……」
カノン様の目がきらきらしている。表情筋は相変わらず仕事してないが。
「アレン殿! ゴウコクを押して差し上げます!」
カノン様は無表情のまま鎧騎士某にせまっていた。
「ええっ!? いや間に合ってます……」
「遠慮なさらず、さあ!!」
「あの、小官は純然たるソードファイターですので不必要ですし、それにソレとんでもなく痛いですし押されてしばらくは剣が持てない――」
「押し方の問題だと思いますけどね」
私はじゃれ合う金髪おかっぱと褐色のかりあげに割って入って、鎧騎士某改めアレン殿の合谷を押した。
「……ぐふっ!!」
そんな今際の際みたいなリアクションせんでええやろアレン殿……。
「ミオ殿、酷いです……」
ソレは私の獲物でしたのに抜け駆け……等とさりげなくアレなことを口走るカノン様。そして、
「ん? 気のせいか肩が軽い……??」
アレン殿はこきこきと首を回したり肩を回したり――うん、本来合谷ってそーゆーモノよ。
流石合谷、万能のとまで異名を取るツボだけのことはある。
お読みいただきありがとうございます。
ミオちゃんが「私はのべ1000人の合谷を押してきた女」と豪語しておりますが、過少申告だと思います。多分もっと多いでしょう。1日3人しか施術しないってまずないですからね。
ましてや彼女、仕事を離れてもデュフデュフ言いながら手近な人を捕まえて手当たり次第押してそうです。