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合谷=魔力回復!?

 翌朝。

 日の出と共にという表現がまことに正しい早朝、撤収作業。


 今後はただひたすら山間の平地を歩くだけの簡単なオシゴト。まずはユタの街が管理する竜騎兵隊の駐屯地を目指すとのこと。

 それって遠いの? と私が訊くとカノン様は穏やかな春の海のように凪いだ表情で、


「いいえ、近いですよ」


 よかったぁ、近いのかぁ。


「徒歩ですと、途中魔物の襲撃等が無く滞りなく進めば7日程です」


「な……なのか?」


 それ近いって言わなくないか? 7日って1週間じゃん!

 愕然とする私にポール殿が笑って、


「うんうんそういう反応になりますよね普通は。カノン様の基準はちょっとオカシイです!

 何せこの方、首都ヴァルハラからユタの街まで30日で踏破しましたからね。多分徒歩での最速記録なんじゃないですかね?」


 お役目とは言えそのバイタリティーは凄いです、と、簡単半分呆れ半分といった感じのポール殿に、カノン様は眉間にしわを寄せて、ひとこと。


「昔の話です」




 7日というのは、多分私の為にゆとりを持って組まれた日程だったのだろう。

 始めこそ日の出から日没まで延々と歩き続けるのかと悲壮な覚悟を決めたものだが、ありがたいことにその覚悟は無駄になった。

 途中、無理のない範囲で休憩が入る。食事も3食、きっちりと。適度な運動に、蛋白質豊富な食事(例によってヘルコンドルの以下略)なんて、まるでストイックなアスリート。これならブラック会社でアレだった頃より余程健康的な生活なのではなかろうか。

 懸念していた魔物も出るには出たが、最早ヨロイー’sの敵じゃないって感じ。濃霧の岩山であれほど苦戦したのは、視界もだけど足場が悪かったってのが一番じゃなかったかな。平地のヨロイー’sぶち強い。


 幾度か挟まれる小休止には、カノン様は回復魔法を使ったりした……主に私に。足のマメが潰れちゃってたんで正直とっても助かった。

 つくづく私、パンツスタイルにスニーカーのお仕事仕様でさらわれてきてよかったわー。平地だと日中はそんなに寒くもないし……むしろ途中でライダースジャケット脱ぎたくなったくらい。

 あの岩山の山頂は、雨天ってのもあったけど、あぁやっぱ高地は寒いのね、ということがよく理解できた。平地と山頂で体感20℃は違うって俗説もあるくらいだし。


 休憩中は、カノン様は魔法でお水出して総員に配るとかもやってた。何か水芸とか思い出してしまった。芸人殺しの鬼ツッコミのくせに伝統芸の使い手芸人とか…いいじゃない。お正月の特番で引っ張りだこだよ多分。これでもうちょっと表情筋が活躍してくれれば言うことないのにね。せっかくの美形なのにもったいない。

 それにしても魔法って便利。これなら水筒いらないね。カノン様は私に水の素質ガーとか言ってたけど、私も頑張れば水芸の使い手になれるのかな? ユニット組んでいつもより多めにお出ししてます~とか、……いいじゃないの。お正月の顔になれるわ。

 なんてどーでもいいこと考えながらリクエストにお応えしてヨロイー’s相手にレイキなどやってたらカノン様が、


「ミオ殿、それでは休憩にならないではないですか」


「このくらいはさせて下さい。正直なところ、私ひとりの為に皆様に大変な想いをさせてしまって…と思うといたたまれなくて」


 私はヨロイー’sの手前、よく訓練された余所行きの言葉使いで続けた。


「私にもできることがあって嬉しいんです。お世話になりっ放しでは心苦しいですし。

 それに言ったでしょうカノン様、レイキは施術者の負担はほぼほぼないんです」


 休憩にならない、という言葉はむしろカノン様にこそ捧げたい。小休止の度、魔法で光出したり水出したりで。この人こそちゃんと休めてないんじゃないの?


「カノン様」


 そろそろ休憩時間が終了するという頃、簡略レイキ(対象:ポール殿)を終えた私はカノン様を呼び止めた。残念ながらじっくりレイキする程の残り時間はないけれど――。


「ちょっと手、出して」


 今は誰も見てないからと、つい素の言葉使いで、


「?」


 怪訝そうにしながらも、素直に右手を差し出した彼の手を取り、


「手袋を、外しても?」


「…? どうぞ」


 私はカノン様の革手袋を外すと、合谷を軽く押した。手の親指と人差し指の骨の間にある経穴。


「……っ!?」


 カノン様はビクゥゥゥゥッ! として飛びのいた。


「何をなさるのです!?」


 痛いじゃありませんか、と涙目で訴えるカノン様に妙なS心を刺激されてしまって、私は口元だけでふふっと笑う。


「え、何? 今ので痛かったの?」


 今こんなモンですよ、と、彼の内腕の辺りを同じ力で押してやる。すると彼は涙目のまま、


「そんなはずはありません! たばかりを!」


「これで痛いって相当だわ~……ホラ、そっちの手も」


 痛くしないから、と、気休めを言って、左の手袋も外して、さっきよりは少し軽めに――。


「い…たっ!!」


 それでもカノン様は大袈裟に声を上げ……ん? と小首をかしげて、呆然と、ひとこと。



「魔力が…全快しました……」




「ファッ!?」

「いえですから魔力が」

「え、あ、はい、その…それはわかりましたけど」

「これも『れいき』とやらの効果ですか!?」


 やべぇまたカノン様がデュフフコポォモードに突入しつつある! やめてーせっかくの薄幸美青年(風)が台ナシィィィィ!!


「いやえっとこれはレイキじゃなくてツボ……」

「つぼ?」


 原理は!? 仕組みは!? どのように!? と畳みかけてくるカノン様に怯え、私は声を張り上げた。


「ポール殿、ポール殿~たーすーけーてー!!!」




 私に輪をかけて地獄耳のポール殿が特筆すべき速さで駆けつけて来て――カノン様を見て、ぎょっとして立ち竦んだ。


「ってカノン様が泣いてる!? どどどーしたんですかっ!?」


 って待ってひょっとして私がカノン様をいじめたとか思われちゃってる!?


「いえあの誤解ですぅぅぅ! そりゃちょっとSっ気くすぐられちゃったりしましたけど、でもホンモノのSならMのヒトが泣く寸前のギリギリ悦ぶトコでコントロールして止めてあげられるワケで、やり過ぎちゃって泣かせちゃうとかSの風上にも置けないってゆーか!」


「いやアンタの性癖聞いとらんし……」


 ポール殿が呆れ返ってボソッと……ソーデスネ。


「でも私、ホントに! Sじゃないから!!」


「だからもーその主張はいらんと! ……で、どうしたんですかカノン様?」


「つぼで魔力が全快しました」


 彼比で興奮気味に、翡翠の瞳をきらきらさせてポール殿を見上げるカノン様……眼福。

 じゃなくって!


「私が元いた世界で、鍼灸師が合谷と呼んでるツボを押してみたの。ホントに軽く、つまむ程度にね」


「あれが? つまむ程度? 嘘をおっしゃらないで下さい。涙が出る程痛かったですよ!」


「カノン様、休憩中でもずーっと動きっ放しでしょ? お水出したり治療したり。なもんでちょっとでも助けになったらいいなーと思って――」


「ミオ殿貴女はこの効果を知ってゴウコクとやらを攻めたのですか!?」


 あーもーだからカノン様そのフォヌカポゥ的なデュフフコポォやめれ。


「いえ、実のところ、まったく。

 合谷は万能のツボとも言われてて、何かあったらとりあえずビール的なノリでとりあえず合谷押しときゃ何とかなるからってケイ先生……私の師匠が言ってて」


「おぉ、ミオ様のお師匠さんとは気が合いそうだなー」


 ポール殿が茶々を入れ、カノン様が涙目のまましおしおと、


「そんな…私如きの為に…ミオ殿こそ慣れぬ土地でお疲れでしょうに……」


「で、ケイ先生の教えに則り合谷をかる~く押してみたところ――」


「私の魔力が全快しました」


「へぇ~!?」


 ポール殿は口笛でも吹きそうな調子で金属製の篭手をぽいぽいっと外し、


「俺今ファイアーウォール連発につき魔力ほとんどカラっす!!」


「そう自慢げにおっしゃいますな、ご自分のペース配分の甘さでしょう」


 カノン様はポール殿が放り投げた篭手を回収しつつぴしゃりと……でもカノン様って、口では辛辣なコト言いながらも何だかんだ面倒見いいんだよな。


「ってワケなんでミオ様、遠慮なく、ぐいーっと、ゴウコク? イッちゃって下さい!」


 高らかに宣言したポール殿に、私はにっこり笑って言った。


「そうですか? じゃ、お言葉に甘えて遠慮なく」



 商売道具の拇指は守りつつ、私はポール殿の合谷を全力で押した。

 断末魔のようなポール殿の叫びが、平野に木霊した。


お読みいただきありがとうございます。

ミオちゃんS疑惑勃発、そして合谷がめっちゃチートです。

自分で押せる箇所なので皆様も是非合谷攻めてみて下さい。合言葉はとりあえず合谷で。

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