山菜と、軽いホームシック
「しかし、カネさえ支払えば取れるような資格試験に毎年落ち続けている我が街の次期領主は何なんだろうな」
ヘイゼル殿は芝居がかった口調で唐突に言った。空気を変えようという意図もあったのかも知れない。私は全力で乗った。
「えっ、毎年!?」
「最早、年中行事の趣すらあるよ」
「初級で? まさか。中級以上は持って生まれた才能がモノ言う世界だけど、初級はたとえペンデュラムが不動でも知識さえあれば――」
「その初級がクリアできないからグレイス様はいまだに『お嬢様』なんですよ、イグニス卿」
ヘイゼル殿は赤毛の貴族に言った。マジか……とフレイ殿は固まった。
「だからおじょーさまは変な踊り踊ってる場合じゃないって僕思うんですけど」
「変な踊り!」
フレイ殿はひとしきり爆笑し、
「アレ、力抜けるよなー」
「フレイ殿、貴官の剣術の腕を鑑みよ」
アレン殿は教官よろしくフレイ殿を制した。フレイ殿はそれでも笑いの残る目で、
「わかってますよ、人のこと笑ってる場合じゃないってことは。
でもあのお嬢様のおかげで僕も『ファイアファイター』を目指してもいいかと思えるようになった。ファイア抜きのファイターとしてのフレイ・イグニスは我ながら酷いものだけど、変な踊りのグレイス・アガリエよりはマシだろうって勇気をもらえた。アレンさんから見れば不足だろうけど一応真面目にやってるつもりですよ、剣術も」
「努力は認めよう」
アレン殿は鹿爪らしく言った。
「ってゆうかヘイゼル様もフレイ様も手を動かして下さい! 今晩のおかず、間に合いませんよ!」
そう言うフーガ殿は意外とちゃんと作業をしている。器用な子だ。
「まぁまぁ、ええやないの。お夕飯までにはまだ間があるし、順調な進捗状況ってコトで。……グレイスお嬢様のお受験のことは、要はやる気の問題なんやないの?」
私は風魔法でワイルドボーの骨を落としつつ、言った。詠唱は……と固まるフレイ殿に、彼女はこれが通常です、とヘイゼル殿が言っていた。
「年中行事は結構やけど、毎年100万シカネーをドブに捨て続けてると考えると笑ってる場合と違うね。結局その100万シカネーって、税金やろ?」
「そうなんだよ……」
我が意を得たりとばかりに頷くヘイゼル殿。
「もういっそランス隊長に1年ぐらい隊長職休んで勉強してもらって――なんて考えてるみたいだよアガリエ卿も」
「でもランス殿は『伯爵令嬢の夫』だろ? 受験資格あるのか?」
「そこなんですよ……」
フレイ殿の素朴な疑問に、いつもの芝居っ気抜きで肩を落とすヘイゼル殿。
「ランス隊長が受験資格を得るには最低でも『伯爵の夫』の肩書が必要になる。けれどそれには前提条件としてお嬢様が試験に受かって『グレイス・アガリエ伯爵』になる資格を得ないとならない。でないと彼女の父上だって家督を譲れない。現アガリエ卿はあまり仕事熱心じゃない……っとコホン、政治の生臭さがお好きでない方だから、お嬢様が成人したらすぐにでも引退したいぐらいの勢いだったんだけどね。
結局、八方塞がりさ。グレイスお嬢様にはユタ領の為、頑張って頂かなければならないのにな」
前途多難、という単語が脳裏をかすめた。
でもこればかりは聖女パワー()で何かできるって感じではなさそうだ。大体、このセイジョサマってポンコツだし。ギルド登録アウト判定食らうぐらいだし。お役に立てずにすんません。
鍛錬所に居合わせた騎士有志のアシストもあり、立派なワイルドボーは見事な切り身になった。まったく、驚く程の短時間で素晴らしい成果だ。ビバ人海戦術、やはり戦いは数だよ兄貴。
超肉食の騎士団員の多くはステーキをご所望だ(筆頭:小官は純然たるソードファイターのアレン殿)。竜騎兵隊と折半しても充分人数分プラスアルファの分量はありそうだったので、今夜のメニューはワイルドボーのステーキで決まりだ。肉焼けばいいだけだから作る側としてはありがたい。これと、タロのスープでもあれば過不足ない夕食になる。
八百屋さんでもらった何やようわからん山菜はおひたしにでもしよう。品数が1品増える。謎の木の実は明らかに人数分には足りないので今回は保留。ってかこの木の実、どうやって食べたらいいんだ? 殻、めっちゃ固そう。見た目的には巨大化したクルミって感じだけど、煮るのか焼くのか茹でるのか? それとも生で?
宿舎食堂にて本日の食事当番スピッツじゃねぇやフーガ殿と共に材料の選別とメニューの確認をしていたら、ヘイゼル殿が舞い戻ってきた。
ソッチの仕度はええの? と訊きかけたが、竜騎兵隊は専属のシェフ(?)がいるんだった、と思い出す。そうでした、ユタ竜騎兵隊員は掃除洗濯料理等々は専門のスタッフを雇ってるもんね。自分らは手ぇ汚さんでもええんやもんね裏山裏山。
でも一応、礼儀として、
「ヘイゼル殿、仕事は?」
大丈夫なの、と私が訊くと彼は、
「俺の仕事はミオちゃんの護衛」
キラリン☆王子様スマイル+ウィンクを炸裂させた。大分調子が出てきたようだ。
「……と、あとフーガ君と情報共有しときたいしね」
あぁ、子供が行方不明になるとかいうアレね。フーガ殿がどことなくぎこちなくチラッと私を見たので、
「私が邪魔なら消えるけど?」
私は申し出た。
「えっそれはダメです困ります! 聖女様がいないとごはんのしたくがっ!!」
「いや、ミオちゃんはむしろいて欲しい。君の意見も聞いてみたい」
あわよくば夕食当番おさぼりしようかという私の思惑は見抜かれていたようだ。いや別にね、お料理がイヤとかいうわけじゃなくてね。ただ大量のタロイモの皮むくのマンドクセっていうかね、うん。
まぁいい、タロの皮むきは君らに任せた。私は何やようわからん山菜の下ごしらえに着手した。これは一端アク抜きしないと食べられない系のヤツだ。
とりあえず、かぜまコンビにはタロの皮をむかせておいて、アク抜きの為の湯を沸かす。こちらの世界で重曹に相当するブツに出逢えていないのは残念なことだった。しかし私は究極のジタラー&面倒臭がりなので、日本にいた頃から既に重曹いらずのアク抜き法を体得していたのだよ!
フクムラ鍼灸整骨院がまだ盛りだった頃――愛人が幅を利かせるようになる前の、人を呼び、人が集まる気持ちのいい空間だった頃、とある患者さんから大量に差し入れていただいたワラビ。重曹を常備していなかった当時の私は、帰宅してからその事実に気づき、はて、どないしょーと途方に暮れた。せっかくご厚意で下さったものを駄目にしてしまうという選択肢はない。何かで代用できないやろか、そや小麦粉やったらどっさりあるで、どっちも白い粉やんか、というわけで、やってみたんよ重曹の代わりに小麦粉で。素直に重曹買いに行けや、とツッコミ不可避な近い過去の私の行動だが、仕事終わって家着いて、そっからまた重曹の為だけに出て行く気力がありますか? いや、ない(反語)。
結論から言うと、フツーにイケたわ小麦粉で。グ一グル先生ありがとう。ビバ、ネットの集合知。後でカナイおばあちゃん(ワラビくれた患者さん、御年94歳、フクムラ鍼灸整骨院の患者さんの中では最高齢)にお礼がてらその事実を話したらめっちゃ驚かれたがな。
カナイさんは自宅裏庭で採れたとかいう山菜を季節ごとに届けて下さった方で、私は彼女の訪れと共に季節の移り変わりを感じたものだった。90代にして手押し車(ショッピングカートとも言う)を転がして徒歩で院まで来るという強靭な足腰はきっと趣味の山菜採りのおかげだろう。カナイさんはベルタ一スオリジナル(滅多に特売価格にならない特別なキャンディー)が大好きで、私は彼女の為に金色の包装紙の飴ちゃんを常備していたものだった。
ちなみに、大家のオオヤさん(フクムラ鍼灸整骨院のビルのオーナーでもある)に言わせると、カナイおばあちゃんが『裏庭』と呼ぶところはちょっとした山だそうだ。アレを裏庭って言っちゃうんだからねえお大尽だねえ、なんてのたまうオオヤさんだって、ウチが持ってるどこそこの林で掘ってきたとかいうタケノコなぞお裾分けしてくれるんだから人のことは言えないと思う。パンチパーマに福耳の、一見どこにでもいそうなオカンなのに、その実体は市でも指折りの大地主。それが大家のオオヤさん。……土地とカネ、あるトコロにはあるんやね(五七五調)。
追記すると、オオヤさんはタケノコとかくれる時はアク抜きまでして水煮の状態でくれるからホンマに助かる。というか、大抵は既に筑前煮とか酢豚とかになってたりもする。さらには、タケノコあるからおいでと管理人室に呼ばれ、アパートの店子一同タケノコご飯にタケノコの土佐煮、タケノコの天ぷらに姫竹の焼いたんとかタケノコづくしの献立を堪能さしてもらったりなんかして。タケノコご飯めっちゃ美味しかった。……カナイおばあちゃんも大家のオオヤさんもどうしてるやろか、元気やといいけど。あ、アカン何か泣きそう。ホームシック? 遅れてきたホームシックかな??
カナイおばあちゃんはミタさん(片目のお猫様ことまーくんにお手製の眼帯くれる人)と並んで院長信者っぽいひとだったから、愛人が失礼なことしてもそれまで通りに院に通ってくれていた。でも、愛人が来てからは季節を感じる差し入れはなくなった。ドロついた野菜とか田舎臭くって嫌だって愛人が酷いこと言うから。
小猿の院長も流石にその暴言は聞き流せなかったようで、その場で愛人と喧嘩みたいになってた。カナイおばあちゃんは院長お気に入りの患者さんのひとりだった。院長はクズだが、彼女がウドの収穫作業中に転んで腰を強打し、息子さんに担ぎ込まれて来た時に見せた献身は本物だった……と、思いたい。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
作中の方法でアク抜き割とイケました。
というご報告です?
でもお手持ちの重曹があれば素直にそれを使った方がいいかも知れません。
というか素直に買いに行きましょう。