「子供が行方不明になるんだよね」
宿舎食堂で洗濯たたみ業務に邁進していたら、ヘイゼル殿がひょっこり姿を現した。この人は騎兵隊所属の竜騎士で本来なら部外者のはずなのだが、私の護衛を口実にして結構堂々と騎士団宿舎に入ってくる。『中央からの派遣軍』に垣根を作りがちなユタ民においては貴重な人物と言っていい。
「お久しぶり大根~ヘイゼル殿」
「え、ミオちゃんひとり?」
っていうかお久しぶりの後のダイコンって何、とツッコんでくれるのはありがたい。ユタには大根は存在しないようだ(ホワイトラディッシュならあるけど)。
まぁね、山間の街だし。ブリどころか魚類にお目にかかること自体がレアだしね。
「ポールは……って、訊くだけ無駄だね」
またサボリか、とヘイゼル殿は芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。
私の監視いや護衛はカノン様がいる時はカノン様が業務の片手間にこなしているのだが、彼が不在の時は主に副官のポール殿か竜騎兵隊副隊長のヘイゼル殿、もしくはその両方が請け負っている。私ひとりにんな大仰な、5歳の幼児とちゃうねんで、と幾度となく申し入れたが今でもその基本姿勢は変わらない。だがここのところカノン様が異様に多忙なことと、彼の副官ポール殿が私の自主性を尊重してくれるようになったこと(対外的な表現)とで、宿舎から竜舎までとか、宿舎から商店街あたりまでとかならひとり歩きさせてもらえるようになっていた。
「それよかヘイゼル殿、めっちゃ疲れてない? 大丈夫? 何なら施術するよ?」
アラサーのくせにキラリン☆王子様キャラのはずの彼のオーラがどこかくすんでいる。というかキラリン2割減むしろ半減? ぐらいに普通のオッサンじみている(失礼!)ヘイゼル殿に私は言った。
お久しぶり大根は定型のゴアイサツじゃなくて、文字通りの真実だった。暇さえあれば私にまとわりついてた彼が(まったくもって失礼な表現!)姿を見せなくなって久しい。本当に久々に逢ったのだ。
ヘイゼル殿は、まっさーじは遠慮しとくよ、と予防線を張った上で、実はね、と声を潜めて、
「実はね、今ちょっと厄介な案件を抱えてて忙しくなっちゃって」
ひとりにしてごめんねミオちゃんさびしかったよね、と、ナチュラルにナルシスト王子っぽい台詞を吐いた。いーや全然、むしろ自由にのびのびさせてもらってますわ、と返すと彼は、
「ミオちゃんは健気だね。いいんだよ俺には寂しい時は寂しいって言って」
と、勘違い野郎のテンプレみたいなことをぬけぬけとのたまう。いや何と言うか、ここまで突き抜けてるとむしろ天晴れだ。
「んで、その『ちょっと厄介な案件』って何、って私は訊いてもいいのかな? ニンムジョーノシュヒギムガーとかなら無理には訊かんけど」
私が言うとヘイゼル殿は、名が体を表しまくってるヘイゼルの目をすっと眇めて、
「いや……うん。どっちみちミオちゃんなら人の噂でそのうち聞き込んで来るだろうしね。任務上の守秘義務なんて言ってる場合でもなくなりそうだし……」
前置き長いねんさっさとせぇや、ついでに妙な茶目っ気出してウィンクすんのやめぇや、免疫ないお嬢さんらが即落ちするわ。
「子供が行方不明になるんだよね」
散々グダグダ引っ張った割にはズバリと核心だけをヘイゼル殿は投げ出すように言った。私は3度まばたきする程の間を取り、訊く。
「誘拐?」
「それを、調査中」
ヘイゼル殿は言って、軽く息をつく。彼は観察するように私を眺めて、
「ミオちゃん、あまり驚いてないね」
「さっき逢ったゴロツキの脅しって、まんざら脅しでもなかったんやなーって、腑に落ちたトコ」
「ちょっと待って」
ヘイゼル殿は彼比で慌てて、
「ゴロツキって何!? 何でそんなのに出逢ってるの!?」
私は先程のギルドでの出来事をダイジェスト的に語って聞かせた。ギルドでグレイス様に遭遇したこと、そして、グレイス様が引き連れてきたゴロツキ連中の中のひとりがギルド職員を脅したことを。
「ガキがちょくちょく神隠しとか物騒だよなぁ心配だなぁ、って……まぁ脅迫のテンプレみたいなコト抜かしよるわぁと思いきや、ホンマに事件やったんやな、と」
「……あのね、ミオちゃん」
ヘイゼル殿はゆっくりと重々しく、
「基本的な確認をさせてもらいたいんだけど、何でギルドになんか行ったのかな?」
まるでギルドが悪いみたいな言い方だ。私はムッとした。
「出身性別年齢その他を問わずに広く門戸を開け受け入れてくれるのがギルドなんやろ、私が行ってもええやんか」
「広く門戸を開く、ってことは、性質の良くない連中も寄ってくる、ってことなんだけどね」
ヘイゼル殿は呆れ顔だ。彼は、やれやれ、と芝居がかった仕草で首を振り、言った。
「お嬢様はまだあの連中と切れてなかったのか。結婚前に領主様がきっぱり手を切らせたはずだったんだけどな」
ヘイゼル殿曰く、グレイス様は少女時代、腕試しと称してギルドに入り浸ってたんだそうな。次期領主としての役目をしっかり果たした上でのことでなら誰も何も言わなかっただろう、しかし彼女はそうではなかった。その挙げ句、悪い仲間と付き合うようになり、金蔓みたいになってたらしい。普通の家の娘なら、身ぐるみはがれてバッカでー、でもまぁええ勉強になったやろお代は高くついたがな、で済むが、彼女の『カネ』は税金だ。バッカでーじゃ済まない。
「あの考え無しの馬鹿お嬢、ゴホン失礼、次期領主様も結婚すれば落ち着くだろうなんて思ってた時もありました……」
ヘイゼル殿は遠い目をして呟いた。
「ランス隊長ってもしかして、ものごっつ貧乏クジ引かされてる?」
「否定はしないよ」
ヘイゼル殿は憂い顔を作って言った。お気の毒やなランス隊長。
「ギルドが悪いとは言わないよ、でもユタでは多少腕に覚えがあって志高い者ならまず竜騎兵隊の門を叩く。この街の男性でギルドに出入りするような輩は、騎兵隊に入り損ねたか、端から真面目に働く気が無いかのどちらかだと思っといた方がいいね」
ヘイゼル殿は憂い顔のまま辛辣なことを言ってのけた。随分上からやね、と思ったが黙っておいた。この人は竜に選ばれた竜騎士、ユタカーストの最上位。エリートにド底辺庶民の気持ちは解らない。
彼の説教はまだ続く。
「ラディウス卿に負担をかけたくないっていうミオちゃんの気持ちはわかるし、えらいと思うよ。でもギルドに駆け込むより先にまずラディウス卿に相談してみた方が良かったね。彼は……というか、ヴァルハラの人達は、ギルドをあまり良く思っていないから」
「何で?」
「ギルドは隣国フォーガルド発祥の文化だからね。大陸中に支部が乱立して、世情に逆らえずに仕方なくヴァルオードも許可した、って感じだから」
「そうなんだ……」
私は一応、標準語を意識して言った。
「まぁそういうわけでどっちみち利用者登録? だかもできなかったしね。金策はまた別の方法を考える。……ねぇヘイゼル殿、15分500シカネーで施術――」
「遠慮しとく」
俺にたかるな、とばかりに最後まで言わせずガツッとお断りされた。解せぬ。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
勇者が無力な子供のうちに葬り去っちゃおうぜ的なテンプレを彷彿とさせる事件が勃発しました。
そして、ギルドとかいう組織が街のエリート層にどんな風に認識されているかについてもちらりと。
聖女様はまだ施術を諦めていなかったようです。
誰か練習台になってあげて下さい……。




