カノン・オラクル・ラディウス卿の推理によると
「それで、さっきのカノン様の早口長台詞のなかにツッコミどころを発見してしまったのでお尋ねしますが……ヘルコンドルを、誰が全滅させたって?」
「そう、そのことですよ!」
カノン様はにわかに色めき立って、
「あの時私は、部隊全滅も覚悟致しました。その瞬間に熱風がヘルコンドルを襲い……一斉掃射という表現が相応しい、まことに見事な手腕でした。
最初はポールがしたのかと考えました。我が隊で火魔法所有者は彼だけですし。ですが彼は風使いではないのです。
合体魔法は本来、複数の術者が呼吸を合わせて行使するものです。一人の術者が複数の属性の魔法を同時にというのは理論的には可能です。しかしそれでは術者の負担があまりに大きい。合体魔法は戦場の浪漫という格言もありますが――」
……あるんかい。
まぁ理解できなくはないよ、合体ロボは漢のロマンなる大きなお友達の主張もあることだし。
「大体あの時、ポールは魔力切れを起こしていました。
彼ではない、それは確実。では誰が? ……単純な消去法です。貴女しかいません」
オイオイ……と私は半笑いになった。身体は子供・頭脳は大人の国民的アニメに出てくる迷探偵のおっちゃんばりに雑な推理だな。
「ですがそうなると、ひとつの矛盾が発生します」
カノン様はずいっと身を乗り出した。近い近い近い顔が近いって! 求むパーソナルスペースの確保!
「私の見立てですとミオ殿、貴女には魔法の素養があります」
「またまたぁ、ご冗談を」
自慢じゃないが日本で暮らした22年、そんな力は微塵も感じたことなかったぞ。
と、私が言うとカノン様は大きく頷いて、
「それは貴女が生まれ育った環境が『そんな力』を必要としなかったというだけのことでは?
魔法がなくとも『ちゃっかまん』とやらいう道具で誰でも火を起こせる。貧血は『てつざい』なる薬物で改善が望める。魔法に頼らずともよい環境で、魔力は徐々に衰退していく……それは自然の摂理というものです。
ミオ殿の魔力は、ニホンという世界で静かに眠っておられた。無くなったわけでなく、ただひっそりと眠りに就いていた。それがヴァルオードで目覚めた。これは有り得る可能性のひとつです。
現にミオ殿は山頂の遺跡で私の魔法に触れた際におっしゃった……『気持ちいい』と」
言ったかな、そんなこと? ……あぁ言ったかもな。
柔らかな、緑がかった私に注いで…それが凄く綺麗で優しくてあたたかくて……もっと欲しい、と、思った。
「私の基本属性は、『水』と『光』です」
カノン様は言った。ほんの少しだけ、辛そうな表情で。
「生まれ持った属性は変えられません。私の魔法を『気持ちいい』と感じるのであればそれは貴女が私と同属性であるか、あるいは近い属性の所持者であるか。
よってミオ殿、貴女は水か、それに近しい種類の力を持っていると推察されます。
そして……私はこのことにとても感動したのですが……貴女はどうやら、私の魔力を目視できるようでありますな」
「あぁ、あの緑がかった金色の?」
「それですよ!」
カノン様はずずずいっと前のめりに……だから近いっつーの! ソーシャルディスタンス遵守して!!
「魔力が具現化して感じられる、というのは相当なものですよ! 魔力に関してかなりの感受性をお持ちでないことには――大抵の者は何だかよくわからないが傷が塞がった痛みが引いたと、その程度の認識です。まったく感謝もされません。
多少魔法の素養のある者ですと、あぁ今魔法が発動しているなと判る場合もあるようですが……それでも、発動が一目で判る派手な『火』や『風』などとは比べるべくもありません。
まったくヒーラーというものはいなければ即座に困るが普段は空気というか、何とも地味と言いますか……いえ別に有難がれ感謝しろと申し上げているのではなくてですね。しかし何ともまぁやり甲斐のないことだ、等と……」
私は笑いを噛み殺すのに苦労した。
カノン様が時々辛そうというか、哀しそうというか、やり切れないとでもいうような切なげな揺らぎをのぞかせてたのって……ひょっとして、いじけてた?
「ですからあの時、まるで見えてでもいるかのように――いえ実際見えてらしたんですよね、綺麗、気持ちいい、もっと寄越せとでもいうような……貪られるような、ねだられるような感覚は、何とも新鮮で感慨深いものでした」
あぁそう言えばあの時カノン様、すっごく驚いた顔してたっけな。ドン引かせたかと思ったけど、そうでもなかったようでヨカタ。
「貴女は魔法の素養がある、他者の魔力を目視できる程に。
ことに『光』の――四大元素『地』『水』『風』『火』以外の、無属性ともされている異端の魔力を正しく感じることのできる方です。訓練すればすぐにでも、本腰を入れて学べば宮廷魔術師にも匹敵する使い手になることでしょう」
「はぁ…それはどうも……?」
私は曖昧に頷いた。正直カノン様の熱っぽさが怖い。
「失礼、話が逸れました。
ともかくミオ殿、貴女は私の見立てでは強い『水』の素養をお持ちです。私の魔力を『緑がかった、金色の』と表現する貴女はあるいは私の『地』を――後天的に身につけた『土』をも見抜いておられたのやも知れません。
しかしながら、ヘルコンドルを全滅せしめた『力』はおそらく『火』と『風』です。
水属性の者は『火』を所有する事は出来ません。『地』が『風』をも、また然り。相反する力はひとつの身体に同時に宿ることはないのです。
私が申す矛盾とはこのことです。『水』の貴女が――これは私の首をかけてもよろしい、貴女は『水』です――ヘルコンドルを焼き殺すのは不可能なはず。しかし現実として、ヘルコンドルの大群は瞬時のうちに一頭残らず全滅した。ある者は炭化する程焼き尽くされ、またある個体は羽と頸部をかまいたちで切断され、といった具合にです」
「うわぁグロい……」
「えぇ、なかなか凄惨な有様でしたよ」
と、カノン様は嬉々として……だからあーたそのテンションやめれ。
「ポールが申すには『聖女様はこんな生意気なトリは焼き鳥にしてやると泣き喚いてらした』とか。まったく斬新な呪文だと思ったものです。
かつての聖女様には異世界では下にも置かれぬ扱いでかしずかれてきた巫女だった方もおられたと文献にはあります。貴女もあるいはそうしたお方だったのかと私は考えたのですが……」
いやいやいやそれ勘違い、考え過ぎですから。自慢じゃないが22年生きて来て下にばっか置かれてきましたから。かしずかれたことありませんから。巫女さんなんてバイトでだってしたことありませんから。
「しかし『れいき』とやらの存在ですべての謎が解けました。
『れいき』とはすなわち自然界の力を拝借した、四大元素の理をも超越した術なのですね。でしたら私がその発動を感知できなかったも道理。何しろ魔力ではないのですからね!」
「お、おぅ……」
うわぁ……この人たおやか~で優しげ~に見せといて、実は結構プライド高い?
つかレイキで火とか出ませんから! かまいたちだって起きません!
あぁ異世界でこんな誤報が広まったなら、創始者ウスイ先生も、私のティーチャーのチナツさんも草葉の陰で泣いちゃうわ……チナツさんは死んでないけど。
お読みいただきありがとうございます。
レイキについて凄まじい誤報が異世界で広まってしまいそうな勢いです。
余談ですがミオちゃんはカラオケでアニソンとボカロソングを連発して周囲をドン引きさせるガチヲタ勢と推察されます。