【異世界就活】ユタシビリアンの経済事情【苦戦の予感】
例えば我が故郷日本で就職活動に勤しむならスマホひとつがあればいい。さもなくばフリーペーパーに縋るか、基本に忠実にハ口ーワークのお世話になるか。何なら店頭の『スタッフ募集!』の貼り紙の中からビビビッときたのをピックアップするのもひとつの方法。
しかしヴァルオードではそうはいかない。インディ一ドもタウソワークもジョブメドしーも存在しない異世界での就活は苦戦しそうだな、という予感はあった。でも何とかなるだろうと楽観視している部分もあった。
「商店街はどこも自分達で手一杯。人を雇う余裕なんてないわ」
肉屋の若女将ことエマさんは私の楽観を初っ端から打ち砕いて下さった。ガッデム。
「ユタって景気、……良くないの?」
悪いの? と訊きかけて、いけね、と思って言い換える。「悪い」って言葉はなるべく使わないようにってケイ先生が言ってた。鍼灸整骨院勤めで染みついた癖。
「逆に良かった時なんてあったのかしら。特に、ユタはね」
少なくとも私は良い時なんて知らないわ、とエマさんは皮肉げに笑う。まぁね、フツーのご家庭が娘売り飛ばす世界だもんな。訊いた私がアホやった。
「税金が高いのよ。働いても働いてもみんな国に持っていかれちゃう。その上、ユタには竜騎兵隊があるでしょう? その維持費も、税金」
「あちゃー……」
「無いと困るのはわかるのよ。でも、竜のエサ代が無ければなって思う時もあるわ」
庶民代表肉屋の若女将は手厳しい。
「でもわたしがそれ言うなって言われちゃいそうね。うちは夫が騎兵隊員だからまだやっていけてるだけで、そうでなかったら税金だけでお店潰してそうだわ」
エマさんの夫氏は商店街では『肉屋の若旦那』で通っているが、現役の隊員でもある。陸戦部隊所属だから、竜に乗らない方のヒト。八百屋のじーさんことジョージ氏のパターンだ。
「商店の軒先に『スタッフ募集!』の貼り紙がない理由がよくわかったわ」
我が故郷日本のノスタルジーに浸りつつ言った私にエマさんは肩をすくめて、
「そんなの貼ったって読める人の方が少ないわ」
「えっ」「え?」
よくよく訊いてみると、ユタの識字率は低め安定ってことだそうだ。そう言やヘイゼル殿も言ってたっけな、ランス隊長に書類仕事をさせるにはまず副官が隊長に書類の内容を音読して差し上げないといけないんだ、とかって。ユタの街ではほぼ文盲でも自分の名前がつづれれば大体オッケー牧場らしいのだ。でもそれって、騙されて変な書類とかにサインしちゃったりしないかな。うっかり高額なツボとか買わされちゃったりしたら目も当てられない。
ちなみにエマさんが字を覚えたのは奉公に出てから、小間使い時代にメイドの先輩から教わったとのこと。
「逆に、普通の家で育ってたら読み書きもおぼつかなかったでしょうね。そういう意味では売られてよかったのかも知れないわ」
エマさんはフォローのように言った。さらに彼女は、私が八百屋のおかみさんに「15分500円で施術ってどうでしょう」と尋ねたことについて、
「随分とふっかけたのね」
とも言った。めっちゃよくよく訊いてみると、ユタの街では数万シカネーあれば家族8人(例:義父、義母、夫、妻、娘A、B、C、D)が1ヶ月暮らしていけるのだとか。
「暮らしていける、というよりは、暮らさなきゃならない、の方が正確だけど」
と、エマさんは付け加えた。つまりユタとは、滅茶苦茶エンゲル係数の高い街、ということになる。
「悪いこと言うてもうたな。八百屋のおかみさん、そりゃあ沈黙するわな」
日本の感覚をヴァルオードに持ち込んではいけない。私は胆に銘じた。
インディ一ドとかタウソワークとかジョブメドしーとかそういうレベルの話じゃなかった。私の異世界就活は難航必至だ。
「ミオさんならどこのお家行っても如才なくやっていけそうだわ。でもメイドを置ける余裕のあるお家なんてユタではほんの数える程だし……」
エマさんは慰めるように、
「……うちひとつはアガリエ家だし、数に入れたくないわよね」
「いっそこの街を出て――」
「それはやめて!」
エマさんは私に皆まで言わせず遮った。聖女様に見捨てられた街なんて評判立ったらユタは名実ともに終わるわ、と彼女は大袈裟なことを言った。
「ってかエマさん、さっきから何で私がメイドちゃんやる前提なん?」
決してメイドという職種を軽んじているわけではない。しかし、何事にも向き不向きというものがあってだな。
「逆に、女の子で他のまともな仕事にありつけるとは思えないわ」
エマさんはさらっと真顔で言った。この世界では女子には職業選択の自由はないらしい。
「ミオさん、魔法使いなのよね? 行く所へ行けば引く手あまただったでしょうにね。でもユタは……竜騎兵隊は女人禁制だから――」
「あの……っ……」
エマさんの魂の叫びが再び発動しかけたのを遮るかのように、か細い少女の声が背後から。私達は申し合わせたように振り向いた。長い茶髪を無造作にひっつめた華奢な少女が大きな包みを抱えておずおずとこちらをうかがっている。
「あら、キィちゃん。ごきげんよう」
エマさんが呼びかけた。魂の叫び発動は免れた。私は内心で茶髪の少女に感謝を捧げつつ、彼女にこんにちは、と言った。キィちゃんグッジョブ、いいトコに来てくれた。少女はおずおずと会釈を返す。どことなく覇気がない。
「お洗濯物? いつも助かるわ」
エマさんは少女から大きな包みを受け取った。
この長い髪の華奢な少女はこの界隈では『洗濯屋のキィちゃん』で通っていて、私は彼女の本名を知らない。細い声でおずおずと話し、おどおどと人の顔色をうかがっている、そんな印象の少女だ。年齢は見たところ12~13歳くらいか。私は彼女と接する機会はほとんどないが、彼女を見ていると愛人の娘を思い出してしまう。マイちゃんも彼女と同じくらいの年だった――
「あと、中に……ギルドからの依頼品も同封してありますので……」
「あら!」
エマさんは弾んだ声を上げた。キィちゃんはおずおずと、
「赤ちゃん用の肌着5着……ギルドより、確かにお納めしました。こちらに、受取のサインを……」
「待っててね、今ペンを持ってくるわ」
エマさんは店先のカウンター内に引っ込んだ。その隙をつくようにしてキィちゃんが私に細い声で囁いた。
「聖女様……ギルドで働くのは、どうですか……?」
「え?」
意味がわからず聞き返す。ギルドって、ゲーム内とかでよくある冒険者が登録してモンスター退治なんかする感じの組織? ギルドより依頼の、ってでも赤ちゃん用の肌着5着?? どういうこっちゃ世界観がようわからん。
エマさんがペンとインク壺を持ってきて、キィちゃんの差し出すお帳面(カノン様的表現)にサインした。
「ありがとうございます……また、よろしくおねがいします……」
キィちゃんはか細い声で言って、立ち去った。彼女の手提げ袋は重そうだ。配達先がまだ何軒もあるのだろう。
その華奢な後ろ姿を見ながらエマさんが呟くように言った。
「キィちゃんは本当によくやってるわ」
家業の洗濯屋の仕事とギルドの仕事とかけもちして、とエマさんは言う。
「キィちゃんのお店は水魔法使用だから仕上がりがいいのよ。洗濯屋さんもキィちゃんばかりこき使ってないでお兄ちゃんの方をまともに仕込めばいいのにってわたしは思うんだけど。まさにさっき言ったカワイイムチュコターンと搾取用の娘の典型よ、あの洗濯屋は。
わたし、ギルドに依頼する時はなるべくキィちゃんを指名するようにしているの。あの子、とにかく仕事が早いし、今だっていつものお洗濯にまぎらせてギルド品届けてくれたでしょう? わたしがお義父さんに、子供の服ぐらい自分で仕立てろ無駄使いするなって怒られてたから気を使ってくれたのね。
わたしだって普通の奥さんみたいに家のことだけしてたらいいなら肌着ぐらいいくらだって作るわ。でも家族8人にエサやって、掃除して、お店に出て、帳簿つけて、……で、その上服まで作れですって? わたしはいつ休むの? 娘の肌着ぐらい外注したっていいと思わない?」
エマさん魂の叫び再び。私はつい店奥をうかがってしまう。咳払いは聴こえてこない。
「八百屋のメアリーさんも、キィちゃんのこと心配してるみたい。あんなに搾取されてかわいそうにねえ、って」
私は思った。私の現状に対して異常な程に、宿舎のことから竜の治療までさせられて労働搾取ってヤツじゃないのかい、と気づかってくれた八百屋のおかみさん。過剰な心配はキィちゃんという前例があるからこそか、と。
「メアリーさんは、でも余所のおうちのことだからねえ、って踏み込まずにいるけど。
私は指名って形で少しでも、って思ってる。ギルドの指名料は本人に直接入るから」
そっか、と私は言った。少しの余韻の後、私は言った。
「ねぇエマさん、ギルドとかいうトコロって、私の就職先としてどうやろか」
「その手があったわね!」
エマさんは、ぽん、と手を打った。
「あまりに身近過ぎて存在を忘れてたわ! わたしは利用者登録しかしたことないけど――」
「よっしゃそうと決まれば善は急げや! エマさん私ちょっくらギルドとかいうトコ行ってくる! 長居したって堪忍な! そんじゃ!」
「え、ちょっと待ってミオさんあなたギルドの場所知ってるの?」
「………………あ」
そう言えばそうでした。そんなんまったく知りまへん。
お読みいただきありがとうございます。
これまでうっすらと貧しいいや素朴な街なのかなと匂わされていたユタの街の事情がはっきりと。
竜騎兵隊員が雑事免除で任務に邁進できるのはこういうことだったのですね、という。
どこぞの見習い騎士某氏が言うところの「目隠しワイルドボー聖女様」発動しました。
訪問先のリサーチは念入りにしてから行きましょう。
場所も確かめず「ちょっくら行ってくる」では辿りつけもしませんよ。