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そうだ、レイキしよう!(そうだ、today都行こう! 風に)

 子守歌とか必要かしら、なんて考えて、でも実行する間もなかった。カノン様はすぅっと、溶けるように眠りに就いた。


――疲れてたんだろうな。


 魔法を使うのにどのくらいの負荷がかかるのかはわからない。でも『魔力切れ』という概念があるならまるきりのノーダメージではいられないだろう。その上、メイスぶん回しての肉体労働。あの岩山登山の往復だけだって大変だったろうに。


――お役目とは言えご苦労さん、だよなー。


 ふぅ、と息をついてバッグを漁り、晩飯までのつなぎにチョコレートを1枚。仕事中、低血糖防止につまむ用の……施術者だって体力勝負ですからね。

 それにしても、カノン様にしろヨロイー’sにしろ、僧帽筋とか大腰筋とかとんでもないことになってそうだ。この世界に肩こりとかヘルニアとかの概念があるのかはわからんが……それともそういうのもみんな魔法でカタがつくのかな。

 でも山下りの時の酸素不足による頭痛なんかにはカノン様のキラキラもあんま効き目がなくて、こっそりかけた簡略レイキの方がよっぽど――。


「あ、レイキ!」


 つい口に出して叫んでしまって、慌ててカノン様をうかがう。ポール殿がランタンを置いてってくれたんで様子はよく見える。

 幸い起こしてしまったりはしなかった。だが貧血のせいでか唇まで真っ青の酷い顔色で、巻き直した包帯には再度血が滲み出している。


――駄目で元々だ、やってみるか。


 レイキのいいところは術者に負担がなく、そして相手にも負荷がないことだ。仮に失敗したとしても、あぁ効かなかったのねーで済む。というか、失敗という概念がそもそもない。

 日本ではイマイチ効いてるのか効いてないのかわかんないやって感じでむしろ気休めというかプラセボ臭いというかだったけど、ここへ来て私自身は随分レイキに助けられたのだ。


 そっとカノン様をうかがって――眠ってるというよりは意識を失ってるという表現の方が正しいなこれは――レイキ発霊の手はずを整える。ファーストの簡略ヴァージョンじゃなくて、今度はマントラ描くヤツで、チューニングはカノン・オラクル・ラディウスで――。

 レイキのマジでイイトコロは、集中が要らない(とされている)ことだ。でも今回ばかりはガチで集中してやった。真っ白な顔、頭部の包帯付近は特に念入りに。チャクラの部分(と、されている箇所)を意識して、首、胸、胃と手をかざしていく。

 じっくりと、対象の身体に手は触れずに……頭の中でカノン・オラクル・ラディウスの身体が宇宙のエネルギーで満たされるイメージを描きつつ……疲労や貧血にいいとされている丹田にはもうしつこい程に……そして下腹部――。


 に、移行しようとしたら。


 がばり! とカノン様が飛び起きた。




「何をなさったのですか?」


 カノン様は無表情で淡々と――翡翠の瞳がいつになくギラギラと、射竦めるように……。


――あ、コレはアカンやつ。何か変な誤解されてるヤツやん。


「えっと…」


 あぁどう申し開きしてもコレ有罪なヤツ。

 よりによってタイミングが悪かった。冷静になって第三者の目で見ると、気を失った美青年の局部にイタズラしかけた痴女の図だ。


 違います誤解です冤罪です! 

 私はポール殿のひそみに倣ってそう訴えようとしたが、カノン様は視線だけで黙らせた。


「何をしたのですか?」


 カノン様が再度、問う。

 えっと、あの……と淀む私をじっと見たまま、カノン様は頭の包帯をほどいた。金色の前髪が渇いた血でカピカピになったいるのは痛々しかったが、割られたはずの額には傷ひとつない。さっきまで血が滲んでたはずなのに……。


「頭痛と倦怠感が消えました。息苦しくもなく、熱っぽさもありません」


 カノン様は私を見つめて淡々と、


「突然、唐突に、消えたのです。何の前触れもなく、すっと。魔法なら感じ取れたはず、気づかないわけがない。

 なのに、何の違和感も拒絶感もなく、何の脈絡もなく、苦痛だけがなくなって……」


 まじか。私は絶句した。レイキすげぇな。


「魔法であれば、何がしかの干渉があるものです。自慢ではありませんが私はそれを感じ取るのが得意です。……貴女は、何を、なさったのですか?」


 三度目の問いは幾分熱を帯びていた。私は若干引きつつも正直に答えた。


「レイキです」


「は?」


 れいき……と、未知なる異国の単語を口の中で転がすようにしてカノン様は、れいき、れいき、と何度か呟き、


「それはどういった仕組みで発動するのですか? 貴女はここへ来て初めて魔法を見たとおっしゃった、つまりは魔力由来ではない術ということなのですか? 貴女はどのようにしてこの術を身につけられたのですか?」


 これまでの淡々とした口調とは打って変わって、熱っぽく矢継ぎ早に問いを重ねるカノン様に私はドン引いた。何このヲタの情熱真っ盛りみたいなハイテンションは。


「カノン様、カノン様とりま落ち着いて……つかあなたこんなキャラだったんですか?」


 キャラ変にはいささか早過ぎやしませんか? 正直あなたのデュフフコポォなテンションは見たくなかった!


「落ち着いて……? えぇ私は落ち着いておりますこの上もなく冷静ですただ未知なる感覚とそれをもたらした何がしかについて非常に探究心をそそられているだけです貴女は先程も我々の理解をはるかに超えた不可思議なやり方でヘルコンドルを全滅せしめましたあの大群を一網打尽とはまた面妖な――」


 カノン様、句読点! 句読点! ブレス入れて! 息継ぎして! 人間業じゃ物理的に歌いこなすの不可能なノンブレスボカロソングを編集ナシで歌い切った紅白の舞台装置いやラスボスさっちゃんにも負けないその無駄な滑舌の良さやめて!!


「酔っ払いほどオレはシラフだ酔ってねぇ! って強硬に主張するものですよね。この上もなく冷静って自己申告は2割引きぐらいで考えときまひょか」


 私は何とか隙を見て割り込んだ。だって今カノン様はちょっと聞き捨てならんことを口走った。

 しかし彼は意気揚々と、


「えぇ、えぇそうですね判っておりますよもしかしたら私はいささか冷静さを欠いているのやも知れませんしかしながら私は常日頃並外れた冷静沈着で通っておりますから通常の二割引きであっても世間一般レベルでは充分冷静の域でしょうそれよりもその『れいき』とやらは――」


 コイツあっさり前言撤回しやがったよ、その上開き直りやがったよ。

 コレはレイキについて疑問解消しとかないと無限ループに突入するヤツだな。

 私はこっそりため息をついて、ざっくりとひとこと。


「レイキとは、宇宙のエネルギーです」


「うちゅうの…?」


 もしや『宇宙』の概念すらないのかこの世界は?

 私はお世辞にもいいとは言えないおつむをフル回転させて、何をどう言えば伝わるか一生懸命考える。


「宇宙の…うーんと、自然の……そうね、自然界のエネルギーを借りて、対象の必要な所に必要な分だけ流して癒していくんです。日輪の力を借りて今必殺のサンア夕ックかますダイ夕ーンthree的なカンジっていうか……?」


「?」


 カノン様、小首をかしげてる。

 うん、わかってる。この説明じゃわかる人にしかわかんないよね。悪かったわね私はスパ口ボが好きよ!


「日本では……私がいた国ではマイナーな存在でしたけど、余所の国では国家資格として扱われてる国もありました。私はケイ先生の……勤め先の師匠の友人からレイキを習いました。残念ながらセカンドまでしか取れませんでしたけどね」


 レイキは大きく分けて4段階のステージがある。

 初期の基本のファーストと、遠隔までできるセカンドと、新たなマントラを授かるサード、そして他者へのレイキ伝授が可能になるティーチャーと。

 もう少し経験を積んで、お金をつくったらサードを受けて、そしてゆくゆくはティーチャーになってレイキを広めて……なんて野望もあったけど、鍼灸学校に通うようになって色々忙しくなったのと、あと愛人関連でゴタゴタしてたのとで、サード講習は先送りになっていた。だけどいつかは、なんて思ってたけど私は死んで……はいなかったけどこうして異世界に来て。


 いつかなんて日は来なかった。もう永遠に来ない。


 カノン様はじっと私を見た。

 綺麗な翡翠の目が切なげに眇められる。


「それもまた、貴女がニホンとやらに残してきた未練なのですね」


 デュフフコポォのテンションから一転、静かに穏やかに……表情筋は相変わらずのポンコツっぷりだったが、目が雄弁に語りかけてくる。お気の毒でしたね、心中お察し致します、と。

 あぁこの人、すっごく繊細なんだな。私は小さく微笑んだ。

お読みいただきありがとうございます。

ミオちゃんの休日はおそらく動画巡りとゲーム三昧で費やされていたようです。

尚、カノン様はキャラ変ではなく元からこんな人だったものと思われます。

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