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【治癒魔法は】魔女の一撃の対処法【使いません】

 八百屋のご主人御用達の簡易ベッドに急患を寝かせ、仰臥位――横向きにさせる。


「氷嚢、ありますか?」


 この感じ久々やわ、と思いながら私はおかみさんに訊いた。何のこっちゃ、って顔をされたので、言い換える。


「水通さない、頑丈な袋。あったら1枚貸して下さい」


「山菜用の袋なら裏に沢山あるけど……」


「そしたら、それで」


 おかみさんはすぐに持ってきた。しかしそれは麻の大袋だった!


「わーお」


 私は思わずのけぞった。コレ、ジャガイモとか玉ねぎとかストックしとく用のヤツですやん。いやーでっかい氷嚢やなぁー。両面にでっかく悪筆いや味のある書体で、グリーンオニオンとか書かれているのも趣深い。


「まぁええわ、大は小を兼ねるっていうし? えーと、そしたらちょっくら始めさせてもらいます。んと、清浄にして冷涼なる我が内なる水の魔力よ、この世のすべてに生命を与える清きものよ――」


「おいやめろ!」


「ミオちゃん、こんなおいぼれの為にそんな大それたことを! 教会に知れたら大変なことに……!」


「おい、おいぼれはないだろ訂正しろ」


 私は八百屋ご夫妻をガンスルーして詠唱を続ける。大丈夫やで治癒魔法は使わんし。


「我が念に応え、出でよ、氷!」


 頭の中に描いたのは、つやっつやの天然のスケートリンクだ。きっと山奥の湖とかが凍って期間限定のスケートリンクになるんだよ、っと。

 魔法は『いまじねーしょん』と『いんすぴれぃしょん』がすべてだってカノン様が言ってた。でっかい麻袋の口を最大限広げて、そこ目がけて呼び出したはずのひとかたまりの氷は、かき氷用の天然氷のようで我ながら見事なブロックだと思うがしかしサイズ感が少々おかしい。口からはみ出る。


「ありゃりゃ……ちょーっと頑張りすぎたかなー、っと」


 グリーンオニオン(日本で言うところの長ネギに似てる)ストック用のでっかい麻袋に見合った、見事なブロック氷。氷嚢にしてはデカすぎる。コレ身体の上にのっけようモンなら患者さんが潰れるわ。


「まぁええわ。仰臥位の起立筋やし、大は小を兼ねるって言うし……言うよな?」


 私はひと抱えもあるクソデカ氷を無理矢理麻袋に詰めてみた。うわ重っ! こっちがぎっくりになるわ!

 コレ、カノン様がいたらまた駄目出し食うトコやわな。前略貴女のイマジネーションは大したものです、しかし何事にも適量というものが中略、過ぎたるは及ばざるが如しとも申します後略――とかって。あぁぁ何だってスケートリンクなんか思い浮かべてもうたんや。せめてドリンクバーの氷ザラザラーぐらいにしときゃよかった。

 に、してもカノン様のコントロール能力って異常だわ。あの人何であんな口の狭い水筒に直接水を注げるんだろう。ボール球いっこもない、投げる球全部ストライク。どこぞの二刀流大リーガーでもありえへん制球力ですやん。

 自分で魔法を使うようになってみて改めて判ったカノン様の凄さ。私はまだまだノーコン聖女だ。袋の口、閉まらんし。……まぁいい、次の機会があったら今度はドリンクバーの氷にしよう。こんなんそうそうない方がいいけど。


「ジョージさん、その体勢はつらくないですか? ちょっと腰のあたり、ひんやりしますよ。患部に氷当てて冷やしますからね」


 私は八百屋のご主人に宣言し、即席氷嚢 (クソデカサイズ)を、んしょ、と患部に押し当てた。このプロセスはまさに慣れ親しんだものだった。患者さんのお名前を呼ぶこと(間違ってもオニーサンとかシャチョーサンとか言っちゃ駄目よ愛人、昭和の飲み屋じゃないんだからさ)、これからどんな処置をするのかお伝えすること(何の説明もナシにいきなりやられたら驚かせちゃうからね、わかってる愛人?)。考えるまでもなく、今までの習慣がさらっと出た。


「ミオちゃん、その氷、魔法……」


 おかみさん、日頃の口の達者さはどこへやら。単語話法になっている。あぁユタの人達はつくづくお国に睨まれるのが怖いんやな、と思いながら私はとりなした。


「大丈夫、問題ない、治癒魔法とは違うから。コレがアカンかったら洗濯屋さんなんか商売上がったりですやんか」


 ユタの街には『洗濯屋さん』が何軒かある。日本で言うところのクリーニング屋さんに近いが、ユタ民はそれこそ食料品の買い出しと同頻度で気軽に利用している。基本は、衣類を洗って乾かしてくれるだけ。だが魔法水(井戸水や水道水じゃなくて魔法で呼び出した水ね)使用だと値段がぐんと高くなり、プレス(風魔法使用でシワ無くピンピンに仕上げます、以前ヘイゼル殿がやってくれたヤツね)込みだと一張羅のお洒落着に、って感じになる。

 洗濯当番がデフォルトのヴァルハラ騎士団って一体……と、私は洗濯屋さんの存在を知った当座は遠い目になったものだった。でもホラ、私が洗濯業務を受け持つようになってからは洗濯レベルが上がったって評判だし! 井戸水や水道水に比べて魔法水だと汚れ落ちは格段にイイってふれこみだし!! ……アイロンがけ(=風魔法でプレス)はめんどいから天日干しだけどな!!!


「魔法で、氷なんて……」


 おかみさんは怯えと興奮が入り混じったような表情で私を見ている。私はフォローのように言ってみた。


「カノン様なんてちょくちょくそこら辺の空気凍らせたりしてますよ」


 私は怒ってます、って、口では言わず行動で示すあのやり方はちょっとズルイと思う。

 おかみさんはこわごわと私を見ながら、


「あの方はラディウス家の坊ちゃんでオラクルなんだから人間辞めてるようなモンでしょうよ。カノン様は神様なんだからそのぐらいするさ、でもねえ、……ミオちゃんアンタ魔法使い何十年目だい? 氷魔法なんて大魔導士が一生を懸けて習得するモンだって言うじゃないのさ。ひょっとしてコッチ来るまでに魔法の修業してたとかそういう――」


すみませーん誰かいませんかー、と、店先で呼ばう声がした。


「客だぞ」


 八百屋のご主人ことジョージ氏が妻を促す。


「はいよ今行くよー!」


 おかみさんはマシンガントークを中断し、バックヤードを飛び出した。

 私は改めて、クソデカ氷嚢をジョージ氏の腰部に押し当てた。急性期に速やかに冷やせれば炎症は格段におさまるんですよー、と、説明がてら整骨院仕込みのトークをかましておく。じーさんノーリアクション。この反応は割とよくある。口の重い幾人かの男性患者さんを思い出しながら私は次の手順について考えていた。

 急性腰痛症の場合、基本は患部のアイシングを10分程度。そしてその後にハイボルないしは干渉波。でもこの世界には電気療法用の機材はない、当たり前だが。

 急性腰痛症の患部に手技は御法度。圧迫したりしてかえって傷めてしまうリスクがあるから触らない。仮にこの腰痛の原因が背筋捻挫なんかだったら、広背筋や起立筋を除いた箇所を軽く施術するのはアリかも知れない。だが、ヘルニアとかだったらまた違う処置が必要になる。その患者さんのどの箇所を、どんな風に施術するのかを指定するのは院長で、私は院長の言うことを忠実に実行するだけの立場だ。

 私は目の前の患者さんが捻挫なのかヘルニアなのかの判断すらできない。もしかしたらそのどちらでもないのかも知れないが、それすら判らない。ひとくちに『ぎっくり腰』と言っても原因は様々なのだ。

 たとえ原因不明でも我が内なる魔力とやらで何とでもなる治癒魔法最強。炎症は冷やすべし、という日本のスタンダードですら頭上にハテナマーク満載になるヴァルオードは、それだから医学の分野が発達しなかったのかもわからんな。こちらの世界の知識人代表カノン様(勝手に認定)でさえ、ヘモグロビンの存在知らなかったぐらいだし。

 しかし、姫君上官+俺様部下から多少は聞いていたものの、治癒魔法使いに対する教会とやらのしめつけは相当みたいだな。罰則とかあるんだろうか。


「腰のトコ、冷たすぎたりしませんか?」


 アイシング始めて数分後にする確認を、マニュアル通りに半ばオートマティックにこなす。大丈夫とのことなので、継続。こちらの世界にはあいにく腕時計もスマホもキッチンタイマーもない。刻を告げるラッパは2刻毎だ。分秒単位で時を知る術がないのはこんな時不便だ。さらに言うと、アイシングでつきっきりってのもなかなかないから手持無沙汰だ。こんな時は大抵、他の患者さんの施術をするのが常だから。

 患者さん=ジョージ氏の許可を得て、急性腰痛に有効とされるツボを片っ端から押してみる。現在進行形で炎症を起こしている患部はアンタッチャブル。なもんで、押せるところは限られてくる。膝裏にある委中と、手の甲の2箇所・腰腿点と呼ばれるトコと、足裏の踵側面と。腰腿点のついでに合谷を攻めるのも忘れない。合谷信者としては当然です。何かあったらとりあえず合谷押しときゃ何とかなるってケイ先生も言ってた。


「ちなみにココ、合谷って万能のツボって言われてて、魔法使いの人は魔力が回復するって喜んでくれるんですけどジョージさんはどうですか~?」


 って訊いたらジョージ氏、悲鳴と共に、知らん、と一刀両断。デスヨネー。八百屋のじーさんに訊いたのが間違いでした。でも私も魔力云々はわからないから、八百屋のじーさんと勝手にシンパシー。だよねぇーわかんないよねぇー。

 ついでのついでに、こっそりレイキなんぞやってみた。ホントにこっそりだったんでバレなかった。結論から言うと、20分(あくまで体感)たっぷりレイキした結果、八百屋のじーさん完全復活。すくっと立ち上がって、領主の館に直談判しに行くとかぬかしやがったわ。もちろん止めたわよ。……だから領主様はサボってないってやるこたぁちゃんとやってるって、多分。じーさん元気やな。接客を終え、戻ってきたおかみさんが完全復活の相方見てびっくらこいて目ぇ回してたわ。


「えっ、もういいのかい!? まさか魔法――」


「いや魔法は使ってませんよ、魔法はね」


 魔法は氷を呼び出した最初のあの1回こっきりよ。超早期に施したアイシングがよかったか、手当たり次第に押しまくったツボのどれかが効いたのか、はたまたレイキが日本では考えられない程の威力を発揮したのかは謎だが、とにかくじーさんは復活した。

 それは喜ぶべきことだが、領主様のお屋敷に討ち入りとかまじやめて。おかみさんも応援してないで相方止めれ。大体、現状で領主様ん家に討ち入ってどないすんねんな。あちらさんからしたら、聖女様? はてどちらさんでっしゃろか、てなモンよ多分。

ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


タイトル通りのお話です。

急性腰痛症 (いわゆるぎっくり)の場合、炎症の最初期にどれだけ手を打てるかで後々の結果も変わってきます。

冷やせ、冷やせ、冷やせ! 何なら即座に来て頂戴!!

前章のタイトルにもあるようにクセになりがちなので無理は禁物です。

2~3日ぐらいはできるだけ安静になさって下さい。


とは言うものの、「安静」を保つのって結構難しいですよねぇー。

仕事も生活もあるわけですし。

コルセットはここぞという時にお願いします。

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