【急性腰痛症】魔女の一撃はクセになる【通称ぎっくり】
「それよか、何だっていきなりそんなこと? ミオちゃんは聖女様なんだろう? あたしたち下々の者のようにあくせく商売しなくたっていい御身分でしょうよ」
話を逸らすみたいに言った八百屋のおかみさんに、私は少し迷って結局包み隠さず真実を伝えることにした。
「それが、どうやらそうでもないみたいなの」
「え、どういうことだい?」
「私の養育費じゃねぇやえっと滞在費? 国から私本人と、ユタ領に支給されるとかいうヤツ。アレ、まだなんですって」
私はブラック会社のクズ上司が言っていたところの『綺麗な標準語』を意識して淡々と言った。クズのクズミ曰く、私は普通にしゃべってるだけでふざけてるみたいに聞こえるらしい。高卒間もなく上京したての頃の私は驚いて、あの会社にいた1年の間、何とかトーキョーに染まろうと躍起になったものだった。今ならボケカスドアホで終了だが、当時はなまりを指摘されたことがショックだった。だって、自分では全然なまってるなんて思ってなかったし、周りも皆こんなやったし。
あれから3年(某き三まろ風に)、もしあのクズに逢うことがあったら(まずないだろうけど)胸張って言ってやる。お下品なカンサイベンで悪うございましたね、クズミさんアンタあの一瞬で全関西人を敵に回したで、と。ついでに付け加えとくと、ナチュラルボーンオオサカジンの学友達に言わせると私はヒロシマなまりのオオサカベンらしいけぇそこら辺間違わんといてや。
「私、何も知らなくて。でも知ってしまったからもうカノン様におんぶにだっこじゃいられない。自分の食い扶持ぐらい自分で稼がなきゃね」
おかみさんの顔色が変わった。常に表情豊かでわちゃわちゃしてる人の無表情はおかしな具合に迫力がある。
「ねぇおかみさん、何か私でもできそうなお仕事ってないかしら? おかみさんのお店とか、お知り合いとかで、人手が欲しいってトコ知らない? 何ならここで働かせて下さいみたいなジブり的展開でも――」
フリーズしたおかみさんは、果たして私の言うことを理解してくれているのかどうか。いや、聞いてすらいないかも知れない。ぐぎぎっ、ときしんだ効果音がしそうな調子で再起動したおかみさんは話し続ける私に構わず、大声を張り上げた。
「ジョー! ジョー! ジョージ! いないのかい!?」
店の奥の倉庫兼作業場でホワイトラディッシュの葉っぱを落としていたおかみさんの相方がのっそり出てきた。
「大声で騒ぐな。野中の一軒家じゃねえんだぞ」
言ってご主人は、どっこいしょ、と、軒先の踏み台に腰かけた。現役時代に腰を痛めた彼は、長いこと立っているのがつらい人なのだ。
「騒ぎもするさ、あのねえ――」
おかみさんは相方に、私が今話したことを滔々と語って聞かせた。彼女はどちらかと言うと情緒的な語り手であり、一の事例を十ぐらいにして話すきらいがある。彼女にかかるとメダカに尾ひれがつくどころの騒ぎではなくメダカがいつの間にかクジラに変身しちゃってたりする。
私は、ある種の愉悦を含んだ正義感に基づく彼女の語りっぷりに時折修正という名のツッコミを入れざるを得なかった。えぇ、もちろんカノン様に抜かりはありません。いいえ、ユタの領主様もとっくの昔に申請はしてるって聞いてます、えぇ中央からは何も。なしのつぶてってヤツです。いえいえだからカノン様は何も悪くないですよ、私こき使われてなんかいませんし、搾取もされていませんよ。調理当番洗濯業務お掃除その他、竜さんの治療もむしろ私から志願してやらしてもらってるんですしお寿司――。
話が進むにつれ、ご主人の顔色がどんどん赤黒くなっていく。いかにも血圧が高そうな人なので(見た目で判断)、ぶっ倒れやしないかとハラハラした。お若い頃は竜騎兵隊の陸戦部隊でブイブイ言わしてた(本人談)という経歴に見合った、お年の割に矍鑠とした、さらに付け加えると柔和とは反対って感じのお顔立ちの男性が怒気を顕わにしているのは恐怖以外の何物でもない。
私は、私の怠惰を責められているのだと解釈した。現時点で私は、国が求める聖女とやらの役割を充分に果たしているとは言えない。八百屋のご主人のこの怒りは、小物の院長が不機嫌を巻き散らして八つ当たりしているのとは違う、正当な怒りだ。言い訳になってしまうかも知れないな、と思いながら私は言った。
「私は今まで、普通の生活をしてきました。朝起きて、顔洗って、ご飯食べて、仕事して、学校行って、風呂入って歯ぁ磨いて屁ぇこいて寝る。本当に普通の生活です。それがいきなり知らない世界に飛ばされて、聖女だ英雄だって祭り上げられて、正直戸惑ってます。でもこちらの世界に来ても基本は変わりません。朝起きて、顔洗って、人間のエサやりと竜さんの治療。洗濯して、人間にエサやって、洗濯取り込んで、人間にエサやって、シャワーして歯磨いて寝る。
私、甘えてました。皆さんがよくしてくれるのをいいことに、おんぶにだっこで今まで過ごしてしまいました。でもよく考えたら自分の食い扶持自分で稼ぐって、当たり前のことでした。元の世界でもひとりで暮らしてきたんだし、せめて食費ぐらいは入れないとって――」
「そんな必要はねえ。……異世界の英雄にここまで言わせるとは、領主は今まで何してた!?」
「いやあのだから領主様は多分ちゃんと――」
怒気も顕わな八百屋のご主人は、私の怯えながらの主張に耳も貸さなかった。
「あのボウズ、いつまで経ってもとろくせえボンボンのまんまだ。ワシが行って話つけてやる!」
八百屋のご主人は腰痛持ちの人とは思えぬ勢いですくっと立ち上がる。おいじーさん無理すんな、急激に動くと腰に負担が――。
「うおっ!?」
「ちょ、大丈夫ですか!?」
魔女の一撃を食らったリアクションでフリーズしたご主人に私は駆け寄った。あぁぁぁだから言わんこっちゃない。慌てる私と対照的におかみさんは、またかい、と呆れ顔だ。
「いつまでも若いつもりでいるんじゃないよ、ったく世話の焼ける」
おかみさん、まったく動じず相方に椅子代わりの踏み台を勧めていた。彼女の場慣れた対応に、これは彼らにとって珍しいことではないのだな、とあたりをつける。ぎっくり腰ってクセになるって言うもんね……。
ご主人は冷や汗をかきながら踏み台に腰かけた。自力で動ける、座れる程度か。私はその事実にひとまず安堵し、訊いた。
「ヒールウォーターかけまひょか?」
「やめろ!」「後生だからやめておくれ!」
ご主人とおかみさんの答えが、ユニゾンで。
「急性腰痛症なら多分、魔法効くと思うんですけど――」
「やめてくれ!」「あたし達を殺す気かい!?」
「えっ」
私の瞬間治癒のアタックのキツさってそんな広まっちゃってんの!? と動揺したが、よくよく訊くとどうやらそうではなかったようで、
「戦闘中でもねえのに治癒魔法が発動したら言い訳ができねえ」
「ウチはしがない八百屋だよ!? 魔法で治療なんて、とんでもない!!」
どうやら教会に目をつけられるのを極度に恐れているようだ。そう言や魔法での治療ってとんでもねー高額ふっかけられるってカノン様&ポール殿が言ってたっけな。
いやいやでもまさに今、現在進行形で苦しんでる人相手に商売なんてようせんわ、という私の主張は、典型的なユタ民のお二方にはまったく威力を発揮しなかった。
私は戦法を変えた。
「とりあえず、落ち着いて横になれそうなトコ行きましょか。動けます? 私の腕につかまって。そう、ゆっくりでいいですからね」
過去、鍼灸整骨院で幾度となくしてきたやり取りだ。
おかみさんの先導で店奥の倉庫兼作業場へ。ホワイトラディッシュの葉っぱが散らばるその場所は、私がこれからやろうとしていることが充分できそうなスペースがあった。
「横になれそうですか? 座位のが楽なら座ってもいいけど……慌てないで、ゆっくり、まずお膝つきましょか。それで、ごろーんと、……そう、それで」
力仕事の合間に少し横になるのが常態だったのだろう。おあつらえ向きに野菜の木箱がベッド状に6つ並んで、その上に藁のマットレス。木箱にへろへろの悪筆でチックピーとか書いてあるのはご愛敬だ。個人的にはひよこ豆にはそんな萌えない。私はコメが好きだ。ユタには米食文化ないけど。
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メシ食ってフロ入って屁ぇこいて寝よか。
と、関東民に言ったらドン引きされた想い出が蘇って参りました。
今時いいおっさんでも言わないよ、という死語使いに対する「引くわー」ではなく、文字通りのドン引きでした。
ミオちゃんはベッタベタのカンサイジンという設定です。
あつかましく、えげつない、イラチな聖女様でございます。




