私の施術は、売りものになりますか?
カノン様を捕まえるのは難しい仕事だった。彼は夕食時にも姿を見せなかった。彼と接触できたのは夜半過ぎだった。
暗い廊下で出待ち(?)してた私にカノン様は少しばかり驚いたようだ。すまんな、脅かすつもりはなかった。いつも背筋をピンと伸ばして歩く人なのに若干猫背気味。お疲れモードが隠し切れていない。
――あまり込み入った話するのは可哀想やな。
結局、寝かしつけの施術に徹し、まんまと沈めてやった。
朝にはまたすぐ駐屯地に行っちゃうんだろうから、貴重なチャンスを自ら潰したとも言える。けど、夕飯を食べる暇もない程の過密スケジュールでクッタクタの人に七面倒臭い話をさせる気にはなれなかった。
最近カノン様は「肩甲骨周辺が痛い」という感覚が判ってきた。触れられて、くすぐったいですよ、と、くすくす笑っていた頃を知っている身としては大した進歩だと思う。意外なようだが「痛い」よりも「くすぐったい」の方が重症だったりするのだ。あまり凝り固まってしまうと痛覚が鈍る。少しずつだけどほぐれてきてるんだな、と実感する日々。
残念ながら頭板状筋はあまり変わらない。彼の身体のメンテナンスを(勝手に)請け負うようになってほぼ2ヶ月、カノン様の細くて長い綺麗な首筋はいまだにガッチガチの手応えでもって施術者を拒絶する。華奢に見えて頑固。いかにもカノン様らしい頸部よな。
――難攻不落の首筋か。でも寝顔は天使やわ。
一応、ポール殿の白髪をこれ以上増やさない為にもヴァルハラ行きはやめときましょ、という話はできた。それまではぽやぽやと眠気と心地良さに身を委ねていたカノン様が、誰が白髪ですと!? と、むずかる子供のような異様なテンションで食いついてきたのを見るにつけ私は思った。どうやら殿方におかれましては頭髪の話は悪くも悪くも無関心ではいられないようだぞ、と。
それはきっと、日本でもヴァルオードでも変わらない。世界の真理だ。
とにかく、カネの調達が急務だ。これ以上カノン様に負担はかけられない。
アッチの世界でもコッチの世界でもドコの世界でも、カネが欲しいとなったら盗むか貰うか稼ぐかしかないわけよ。
当然、盗むのイクナイ犯罪です。これは日本でもヴァルオードでも変わらない、宇宙の真理だ(多分)。
貰うなんて論外、それじゃあカノン様にたかってる現状となーんも変わりまへん。ロハより高いモノはないって言うしな。……って言わない? ロハ=タダって方言?? むしろ死語??? ……放っといてんか!
と、なると、やっぱり稼ぐの一択だ。頭のいい聖女様or勇者様なら知恵を活かして濡れ手に粟の丸儲けとかするトコなんだろう、それこそ転生者のチート的な感じで。残念なことに私のおつむはそれほど高性能ではありまへん。でも頑丈な体と施術の腕ならありまっせ。いっちょやったろいてこましたろ、アッチの世界じゃ仮にも施術でごはん食べてた身だ。どうにかなるさ、為せば成る。頼むぜ異世界チート発動ヨロ☆
……と、勢い込んではみたものの。
困ったぞ! 問題が山積みだ!!
Q.施術場所をどうすんだ問題 → 騎士団宿舎内の救護室を借りよう、そこならベッドもある!
A.ベッドはある、しかし鍼灸整骨院仕様の呼吸穴付きのじゃないからいかにも息苦しそうだ! 木製の板にペラッペラのマットレス敷いただけだから固くて痛いしな!
Q.宿舎内だと一般のお客さんは基本立入禁止だよ問題 → そしたら騎士団員メインに施術しよう双子葉単子葉、皆の者こぞって利用しろ下さい!
A.まっさーじって、カノン様の虐待音声のアレだよな? 何それ怖い。
Q.料金設定幾らにしましょか問題 → 今ならお試し価格、初回格安何なら無料で!
A.でもそれってカノン様の虐待音声以下略。カネもらったって無理っす。
「だぁぁぁぁボケカスドアホ! 食わず嫌いせんといっぺん受けてみやがれ下さいよ!」
騎士団連中に片っ端から声をかけ、ウホッやらないか、と言葉巧みに誘ってみても、答えは判で押したように皆同じ。「やだ」「無理」「怖い」「拷問されても顔色一つ変えず悲鳴一つ上げなかったあのカノン様が何ふり構わず泣き叫ぶ技に小官が耐えられるはずが」……酷い風評被害。恨むぞカノン様。
一度受けてもらえればメロメロきゅーさせる自信はある(前例:カノン様)。でもそこまで全然行きつかない。そうこうしてるうちに週が変わってしまった。駐屯地に詰めてるカノン様も明日明後日には街に戻ってくるだろう、あちらで何事もなければ。
「カノン様がお戻りになるまでに目途つけておきたかったな……」
たかだか1週間やそこらでどうにかなるとは流石に思ってなかったけどさ。それにしたって手応えがなさすぎる。異世界チートはどうなった。
結局ニートのままですやん私。勢い込んで決意してから、何も変わってない。
最早通常業務と化した「必殺☆聖女様の洗濯トルネード!」を済ませて、これまたカノン様不在時の「竜専属ヒーラー業務」もクリアし、私はひとり街に出た。商店街は朝市がそろそろ終わる時刻で、とんでもねー芋洗い状態からは脱しつつあった。
「おはよミオちゃん、今日は早いのねえ」
顔なじみの八百屋のおかみさんに、おはようございます、と返す。私が買い出しに出るのは大抵昼過ぎだ。朝市夕市の芋洗いを避ける為とあと荷物持ち団員の都合により(騎士団員には他の仕事との兼ね合いもあるし、休日だったら少しは寝坊もしたいよねというなけなしの慈悲もある)。
「午後また来るけど、ちょっと見さしてもらっていいですか?」
「もちのろん! さ、よーく見てって頂戴。今日はタロがオススメよ」
「タロイモかぁ……」
私は軒先に並んだ芋の山を見た。タロイモはユタでは主食級扱いの根菜で、食感形状は日本の里芋に似ている。嗚呼つくづく思う、ヴァルオードにもお醤油があればいいのに、と。
こちらの世界で調味料と言えば塩か砂糖の2択、時々風味づけに謎の葉っぱが投入されたりする。郷に入りては郷に従え、と己に言い聞かせてみるものの、お味噌やお醤油、おたふくソースなんかが時折無性に恋しくなる。
「1山100シカネーって、激安やん!」
籠にこんもり盛られたタロの山、その値札を見て私は歓声を上げた。ほぼ毎日買い出しに来てる身だ、ユタの物価は大体判る。
ちなみに、シカネーというのはこの大陸共通の通貨単位で、語源は紙幣+カネ=シカネー……ということだそうな(以上、カノン様談)。はじめてそれを知った時、私は悪い冗談みたいな大陸共通通貨名に失笑を禁じ得なかった。10億あっても10億シカネー。人間の欲の深さをまざまざと知らしめてくる通貨単位やな、と。
「うわー奇跡の出逢いやなぁけどコレ午後には売れてまうやろか。あぁぁお財布持って出てくるんやったわー」
「お取り置きしといたげるわよ、後でまた荷物持ちさんらと一緒にいらっしゃい」
「おおきに助かる蟻が10匹ありがとー! おかみさんには今日1日めっちゃ幸せになる呪いかけとくわ」
「呪わないで頂戴祝いなさい。で、いくつ要るの?」
「30!」
宿舎の人数分プラスアルファだと30山でも足りない気がしたが、騎士団で買い占めちゃうのもアレだしな。こちらとしては心もち遠慮したつもりだ。
「相変わらず、豪気ねえ」
おかみさんホクホク顔。えぇ、我が騎士団は八百屋の、いやこの商店街の上得意でございますよ。何たって大所帯だし、揃いも揃って大食らいだしな。
しかしこのやりとり、落ち着くわ。実家に帰ったみたいっていうか……ホントの実家は猛毒だけど。このおかみさん、ノリが大家のオオヤさんに似てるんだ。私に実家と呼べる場所があるとすればそれは原爆ドームのある街のネグレクトクソババアと暮らした家でも、主要産業お笑い芸人の関西某府の毒実家でもなく、橋1本渡ればそこは都内な首都圏某市のあの古びた小さなアパートだ。
「そうそう、あの『まっさーじ』の後から、手の調子が良くってねえ」
おかみさんは機嫌よさげに言った。先日、私は宣言通り『デリラさんの変な草改め黄金1粒の価値のある毒消し草』のお礼に八百屋さんご夫妻に整骨院仕様の施術をして差し上げたのだ。商売の合間を縫ってだからたっぷり1時間ってワケにはいかなかったし、仕事熱心なご主人には忙しいのに要らんことすな的に冷たくあしらわれたが、まぁまぁそう言わんと私に15分だけ下さいな、と半ば無理矢理やらせてもらったのだ。
「そうですか、それはよかった何よりです。八百屋さんのお仕事はお手々酷使しますもんね。貴重な薬草のお礼になる程のものかとは思いましたが――」
「その気持ちがありがたいのよ」
おかみさんは食い気味に言う。特に誘導したわけでもないのにいい流れが来たので私は率直に訊いてみた。
「私の施術は、売りものになりますかね?」
と。
もちろんこないだのアレは純粋なお礼ですから、と前置きして、
「例えば、あの施術15分で500シカネーとかだったら、おかみさんは受けますか?」
私としては暴利を貪る気はなかった。日本の鍼灸整骨院での、整骨部門の保険証提示で窓口負担3割が500円(後期高齢者とか所得の兼ね合いとかによって200円の人も300円の人もいるけど)。日本の大根1本100円、ヴァルオードのホワイトラディッシュ1本100円換算として、それほど無茶な条件を吹っかけてるつもりもない。
しかし。
「うーん……それはどうなろうねえ……」
人にもよるんじゃなかろうかねえ、と、おかみさんは濁した。
「ま、そりゃそうですよね」
ハハッ、と笑って私は返したが、内心はガックリ落ち込んでいた。そうか私の施術は「タダならありがたく受けるけど」ってヤツか、と。この場合、彼女が発した言葉や内容そのものよりも、返答までの3拍半の間がすべてを物語っている。
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この世界での通貨単位についてちらっと触れています。
でも本題はそこじゃない。
必要に迫られて身売り(!?)を決意する聖女様の巻。
1度受けてもらえれば、とフンスフンスしてますが、そこまでのハードルが異様に高い!
でもね、あーたそんなトントン拍子に行くわきゃないでしょ。あなたのお師匠ケイ先生だって最初の数年は閑古鳥。考えが甘いぞ。
と、誰か鼻息荒いお嬢さんに言ってあげて下さい。