私の滞在費ってどうなってるの? → 「カネも来ねぇしヒトも来ねぇ」
「私はこの部隊ってめっちゃ恵まれてると思うけどな、余所の部隊知らんけど」
「まぁな。1年もここに居りゃあドコ行ったって通用するんじゃねぇか、色んな意味でな」
ポール殿はわしゃわしゃと赤毛をかき上げた。んーだからそのアクションは根元の白髪が以下略。
「ところで、聖女様」
ポール殿は改まった感じで呼んだ。彼が私を「セイジョサマ」呼ばわりする時にあるいつものからかいのニュアンスがない。私は繕いものの手を止めた。
「あぁ、そんなかしこまんなくていいさ、続けてくれ。
カノン様はカッコつけて話したがらなかったが、俺はアンタが知っといた方がいいと思ってな。……カネの話だ」
「お聞きしましょう」
私は聞く姿勢を取った。ポール殿は前置きもなくズバッと結論から言った。
「ヴァルハラからカネが来ない」
あまりに核心だけポイッと投げられたものだから意味がわからなかった。4拍半遅れで、えっ、と返した私に言葉足らずを察したか、ポール殿は説明をくれた。
「聖女様あるいは勇者様をお迎えした際、聖女様もしくは勇者様本人及び彼女か彼かが滞在する領に支給される――ってアレが、まだなんだ」
「えぇーっ……」
それ私に言われても、というのが正直なところだが、同時にこうも思った。
「私、ユタに来てからもう2ヶ月は経ってるよね?」
ヴァルオードに――この世界に来てから、というなら実質3ヶ月近くは経過してるはずだ。
「我が上官はユタ入りしてすぐウエに申請した、ユタ側が動くの待ってたらいつになるかわかんねぇからな。カノン様はその辺キッチリしてっから、せめて一時支給の支度金だけでもってんでな。だが、ユタの領主もとっくの昔に申請だけはしてたらしい」
てめぇらの利益になることにゃテキパキ動くんだな、と、ポール殿は腰の重いユタ領主を皮肉って、
「だが、ドッチにもアクションなし。カネも来ねぇしヒトも来ねぇ。申請書に不備があるとかねぇとかの連絡もナシ」
やってらんねぇわな、とポール殿は赤毛をがしがしかきむしる。あぁぁだからそのジェスチャーやめぇや白髪が以下略と指摘するか否か私は迷った。
「カノン様が何が何でもヴァルハラに行かなけりゃってなってんのは、変異種云々よかソッチの――」
「待って、ちょい待ち」
私はポール殿を遮った。
「私にかかる費用って国が面倒見てくれるってことじゃなかったの? 今の私の養育費じゃねぇや滞在費って、どうなってんの?」
あぁ……とポール殿は赤毛をくしゃっとかき上げて、
「あぁ、うん、だからさ、まぁ、その……」
何やのここまで言うといてはっきりせぇや、と詰め寄ると、ポール殿はボソッと吐き捨てた。
「だから、カノン様の持ち出しだ」
「えぇーーーーっ!?」
そんなバナナ。私は仰天した。
そしたら何かい、私は今まで何の自覚もナシにカノン様におんぶにだっこでのほほ~んと養われてたってこと!?
私だって仮にもひとり暮らし経験者だ。3ヶ月近くも無収入ってことがどんなことか身をもって知っている。
「そらアカンやろそらマズイやろ何で早ぅ言うてくれんかったんや!」
「ミオ様、『お国言葉』」
ポール殿は一応駄目出ししておいて、
「アンタがドケチ……っとと、慎み深く清貧な聖女様でよかったよ。被服の聖女か先代の勇者あたりなら、カノン様はとっくに立替金だけで破産してるぜ」
何か今、聞き捨てならない単語が聴こえた気がするんだが?
「ドケチとは何やドケチとは」
「幻聴だろ」
魔法の疲れが出たんだよ、と、ポール殿は雑に片づけた。
「いくら中央がブラックボックスの伏魔殿でも流石にこうもノーリアクションじゃぁな、探り入れてぇって気持ちも解るがしかしな。
ミオ様、アンタからもあの人に言ってやってくれ。ヴァルハラには行くな、と。あの人があの状態のヴァルハラ入りするイコール死だ」
ポール殿のアイスブルーの瞳はいつになく真剣だ。知れば知る程、中央=ヴァルハラはとんでもねー所だ。私は改めて、ヴァルオード王国が救国の聖女とやらを切実に欲する理由がわかった、と思った。
「教えてくれてありがとう、ポール殿。何とかしてみるよ」
私のできる範囲でね、と付け加えることは忘れなかった。内心ではうわーめんどくせーなと思ってたし、どないせいっちゅうねんとも思ってたけど、そんなこと言ってる場合じゃないんだろう。ただ、自分のキャパ以上のことはしない、とも決めていた。新卒からの貴重な1年を台無しにされたブラック会社の二の舞はゴメンだ。
「アンタならそう言ってくれると思ってたぜ」
礼を言われるとは思わなかったがな、とポール殿はカッコつけて髪をまたかき上げる。ぅんだからその仕草はな、と数瞬迷って私は結局、率直に伝えることにした。
「余計なお世話かも知らんけど、ポール殿」
「だからミオ様、『お国言葉』が」
いちいちツッコむ彼をスルーし、私は繕いものを再開した。まぁこんだけがっつりかがっときゃ当分は保つやろ、縫い目ガッタガタやけどな。大丈夫問題ない、こんなトコいちいち裏返して見ぃひんわ。
「その……髪かき上げる癖? ちょーっと控え目にした方がええかもわからんで?」
「?」
何のこっちゃ、みたいなリアクションのポール殿に私は極力マイルドな表現で告げてみた。根元白いの目立つねん、と。
明らかにギョギョギョー! なポール殿に私は全面的に同情した。
「ポール殿、見かけによらず気づかいの人やもんね。苦労してんね」
まぁ、うん、その、アレだ。ハゲよか白髪の方がナンボかマシかわからんで、と、我ながら気休めくさいことしか言えないけど。
果たして。
「オイ! てめぇそれズバリ言うな!! そのワードは禁句だぞ!!!」
「え、白髪アカンかった?」
所変われば、だな。異世界の流儀は難しい。
「違う、そうじゃない。ハ……とゲを連続で発音すんな!!!」
あ、そっちか……。
「聖女様、アンタにゃわかんねぇだろうけどな、ソレ切実なヤツには切実な問題なんだぞ。アンタ、ホから始まる4文字呼ばわりされてどう思ったよ? 嫌な気分だったろ?」
あぁ、ホビットね。私個人は含むところは何もないけど、この世界では「無力なチビ」という意味の強烈な悪口になるという、下手すりゃお隣の国と戦争になりかねないとかいうアレね。
「まぁ無力なちびっこと言われてもハイスンマセンその通りです、としか言えないからなぁ。でも驚いた、コッチの世界ではハゲってFワードの類――」
「だからその2文字を連続で発音すんなって言ってんだろ!!!!!」
ガチで怒鳴られた。
「ホ(自主規制)……ットもズバリ言わずにぼかすだろ普通。そのものズバリ言わんでも『小さい人』『か弱い人』で通じるだろ」
ふむ、ホモではなくゲイね的なショウノさん(貴腐人、既婚、2児の母、干渉波は上腕二頭筋周辺をほぼオール)の縄張りのお気使いが必要なのね、コッチのハ……とゲには。
「そやな、びっこだのめくらだのまんまズバリはアカンわな。足の不自由な人、目の不自由な人、って言い換えるわな。うん、日本でもそうやったわ」
そう、特に大袈裟に気にするということもなく、ごく自然に、して当然の配慮だった。だから愛人がケイ先生のことをあの3文字で罵倒してたのが信じられなかった。この人何を言ってるんだろうって。本人に言わなきゃいいってことじゃない、陰口でだっていけない。私が指摘したら愛人は院長にチクって、何故か私が院長に怒られた。びっくらこいたわ、あの時は。今思い出しても愛人の社会性のなさは異常だ。アレでアラサーだってんだから信じられないわ。
ともかくも、薄毛を意味するハとゲの2音は連続して発音してはならないことは理解したので、今後も注意して気をつけよう。ヴァルオードだから日本だからは関係なしに人として、社会人としてのたしなみだわなコレは。
私は、ブラック会社の足抜けからこちら散々お世話になったホシ弁護士のことを思い出していた。ホシヒカルというその名の通り、光輝く頭部の持ち主だった。頭ら辺を重点的に鍼打ち続けてたらほわっほわの産毛が生えてきたってめちゃくちゃ喜んでたっけ。彼の毛根はまだ死滅していなかったのだハレルヤ! それは人体の神秘とやらについて想いを馳せる出来事であった。そして、鍼灸の無限の可能性を示唆した一件でもあると感じた。鍼灸すげぇ、マジつえぇ。いや、鍼灸が、というか、ケイ先生の腕が凄いのか。あるいは、ホシ先生の粘り強い根気と財力の賜物とも言えるか。鍼灸は保険効かないから高いしね。
そう言やホシ先生の産毛の話したらランス隊長が目の色変えて食いついてきたっけな。私はまだ鍼灸師の資格ないから鍼は打てないんです~って言ったらガックリしてたっけ。スンマセンねひよっこセラピストで。せめてあと3年、いや2年ちょい後に召喚されてればね、その頃なら私だってケイ先生――のレベルは無理でも鍼灸師レベル1ぐらいにはなれてたかも知れないのに。
「要は私のカネの問題クリアできりゃええんやろ。コッチ来る前は一応自活してたし何とかするわ。そんでカノン様に、大丈夫やしアホなことせんといて、って言ってみる。ポール殿の頭髪と毛根の為にもね」
「俺の頭髪と毛根の心配はしなくていい。親父がトゥルトゥルでも俺がハ……(もごもご)ぅげるとは限んねぇだろ」
「あー……」
そっかポール殿のお父上はホシ先生のお仲間かぁ……。残念だがソレは遺伝の要素が――とは言わないでおこう。
「うん、でも、白髪ならハゲないって言うし?」
「だからその2音を続けて言うな!!!」
リアルガチで怒鳴られた。
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また髪の話してる……と、古式ゆかしいコピペはさておき。
上官に「口が軽い」と言わしめた副官殿がまたペラッと内情暴露です。
P殿はとりあえず何か教えてくれる人です。
作中の「愛人の社会性のなさは異常」は「残された人々 ~譜久村慶子の場合・4~ともリンクしています。
院長がケイ先生を例の三文字で罵倒したのは愛人の口癖が移ったから……とも言えます。
大事なことだから繰り返しますが、この業界にいて(いや、そうじゃなくても)、あの3文字を平気で口にできるその神経が信じられません。