ヴァルハラ騎士団地方派遣軍(通称出向組)の労務事情
「アンタはちょっと世俗にまみれ過ぎっつーか、ちぃーっと逞し過ぎだと思うがな」
ポール殿は脱力系のため息をついて、値踏みするようにじっと絶賛裁縫中の私を見た。
「へぇ、なかなか上手いな」
「そりゃどうも。でもカノン様には負けるわ」
私の手元を見ながら口笛を吹いたポール殿に私は返した。私の縫い目は最低限かがってくっついてるだけのガッタガタだが、カノン様のは本職お針子かってぐらいに綺麗だ。ついでとか言って何かの紋章みたいなの刺繍してたりしてるしな。それがまた見事なのだ。
「たたんで返す前にわざわざ繕い物までしてやるってのも、気が利いてる」
「カノン様がしてたから」
私も最初は何も考えんとそのままたたんでお部屋に配達してた。でもカノン様は袖口のちょっとしたほつれや裾のビロビロも放っておかなかった。引っかかたり踏んづけたりしたら危ないでしょう、と言って。こんな些細なことでお怪我をしたり、取り返しのつかないことになったら、というのがカノン様の主張だった。私はブラック建設会社のドサ周りで度々顔を合わせた協力会社のおっちゃん連中を思い出していた。彼らはズボラとか汚いとか思われがちだが実はまったくそんなことはない。労災速報の頻度の少ない会社所属の人ほど、その辺はきっちりしていた。カノン様の憂い顔での主張は、感電した同僚をドロップキックかまして救助したおっちゃんとほぼほぼ一緒だった。すなわち、手元に引っかかって手首ごとバッサリなんざ洒落にならんだろ――確かに、あの現場は諸事諸々しっかりしてたな。……
「そうか。カノン様が、な」
ポール殿は何かを推し量るような視線を寄越し続けている。何とはなしに座りの悪い具合だ。
「あーあ、ユタのヤツらはいいよなー。竜騎兵隊っちゃ雑事全般完全免除だろ?」
ポール殿のコレは最早お決まりの軽口となりつつある。
もっとも、これを口にするのは何もポール殿だけではない。ヴァルハラ騎士団ユタ出向組は炊事洗濯清掃その他を団員が当番制でこなしているが、ユタ竜騎兵隊にはそれがない。竜騎兵隊の寮にはまかないのおばちゃんが常駐しており、掃除のおっちゃんおばちゃんもシフト制で通ってくる。隊員が戦闘と鍛錬とに全力を尽くせるよう、ユタは街を挙げて竜騎兵隊をバックアップしているのだ。不公平だ、と愚痴るヴァルハラ騎士団員の気持ちもわからなくはない。
「でもそのおかげで武器防具魔導具その他諸々、任務に関わることは全部団費で面倒見てもらえるんだからいいじゃない」
「まーな、そりゃそうなんだけどよ。だけど余所の出向部隊っちゃ、大抵ユタ方式だぜ?」
何で俺らだけ、とグチグチ言うポール殿に私はいつもの台詞を吐いた。
「よそはよそ、うちはうち」
確かに、余所の派遣軍では雑務専門の人員を現地調達することもあるそうだ(ソースはアレン殿、彼は色んな部隊を渡り歩いてきた人らしい)。となると、派遣軍は雇用創出への貢献も期待されているのでは? と私は単純に考えたのだが――。
「俺ら、貴重な出逢いのチャンスも潰されてんだぜ? 食堂のナイスバディーなおねーさんとムフフな関係になるとか、可愛いハウスメイドちゃんと休み合わせてデート行くとかさ。余所の部隊じゃそっから親密になって結婚おめ! とか結構あるらしいぜ?」
こんなんじゃ相手も見つからねぇよ、第一華がねぇしよ野郎ばっかで、と嘆くポール殿。私は遠慮なく言わしてもらった。
「アンタみたいなんがおるからこその現状なんちゃうんか?」
と。現在ワケアリでユタ出向部隊に所属するアレン殿曰く、色系で起こるトラブルはユタ方式だと格段に増えるとのこと。
そして何より。
「『隊費には限りがありますからね』(キリッ」
私はカノン様の物真似を披露した。似てねぇよ! とポール殿はケタケタ笑う。
ポール殿他一般団員の気持ちはわかるが、私はカノン様やアレン殿の主張も理解できる。機密保持という観点からすれば外から人を入れずに内部で完結した方がいい(我々は表向きは辺境派遣軍ですがその実、聖女様のお迎えという陰の任務を遂行すべき部隊だったのですからね、がカノン様の弁)。
それより何より。
「『何事も経験。経験は人を強くしてくれます』(ドヤァ」
私はカノン様の物真似part2をたたみかけた。似てねぇにも程があるだろ! とポール殿はゲラゲラ笑った。
陰口って程でもないけどペーペーの団員が、調理当番洗濯業務トイレ掃除その他諸々やってらんねぇ解放されてぇユタの隊員裏山~言いながらゴシゴシしたりグツグツ煮たりしてるのを見聞きするにつけ、こりゃあフラストレーション溜まってんなぁ矛先がカノン様に向いたら嫌やなぁと思って、さりげな~く遠回しにカノン様ご本人にお伝えしてみたことがあった。国から支給されるオカネは大まかに使途は決まっているものの、細かな振り分けは部隊の長の裁量とされているとのことなので。
つまり、ユタ出向組の大部分の構成員は、隊費で雑務要員雇って俺らを調理洗濯掃除から解放してくれよ、と言っているのだ。そりゃそうだ、ユタ竜騎兵隊の隊員が余計なことに力を分散させずに任務に全力、休日は休みを徹底しているのを横目に見ながら、仕事と家事とを両立させて息つく暇もないなんて……まるでどっかのニホン国のワーキングウーマンのようではないどすか。
カノン様は、愚痴混じりの陰口が誰の口から発せられたかについてはまったく興味を示さなかった。私のさりげな~い遠回しなご注進に、騎士団には貴族の子弟が箔をつける為に入団することもありますからね、と言っただけだった。カノン様は誰がグチグチ言ってても構わないけど「皆言ってます」の「皆」が具体的に「どの皆」なのかについてはおおよそ把握しているようだった。
その上で、彼は言った。
「生家が大貴族等の場合、身の周りのことは使用人任せになりがちです。しかし、自分ひとりで服も着られない兵など、どうですか。食事は何処からともなく給仕係が運んでくるものではありません。自分の面倒も自分で見られずして他者を守ることなどできますか。それが通用するのは近衛の名誉職だけですよ」
本来、騎士団のオシゴトとは戦闘ありーの野営がありーのの典型的なブルーカラーってワケだ。うん、見てりゃわかるよ。
さらに、彼はこうも言った。
「皆様のお給金には手をつけたくないのです」
体を張ってのお仕事ですよ、満額支給は死守したい、というのがカノン様の主張だ。
大事なことだから繰り返すが、ヴァルハラ騎士団地方派遣軍(というのが私達が出向組と呼んでる部隊の正式名称だそうな)の軍費の割り振りはその隊の長の裁量とされている。ユタ出向部隊は基本的な衣食住と任務で使用する一切合切を全部隊費で面倒見てもらえる。申請すれば防具の新調、武器の修理も実費で支給される。自称経験豊富な訳アリ団員アレン殿に言わせると、カノン・オラクル・ラディウスのやり方は「これまで渡り歩いてきた中で最も良心的かつ兵隊目線」なのだそうだ。
雑務免除の部隊だとまず例外なく「寮費」や「食費」という形で給料から天引きされる。武器や防具は自前で揃えろ、という隊も多い。修理は申請すれば騎士団規定の最低額は戻ってくるがその申請を通すのも一苦労で実質自腹、何なら申請そのものブロックなんて隊はざらにある。その点この部隊は即日申請翌日払いで有難い、しかも給料満額支給だ、それを鑑みれば雑務家事など安いものよとアレン殿はしみじみ語っていた。
この部隊の事務処理が万事スピーディーなのは長がまめに書類を処理しているからだ、ともアレン殿は言った。小官がかつて所属した部隊では武器の修理を申請し決済が下りたのは2ヶ月後という笑えない例もありました、騙し騙し使っていて結局戦闘中に壊れましたがな――と、アレン殿は恐ろしいことを真顔でカミングアウトしていた。
だからこそのカノン様の、
「武器防具その他の修理新調は遠慮なく申請なさい。こんなつまらないことで命を落としてどうするのですか」
が、パンピー団員には神の啓示のようになるわけだ。
だが、カノン様は無節操に甘やかしはしない。
「申請書は此方の抽斗にあります。記入したら其処の箱にお入れなさい。……代筆は致しませんよ、ご自分でお書きなさい。貴方自身のことでしょう」
――こうしてユタ出向部隊の面々は、ヴァルハラ騎士団共通の書類にも慣れていくという。まったく、よくできてる。
ただし、訳アリ団員アレン殿の言う「良心的かつ兵隊目線」な運営は「雑務要員の雇用」を犠牲にして成り立っているのだ。
もちろん、どちらもゲットできるなら嬉しいが「隊費には限りがある」。よってカノン様は「いのちだいじに」そして「自分のことは自分で」のコマンドを選択した、というわけだ。
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隣の芝は青い。
というお話です。
またの名を、ビバ隊の長の裁量の巻とも言います。
出向組が羨むユタ竜騎兵隊の至れり尽くせりは、当然何かを犠牲にしています。
その「犠牲」については後々書いていく予定です。
合言葉は、「隊費には限りがある」!