表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/157

聖女様の世界の戦争の話

「ってかついに赤紙来た!? ヴァルハラからの出頭命令!?」


「あかがみ?」


 きょとん、とするカノン様に私は言った。昔、日本で戦争をしてた頃、welcome to 軍隊~♪ の通知書を赤紙って呼んでたんですって、召集令状って赤い紙だったから、と。


「悪趣味な」


 カノン様はボソッと言い捨てた。徴兵に赤など否が応にも血を連想させる、というのが彼の渋面の理由だった。


「単純に、他の文書と混じらないように、目立つように、一目で見分けがつくように、ってだけだと私は思ってましたけどね」


 旧日本軍、多分そこまでモノ考えてなかったと思う。しかも、戦いが進むにつれ物資不足がどーしょーもなくなって染料までケチるようになって終盤には赤紙が薄ピンク紙ぐらいになってたっていうし。


「これはまたプリーストらしい御反応ですな」


 ポール殿はよき部下の態度で、それでも、貴殿はそんなことばかりおっしゃってるから中央に睨まれるんですよ、と付け加えることも忘れなかった。


「仮にも騎士団員が大っぴらに不戦を説くのはまずいでしょうが」


 いざ戦争ともなりゃ真っ先にお国の為に戦わなきゃならん立場ですぜ俺達は、というのがポール殿の言い分だ。


「んぁ? でもミオ様、アンタ前に出身地はめっさ平和で戦闘経験なんざ皆無だって言ってなかったっけか?」


 ポール殿、意外に人の話よく覚えてんのな。俺様野郎のくせに。


「えぇ、日本は長いことずっと戦争のない国でしたから。だから私も、私の母も、私の祖母の世代ぐらいまでは『戦争を知らない子供達』でいられた。祖母のちょっと前くらいの世代の人達でやっとどうにかひもじい記憶があるのかな、ってぐらい」


「その割にゃアンタ、妙に場慣れしてねぇか? 無駄に肝っ玉座ってるっつーか、変に知識あるっつーか」


「そーかな……?」


 だとしたらそれは、ひたすら読み漁った本やらやり込みまくったゲームやらのおかげかもだ。まったく人生何が幸いするかわからんな。というのは伏せといて、だ。


「私の生まれた街は原爆ドームのある街で――戦争の最終期に、特に甚大な被害があった場所で。だから人よりそれについて考える機会が多かったのかも知れないわ。あの街には『過ちは繰り返しませぬから』的なモニュメントが保存されていて、日本の子供達はそこを訪れて戦争の悲惨さを学ぶのよ」


 正確には、私がその場所を直に見たのはヒロシマにいた頃ではなくオオサカに越してから――小学校の修学旅行でだ。ヒロシマに住んでた頃は行く機会がなかったのに、離れてから改めて訪れることになるとはおかしなモンだと思うけど、有名な観光地住みの人に限ってその名所に行ったことがないって割とあるあるらしい。

 アパートの上の階にいたマツダさん(イグアナと暮らしてる劇団員)、イバラキ出身なのにカイラクエン一度も行ったことないですって言っててびっくらこいたわ。しかも彼が言うには、高校時代は自転車通学で公園の中を突っ切ってたってのに中に入ったことない、って。何てもったいないこと、日本三大名園のひとつやないのカイラクエンって、と、クリスマスやるからおいでと誘ってくれた大家のオオヤさん(クリスマスってやるものなのかという議論の余地はある)をはじめとした面子が素直に驚きを表明したが、イグちゃんの飼い主には刺さらなかった。そんなスゴイとこには思えなかった、というのがマツダさんの主張だった。さらに、複数の猫に飼われてる大学のセンセイ(誤表記に非ず、人間が主なんじゃなくて猫の方がエライ、飼い主は下僕)が、俺は大学キョウトだったけどアラシヤマなんか行ったことないぞ、と申告したので、基本流れ者の私や土着した地元民のオオヤさん、自称名産品は夜のお菓子の大学生(イエローボールという名のインコの飼い主)は阿鼻叫喚に陥った。地元民にイマイチありがたみが伝わらない、いつでも行けるさ~という気軽さがあだとなり結局無訪問で終わるという名所あるある、あると思います。


「そこは、世界ではじめて原子爆弾――酷い毒をまき散らす兵器が使用された場所で。焼け野原なんて生温い、今後100年は草も生えないなんて言われたような甚大な被害を受けた土地だった。日本だけでなく、余所の国からも見に来る人がいたわ。展示品はショッキングなモノばかり。大の男が人目もはばからず号泣したり、途中で気分悪くなって離脱する人もいた。それ程に生々しくて、おぞましい記録よ」


 私が行った時はいわゆる『改装後』で、それ以前よりは余程マイルドになってるということだったが、それでも胸の悪くなるようなもので――実際、他のクラスでは吐いちゃった子とかいたって聞いたし、観光客っぽい外国人男性が嗚咽しながら十字を切ってる姿は私も見た。


「夜には語り部と呼ばれる人の話を聞くの。当時の生き残りだからもう超が付く程の高齢者よ。車椅子に乗ってやってきて、でも話す時は杖をついてでも自力で立って話すの。彼は当時はほんの子供で、でもだからこそ強烈に覚えてることを、気力を振り絞るようにしてね。綺麗な青い光、きのこ雲、黒い雨。生きながら焼かれる人々。トマトの皮みたいにベロンとただれてむける皮膚。そしてその後の後遺症。あの一瞬で、彼の親兄弟や親しい人は皆亡くなったそうよ。

 控えめに言って地獄絵図。実際に体験した人の話は貴重ね。学校のセンセイには口答えばかりしてた悪ガキも流石に大人しく聞いてたわ」


「ソレ軽い虐待じゃねぇのか。ガキに見聞かせするモンじゃねぇだろ」


 ポール殿は赤毛をがしがしかきむしりながら言う。だからそのアクションやめい、根元の白髪が気になんねん。


「そういう考え方もあるかもね」


 私は一応の同意を示した。実際、そういう意見もあるらしい。

 私の血の繋がらない弟は優雅にエスカレーター式の私立校だったけど、奴の学校の修学旅行は関東某県のネズミーランドだった。昔はナガサキの例の場所にも行ってたらしいが、今はナガサキだったらハウステンボス一択だそうな。要は、親からクレームがあったってことよな。高いカネ払ってんだから楽しませろ、ってことらしい。流石私立校、親御さん(スポンサー)のご意見は絶対ってワケかと素直に納得した。

 義弟は私達の修学旅行も小馬鹿にしてた。「プッ、ヒロシマかよダッセー。オレらトウキョウ、ネズミーだから」とかって。マウント取るのは構わんが、ネズミーランドはトウキョウじゃないからな。堂々とトーキョー名乗っちゃってるけどソレ騙り、トーキョー詐欺でっせ。

 ちなみにあの義弟、イセやUSJも鼻で笑った。近場で済ませる公立ダセェ、って。「オレらサッポロ」「オレらカナダ」。挙げ句、学校行事にまでマウント取ってきた。「え、体育祭ガッコーの校庭でやんの? ビンボ臭っ。オレら○△スタジアム貸し切り~。オレのガッコー街中だからグラウンドないし?」……ハイハイお金持ちの私立校はひと味違いますねーよござんすねー(棒)


「でも私は、行けてよかったと思ってるわ」


 半ば強制でもなければ知ることも、深く考えることもなかっただろう。

 見て楽しいものではない、決して。だが、貴重な体験だったと思う。


「私がいた国があれから復興を果たし、まがりなりにも100年近くも不戦を貫いている。そのあたりついての是非は度々議論されるし、いろんな意見があるけど。でもそれだけ長い間、多少きな臭いことはあっても『平和』の中で過ごさせてもらえたこと……それって凄いことだし、私は『戦争を知らない子供達』でいられた幸運はとてもありがたいことだと思ってる。

 私は実体験としての戦争は知らない。けど、その悲惨さは充分理解したと思うの。世の中には決してしてはならないことが存在するのだと知った気がするわ」


「賢者は歴史に学び只人は経験に学ぶ、とも申します」


 鹿爪らしくカノン様が言った。


「私はミオ殿のお考えに賛同致します。いくさは人を傷つけ、命を奪う。生きとし生ける者を損なうとはすなわち生命に対する冒涜です。人だけではない、他の動植物や……本来なら魔物であっても、無駄に刈り取っていい生命などないはずなのですよ」


「綺麗事だな」


 悪友のポーズでポール殿は一蹴。


「プリーストの椅子が言わしてんだろって俺ならわかってっけどな、清廉な『オラクル』殿。

 アンタの血筋はそれだからいけない。戦争大好きな国王陛下の耳にでも入ってみろ、アンタの母上の二の舞になるぜ?」


「けれど、いくさで真っ先に犠牲になるのは無辜の民です。戦いを所望するのは大抵、安全な場所から行けと兵士に命じるお方ばかりではありませんか」


「ストップ、それ以上は駄目だ」


 言い募るカノン様を、ポール殿は上から止めた。


「それこそジョージにメアリーだ。俺は訊かなかったことにしとく。ミオ様、アンタ何か聞いたか?」


 何も聞こえなかったよな、と、真顔で詰め寄るポール殿の圧が凄い。


「えーっとぉー……あれれ~? おっかしいなぁ~突発的に難聴がぁ~……いややわぁ~魔法の疲れが出たのかしら~ん?」


 私は空気を読んでみた。おりこうさんだなマイハニーとかポール殿は寝言言ってるけど、私アンタのハチミツになった覚えないで?


「え、大丈夫ですかミオ殿。あぁ申し訳ありません無理をさせてしまいましたね、やはり今日は1日、いえ明日も丸々お休みになって下さい。さ、寝台に横になって……救護室ではくつろげませんかね、お部屋までお送りしましょうか」


「いやあのえっと……」


 すっとぼけーのテンプレをマジに取られると困るんですけど。アカン、この人冗談通じない。


ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。

愚者、という単語をカノン様に使わせたくなくて「只人」となりました。

生まれただけの土地であっても、縁のあった場所ではあります。

無関心ではいられません。過ちは繰り返しませぬから。


観光地あるある、地方あるある、すっとぼけーのテンプレあるあると、あると思いますを詰め込んだ章となりました。

義弟(仮)よ、ネズミーはT京じゃないぞC葉県だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ