白い悪魔=鉄剤についての個人の感想
結論から言うと、カノン様の症状は疲労と失血による貧血――らしかった。
取り乱してギャーギャー騒ぐ私の声を聞きつけたポール殿他数名の鎧騎士が即座に駆けつけて来て、戦場仕様の処置をして事無きを得たが――医療人のはしくれとして反省しかないわ私の対応……。
人が倒れた時はまず声かけをして意識の有無を確認し、その上で対象を励まし周りの人も巻き込んで救急車の手配。同時に必要に応じて気道の確保に心肺蘇生――平時なら諳んじて言える。けど、目の前でばったり倒れられてしまうと――。
大丈夫ですか、なんて、いちばん言っちゃいけないことだ。もし対象に意識があったら、大丈夫ですって言うに決まってるんだから。
現にカノン様は取り乱す私に、大丈夫ですよ少し立ちくらみがしただけです、ですからそんなに泣かないで下さい、なんて、逆に私を気づかってくれた。
「だからカノン様は休んどけってあれほど」
貧血の応急処置として、足元を頭より高く上げた姿勢で仰向けに横たわるカノン様に、ポール殿がぶちぶち文句をたれている。
「お役目として聖女様第一! はわかりますよ。でもそれで貴殿がぶっ倒れてちゃどーしょーもないじゃないですか。ミオ様のことは俺達に任せて貴殿はお休みになられるべきでした!
それとも何ですか、俺らはそんなに頼りない使えない部下ですか!?」
そっか、そもそも私が気絶してぐーすか寝こけてたせいだったのか。それは申し訳ないことしたな。
「私、皆様に随分ご迷惑をおかけしてしまったようですね……」
私はブラック会社仕込みの余所行きの言葉使いを意識して言った。
「本当にすみませんでした。私、重かったでしょう?」
「いいえ、小鳥のように軽かったですよ」
と、寝たままの姿勢でカノン様が――って、この人が私を運んでくれたの!? 適任者は他にもわんさといるだろうに、鎧軍団の中では一際華奢なこの人が!?
……って、それよりも。
「羽根のように、ではないんですね」
「あいにくと、嘘は申せませんので職業柄」
カノン様の言い草にポール殿と他数名が吹き出し私は撃沈した。
カノン様酷ぇ! 正直過ぎるよ! 悪かったよ背はちっちぇーくせに身だけ詰まってて! このたわわなおっぱい(って自分で言うなって?)は飾りじゃないのよホンモノなのよすみませんでしたね!!
駆けつけてきた騎士の幾人かがランタン風の照明具を所持していたので、周りがよく見える。山頂で使用したのと同じテントだが、今度はここで夜を過ごすつもりだろうな、って感じのあつらえ方。
ガタイのいい鎧男が雁首揃えて、横たわるカノン様を心配そうに覗き込んだり頭の包帯を気にしたり――局地的な人口過密。圧がハンパない。
それにしても、顔色が悪い。
ファーストインパクトでギリシャ彫刻ばりの……と思ったが、元々色白で整った顔立ちの人が、貧血のせいで蒼いどころか真っ白な顔色で目を閉じ、微動だにしないとなると……この人は本当に生きた人間なのか、精巧に創られた芸術作品なのかわからなくなりそうだ。
――お人形みたい。
決して誉め言葉的な意味ではなく、思う。
私は彼の額に手を置いた。金髪に巻かれた白い包帯に少し紅が滲んでいるのが痛々しい。少し発熱しているか……。
カノン様が物憂げに目を開けた。熱のせいでか、とろんとした翡翠の瞳が妙に色っぽい。彼は私を見上げ、何か言いたげに唇を開いたが――。
「あ、そうだ!」
唐突に閃いた妙案に私はぽん、と手を打った。
テントの隅にカノン様のメイスと私のナイロン黒バッグが置かれている。私はバッグを漁り、ポーチの中から目的のブツを取り出した。
「てれれてってれ~♪ フェ口ミア推参~☆」
今度は何だよ、とツッコむポール殿に私はにぱーっと笑って、白い錠剤をひけらかした。
「へ……ろみあ? って、何だそりゃ」
説明しよう! フェ口ミアとは知る人ぞ知る鉄剤界のメジャーネームだ! ヘモグロビン値が1ケタ台になると否応ナシに処方される! 私もかつては、ミオちゃん今日は顔色いいのねーちゃんと鉄剤飲んだのねーなんて言われたりしたものだ! 今回のカノン様の貧血は頭部外出血による失血によるものだろうが、おそらく服用しないよりはマシに違いない!
ただね、鉄剤って副作用が結構エグイからねー。吐き気、嘔吐、胃痛、腹痛、下痢、発疹etc.……お薬手帳見るだけでも服用したくなくなる要素がてんこ盛り!
フェ口ミアなら、まだいい。奴のジェネリックのク工ン酸第一鉄はホントに、ホンットーに! 酷い目に遭った!! ブラック会社で以下略だった頃、不摂生がたたって持病の貧血がド貧血に進化した際、うっかり処方されたフェ口ミアのゾロは発疹以外のオールスター総出演だったからね!
それ以来、薬剤師さんが笑顔で執拗に「おくすり代が安くなりますよー」と勧めてきても頑として「いえフェ口ミアにして下さい!」と突っぱねている。
ジェネリックでも成分は同じだから~なんて言われるけど、それは嘘だと思う! 絶対何か間引きするなり何なりしてるってばさ! じゃなきゃ説明がつかないよあのジェネリックのシビアな副作用は!!
ついでに、副作用について説明し、主治医には処方箋に「フェ口ミア」とバッチシ書いてもらってるのにも関わらず、毎回毎回「おくすり代が~以下略」と食い下がってくる薬剤師さんは何なんだ!
副作用云々もだけど、エンドレスワルツなそのやりとりがウザくて患者が鉄剤からフェイドアウトしてくってことを、もういい加減理解して欲しいものだ……と、以上、個人の感想ね。
「鉄剤です。お飲みになりますか?」
私はカノン様に訊いた。
「鉄……?」
ぼうっとした翡翠の瞳で条件反射のようにポール殿の鎧を見やるカノン様――うーん、起立筋の時も思ったけど、人体医療方面ではヴァルオードより日本の方が盛んだったりするのかな。
「ヘモグロビン値が上がります。急性の貧血でどの程度の効果が見込めるかは未知数ですが」
「へもぐ……??」
「血を増やすんですよ」
私はざっくり言い切った。この表現は正しいのかどうかはわからない、私は医者じゃないから。でも、鉄剤の効き目は身をもって知ってるぞ……副作用のことも含めてね。
「ただ、空腹時に服用すると副作用が強く出がちですから。お飲みになるのでしたら何かお腹にモノ入れてからの方がいいかなー、と」
「副作用……」
カノン様は彼比でほわほわした口調で言った。
「魔力ポーションと同じですね…今は、遠慮させていただきます……」
「わかりました」
私は心の中で『白い悪魔』と呼んでいる小さな錠剤をポーチにしまった。
私のことはお気使いなく、皆様持ち場に戻って下さい、と言い張るカノン様に折れて、ヨロイー’s(勝手に命名)はテントを去った。
「ミオ殿も……」
「私、お邪魔ですか?」
他者の気配が落ち着かないとかだったら仕方ない、外に出てるけど。
でもカノン様、気絶してぐーすか寝こけてた私にずっとついててくれたんでしょう? 邪魔じゃないならそのくらいさせて欲しい……何もできないけど。
私がたどたどしくそう申し出ると、カノン様は性懲りもなくお気づかいなくガードを発動させたが、
「お気使いじゃないの! 私がそうしたいの!」
嫌なら嫌ってハッキリ言って! 私は西生まれのあちこち育ちだけど京都人風の「お心使い」とやらについぞ馴染めなかった人間なのよ!
「貴方がなさりたいことを、私は止め立ていたしません。それが私の役目ですから……」
「……」
あーもーこの人面倒臭いな。『オラクル』って皆そうなのかな?
「じゃ、勝手にさせていただきます」
私はカノン様の隣にどっかり座り込んだ。
「空腹なのでは?」
ほわほわと頼りない口調でカノン様が言う。言うに事欠いてそれかい。そんなんこの騒ぎでどっか行っちまいましたわ。
「カノン様がお休みになられたら、私も食事に行きますよ」
「そうですか……」
真っ白な顔色のまま、カノン様は口元に弧を刷いて静かに目を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
上記はあくまで個人の感想です。S井製薬様には恩も恨みもございません。そのあたりご理解いただけますと幸いです。
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