「いずれ貴女もヴァルハラに行くのですよ」
風魔法なら所持者が多いし頭数は揃う、ヒールウィンド(仮名)が国の機関に登録されるのも夢じゃない、と浮き足立ってるカノン様にポール殿が部下らしくもなくさっくりと容赦なくツッコミを浴びせたがしかしカノン様のふわふわは絶賛継続中だった。
「風魔法なら身近にだけでも少なくとも2人はいます。フーガと、ヘイゼル殿と、あとは、ミオ殿ご本人と。ほら、これでもう3人です。れいきの概念を持ち出されると困ってしまいますがそこはそれ、イマジネーションとインスピレーションの出番です。ウィンドでヒールが発動することはもう判ったのですから、あとは再現するだけですよ。
嗚呼それにしても羨ましい、寄らば大樹の陰とはよく言ったものです。水魔法所持者はヴァルオードではそこまで多くはないですし、光に至っては絶望的です。例えば私が何か魔法を編み出したとしても――実際、それなりの技術はあったのですよ、例の複数ヒールや土系の技を光に応用してみたりだとか――けれどお仲間がいないのでは話になりません。
光魔法はほぼほぼ我が家にしか出現しませんし、私の母は亡くなっておりますし、弟には光は宿らなかったのです」
カノン様の翡翠の瞳が一瞬、哀しげに揺らいだ気がした。
「カノン様、家族いるんだ……」
ちょっと意外だ。この人、家庭の匂いがしないっていうか。何かそういうのと無縁ですみたいな気がしてたから。
「そりゃいるだろ、木の俣から生まれたとでも思ってのか?」
ポール殿のツッコミは相変わらず激しかった。カノン様はというと、
「兎に角、私が新規魔法の登録申請を目論むと難易度が格段に上がってしまうのです。
集団に一気にヒールウォーターをかけたっていいではないですか。ライトでキュアして何が悪いのです。土の盾は正規魔法なのに光の盾は非公式ですか。行使出来る者が少ないからという理由だけでその魔法諸共存在を消されてしまうなんて、あんまりです。少数民族の人権は無視ですか」
と、嘆く嘆く。
「なぁ、カノン様にミオ様が乗り移ってねぇか?」
「え、嘘やろ私ってこんなん……?」
ポール殿と私がコソコソ言い合ってても、カノン様は気にも留めない。
「私はヴァルオードの民であることに誇りを持って生きているつもりです。問題は多々あれど私はこの国が好きですよ、私の国ですからね。しかしながら、少数民族を斬り捨てるようなやり方はいかがなものかと。光魔法の使い手は稀少と表面上は持てはやしていてその実、陰で化け物呼ばわりしているのを私はちゃんと存じておりますよ」
「いやソレ多分光魔法の使い手云々関係ナシにカノン様個人についてだな……」
「つかこの場合のバケモノって褒め言葉的なニュアンスちゃうの……?」
ポール殿と私は各々小声でツッコミを入れてみた。しかし当然、カノン様の耳には入らない。馬の耳に念仏、兎に祭文、右から左に受け流す。こりゃ相当溜まってんな……って何がや!
「貴殿のご趣味の話はそこまでにしていただけませんかね『オラクル』殿。肝心なことがあったでしょう」
ポール殿が完璧な部下の言葉つきでカノン様に言った。おや、とカノン様は翡翠の目をしばたく。対上司モードのポール殿の態度にはどことなく命令のニュアンスがあった。こういう時のポール殿のカノン様に対する距離感に私はしばしば混乱する。すなわち、部下とは何ぞや、と。
そうでしたね、とカノン様は異様なハイテンションから一気に通常営業の凪いだ春の海になった。大抵の人を安心させる、人格者のハイプリーストとしてのカノン様。
「デリラ殿の受毒の原因が特定できましたが、厄介なことになりました。彼らは昨夜、ロンリーウルフとしか戦闘していないというのです」
「?」
ごめんちょっと意味わかんない、となった私にカノン様は解り易く噛み砕いた説明をしてくれた。
「って、そっちかよ!」
カネの話はどーなった、とツッコミかましたポール殿はガン無視だ。私としては物凄く気になったのだがカノン様は応じなかった。そちらの話はまた後で改めて、と。
カノン様の説明はこの世界へ来て100日足らずの私にもちゃんと理解することができた。つくづくこの人『センセイ』向きよな、と私は思った。相手がどの程度のレベルで、どういう言葉を使って、どういう例え方をすれば伝わるのか、きちんと把握した上で事実のみを淡々と述べていく。
「へんいしゅ……ですか」
耳慣れない単語に戸惑いながら、私はカノン様の発した言葉を鸚鵡返し。
「ロンリーウルフの集団って黄色い白線ばりに矛盾してるよな的な全力のツッコミ待ちくさいけどおっけー把握、理解しました。ただでさえ強いロンリーウルフ? が集団でしかも毒持ちとかいやらしいわぁいけずやわぁって中央にタレコミに行くのもハケングン? の大事なオシゴトなんでカノン様いつもの『すみませんミオ殿、少し外します』発動しますわ堪忍なぁってコトですわね。おっけー了解いってら~♪」
「いえあの……」
「いってら~♪ じゃなくてだな……」
ん? 何かまずかった? と問うた私にカノン様はちょっと眉根を寄せて、
「まるで他人事のようにおっしゃいますがいずれ貴女もヴァルハラに行くのですよ、ミオ殿」
「えぇーっ……」
何かヤダなー。ヴァルハラって今のトコ噂話でしか知らんレベルだけど、聞けば聞く程関わったらアカンっぽいニオイがプンプンするもん。
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とにかく魔法が大好きなカノン様。
楽しそうでイイデスネー。
しかしいつになったら表題通りになるのでしょうか。
そして、聖女様の「これ近づいたらあかんヤツ」に対する嗅覚は相変わらず鋭いです。
野生の動物並みの勘ですね。