【ハードルが】ヴァルオード王国における新規魔法の認定条件【高過ぎる】
「貴殿の夢の引退生活はいいとして、ミオ様にはお訊きしたいことがあったのでは? ホレ、あの、ヒールウィンドとか?」
ポール殿は基本おちゃらけ女好きの俺様騎士だが、対上官ではなかなかいい部下だ。彼は自分の上役のモチベーションを上げる術をよく知っていた。ヒールウィンド、と聞いたカノン様の翡翠の瞳が、きらん、と輝く。
「そうです、そうでした」
くるん、と体ごと向き直ったカノン様はもう落ち込んではいなかった。
「本当に、山のように、お尋ねしたいことはございますがね、まずはその新規の術のことでした!」
四大元素の術法はもうあらかた出尽くしたとされておりましてそれでも魔法の研究者達は新しい術を生み出さんと日夜研鑚を重ねておりますそんな中での新しい魔法、それも既存の術の改変改良ではなくまるきり新しい概念での新技です、と、カノン様はほぼノンブレスで言い切った。相変わらず凄い肺活量だな。
「ヒールは水か、あるいは光か。その認識を根底から覆す異常事態です。風魔法所有者は比較的多い、彼らが――彼らの総数でなくとも、その半数以下の人数であっても、ヒールをマスター出来たなら回復魔法の使い手が現状の倍近くになるでしょう。救える人もそれだけ増える。新たな発見という以前に、人道的にも望ましいことですよ!」
デュフフコポォのカノン様には今でもちょっと引いてしまう。でもこの人の思考の根元には誰かを助けたい、救いたいってのがあることを今では私も理解している。そのあたりは腐ってもハイプリーストなんだよなカノン様。
「で、どういった方式を用いればその奇術が、いえ奇跡が成り立つのでしょうかミオ殿」
うへぇぁ……こーやって詰め寄ってくるトコはうっすらとマッドサイエンティストみがあるけど。
私は問われるままにヒールの風魔法バージョンについて答えた。問答が続くうち、カノン様の表情は険しくなっていく。
「れいきの概念を持ち出されると、最早我々に成す術は無くなる……」
これではヒールウィンドはミオ殿専用魔法になってしまう、と、カノン様は呟いた。ポール殿はうんざりしたように天を仰いで、
「貴殿が何を目論んでいるかは想像がつきますがね、もうその見果てぬ夢から醒めて地に足つけて下さいよ」
ポール殿曰く、カノン様は常々「新しい魔法」を生み出したいと熱望し、独自の研究開発に血道を上げているそうだ。実際、既存の魔法の改良版や新規のと言っていいオリジナル魔法を幾つか編み出してもいる。
しかし。
「新規魔法として正式に国に登録されるにはまず『異なる条件下で3回の成功』の条文をクリアしなければなりません」
カノン様は鹿爪らしく言った。
この場合の『異なる条件』とは、同じ人が条件を変えて3回という意味ではなく、『3名の異なる術師が』発動させる、ということだそうな。すなわち、1人が3回その魔法を成功させても無効ということである。
「魔法研の言い分は私も理解出来ますよ、同一の人物が3回成功させたところで何か不正があったのではと勘ぐらねばならないのが彼らの仕事です。しかし、その条項が新規魔法の誕生を著しく阻害しているのもまた事実です」
カノン様の表情は凪いでいたが、口調には憤懣やるかたないというニュアンスがありありと込められていた。
「例えば私の場合ですと、複数人に一気にヒールをかける技。あれなどはせめてヒールの亜種としてでも認定されて然るべきと私自身は切望しておりますが。えぇ、新規の技として登録されるなら願ってもいないことですよ。けれど、ねぇ、せめて、改良版としてでも認めて下さってよろしいではないですか。なのに彼らときたら――」
「しゃーないっしょ、カノン様以外にだーれも再現できなかったんすから」
ポール殿が悪友の態度でカノン様の嘆きを切って捨てた。
その昔、カノン様がまだ首都ヴァルハラにいた頃、『複数人に一気にヒール』を魔法研に(すなわち国に。魔法研究所もまた教会同様王家の管轄。ってことはヴァルオード王家ってすっげー権力持ってんのな)新規魔法として登録申請したことがあったが、あえなく却下されたという。騎士団員や宮廷魔術師はおろか、精鋭揃いの魔法研の術師達に至るまで、カノン様の技を真似ることすらできなかったのだとか。
「『複数人に一気にヒール』ってアレでしょ? 飛行蟲が畑荒らし回ってた時の」
私は近い過去の惨劇を思い出しつつ言った。
おらが畑を守ろうと騎兵隊の到着を待てずに応戦した無謀ないや勇敢な農夫達が多数返り討ちに遭った時、いち早く駆けつけたカノン様は淡々と彼らに言った。皆様私の近くにお集まり下さい、自力で動ける方ならこれで充分です、と。その後カノン様は農夫の集団に向けて魔力を一気に解放した。大怪我というわけでもなかった農夫達はそれで一気に全快した。
奇跡みたいな大技にユタのパンピーは驚きながらも神様竜神様カノン様と誉め称えたが、カノン様は淡々と、皆様ご無事で何よりでした、と言っただけだった。ついでに、勇気と無謀は違います、こういう時はまずご自身の安全を確保すること、戦う前に避難を、そしてそれから通報ですよ、せっかく戦闘のプロ集団がいるのですから騎兵隊なり騎士団なりにお任せしておしまいなさい、というお説教も忘れなかった。
「カノン様、淡々と何ちゃない感じで使ってたけどアレってそんな凄い技やったんか……」
「ミオ様、アンタの感覚も相当麻痺してんぞ」
ポール殿はさっくり私に突っ込んだ。
「便利なのに何故誰も行使しないんでしょうねぇ……」
「しないんじゃなくて、できねぇんですって」
ポール殿は、カノン様のため息混じりのひとりごとにも容赦なくツッコミを入れていた。
「話が逸れましたね。そういうわけでして、新規魔法を国に認めさせる為には3人の術師がその術を再現出来ればいいのです。ヒールウィンドでしたら、風魔法所持者は先述の通り比較的多いですから頭数は確保できます。勿論ミオ殿のお名前で申請致しますよ認定された暁にはミオ殿は栄えある風の癒しの開発者です嗚呼何と素晴らしくも羨ましい私の運命の聖女様があの『魔術師列伝』に名を連ねるとはこの上もない栄誉――」
「おいバカノン、戻ってこいや。いい加減ふわふわしてねぇで地に足つけろって言ってんだろがよ」
ポール殿の仮借ないツッコミが炸裂した。部下……だよね、この人?
カノン様はきょとん、と翡翠の目をしばたいて、バカノンとはまた酷い、と呟きつつも口角を上げた。
「その呼ばれ方は久しぶりです。私の王子以外に許した覚えはないのですがね」
カノン様は、馬鹿とおっしゃる方の方こそ馬鹿なのですよ、のひとことだけで部下の暴言を流した。私はというと、不敬罪スレスレのポール殿の身の行く末よりも、運命の聖女といい謎の王子とやらといい、カノン様の『私の』枠は一体幾つあるんだろう、ということが気になって仕方なかった。
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表題通りのお話です。
またの名を、王家の既得権益エグイ的な事情を引っ張っているでござるの巻とも言います。
そして、副官P殿は最早開き直ってるでしょうの章でもあります。