【魔法】「街に戻るまでが遠征、キュア後のヒールまでが解毒です」【実践編】
解毒の際は患部の特定を正確に。
受毒者が人間で意識があれば本人から直接状況を訊ける。でも受毒者が意識不明あるいは意思の疎通が不可能な場合は、術師がそれをしなければならない。もし仮に取りこぼしでもあろうものなら毒状態が慢性化してしまう。慢性化したら魔法は歯が立たない。慢性化した受毒者は不調を一生抱えて生きることになる。――以上、カノン様の教え。
「そんなんイッキにどばーっと解毒しちまえばいいんじゃね?」
パトリック殿が鼻をほじりながらザッパの代表みたいなことを言った。お前は馬鹿か、と、呆れるポール殿を諫めてカノン様が言う。
「私も貴方と同じように考えていた時がありましたよ、パトリック殿」
カノン様は口元に弧を刷いて、
「そして、そのようにしていました。いちいち受毒箇所を特定せずとも全身くまなく治癒できるのならそれに越したことはないと考えていたのです。その当時はキュアもヒールも同感覚で使用しておりました。先輩方が何故そんなにも几帳面に受毒箇所を探るのかと不思議に思っていたものですが――」
「キュアはヒールの何倍も消耗するんだよ。体力的にも魔力的にも精神的にもな」
ポール殿がカノン様の後を引き取った。アンタ回復魔法使えねーじゃん、と茶々を入れるパトリック殿に、魔法のまの字も知らねぇおめぇに言われたかねぇよ、と、ポール殿が応戦する。私の中のショウノさん(日本で私が受け持ってた患者さん・上腕二頭筋がヤバすぎる・貴腐人)が、ケンカップル尊い……とか言ってるけどそれはこの際無視の方向で。
「10年前の戦争を経験して、その理由を理解致しました。
目の前のたったひとりに全力を注げる状態なのなら、それでいい。しかし、何百人単位の怪我人受毒者その他を面倒見なければならないとなると、魔力切れの懸念が出てきます」
カノン様は伏し目がちに言った。金色の睫毛が長い。マッチ棒乗せたい。
「この人の悪い癖だ、自分ができることは他人も普通にできると勘違いしてる」
いわゆるフツーの術師は初級のヒールでも使えるだけ御の字で、中級キュアは稀少価値、解毒のキュアを日に3人分でもやってみろ、大抵の術師は丸1日は寝て過ごすぞ、とポール殿は言う。
「カノン様方式でやった日にゃ、受毒者より先に術師がくたばるぞ」
「治療を受ける側にすれば全身くまなく治癒してもらえる方が嬉しいと思うのですがね」
カノン様の口調には若干すねたニュアンスがあった。
「アンタ人には魔法は効率的に使えとか説教するクセによくそんなクチ叩けますね」
「だって貴方はしょっちゅう魔力切れを起こすじゃないですか」
カノンさまのはんげき! かいしんのいちげき! ポールはだまりこんだ!
「私の見立てでは、ミオ殿も魔力切れとは無縁の方だと思うのですがね。……ともかくも、今は目の前の受毒者です。デリラ殿に集中しましょう。実際に行使してみて、かつての私方式でいくのか、それとも一般的な術師のやり方を踏襲するのかはミオ殿の自由です。今は基本に忠実に『一般的な術師』向けの方法をお教えしています。ミオ殿が他者を指導することになった時、知っていてよかったと思えるでしょうから。
デリラ殿の受毒箇所は特定できました。大方の術師が越えられない壁をミオ殿、貴女は既に越えました。水の中級の呪文は覚えていますか?」
「うーん……うっすらと?」
予習はしてきたつもりだが、ちょっと自信ない。お手本プリーズ。いつもお通りのリピートアフターミー方式で頼んます。
私の正直な申告にカノン様は、ではそのように、と応え、
「サムソン殿、その杖を」
彼はサムソン殿が後生大事に抱えていた由緒ありげな杖を所望した。サムソン殿は杖を渡した。カノン様は魔封じの杖を受け取り、装備した。
あぁカノン様は本気でデリラさんを私に任せようとしている。それがわかって、私は気合を入れ直す。
「では、私に続けて詠唱を。念は、彼女のあんよと左の翼に」
「はい」
例によって「あんよ」にちょっと笑ってしまう。時々妙に可愛いんだよねこの人。
「それでいいですよ、必要以上に気負わずに」
入れ込み過ぎを見抜かれてたみたいだ。ちょっと気まずい。
「では。……清浄にして冷涼なる我が内なる水の魔力よ、この世の総てに生命を与える清きものよ」
「清浄にして冷涼なる我が内なる水の魔力よ。この世のすべてに生命を与える清きものよ」
「我が念に応え、出でよキュアアクア」
「我が念に応え、出でよ……キュア、アクア……?」
ヒールでウォーターなのにキュアになるとアクアなのは何故なんだろう。キュアウォーターじゃアカンのか。そんな疑問を常々抱いていたのだが、ウォーターとアクアの違いに悶々とする術師のあやふやな詠唱でも一応、発動はした。したけれど、しただけって感じ。手応えがイマイチだ。察したカノン様がアドバイスをくれた。
「ヒールが水の恵みを与えるものとすれば、キュアは穢れを払うイメージです。新たな『水』を注いで毒を薄めるよりは、体内の『水』を浄化するという考え方の方が効率がいいでしょう」
「あぁ、それならわかる!」
ヒトの体の6割は水分でできてる説もある。火竜もそうなのかはわからんが、デリラさんを蝕む体内の『毒』を濾過して浄化するイメージを強く強く描く。頭の中には巨大なコーヒードリップ。抽出したコーヒーは茶褐色のデリラさんのウロコと同じ色……いや、ミルクを少し混ぜた方が近い色になるかな? 美味しいコーヒーは丁寧に抽出。フィルターに残ったカスがあの黒いモヤモヤ、あれは毒。毒はバイバイサヨナラ、カスはゴミ箱にポイ。
「黒いの、消えたよ……!」
あぁ、これがキュアか。私は度外れに感動した。だってちゃんと手応えがあったのだ。例えるなら、腸腰筋をがっつりとらえたあの時のような。ちょうどヨシエさん(色ボケ小猿院長の実妹・兄に似ず美人で頭いい・愛人が来るまでフクムラ鍼灸整骨院の裏番いや経理を一手に引き受けていた陰のボス)でハッキリわかった腸腰筋の、お肉たっぷりの愛人では感じることができなかった、あの手応え。ヨシエさんは大分痛がってたけど(股関節の状態がよくないとよくある反応)、デリラさん@キュアは平然としていた。初期の私のヒールウォーターで気絶したアレン殿みたいなコトにならなくてヨカタ。
「抜けましたね、完全に」
よくできました、とカノン様が褒めてくれた。今度は社交辞令的なワンクッションじゃなくて本当に褒めてくれたみたいだ。
「治ったんですか!?」
サムソン殿が息せき切って訊いてきた。カノン様は慈悲深きハイプリーストの笑みで、えぇ、と彼に頷いてみせてから、身体ごと私に向き直り、言った。
「解毒は完了しました。しかしミオ殿、最後の仕上げが残っています。受毒者は体力も削られていますから、ヒールをかけて差し上げましょうね」
「はい!」
私はよい子のお返事をした。ポール殿がブツブツと、いやそこまでせんでも……とか言ってるけどスルーの方向で。
「解毒後、他の術師に回復を託すかポーションを飲んでいただくか。手が回らないのならそれもひとつの方法です。ですが、街に戻るまでが遠征、回復までが解毒です。キュア後のヒールまでが、解毒ですよ」
「はい!」
「いやいや無茶すんなし……」
力なく呟いたポール殿に、カノン様は口元のみのうっすらとした笑みで、
「貴方の基準で決めつけないで下さい、彼女にはそれが可能です。……できますね、ミオ殿」
「やります」
「だからアンタらこそてめぇの基準で考えんなよと……」
ブツクサ言ってるポール殿はガンスルーで、私は受けて立った。
「えー、コホン。てすてす、テステス、只今マイクのテスト中、本日は晴天なりイッツファイントゥディー、マイクチェックワンツーぱ~ぴぷ~ぺぽー……おけおけでははじめさしてもらいます。
軽快にして自由なる我が内なる風の魔力よ、この世のすべてに慰撫を与える姿なきものよ――」
「え……」
ミオ殿、ミオ殿、ヒールですよ、と無表情&平坦な声音で慌てるカノン様を放置して、私は続けた。
「――我が念に応え、出でよ、ヒールウィンド!」
「は!?」
カノン様が奇声を発したのと、オリジナル魔法(?)ヒールウィンド(勝手に命名)が発動したのはほぼ同時だった。
魔封じの杖ナシでの回復魔法は受毒者(いや、解毒は済んでるから元受毒者か)の体力を瞬時に癒した。あぁまたやってもうたわ瞬間治癒……私はめっちゃ反省し、スパルタ鬼教官じゃねぇやカノン様の駄目出しに備えた。
お読みいただきありがとうございます。
解毒魔法の実践編、これにて終了です。
長かったですね、頑張りましたね。
ステータス毒を延々引っ張り続けられてた茶褐色のレディにはお詫び申し上げます。
家に帰るまでが遠足的な似非教師カノン様を描きたかったと著者は意味不明な供述を繰り返しており以下略。
作中で誰もツッコんでくれなかったのでここでこっそり。