私は、私以外の誰かを癒したい
水の中級アクアを実地で学んでいただきます、というカノン様の宣告。
私にとっては願ってもない、よっしゃついに来たかこの時が、というこの上もない申し出。だが、周囲の反応は芳しくなかった。早速ポール殿の物言いが入る。
「恐れながらカノン様、貴殿は『運命の聖女』の豊かな才能とやらを潰しにかかっておられるのですか。貴殿がおいでになるまでミオ様はずっと魔法を行使しておりました。魔力切れはゴウコク押しで回避致しましたが――」
ポール殿の副官モードはレアだ。私だけでなく竜騎士ふたりも驚いて目をぱちくりしている。カノン様は不思議そうに小首をかしげて、
「魔力切れですか? ミオ殿が?」
まさか、とカノン様はポンコツな表情筋を動かしもせずに私を一瞥し、
「そんなに減っていませんよね」
「私ならいけます大丈夫!」
「いー加減にしろこの魔力オバケどもが!」
ポール殿が素で叫んだ。珍しい副官モードは閉店ガラガラ~らしい。短い命やったな。
「魔力切れなきゃいいってモンじゃねぇだろが! カノン様アンタが言ったんでしょーが。術師には魔法を使わない者にはどんなに言葉を尽くしても理解してもらえない類の疲労が溜まるって。無理はしてくれるなと言ったアンタがミオ様に無理させるんすか!」
さっきポール殿が私を気づかってくれた時に言ってたことだ。ヤツにしちゃ随分知的な表現するなと思ったが、何だカノン様のパクリかよ。でも、彼がマージの先輩として私を心配してくれてるのは真実のようだ。おおきにポール殿。
「ええんやでポール殿」
と、言いかけて、
「いいんですよ、ポール殿」
ありゃいけね、と気づいて言い直す。余裕のなさを悟られるの駄目イクナイ。関西弁丸出しの時っていっぱいいっぱいって指摘してきたポール殿はヘラヘラしてるようで意外と人を見てる。
「いいんです。私、約束したんですから」
今よりもっと軽い気持ちで、魔法って便利だな、私も魔法使いになりたいぞ、なんて冗談半分で言ってた頃。
本気で魔法を学びたいですか、と訊いたカノン様に、私は一も二もなく頷いた。カノン様は重ねて、本当ですか、と尋ねた。本当に本当だと約束して下さいますか、と。Yesと答えた私に彼は言った。貴女はどの程度の『魔法使い』になりたいのですか、飲水に困らない程度でよろしいか、それともご自分自身を守れる程の術師を目指すのでしょうか――。
「私は、私以外の誰かを癒したい。
日本での生業であり、一生かけて歩くはずだった道。愛人にホームから突き落とされた時に、あ、こらアカン死んだオワタと思って諦めた夢。でも、私はこうして生きていた。私はここで――この世界でまた、その道を歩きたい。夢の続きを探したい。
カノン様はおっしゃったわ、その道は貴女が考えるよりずっと険しいかも知れませんよ、って」
そうね、きっと私が思うよりその道は厳しいのでしょう。私は努めて標準語を意識して言った。
「その険しい道を現在進行形で歩く人を前に、私は大見得切ったんよ。そしたらビシバシ鍛えたってや、って。自慢じゃないけど私、打たれ強さには自信があるの。何たってあのブラック会社に1年しがみついたぐらいやし? 院長と愛人に殺されるまで食い下がった前例もあるし? だから手加減いらんし甘やかさんといて、って、私からカノン様にお願いしたのよ」
その時のカノン様を思い出すと今でもちょっと笑える。ただでさえポンコツな表情筋だけでなく全身しばらくフリーズして、アカン固まっとるわネジ巻き直さんと、と思った頃に彼は淡々と言ったのだ。それなら私も容赦はしません、と。
その結果が、あのぶっつけ本番のニオイがプンプンする水のアチューメントであり、いきなり実戦の風のアチューメントである、というわけだ。
風のアチューメントを受けた夜、滞りまくりの鎖骨リンパにヒィヒィ啼きながらカノン様は言った。人殺しの味はいかがでしたか、と。決して大袈裟な表現ではない。蘇生魔法が使えるカノン様がいなければ私はヨロイー’sの幾人かを殺してた。
おしおきという名の元に揮った私の内なる魔力。半ばゲーム感覚で人を傷つける私に、おそらくカノン様は危機感を抱いたのだろう。これはゲームじゃない、現実のこと。私の内なる魔力は人を殺めることもあり得ると、あの時知った。
癒しも攻撃もベクトルが違うだけで同じ力です、と、腋下リンパに悲鳴を上げつつカノン様は言った。ホンマに溜め込み体質で色々滞ってるお体やな、と思いながら私は返した。要は使い方次第ってコトですよね、と。通常の施術だって患者さんを損なう恐れはある。加減を間違えれば骨とか折るかも知れない。治療家はそんなリスクと隣合わせだ。ひよっこだけど、施術者のはしくれとしてその辺はちゃんとわきまえてるつもりだ。
「目の前に苦しんでる人がいるなら何とかしてあげたい。施術者として私はずっとそれでやってきた。
私の武器は、ひよこちゃんレベルの手技と、効いてんのか効いてないのかイマイチわからんへっぽこレイキだけやった。でもそこに、魔法っていう新たな技が加わるのよ。手数は増えるのは大歓迎ですわ」
へーミオさん意外とマジメにモノ考えてんのな、と割と失礼なことを口走ったバカパットには、放っとけ、という言葉を進呈しておいた。ポール殿は難しそうな顔をして黙りこくっている。珍しい。
サムソン殿に袖を引かれて、
「あの、聖女様のカッコイイ決意表明()はよくわかりましたんでデリラの治療……」
と、控えめながらもしっかりと主張されて、そうでした、となった。こちらの世界では年若い少年のツッコミが激しいわ。この子といい、フーガ殿といい。
「カノン様、私は全然余力あるんで是非ともご教授の程を」
魔法に関してはスパルタ鬼軍曹だが基本的には過保護なカノン様だ。やはり次の機会に、なんて手のひらクルーされたらどうしようと思っていた。でもカノン様は魔法〉〉〉〉〉越えられない壁〉〉〉〉〉〉〉〉〉その他という確固たる基準のある人だったので、
「全然、という言葉の使用方法を誤っておりますよ」
という明後日の方向からのツッコミかましてきただけだった。ハイスンマセン、以後気をつけます。
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大丈夫です殺してません戦闘不能なだけですから。
という言い訳はともかくとして。
人に触れる・触れられることさえリスクになり得るこのご時世。
思うところは多々あります。
何とかとハサミは使いようとも言います。魔力も施術も使い方次第、やり方次第です。
いちばん大事なのは「目の前の人を癒したい」をいう気持ちだと思います。
その気持ちを保ち続けていられれば、技術は後からついてきます。……多分。