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解毒のブツ(=カノン様)、無事(?)輸送

 そうだ、私にはレイキがあった。

 正直、魔法魔法で存在自体を忘れてた。チナツ先生すんません。

 日本では気休め程度だったけど、ここへ来てそこそこ万能感ありげなレイキ。魔物の毒にも効くかしらん?

 そしたらいっちょユタの大自然のエネルギーを拝借していざ必殺のレイキアタックかましましょか、と思った瞬間、私の耳が微かな羽音を拾った。目の不自由なケイ先生に付き従ったあの3年で磨きのかかった地獄耳だ、聞き間違いじゃない。

 一瞬途切れたヒールウィンド(勝手に命名)に気づいたポール殿が、どうした、と私を気づかう。


「流石に疲れたろ、少し休め」


「いや、大丈夫」


 私はやむなく風の魔法をリスタートさせた。受毒のデリラさん(火竜・雌・相棒想いの優しい子)の体力は気を抜くとガクンと削られる。遅効性のレイキはこの場合「遅い」というだけでリスクになることを肌で感じた。

 私の役目は「最低でも現状維持」。変な色気を出すな、思い上がるな。自分のできること、無理なこと。見誤っては駄目だ。


「もうじきに、カノン様が着く。それまでは保たせる。私の役目はそれだった」


「いやでもまだかかるだろ、いくら竜でも――」


「ハルが来た!」


 ポール殿を遮るようにサムソン殿が叫んだ。私はサムソン殿が指す方をちらっと見ただけにとどめた。とにかく今は目の前の患者さんに集中だ。デリラさんの左翼の黒いもやもやを意識してしまうと左腕の灼熱感が増すような気がするけど、とにかく集中。魔法はレイキと違う。何も考えんとぽやーんとしてても垂れ流せるレイキとは違うのだよレイキとは。魔法はひらめきと想像、そして集中力がモノを言う。

 バサバサッという竜特有の羽根の音が徐々に近づいてくる。ここでようやっとポール殿もハルくんを目視で確認したようで、


「サムソン、おめぇ若いけどいっちょ前に竜に選ばれた立派な戦士なんだな」


「……」


 サムソン殿は無言だった。祈るような目で、半ば呪う勢いでただ上空を見つめている。


「大丈夫よサムソン殿。カノン様が何とかしてくれる」


 私は気休めでなく本気で言って、スパートをかけた。風の癒しを叩き込む。注いで注いで限界まで注ぐ勢いで。私は大丈夫、まだいける。デリラさんも多分大丈夫。茶褐色の巨大なレディはそよ風に髪を遊ばせる優雅なマダムの風情。水の時より断然気持ちよさそう。

 問題は――。


「オイ随分お早いお帰りだな……ってちょっと待て直で着陸する気かよパットの馬鹿は!?」


「うわぁぁぁぁ突っ込んでくるぅぅぅ! 減速! 減速して下さいぃぃぃぃ!」


 ハルバード・パトリック組は戦闘時にはいわゆる切り込み隊長の役割を果たすペアで、仕事は早いし恐れを知らない。というのはかなりマイルドな表現で、事実をありのまま述べるならとにかくザッパで何事においても雑も雑。今だって、教科書通りの上空旋回 → からの → 減速という手順をすっとばしていきなりほぼ直滑降で突っ込んできてる。しかもパットの馬鹿(ポール殿的表現)ってば竜牧場に直で乗りつけようとしてるしアホちゃうかと。

 規則では「竜及びその騎士は発着陸の際は安全な空間を確保した上で云々(但し、戦闘時や緊急時は除く)」とかいう条項があるらしいのにこの暴挙。我が日本国流に言うとドライバーさんはちゃんと駐車場に車を停めましょうね、って感じだと思うのだが、パットの馬鹿のコレは駐車場の白枠どころか歩道に直接乗り上げて店先スレスレに乗りつけるようなモンよ。駐車違反とかそんな温いレベルじゃない。下手すりゃ負傷者出るやろがコレは。

 直滑降の竜が減速ナシで降り立った衝撃は凄まじく、鎧着用のポール殿が引っくり返って尻もちをついた程だ。成長途中でウェイトの軽いサムソン殿なんかひとたまりもなかろうと思いきや、水桶にはまったデリラさんがすかさず彼の首根っこをくわえて転倒を阻止した。どこまで健気なんやデリラさん惚れてまうやろ。私はというと、都内の殺人ラッシュの電車通勤+自宅・職場間の急カーブ急ブレーキ多発で有名な(?)どこまでも市民ファーストじゃない電車通勤での経験が活きて何とか踏ん張った。体幹の強さにはそこそこ自信あるのよ私。思い思いにくつろいでいた放牧中の竜さん達は持ち前の危機管理能力を発揮して各々とっとと避難済。


「おいお前何やってんだ! 発着陸の場所は守れよお前それでも竜騎士か!?」


 ド素人みてぇなコトしてんじゃねぇぞ! と、ポール殿が怒鳴りつけた。


「緊急時にはそれにはあったりませーん♪」


 パトリック殿はひらりと緑褐色の竜の背から飛び降りながら言った。


「馬鹿野郎! 鎧着てなきゃ死んでたぞ!」


「死んでないから問題はナシ♪」


「女子供に配慮しろ! 俺は鎧着てっからいいけどミオ様もサムソンも丸腰なんだぞ!」


「女子供が無事なのに無様に転んだアンタの負け惜しみな。ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち~♪」


 一応断っておくが、このふたり別に仲が悪いわけではない。むしろショウノさん(鍼灸整骨院の患者さん・既婚・貴腐人)がいればマージファイター×ドラゴンナイトのケンカップルとかって目を血走らせるだろうことうけあいだ。いやショウノさんの性癖だと竜騎士×魔法戦士かな? 彼女、ガタイのいいオトコをアンアン喘がすのが醍醐味とか豪語する人だったし……。


「ミオさん戻ったよ。さっすがオレちゃん早かったっしょ? カノン様かっさらってきたし、ヤミノカンデン? もちゃんと伝えたし?」


「ヤミノカンデンって……」


 競走馬みたいな発音すんなし、と私は力なくツッコんだ。とりあえず、ほめてほめてという圧を物凄く感じたのでそのようにしておいた。棒読み状態だったのは魔法を行使してるからってことにしといて欲しい。ショウノさん推奨のゲテモノ(?)カップリングについて想いを馳せてたからとかでは決してない、断じてない。アカン、私ナマモノは受け付けないっぽいわ……。修行が足りん! と脳内のショウノさんがのたまうが、あえて無視した。

 バカパット(バカシnジ風に)は究極のザッパでいちびり野郎だが、本人が主張するように仕事は早い。ただちょっと、いやかなり、色々雑なだけでな。


「……そうだ、カノン様!」


 私ははっとして砂埃の発生地を見た。集中が切れ、ヒールウィンド(仮名)が途切れた。ごめんデリラさん、一端中断するわ。問題のカノン様はどうなった?

 駆け寄る程の距離もない近距離に着地したハルくんの背から、カノン様が半ば滑り落ちるようにして降りてきた。


「おっと、危ない」


 反射的にポール殿が上官を抱きとめる。そこは腐っても副官だ。


「大丈夫ですか、カノン様。……と、訊くだけ無駄のようですな」


 ポール殿は対上官の態度で言った。それに軽く頷いてみせたカノン様の顔は、我が日本国の上質紙のように真っ白だった。10人中9人以上がオイ生きてるか救護室行けよと言うだろう顔色だ。


「まあちぃーっと飛ばしましたんで? 平地の民にはキツかったかなーと? 途中で飛行蟲の大群撒いてきたし?」


「えぇーっ!」


 デリラさんに首根っこくわえられて無事だったサムソン殿がまたしてもこの世の終わりのような悲鳴を上げた。


「敵襲の恐れありって伝令しなきゃ――」


 サムソン殿は新人でちびっこだが、志は既に立派な竜騎士だ。飛行蟲は畑を荒らす。ついこないだもやられたばかりだ。厳つい門と外壁に守られているこのユタの街、地上敵には鉄壁だが空からの急襲には弱い。


「本日は確か、ヘイゼル殿の班が新人訓練も兼ねて哨戒に当たっているはずです。彼らにお任せしましょう」


 カノン様がポール殿の腕の中、囁くように言った。おや、というようにポール殿が片眉を上げる。


「本格的に梯子外す気になりましたかな、『オラクル』殿?」


「馬鹿にすんな、中央のやつらの手なんか借りなくたってオレらはオレらでやれる」


 パトリック殿がかみついた。サムソン殿はうろたえて、先輩格の竜騎士と、居候部隊の副官とをきょときょと見やる。


「単純に、優先順位の話です」


 カノン様は副官の腕を押しやって自力で立った。顔色の割に張りのある声音だ。


「私は受毒者の治癒の為、緊急召喚されたのです。まずはそちらを」


 言ってカノン様は事もあろうに私を癒そうとした。いやいやあーた何してますのん言ってるそばから優先順位間違えてどないすんねんな。


「毒受けてるのは私じゃなくてデリラさんです」


「けれど、貴女の左腕……」


 カノン様は痛々しそうな目で私の左腕を見た。ライダースジャケットから出た手の部分も既にケロイド状になっている。うわぁぁ悪化しとるやないかい。


「これは多分、デリラさんのシンクロ。施術中に時々あるアレと一緒。デリラさんが癒えればケロッとよくなりますよ、多分ね」


 逆に言うと、デリラさんがよくならなければなんぼ私を癒しても無駄ってことだ。水道だって元を断てば止まる。原因があって結果がある。つまり、原因のデリラさんを何とかしなけりゃ私の不調だって抜けないってことよ。血液ドロドロ頭痛持ちの指揮者スガヌマさんの時も、アトピー発疹ドバーのオオヤさんのお孫ちゃんの時もそうだった。


「それよりもまず、カノン様」


 最優先事項は問題のカノン様だ。私はレイキ発霊の手順を踏んだ。カノン様曰く、竜酔い(?)に魔法は太刀打ちできないんだそうな。ファースト風味の簡易レイキだが効果は覿面だった。カノン様の顔色は格段によくなった。


「えっ、何どーなってんの? カノン様吐かずに全快? めっずらしー」


 カノン様オレとハルの時って大抵吐くじゃん、とパトリック殿はおっとろしいことを飄々とのたまった。受毒中のデリラさんに守られてる感のあるサムソン殿はドン引く私に、


「騎竜とキノコは吐きながら覚えろってランス隊長が言ってたから吐くのは割と普通かも。おれはデリラが優しいから苦労しなかったけど」


 新人ちびっこ竜騎士はさりげなくノロケをかましてきた。そ、そうか……吐くのがデフォルトかぁ……。うっかり竜に選ばれようものならまずは乗りもの酔いを克服しないとならんのか。大変なんだな竜騎士ってヤツは。私の初騎竜がどっしりと安定感のあるノワールくんでよかったわ。


「ありがとうございます、ミオ殿」


 やはりれいきは素晴らしい、と、いつもの賛辞をくれた後、カノン様はデリラさんのど真ん前に立った。デリラさんのパートナーのサムソン殿が、危ないですよ、と慌てて止める。竜の真っ正面に立っていいのは、その竜のパートナーだけ、その掟を破った者は食い殺されても文句は言えない。カノン様だって知ってるはずなのに。

 カノン様は真っ正面からデリラさんを見た。3倍ぐらいの体格差のある茶褐色の竜と見つめ合う格好になる。相棒のサムソン殿がパートナーを庇う位置に立って万が一に備えたが、デリラさんは水桶にすっぽりはまった瞑想スタイルを貫いていた。


「毒ですね」


 非常に毒です、とカノン様は彼にしては珍しく文法的に誤った言い回しをした。彼は真っ正面から手を伸ばし、茶褐色の巨大な竜の左翼に触れた。


「よく耐えましたね、デリラ殿。ミオ殿も頑張りましたね」


 慈悲深きハイプリーストのお言葉に、我知らず抱え込んでいた気負いが霧散した気がした。あぁこれでもう大丈夫、そう思わせる何かが彼のそのひとことにあった。


「色々とお尋ねしたいことはありますが、彼女の苦しみを長引かせるのは本意ではありません。

 ミオ殿、デリラ殿の治癒は貴女に全面的にお任せしましょう。本日は水の中級アクアを実地で学んでいただきます」


「え、いいんですか!?」


「少々駆け足気味ですが、貴女の実力に不足はありません。月も新しくなりましたし、進めて差し支えないでしょう」


 駆け足どころかむしろ停滞気味って思ってたところだ、受けて立つ。

 ただ、カノン様の『実地』って割とスパルタなんだよなー。水のアチューメントはアレだったし(思い出したくないおもらしの過去)、風のアチューメントに至っては受けてその日にヨロイー’sを的にした文字通りの実戦(実践ではなく、実戦)だったしな。


お読みいただきありがとうございます。


お願いですから時々はレイキのことも思い出してあげて下さい。

というお話です。

竜酔い(?)専用レイキとかもったいないですよ、と。


ナチュラルに竜を乗りもの扱いしていますが、本来神にも等しい生き物なのですがね……。

いちびり野郎のバカパットは我が日本国流に言うと「運転技術は申し分ないが、交通ルールを守らないヤバいドライバー」というところでしょうか。

この人よく竜騎士に昇格できたよな、と思われてそうな人です。

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