【魔法】風=大気≒自然界のエネルギーというレイキの考え方【実験編】
前例がない、ということで却下されかけたウィンドのヒールだが、一応発動はした。
飲水用の水桶にすっぽりはまって瞑想スタイルのデリラさん(火竜・雌・ランス隊長のノワールくんの次点ってくらいにでっかい)は、うっすらと目を開けた。ヒールウィンド(勝手に命名)を呪いの杖じゃねぇや魔封じの杖ナシで注ぎ続けてすぐに手応えを感じた。
「おっしゃ、上限キター!」
自分の魔力の増減でさえイマイチわからんポンコツな私でもこの手応えにはすぐ慣れた。魔力を注ぎ切って、対象の体力満タンになった時のこの手応えは狙った筋肉をピタッと捉えた時によく似ている。散々苦労させられた腸骨筋(骨盤前側面=腸骨を起始として小転子の下方で停止する深層筋、歩行を司る大事な筋肉)を捕えた時の、あの感触。
言い訳させてもらえると私があれ程腸腰筋群に苦しんだのって、主な練習台が愛人だったからだと思うの。口の悪い患者さんに関取とまで呼ばれた巨漢の愛人は肩甲骨もお肉に埋もれてさぁ大変やったけど、腸腰筋も酷いモンよ。私がヤブなんやなくて練習台がアカンかったんやと全力で主張したい。現に、ナイスバディーなヨシエさんやスマートなケイ先生相手ならすぐわかったもん腸腰筋。要はお肉に埋もれてわからんかったんよ愛人の腸腰筋は。だから愛人アンタは膝が痛いの腰が痛いの言うんやったらまず30kg痩せろと。でも愛人のおかげでどんな患者さんが来ても大丈夫、何とか対応できるわって変な自信はついた。
ちなみに腸腰筋は単独の筋肉じゃなくて、前出の腸骨筋、大腰筋(太腿を上げたり、サッカーでボール蹴る動作とかで使うヤツね、黒人男性の大腰筋は同世代の白人男性の3倍の断面積があるとか……そりゃあ黒人の方々はスポーツ強いハズだわ)、小腰筋(大腰筋からの分束、半数以下の人にしか存在しないとかいう特殊な筋、補助的な働きなんで貢献度は小さいけどあれば嬉しいよね)の総称ね。はいここテストに出ますよアンダーライン引いてねー。
「うん、イイ感じ。やっぱデリラさんには風のが相性いいみたいね」
カノン様説まんざらホラでもなかったようだ、私の主観だが。
上限に到達してまたすぐガクンと減る気配はしたけど、ウォーターのヒールよりマシな減り方な気もする。これもあくまで私の以下略。
デリラさんは身じろぐように軽く翼をはためかせた。目の錯覚と流してしまおうとした黒いもやのようなものはいまだ健在。それはしぶとくデリラさんの左翼に居座っている。
「あの黒いモヤモヤがいるうちは、気ィ抜けへんってことやろな多分」
「何の話だ?」
ポール殿は、どーでもいいけどまたお国言葉になっとんで、と容赦ないツッコミをかましてきた。ヘイヘイ毎度すんませんな。もうええからほっといてんか。
「ミオ様、そのまま手ぇ出しとけ。ゴウコク押してやっから」
アンタもいっぱいいっぱいだろ、と言いながらポール殿は、デリラさんに向けてかざしたままの私の手のひらを探った。気持ちはありがたいけどその金物の篭手外してからにして、めちゃめちゃ痛いねん。ついでにいうと、ポジション取りもめっちゃ甘い。
「どうだ? 増えたか? 魔力?」
「うーん……どうやろなー……」
正直に申告しよう! 私はいまだに「魔力が増える」って感覚がわからない! 当然減ってる感覚もイマイチわからん。だからポンコツ言われるのよな。ここら辺はまったく進歩してないわ……。
「減ってねぇーわけねーだろがよ、アンタずっと魔法使いっぱだろ。普通ならとっくに魔力切れ起こしてっぞ!?」
「魔力切れ!?」
サムソン殿がまたこの世の終わりみたいな悲鳴を上げた。
「そんな……! 聖女様大丈夫ですか!? ここで聖女様まで倒れちゃったら……!」
「いやいやんな大袈裟な」
魔力切れたら倒れるモンなのか? 魔力って、RPG的なゲームだとMPとか言われるアレよな? この世界で言うところの体力=HPがゼロになったらそりゃあ戦闘不能でバタンキュー(笑)だろうけど、MP切れても魔法使えなくなるだけで大勢に影響はないんとちゃうか?
「安心して、サムソン殿。私魔力切れってよくわからないの、なったこともないし」
何たって水のアチューメントでカノン様に「魔力切れより我々が溺死する方が先かも知れません」って言われたぐらいだ。心配してくれるな。
私がそう言うと、サムソン殿は心もちホッとした顔つきになり、ポール殿は対照的に不気味なモノを見る目を私に向けた。
「何だアンタもカノン様と同類か。魔力自慢は結構だが、魔法は精神力を削る。体力バカの武闘派連中にゃどんなに言葉尽くして説明しても理解してもらえねぇ類の疲労が溜まるんだ。無理だけはしてくれるなよ」
ふーん、そういうモンなんや。でも今のトコ別に大丈夫そうよ、私はね。
デリラさんはというと時折翼をぱたぱたさせながら、取り縋るサムソン殿の顔をしきりに舐めていた。
「デリラさん……優しい子」
私はジブり映画の主要キャラにでもなった気分で呟いた。私の身体に起きてる異変が彼女とのシンクロだとするなら、彼女は相当つらいはず。なのに幼い相棒を労わるなんて、めちゃくちゃ健気やデリラさん。よーしパパ頑張っちゃうぞー。
私は改めて意識を集中させた。上限そのまま保つ勢いの風の癒しをデリラさんに向けて叩き込む。人間相手なら怪我は瞬時に癒えても同時に気絶するぐらいの勢いだが、相手は巨体レディの火竜デリラさんだ。相手にとって不足はない。
「しかしアンタ、器用だよな」
とりあえず無理すんな、と、付け加えつつポール殿はボソッと言う。
「ウィンドでヒール、成立してんじゃねぇか」
「いまじねぇしょんといんすぴれいしょんの勝利ですわ」
「水をそのまま風に置き換えただけでこうも上手くいくもんかな?」
ポール殿はサムソン殿を促して私の合谷を押させた。魔法に馴染みの薄い典型的なユタ民のサムソン殿にツボで魔力が回復するとか言ってもイマイチ理解してもらえなかったがまぁいいわ。ちなみにサムソン殿の合谷押しは、ポール殿より上手だった。魔力が回復したかどうかはポンコツな私には判らないけど、ポジション取りはイイ線いってる。私は素直にサムソン殿を褒めた。
「水の癒しを行使する時は故郷の海を想います、ってカノン様が言ってた。だからカノン様のヒールウォーターは『圧倒的な母性』なんやと思う。私はそれのまねっこしてたけど――」
「その割にゃ優しさが足りねぇけどな」
「放っとけや。……風の時、水の概念そのまんま持ち込んでも大コケするやろな、とは思ったわ。だから考え方を変えたの。『風』を『大気』ととらえたら、レイキと同じ運用ができないやろか、って」
魔法とは『自分の内なる魔力を解放する方法』だという。対してレイキは『自然界のエネルギーを借りて体内に取り込む』とされている。原理は全く違うが『風』を『自然界のエネルギー』そのものとして考えれば――なんて妄想いや想像の翼を広げてみたりしたのだけれど。
「レイキ!」「レイキですか!」
ポール殿とサムソン殿がハモった。
「レイキって高山病の頭痛とか息切れとかまで治っちゃうってきいたんですけどホントにですか!?」
だったらデリラの毒にも、と、期待の眼差しのサムソン殿。
「そやその手があった!」
私は色めき立った。日本では効いてるのか効いてないのかイマイチわからんかったが、ヴァルオードに来て割と真価を発揮した感のあるレイキ。挑戦してみる価値はある。
「ミオ様、今の今までレイキの存在忘れてたんかよ……」
宝の持ち腐れだな、とポール殿がツッコむ。さらに、
「聖女様って……天然ですか?」
サムソン殿が新人ちびっこ竜騎士らしからぬ強烈なツッコミをかましてきた。むむっ、こやつやりおるな。ヴァルハラ騎士団最年少のくせツッコミ大魔王の称号をほしいままにするフーガ殿とええ勝負やわ。
「アホ抜かせ誰が天然――」
「酔っ払い程、オレは酔ってねぇって主張する説あるけどな」
ポール殿は私の合谷を押しながら(相変わらずヘタクソ、つか押すならその篭手外しぃや)、
「カノン様も割とそのケはあるけどな。ホレ、ミオ様の水のアチューメントの時さ、おもらしドバドバ垂れ流して食堂水浸しにしたアレな」
だからおもらし言うなや、とツッコんだ私をガン無視してポール殿は続ける。
「ミオ様もカノン様も、何だって食堂に居座ってっかなと。まずは逃げろよ避難しろよと。外出て被害最小限にとどめようとかっていう選択肢はナシかよと」
「あ……」
言われてみれば。
ポール殿は私のもう片方の合谷を押しつつ(だから位置が微妙にずれとんねんと)、
「アホの子がふたりいるぜ、って思ったなあん時は。……反論があるなら聞くぜ?」
「………………すんませんでした」
私に言えるのはそのひとことだけだった。
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ツッコミ属性しかいない現場ってのもそれはそれでなかなか大変だったりしますよね、というお話になりました。
急募:ボケ役。
時々でいいからレイキのことも思い出してあげて下さい、という話でもあります。
腸腰筋は場所が場所だけに大胸筋や臀筋の時と同様に気を使います。
特に男性施術者×女性患者さんの場合は……えぇそういうことです。要は鼠蹊部触るわけですし?
『脳筋小猿の院長』は自分のお気に入りの患者さん以外の腸腰筋はすべてミオちゃんに押しつけていたという裏話をここでひっそりしておきます。
女性患者さんには特に(リスク回避ということも含めて)気を使って女性施術者に任せるというなら理解できますが、それならエロ目的の男性患者はせめて院長が施術して下さいよ、と愚痴ってみたりして。
「○○さん(患者名)はミオ先生(仮名)に触ってもらいたいんだよ」って何だそれ。