コミュニケーションは大事です
さて、ここからは解毒のブツ(=カノン様)が調達できるまでひたすらヒールウォーターをかけるだけのカンタンなオシゴトだ。
残念ながら八百屋のご主人が下さった黄金1粒の価値のある貴重な薬草は屁ぐらいの役にしか立たなかった。デリラさんは相変わらず水桶にすっぽりはまってぐったりとサムソン殿の肩に顎を乗せている。竜騎士なりたての小さな少年が健気に相棒を支えてる風情があるが、サイズ的にかなりの無理がある。とりあえずサムソン殿は鼻水を拭いた方がいい。
「ポール殿」
私は両手をデリラさんにかざしたまま呼びかけた。飛び立った緑竜とその相棒が目視できなくなるまで見つめていた鎧騎士が、はっとしてこちらに視線を向けた。
「私のジャケットの右ポケットに、ハンカチが入ってる」
手が離せないから出して、と頼むと彼はその通りにした。金属製の篭手が、黒革の右側を探る。ポール殿はそのまま私の額の汗を拭こうとした。
「ちょ、あーた何しとん」
私を拭いてどないすんねんサムソン殿のハナ拭いたれや、と言うとポール殿は、ハイハイ聖女サマの仰せの通りに、と素直にそうした。
「聖女様、デリラは……助かりますか……?」
えぐえぐ泣きながら幼い竜騎士に訊かれて、私は戸惑った。是とも否とも言えない。私にはその判断すらできない。私にできるのは、せいぜい彼女を保たせてカノン様に引き継ぐことくらいだ。
悔しい、と思った。私は何て無力だ。私が中級のアクアをマスターしてれば――悔しい、歯がゆい、やるせない。
でも現実として、私は初級のヒールしか使えないひよっこで……いや、まだヒヨコにすらなれてない。尻にカラどころか、まだカラの中にいるヒヨコ。いいやそれすら過大評価だ。私なんかタマゴ、ただの受精卵や。
無力な自分が悔しい。だけどそれは患者さんの前では見せてはいけない感情だ。私は苦労して微笑んだ。
「保たせるよ、カノン様がお見えになるまでね」
「それは果たしていつのことやら、だな」
おいポール、要らんこと言うなや。あーあサムソン殿またボロ泣きやんか。
「竜やからそんな時間かからんやろ、竜は究極の時短ツールやで」
私はせいいっぱいのフォローを入れた。
「あ、でもカノン様って高所恐怖症のケがあるんやったわ。素直に輸送されてくれるやろか」
輸送って……とサムソン殿がドン引きしている。言葉のチョイスを間違ったかな。
「よしんば素直に乗ってくれたとしても、到着してすぐハイ施術! っちゅー塩梅にはならんかもわからんな。ランス隊長が送ってくれた時もカノン様竜酔いでフラッフラのヨレヨレでえっらい大変やった――」
「ミオ様、アンタちょっと黙れ」
ポール殿が、本格的に泣きじゃくり出したサムソン殿を見かねて私を遮った。ハイハイえらいすんません。
「ったく、ガキ泣かせてどーすんだ。
サムソン、カノン様なら大丈夫だ。あの方は確かに歴史オタクの魔法バカで、その上重度の高所恐怖症ときてる。だが、お役目とあらばそーゆーの封印して大抵のことはやってのけるヒトではあるから、心配すんな」
おいこらポール、自分のが酷い言い草やで。というツッコミ待ちなのかそれは。
「心配すんなって言われても、心配の要素しかあらへんわ。
サムソン殿、変態仮面の言い草は話半分で聞き流しときゃええんやで。マジにとったらあかんよ」
「そのネタまだ引っ張んのかよ……」
ポール殿は露骨に顔をしかめた。安心せぇ、一生語り継いで差し上げますよ、アホの総大将の変態仮面殿。
勘弁してくれよ、と、ポール殿はお手上げのポーズをキメて、次いで値踏みするように私を見て、言った。
「ミオ様、アンタもそんな余裕ないだろ」
さっきからナチュラルに『お国言葉』連発してるぜ、とポール殿に指摘された。私は首をかしげる。
「お国言葉ねぇ。はて、どれのことやろか」
「それだよ。つか全部だよ。くっちゃべってねぇーで魔法に集中しろ。気を散らすな」
そっか、私、余裕なくなると関西弁丸出しになるんだな。注意して気をつけよう。
「私としては施術中に患者さんと他愛ない世間話をしてる感覚だったのよ。もちろん、静かに寝てたいって患者さんには話しかけないし、大人しくしてる。でも、院に来る患者さんには独居の高齢者も多くて、話したくって仕方ない方も多かったの。そういう方のおしゃべりには他の患者さんの迷惑にならない程度に応じてあげなさいって、ケイ先生が言ってた」
「オイオイ……メインは術じゃねぇのかよ」
ポール殿の言い分は正論だ。正直私も駆け出しの頃はそう思ってた。特に、性質悪いセクハラ系の発言ばかりのジジイとかには。
でも、フクムラ鍼灸整骨院では、鍼灸の患者さんはケイ先生が悪質と判断した人は出禁にしてたし(本当の本当に悪質っていう人だけね、私が所属してた頃にはひとりもいなかった)、あまりに酷いとなったら他の患者さんやバックヤードサロンの先生達のフォローが入るので、あわよくばワンチャン的なアレを狙った性質悪い患者さんは居づらくなって、二度と来なくなる。私は本当に恵まれた環境で働けてたんだな、と改めて思う。
「メインは施術よ、それはもちろん。でも私達は施術と会話を両立させる訓練も積んでたの、それも、実地でね」
例えば、主訴が肩――肩が痛いと言って来院した患者さんがいたとする。触診で右側、肩だけじゃなくて腕から背からずっと固くて、頸部までガッチガチ。話を聞いてみると、職業指揮者。タクトを振ってる右腕酷使。なるほどじゃあ肩だけじゃなく右の上腕二頭筋から頭板状筋まで頑張ってほぐしましょ、ってなる。
気心が知れてくると、スガヌマさん頭痛とかしませんか、って訊けるようになる。あなたの施術してると私も頭痛してくんねん、とは口には出さない。でも患者さん自身から、肩こりが酷いから当然かな、という申告がある。さらに深掘りして訊いてみると、その患者さんは職業柄、水分調整をしてることも教えてくれる。オーケストラのオシゴトは長丁場。3時間4時間の拘束は当たり前。本番中に催したらまずいからと、極力水分を摂らない生活をしているのだそうだ。あーそりゃー血流悪くなるわなー、と納得。頭痛も肩こりも、血流の悪さが原因のひとつだ。なので、血液ドロドロは万病の元やで、本番前はしゃーないにしても、なるべく水分摂って下さいねー、という話をしてみる。彼は、彼のできる範囲でそうしてみた。そしたら、日常的に悩まされていた頭痛が、鎮痛剤が要らない程度には改善したという。うん、やっぱ血流大事。
「そういう例があったりするから、コミュニケーションは大事だってケイ先生が言ってた。肩こりですかそうですか、じゃあ肩を重点的にやってきますねー、で終わってたら、スガヌマさんはずーっとあのままバファリn漬けだったと思うわ」
どうでもいいけどバファリnってデカイよな。私なんか食べ物以外は極力口に入れたくないタイプなんで、おクスリなんてこんなん食べ物とちゃうわ! とばかりに体が拒絶するから、あのデカブツを飲み込めるって凄いと思うの。もっとも私のおクスリ嫌いは、あの白い悪魔(=憎き鉄剤)の地獄を見たせいってのが大きいけど。バファリnの半分は優しさでできてる説があるそうだが、そんな半端な優しさ要らんから大きさ半分にしてくれよ! と、声を大にして主張したい。
「なもんで、もしデリラさんがカガさんタイプの――施術中は貴重な睡眠タイムの社畜系なら大人しくしとく。でも、多少の会話が許されるのなら訊いてみたいわ。
デリラさんは、火竜かな?」
デリラさん本人に訊いても会話は成立しないだろうから、パートナーのサムソン殿に視線だけ向けて訊いてみる。相棒の危機にいっぱいいっぱいでえぐえぐ泣いてるサムソン殿は私の意図を汲んでくれなかった。ポール殿に、おいサムソンしっかりしろよお前の相棒のことだろ、と促されて彼はやっと、はいそうです、と頷いた。
「カノン様が言ってたわ、竜のブレスって魔力の具現化なんじゃないか、って」
あくまで私の推測ですが、と前置きした上で、カノン様はデュフフコポォモードで得々と語ってくれたものだ。つまり竜にも我々の言うところの属性というものが存在するのではないかと思うのですよ、勿論まだ実証出来たわけではありませんが、火竜には水魔法よりも光や土で対応した方が効果が高い気がするのです、等々と。施術中にアンアンあえぎながら言う台詞じゃないだろとは思ったが、ご本人様がめっちゃ楽しそうだったんで、必殺・梨状筋アタック☆(勝手に命名)かけながら、へーほーふーんと適当に聞き流しておいた。
ちなみに、足裏の時は会話にすらならない。普段取り澄ましてる人が余裕なくして何ふり構わず叫ぶだけってのもなかなか風情があっていいと思う。
「カノン様の『おしおき』の時、呪いのプレートが重くてしゃーないって言ってたのは、ヘイゼル殿とかフーガ殿とか……土と相反する風属性の人達だったでしょ。他の人はプレート自体がウザイってだけで、途中でへばって動けなくなったーまではいかなかったのに、かぜまの人は全滅だったって。
私が今、デリラさんにヒールウォーターかけ続けててもイマイチ手応え薄いなって思うのは、毒のせいだけなのかしら?」
私は努めて余所行きの言葉使いを意識して言った。まがりなりにも施術の腕でごはん食べてた身だ、余裕のなさを患者さんに見抜かれてはダメ絶対。
正直に申告すると、左腕の灼熱感はまったく消えずに居残っているし、妙な痛痒さで鳥肌まで立っている。でも、何とも言えないあの気持ち悪さは軽減していた。八百屋のご主人の変な草改め黄金1粒の価値のある解毒の草のおかげかも知れない。あの草、屁ぐらいの役には立ってる。多分。
お読みいただきありがとうございます。
リアルドラゴンクエスト改め竜の治療が続いております。
ユタの街では竜は神にも等しい生き物なので、モブ町人が貴重な薬草をポンと寄越したりするのですよ。
と、本編で書けよということをここでこっそり呟いてみたりします。