残された人々 ~譜久村命の場合・3~
親父と愛人は指名手配された。
事件はセンセーショナルに報道された。どっから湧いて出たんだよってうんざりするぐらいマスコミがどさどさ押し寄せた。
母の立場は微妙だ。娘同然に可愛がってた弟子を殺された被害者であり、でも夫は弟子を殺した女の共犯者で、主犯の女は夫の愛人。皆、母のコメントを欲しがった。母はマンションから一歩も出られなくなった。
オレの所にも取材とか言って得体の知れないヤツらがわらわら来た。一応未成年って意識はあるのか、尾行されて写真撮られたりするだけだったけどウザイのはウザイ。部活の連中が盾になってくれて助かった。顧問と担任も奮闘してくれてありがたかった。顧問の先生は、らしいなって感じだったけど、ロボット担任がマスコミ相手に反撃したのは驚きだ。ロボットとか言ってごめんな。
最初、澪さんは散々な言われようだった。
院長をめぐる受付スタッフとの三角関係とか、院長をたぶらかして学費まで出させてるとか、まるで色と金の亡者みたいに言われてた。院長の愛人は澪さんじゃなくて加害者の方だよと反論したって無駄だった。マスコミは自分が伝えたいようにしか伝えない。
母は警察の意向に従いノーコメントを貫いていた。オレは悔しかった。澪さんが汚されてくような気がした。澪さんはそんな人じゃないのに。
ネットでも澪さんは狂ったように叩かれた。ビッチ、あばずれ、死んで当然、天罰だ、不倫女は地獄に堕ちろ。……
オレは初めて、母の目が見えなくてよかったと思った。
潮目が変わったのは、澪さんのお葬式からだ。
斎場で待ち構えてたマスゴミに、澪さんのアパートの大家さんが号泣しながら啖呵を切ったのだ。
「アンタたち何も知らないくせに澪ちゃんが院長と真波が三角関係だの痴情のもつれだのあることないこと……いーやあることなんかひとっつもないわ、ないことないこと酷いことばっかり言って! 澪ちゃんはいい子だよ、あんないい子はいないよ! あの子が院長の愛人だなんて、あるわけないじゃないのさ!
澪ちゃんの学校のお金を用立てたのはケイ先生だよ。そう、院長の奥さんの方さ。澪ちゃんは目の不自由なケイ先生をよく面倒見てた。今時実の娘だってああまで親身になっちゃくれないよ。
ケイ先生の為だったんだよ、あの子が院長と真波の不正を調べてたのはね。証拠をつかんで、さあこれからって時に、あの不倫カップルが澪ちゃんの部屋をメチャクチャに荒らして……アタシがあのとき、もっと気を付けてあげてればあの子はこんな目には……!」
澪ちゃんごめんね、と、号泣する大谷のおばあちゃんの姿は即日で電波に乗った。
それを機に、澪さんを慕った人たちは警察の意向に従うのをやめた。
みんながそれぞれの手段で、澪さんについて語り始めた。
澪さんの隣の部屋に住む大学生は、澪さんが鍼灸学校の学費の為に深夜まで働きづめに働いて、倒れてドクターストップかかった話をした。彼が紹介したファミレスでも澪さんは好かれてて頼りにされてたという。
院の患者さん達も「マスコットキャットMくん(これ伏せる必要あるか?)にお手製の眼帯を差し入れたら被害者がとても喜んでくれた話」や「子供が腕を脱臼した時、被害者の適切な判断に感謝してる話」を披露した。
バックヤードサロンの面々も、「院長の愛人に嫌がらせされてたのに明るく気丈に振る舞う被害者の話」、「何にでも興味を示し、技術を高めることに貪欲で、常に努力を重ねてた被害者の話」を発信した。
『鍼灸学校の仲間達』なるアカウントはネット上で情報提供を呼びかけていて、もうひとりの被害者女性の遺族と繋がったらしい。「彼女達を殺した犯人を許さない!」を固定したそのアカでは「バイト先の悪質マッサージ店から足抜けする時、被害者が助けてくれた話」や「視覚障碍者に優しいナビの頼もしい被害者の話」、「ブラインド(施術)でシルバーメダルの被害者の話」等、被害者の人となりをしのばせるエピソードを矢継ぎ早に投稿していた。
某患者さんの猫アカの「今行ってる鍼灸院ねこちゃん目当てで通ってたけど足裏と内臓整体のゴッドハンドが降臨したんで日参しようと思う」という2年前の呟きが突如バズったりもした。猫アカ主は「足裏と内臓整体のゴッドハンド」にお悔やみを呟いて、それもバズった。
某大型掲示板には『元同僚』を名乗るコテハンが現れ、被害者の施術を褒めていた。その男(だと思う、多分)は、院長の愛人にコナかけられたことも暴露していた。愛人にインス夕でつながろうってしつこく誘われたけどSNSやってないの一点張りでごまかした、そしたら愛人に会社前で待ち伏せされた怖かった、ムスメちゃん(仮名)には父親が必要とかワケわかんねえとか思ったけど俺、殺人犯にロックオンされてたのかな、とか結構赤裸々だった。
長谷川のおばーちゃんは「被害者が髪を伸ばす理由」をカメラの前で語った。被害者の師匠の師匠が闘病の末に亡くなって、それであの子は髪を伸ばしてるんだよ、髪は伸ばしていつか寄付するって言ってねえ、と、ケレン味たっぷりに、しっかり顔出しで。
オレも警察の意向に従うのをやめた。お利口さんに口をつぐんでたらこのザマだ。澪さんが誤解されたままなんて嫌だ。
オレは『資料』の内容をあらいざらいぶちまけた。でも『資料』の存在そのものについては秘匿した。澪さんとオレの、ふたりだけの秘密。オレは勝手にそう決めていた。
勝手にしゃべったことを学者風眼鏡とチンピラ色男にめっさ怒られたけど多分それはオレだけじゃないと思う。
真実が明らかになるにつれて、世間は凄まじい勢いで手のひらを返した。
正義感が強くて潔癖で、困ってる人を見過ごせない強い人。
人を癒すことに全力を注ぐ、若いが将来有望な優しい施術者。
目の不自由な「先生」を一途に慕い、「先生」の目となり手となり足となり、最終的には盾にまでなって儚く命を散らした健気な娘。
『佐倉澪』は一転、聖女か天使かみたいな扱いだ。澪さんがいたらきっと言うだろうな、何その別人28号、それどこの佐倉澪さんですか、なんて。
誰かが親父の企み――母に多額の生命保険をかけようとしてたことをうっかりバラしたのも澪さんの聖女像に拍車をかけた。……そう、誰かが、な。
母はと言うと、A4用紙1枚に短く、娘同然に慈しみ育てた弟子を永遠に喪いただただ哀しく呆然としています、夫とは離婚が成立しております、どうかそっとしておいて下さい、と、コメントしたきりだ。もちろん代筆はオレだ。
譜久村鍼灸整骨院は「整骨」の文字を抜き、「譜久村鍼灸院」としてリスタートすることになった。
母は善恵叔母の手を借りて、新生譜久村鍼灸院開院の準備を進めている。オレは母の付き添いだ。
「命くんもはっちゃけたねー。よくもあそこまで調べ上げたわよ。不正経理の手口、不倫カップルの実態、その他諸々。『聖女様の影の共闘者』なんて今時そんなチートな参謀、ラノベにだっていないでしょーって」
開院作業の合間、母が所用で外したスキに善恵叔母がからんできた。調べ上げたのはオレじゃない、澪さんだ。オレは反撃した。
「親父が母さんに生命保険かけてどーこーとかポロリしたの誰だよ」
オレはその話は警察にしかしてない。母本人がしゃべらなければ、後は……まぁそういうことだよな。叔母はニヤリと黒く笑った。
「事実でしょ」
「事実だな」
その事実で、日本国中に爆誕してるコナソの群れがどういう想像をするかはオレの知ったこっちゃない。
「あたし、今でも後悔してるの。澪ちゃんに、おケイちゃんを頼むねって言っちゃったこと」
叔母は細い煙草に火を点けた。メンソールの匂いが漂う。煙はほんの少し出るだけだ。健康オタクの母にうるさく言われて禁煙してたのに――澪さんの死は、叔母にも重くのしかかっている。
「それ言ったらオレだって……」
彼女を守れなかった。託された『資料』を活かすのが遅すぎた。あんなにハッキリ警告されてたのに。
叔母は毒素を深く吸い込んで、言った。
「命くんが気にすることじゃないわ。アイツらがあんなに早く事を起こすなんて思わないわよ、普通は。忘れなさいとは言わないけど。
今や木本真波とアンタの父親は日本国中敵に回したようなモンよ。すぐに捕まるわ」
「国中総出で監視してるようなモンだもんな、アンタの兄貴と愛人は。
その割には目撃情報的なモンが上がって来ないって『鍼灸学校の仲間達』アカが焦ってっけど? もしかして心中とか――」
「あーそれはナイナイ」
実の兄に似ず元ミスI津な美人の叔母は煙草を持つ手をひらひらと振った。灰が落ちるからやめろよそういうの。母さんがまた怒るぞ。
「良心の呵責に耐えかねてーとか、絶対ナイって断言する。アンタの父親はそんなタマじゃないわ。ママが仏壇のおはぎ食ったの誰だ! って怒り狂ったら、口の周りにアンコくっつけて善恵が食ったーって言い張るヤツよアイツは」
「案外、探すのやめたら出てきたりしてな」
「それはあるかもね。かくれんぼでも上手く隠れたつもりになっててケツ見えてる系だからねアイツ。鬼も含めてガンスルーで、じゃあみんな見つけたし帰ろっかーってなったらピーピー泣きながら出てくるのよあの馬鹿は」
「アンタの兄貴、大概だな」
「アンタの父親でしょーが」
「不毛だな……」
「不毛だね……」
オレと叔母はため息をついた。
「ケーサツ屋さんには超怒られたわ、ソーサノサマタゲニナルーとかって」
叔母が言ってるのは、確信犯で生命保険が以下略でポロリのことだろう。若ぶってても「超」とか言っちゃってる時点で無駄とか指摘するのはやめとこう。
ちなみに俺も『資料』の内容を漏洩()したことについて、ピュアピュア学者風眼鏡とチンピラ色男にコンビに物凄く叱られた。反省もしてないし、後悔もしない。だったらあのバカプリンを早く捕まえろよと言ってやった。
「でもさ、自分は基本ノーコメントで通してて、周りが何か『証言』するのは止めません、っていうおケイちゃんが一番黒い気がするのよね、あたしは」
おケイちゃんだけがあの美形警部とホスト崩れ警部補に怒られてないんだよ、と、叔母は吸殻を携帯灰皿にしまった。
「え、あのピュアピュア眼鏡って警部なんだ!?」
「食いつくのそこ!?」
むしろそこ以外にどこに食いつけってか? だってあのピュアピュア眼鏡どー見たって20代だぞ!
「まーな、今となっちゃ日本国民はほぼ全員が母さんのファンネルだもんな」
「おケイちゃんの、っていうよか、澪ちゃんの、ね」
アイツらが捕まるのは時間の問題だ。日本中が澪さんを手にかけた極悪人を目を皿にして探してる。
国外逃亡なんてできっこない。今時ガラケーの親父はパスポートも持ってないんだ。あの世ではマダムカヨコが手ぐすね引いて待ってるだろう。アイツらに逃げ場はない。それこそ異世界とかでも行かないことにはな。
そうだ、親父も愛人も逃げきれっこない。お前たちは『聖女様』を慕うジャパニーズピーポーの共通の『敵』だ。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
厨二の高校生男子ことミコトくん視点はこれで終了です。
次回からは転移先で聖女様ことミオちゃんに頑張っていただきましょう。
みおは ファンネルを 手に入れた!
というお話でした。
不倫カップル詰んでます。
別名:ざまあの小手調べでござるの巻とも言います。