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とりあえず、ここはどこ?

とりあえず、ここはどこだろう。

二時間ドラマで犯人が懺悔の告白でも始めかねない断崖絶壁。そこにかろうじて建っているという感じの崩れかけた遺跡の前にぺったり座り込んだまま、私は周囲を見回した。

元は立派なモノだったのだろう石造りのでっかい建物の他には、所々に朽ち果てた木が点在しているだけの、寒々しい光景。

見渡す限り、草も生えないごつごつした岩山が広がっている。


「さむ…」


曇天も相まって、見た目だけでなく体感的にも寒い。

私は着ていたライダースジャケットの前を掻き合わせ、身を縮めた。それだけで、腰と言わず肩と言わず、体中のどこもかしこもが痛む。


「いっ…たぁぁ…」


もっとよく現状を確認しようと立ち上がりかけて、ガクンと前のめりに座り込んでしまう。右の足首に力が入らない。

寒風にガクガク震えながらスニーカーを脱ぎ、ズボンの裾をめくり上げ、靴下を脱いだ。右足首が腫れて熱を持っていた。



「痛い…」


痛い。けど、折れてる感じじゃない。多分骨は無事だ。でも、それにしても――。


「やっぱ私、死んだのかな…」


最後の記憶は、駅のホームから突き落とされて…ニヤッと黒い笑みを浮かべた愛人の顔と…迫り来る快速電車…悲鳴と、つんざくようなブレーキ音、そして――


「普通に考えたら、死んでるわなー…」


でもその割には、三途の川もお花畑も見えないね。体中痛いし。

どうせ死ぬならこんな寒々しい岩ぼこだらけの山の上より、もっと夢々しい綺麗な場所に行きたかった…少なくともここは、天国とやらじゃなさそうだ。何たって、体中痛いし。


ってか、死にたくなかった。


やりたいことも、やらなきゃならないことも、沢山あった。

イケメンの梨状筋をもっといたぶりたかった。輝く大腿四頭筋を愛でたかった。瘂門と風池をもっと押したかった。腸腰筋だってやっと把握できるようになったのに。あぁ愛しの鎖骨リンパに膝下リンパよ、もっとアナタ達をしっかり捉えたい人生だったわ…。

やっと鍼灸学校に通えるようになったのに。これからだったのに…ホントにこれからだったのに。

何より、あのクソ愛人の不正を暴いてあの厚化粧の化けの皮を引っぺがしてやらなきゃ死んでも死にきれない!

まだ22年しか生きてない。日本女性の平均寿命は80ン歳だってのに、こんなの不公平だ。


寒さに身を震わせながら、私は神を呪った。

居もしない神に恨み言を言ったところでどうしようもないが。




雨が降り出した。雪混じりの、冷たい雨。

今の私の心象風景を具現化するときっとこんな感じになるんだろうな。


「ははっ…どんだけいいタイミングなんだよ」


神様、アンタ随分いい性格してんね。私は居もしない神に内心で毒づいた。




とにかく、濡れるのはよくない。

どこもかしこも痛む体、とりわけ悲鳴を上げ続けている右足首。

私は這うようにして、目に入る分には唯一の屋根のある場所である崩れかけた遺跡(?)の軒下に移動した。

そこに放り出されるようにして捨て置かれた感のある黒ナイロンの大きなツーウェイバッグには見覚えがあった――これは私のだ。

着の身着のままではなく荷物まで一緒に死出の旅路とは、神様とやらは慈悲深いのか気まぐれなのか。

私はバッグを漁った。仕事用の施術着が1着、商売道具のチャッカマン(お灸に点火する時用)、学校用の白衣が1着、学校のテキスト2冊(筋肉の本とツボの本)、ノートと筆記具、朝バタバタしながら作ったお弁当、冷たいお茶の入った水筒と、ピルケースには頭痛薬と、貧血でぶっ倒れた時に処方されたものの副作用がキツくていつの間にか飲まなくなった鉄剤と。殆んど使用したことのない化粧直し用のコスメ一式。仕事中、低血糖防止にこっそりつまむ用のチョコレートとラムネと――。


朝、家を出る時に仕度したモノがそのまま入ったバッグの中から鎮痛剤を取り出し、服用する。

お茶よりも氷の割合が多いんじゃないかってくらいの水筒の中身は仕事中のクールダウンには重宝するものだったが、今に限っては腹から冷える。寒さ倍増だ。

ほんの少量の水分補給で、私は自分が思っていたよりも乾いていて空腹であることに気づく。

幸い、食料はある。あるけれど……。


「このお弁当、大丈夫かな…?」


今朝作った、と私は思っているが、快速電車にアタックあぼーんから果たしてどれだけの時が経っているかは未知数だ。

ランチボックスのふたを開け、くんくんと匂いを嗅いでみる。変なニオイはしないけど…。


「即座にヒッティングマーチが鳴り響く感じでは、ないかな…」


こういう場合に一番ヤバそうな玉子焼きをひとつつまんで、味見してみる。大丈夫そうだ…多分ね。


「よし食おう」


空腹で、体中痛くて、エネルギー不足でふらつき寒気までしている。

目の前に、食料がある。食べないという選択肢はない。腹が減ってはいくさはできぬという先人の有難い教えもあるじゃないか。


「いただきまっす」


私は手を合わせ、お弁当をかきこんだ。

二段重ねの、一段目が白飯、二段目に玉子焼きとウィンナーと前日の残りの煮物を適当に詰めただけの、巷をにぎわすキャラ弁デコ弁とやらとは程遠い、ごく普通の弁当だ。

欲を言えば温めたかったが、それでも充分元気出た。


お越しいただきありがとうございます。

評価、感想等いただけましたら嬉しさで合谷押された時ばりに飛び上がります。

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