寮への帰還
午後五時四十分
「そろそろか」
防守学園に属する生徒の大半が住む学生寮、三人一部屋の共用になっているその部屋で優佳はルームメイトである武人の帰りを待っていた。
「全く、あの流れで授業に出ないのは本当に困る。帰ってきたら今度こそ俺がキツく言ってやらないと」
そう言ってふんすと息をする優佳にこの部屋を利用している三人目の生徒が口を挟んだ。
「優佳が気合入れてもどうせ言いくるめられる、無駄」
「なっ……!? なんてことを言うんだ相馬!!」
伊尾相馬、趣味は機械いじりとプログラミング作成。首にはヘッドフォンが掛かってお
り一人の時間は大抵それを耳に付けている。
三人一部屋の学生寮で武人、優佳と共同生活をしているもう一人の男子生徒だ。
「事実を言っただけ、なんだかんだいつも優佳は武人を許す」
机の上に広げた機械、それをいじる手を止めて椅子を回転させた相馬は優佳に目を合わせて言った。
「た、確かにそうかもしれないが……そ、それでも怒るのをやめるなんて選択肢はあり得ないだろう!」
優佳は本当に友人思いであり、それが高じて武人の行動を咎めようとしている。そこに悪意は微塵も無く、あるのは純粋な友を思う善心だけだ。
「ん……、まぁそれはそうだけど」
相馬もそれを理解している事からそれ以上優佳に言う事が出来なかった。
「「……」」
そうして流れる沈黙、優佳は入り口の扉を度々視線に入れ相馬は再び机に広がる機械へ
と作業の手を戻した。
「そう言えば相馬。お前は何で今日学校に来なかった?」
「ギ、クッ」
沈黙を破るふとした優佳の発言に相馬は露骨に反応した。
優佳も勿論その反応を見逃すわけが無く笑顔で相馬の傍まで近づき言った。
「武人で忘れてたよ。相馬、何でお前は今日休んだんだぁ?」
依然として笑顔のまま、優しい声音で優佳は相馬の肩に手をやった。
「い、いや。そ、そのぉ……」
「そのぉ……?」
自主休みをしてしまった事は紛れもなく事実、それは隠蔽も出来なければ覆す事も出来
無いものであった相馬は観念した。
「……武人が廃棄場から見つけてきた機械を弄り回してたら空がオレンジになってました」
相馬が小さな声でそう言った瞬間、室内に季節違いの冷気が漂った。
先程よりも痛い沈黙、そして先程よりも痛い、耳に痛い優佳の言葉が放たれた。
「相馬」
「はい」
「そこに正座」
「はい」
優佳が指さした床に相馬は目にも留まらぬ速さで正座する。
「全くお前もそうだ!度々授業を休んで!!」
「いや、俺は武人程ひどくな「口答えしない!」はい!」
優佳の声に相馬は思わず背筋をピンと伸ばした。
武人が居れば優佳の怒りが半減するのに俺が全部引き受けて……これは貸し一だ武人。
相馬がそう思いながら優佳の止まらぬ説教を甘んじて受けようとしたその時である。
コンコン。
そんな音が、部屋の窓の方から聞こえた。
「ん?」
その音には当然優佳と相馬の両名が気付いた。
一体何の音だ、そう思った優佳は窓に近づく、これから怒られるはずであった相馬も助かった、という邪な思いを胸に立ち上がり優佳と同じように窓の方へと向かった。
先に窓へ辿り着いた優佳はガラス越しに下を覗き込んだ。しかしそこには何も無かった。
ならば、先程の音は何なのか。その疑問を頭に残した優佳は次いで首を回し下ではなく窓の横に視線を移した。
すると、
「!? 武人……!!」
排水管にしがみついて壁の微かな段差を足場にしていた武人が窓のすぐ下に居たのである。
堪らず優佳は窓を開けた。
「何をしてるんだ武人!」
「もっともな疑問だけどとりあえずは俺がそっちに行ってからにしてくれ!」
武人はそう言うと右手を伸ばし窓の横部の縁を掴むと一気に体を開いている窓へと移動させた。
「よっ!」
武人が両足を窓の下部の縁へやった瞬間に優佳は体を横にずらした。そうする事で障害物が無くなった武人は室内へと飛び入った。
「ふぅ、いやぁ中々緊張したぜ」
そう言いながら武人は開いた手で額の汗を拭った。
「おい武人!! 一体どういう事だ!! 何で窓から……って」
優佳は何であれ即座に武人を尋問し、叱るつもりだった。
だがそれは自身の目に映る光景の異様さによって掻き消された。
まず一つ、位置的に優佳は今武人の背中しか見えていないのだが武人のその背中にはどう考えても不釣り合い、不相応な物が背負われていたのだ。
何かというとそれは赤いランドセル。小学生の、主に女子が六年間使用するそれを武人
は片腕だけを通して背負っていた。
そしてもう一つ、こちらの方が優佳的には問題に見えた。
優佳の目には武人は今背を向けているように見える、ならば優佳の目に映るのは武人の
後ろ姿だけでなくてはならない。
だが優佳の目に映る現実はそうではない。今彼の目には武人の背中の他にひょっこりと
肩から顔を出す少女の顔があった。
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