6
ホルが地面に座り、祈りを続けている間に、ヘリによる注水が始まった。その様子はソズボの目に入り、ソズボは一瞬、自衛隊の決死の注水作戦に感激の声を漏らした。ところが、ウッビゾ電力技術部フンタムの反応は異なっていた。
「あれっぽちの水を入れ、何が変わると言うんだ」
フンタムの言葉を聞き、ソズボは声を大きくして言った。
「やっぱり必要なのは、雨による大量の水と言うことですね」
その時、ホルの近くにいたクックリが叫んだ。
「この方、顔が汗だらけだし、顔色も悪いけど、大丈夫かな」
ソズボが近づくと、ソズボにも、全面マスクの中のホルの苦しそうな表情が見て取れた。
「やはり防御服、全面マスクは、ちょっとキツいか」
だが、その時、カメラを回していたヘホトが叫んだ。
「ソズボさん、頭上を見てください。雲ですよ」
全員が顔を上げると、頭上の真っ黒な雲から雨が落ちて来た。
ソズボ、さらにクックルも落ちて来る雨に歓声を上げたが、その歓声も終わらぬ間に、その場のホルを除く全員が悲鳴を上げた。
「何だ、この風は?一体、どこから」
その場に立っていられないくらいの風が、雨と共に吹き始めた。
「雨を降らすに、雨雲が必要。雨雲を集めるに風が必要。さらに雨、風を集め、あの原発に雨を降らすが、宜しいか」
その場に、ホルのこの世のものとも思えない大声が響いた。
「よし、降らしてくれ。これでミス国は救われる」
ホルに呼応し、ソズボも思いの限り叫ぶと、
「ダメだ。やめてくれ。もう、こんな茶番はたくさんだ」
そう言ったのはフンタムだった。フンタムは続けた。
「こんな大風が吹いたら、壊れかけた施設が破損してしまう。それに、何より、全電源喪失時に、水を注げばメルトダウンが防げるって?今、水がないとしたら、それは、漏れてるのであって、水を注げば注ぐほど汚染水が出るだけだ。何故、それが分からない」
ソズボは慌てて、フンタムに言い返した。
「ちょっと待ってください。必要なのは水じゃないですか?専門家も言ってましたよ。なら、あのヘリの決死の注水は何ですか?」
それに答えたのは、クックルだった。
「あれは単なる政治のパフォーマンスですよ」
小降りの雨は移動することなく、同じ場所で振り続けている。
「何だって?あれがパフォーマンス?なら、どうしたらいい?」
誰に問うでもなくソズボが叫ぶと、クックルが続けた。
「この事故の収束のためには、電源を回復しなければ、先へは進めません。実は今日からその作業を、私もフンタム氏も、やるはずだった。ところが、国民に向けて姿が見える活動がしたいという政府のゴリ押しで、それが延期になりました。この瞬間も被害が広がっている現実を考えると、私は我慢できません」
「結局、必要なのは、水でも、ヒーローでも、政府でも、複数の船頭でもなく、現場の地道な作業だけ、と言うことか・・・」
ソズボはそう言うと、それから間もなく彼らは撤収することにした。ダユヨが待つ車まで戻ると、そこにクックルが走って来た。
「私は原発に戻り、最善を尽くします。ただ、長い収束作業の途中、マスコミの力が必要かもしれません。その時はお願いします」
ソズボはクックルと握手を交わすと、大きくうなづいた。