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七夕回

なんで今書いたか自分でもわからない。


 七夕。


 それは、離れ離れになった織姫と彦星が年に一度だけ天の川を越えて再会出来る日。それに便乗した汚らしい人間が、あわよくば自分たちの願いも叶えてもらおうとパンダから笹を取り上げ願い事を吊るし上げる汚らしい行事。


 せっかく巡り合えた織姫と彦星はガン無視。こいつらを寿ぐ日ではないのかと、商店街を歩くたびに目につく笹の葉と、それにぶら下がった大量の短冊を見て俺は思う。


 まあ、人間なんて自らのエゴでしか動けない生物なのだ。仕方ないと言えば仕方ない。小さい紙一枚で願いが叶うと思っている辺り、やはりそんな浅ましさが露呈してしまっている。


 


 がさがさと、大きな笹を抱えながら、俺はそんなことを考える。手には数枚の短冊。今から俺は、我が家に笹を持ち込み、七夕を祝う準備をしているところだ。


 


 さて、どうしてこんなことになったのだろうか。


 別に回想に移る必要もない。簡単な理由だ。商店街で買い物をしている俺に、知り合いの店主が余った笹を押し付けてきただけだ。青春を謳歌しろだのとよくわからないことを言われ、強引に押し付けてきた。別に七夕という行事を見下しているわけではなかったのだが、どうやら周りからはそう見えてしまっていたらしい。


 


「お願い、どんなのにしよっかなー」


 


 笹を肩に担ぎ食材と短冊を違う手に握る俺は、周りの目からはさぞ変人に見えただろう。実際、いろんな人から奇怪なものを見る目で見られた。ていうか、近所に住んでるんだからそういう目はやめてほしい。


 


 そんなこんなで帰宅。ドアを開けると見慣れた靴が見えた。黒を基調とした小さなスニーカー。男物ではない。


 どうやら梨乃が暇つぶしで来ているらしい。


 まあ、それはわりかしどうでもいい。最近は二日に一回のペースで俺の家に来ているので、あまり珍しい光景ではなくなってしまった。


 笹を玄関に置く。さて、どこに飾ろう。


 庭は短冊を付けるのが面倒くさいし、いちいちサンダルを履いて外に出るのが億劫だ。かと言って室内は何か汚れそうであまり好ましくない。


 


「ってなると、残されてる場所一つしかないよな……」


 


 サンダルを履く必要がなくて、なおかつ室内ではない。


 俺の部屋のベランダしかなさそうだ。


 我が家の外観が騒々しくなるので出来ればやりたくないが、他に場所がないのでしょうがない。


 俺は大きなため息をついて自室へと帰っていった。


 


 


 ◆


 


「あら、パンダが帰ってきたわ」


 


 ドアを開けた俺を見て、梨乃が言った。


 


「うっせ。ていうかお前の方がパンダみたいな恰好してんじゃん」


 


 今の梨乃の格好は白いTシャツと黒い短パン。漫画を読んでいる最中だったのか、片手に漫画本を持ってベッドに寝ている(俺のである)。首だけをベッドから放り出してこちらを見ている体勢が、彼女のパンダっぽさに拍車をかけていた。いや、どっちかといったらナマケモノだけど。


 


「パンダ年に生まれたからかしら」


「干支にパンダはいない」


「それで、なんなのその笹は」


 


 漫画を本棚に片付けながら、梨乃は尋ねた。


 何だ、と言われても説明が難しい。


 


「もらってきた」


「いいわね。これで新しい話相手が出来たじゃない」


「いや笹とは喋らんわ。七夕用だよ」


「七夕……ああ、そういえば今日だったわね」


「忘れてたんかよ……」


「ふん、盛り過ぎたせいで左遷された猿の話なんて覚えておく価値もないでしょ」


「彦星になんか恨みでもあんの?」


 


 本棚から違う漫画を引っ張り出しながら吐き捨てた梨乃の横顔は、彦星に対する怒りで塗れていた。お前、何されたんだよ……。


 くるりと、梨乃が急にこちらを向いた。


 


「ちなみに私が織姫だとするわ」


「いきなり何が始まったんだ?」


「……私が織姫だったとしたら、七月七日の午後十一時五十五分から彦星素足渡河RTAを開催するわ」


「マジで彦星に何されたんだ!?」


 


 私怨とかそのレベルじゃないほどの仕打ちである。


 


「そしてそれを肴に私は酒を飲むの。ああ旨いわ」


「お前酒飲めないだろ」


 


 未成年飲酒ダメ、ゼッタイ。


 


「余ったからもらったんだよ。飾っておけってさ」


「ベランダに飾るの? 邪魔だからやめてほしいんだけど」


「お前の家じゃないだろここ」


「いや、そういうことじゃなくて……まあ、いいわ」


「え、今の何。なんでちょっと不服そうなの」


「うっさいわねレッサーパンダ。やるんならさっさとやりなさいよ」


「ついにパンダから格下げされたのかよ」


「劣等パンダは黙ってなさい」


「全国のレッサーパンダファンに謝れ!」


 


 ベランダのガラス戸を開ける。向かい側にはちょうど梨乃の部屋の窓が見えた。


 梨乃の考えていることが微塵も理解できない俺は、悲しく一人で笹の飾りを始める。かざりと言っても、柵に立てかけるだけなのだが。


 


「よっし完成! 短冊付けたら終わりだな」


「……私が言うのもなんだけど、適当すぎないかしら?」


 


 ベランダに顔だけ出している梨乃がじとりとこちらを睨みながら言った。とはいっても、これ以上何をすればいいのだろうか。


 


「括りつけるとかしたらいいんじゃないの」


「括んの? ……めんどくさいからいいや。さっさと短冊つけちゃおうぜ」


「ええ……私もするの?」


「当たり前だろ。俺に一人でしろっていうのか? 花梨ちゃん呼んできてもいいけど」


「花梨は今日遊びに行ってるわ」


「最近毎日遊んでるなあの子」


「暇なんでしょ」


「俺の家に入り浸ってるお前が言うな」


 


 ちなみに余談だがこの間俺と俺の友人が開催した第三回暇そうな人選手権では梨乃は四位だった。俺は二位。あながち間違ってはいない。さらに余談だが一番忙しそうな人選手権では満場一致で我らがクラス委員長の風咲さんが一位だった。本当にどうでもいい。


 一応部屋にあったビニール紐で笹を柵に括る。小さなベランダは笹でいっぱいになった。括ってみて気づいたが、笹の葉に遮られ梨乃の部屋の窓が見えなくなってしまった。


 ちらりと横目で梨乃を盗み見る。梨乃はぼうっと笹の葉を見つめている。あまりショックではないようだ。


 すると、ちょうどこちらを見た梨乃とばっちりと目があった。


 


「……え、何でパンダが私を見てるの?」


「パンダネタまだ続くの?」


「言っとくけど今際の際まで言い続けるわよ。覚悟してなさい」


「それってプロポーズ?」


「なっ!? は、はぁ!? その妄想癖何とかしてくれないかしら!?」


 


 珍しく声を荒げる梨乃。その頬は微かに朱い。なんだか慣れないその反応に、俺は少しドキッとしてしまう。


 


「な、なんだその反応は……なんか微妙な反応になるからやめてくれ」


「……うっさい」


 


 梨乃はそっぽを向いて、部屋の中へ入っていく。そして流れるような動作でガラス戸を閉め、そのままガチャリ。


 のそのそと本棚の前まで歩いていき先ほどまで読んでいた漫画を探すその背中は綺麗で、思わず見とれて────


 


「って、鍵閉めてんじゃねえ! 開けろ!!」


 


 叫んでガラス戸を叩くが、梨乃は無視。ベッドに寝ころんで漫画を読み始めた。ちなみに今梨乃が読んでいる漫画は数十巻続いている長寿漫画である。もし彼女が最新巻まで読むつもりなら、俺は少なくとも数時間は外で笹の話し相手になっていなければならない。


 


「おーい。いつまでそのままでいるつもり? 長引くと気まずいぞー……?」


「…………」


「……まさか、ずっとこのままのつもりはないよな? 幼馴染にそんな仕打ちはしないよな!? お前は優しい幼馴染だよな!?」


 


 


 


 


 梨乃は厳しい幼馴染だった。


 


 


 


 ◆


 


 


 数十分後、笹と楽しく会話をしている俺を申し訳なさそうな目で見ながら梨乃がガラス戸を開けた。


 


「た、楽しそうに会話してるのね……」


「誰のせいだと思ってんだ! じゃあな、笹次郎……」


「男だったのね」


「いや、元々女だったんだけど色々事情があって男になったそうだ」


「知らないわよ……って、なんで私がツッコミをしてるのよ」


 


 普通は逆じゃないとぼやく梨乃。どうやら一応自分がボケ役だと自覚しているらしい。いや、別に自覚はどうでもいいんだけれど。


 


「とりあえず、短冊書いちゃおうぜ」


「ええ……ホントにやるの? はっきり言って面倒くさいのだけれど……」


「なんだお前、そんなこと言って。明日やろうは馬鹿野郎なんだぞ」


「そういうあなたは童貞早漏」


「おうラップバトルしとる場合ちゃうんやぞ?」


「もういいわ。さっさと書いちゃいましょう」


「無視かよ」


 


 俺の言葉をガン無視し、短冊に何かを書き始める梨乃。なんだかんだいってノリノリである。


 さて、俺も俺で書き始めなければ。


 ペンを握り願い事を考えてみる。


 


「……………………」


 


 特にないので適当に書いておこう。


 


 


 


 


『優しい彼女ができますように』


 


 


 


 ◆


 


 


 数分後、梨乃のペンが止まった。


 


「何書いたんだ?」


「ア〇ジンが見たい」


「こんなとこで短冊書かずに映画館に行け」


 


 ガラス戸を開け、笹に短冊を括りつける。


 すると、俺の後ろからにゅっと手が伸びてくる。梨乃が俺の短冊をチェックしているようだ。


 


「ふぅん……『優しい彼女』、ねえ……」


「なんだその含みのある言い方」


「…………」


 


 梨乃は何も答えず、自らの短冊をぐしゃりと握りつぶして部屋の中へと入って行った。


 アイツは何なんだと目を丸くしていると、意外なことに梨乃はすぐに帰ってきた。てっきりまた閉め出されるのかと思っていた。


 


「何してたんだ?」


「あなたには関係ないでしょう」


「いやまあ、そうだけど」


「それより退いてくれないかしら? 私の貴重な短冊が結べないじゃない」


「その貴重な短冊さっき握りつぶしてましたやん」


「うっさいわね。死ね」


「はい」


 


 横に逸れる。梨乃はぐいとこちらに手を伸ばして笹の葉を掴む。狭いベランダなので、梨乃のぬくもりがダイレクトに俺の肩に当たる。


 


「お、おい……」


「何どぎまぎしてんのよ童貞。キモ」


「……はよ結んでくれよ」


「もう結んでるわよ間抜け」


「俺怒ってもいいよなこれ?」


「DVで訴えるわよ」


「いつから俺はお前と家庭を築いていたんだ?」


「か、家庭って……あ、揚げ足取ってんじゃないわよこの揚げ足バード!」


「取りと鳥をかけるとかいう高度なボケやめてくれな」


 


 普通にわからなくてちょっと戸惑ってしまった。


 というわけで、俺のベランダが七夕仕様になった。目の前の笹には二枚の短冊がついている。


 


 ふと、梨乃はどんな願いごとをしたのかと気になった。先ほどのア〇ジンが見たいの短冊は自分で潰してたし、書き直したのだろう。


 梨乃は既に室内に帰っている。見るなら今だろう。


 ぴらりと、風に靡く短冊を手に取り読んでみる。


 


『コイツの願いが叶いませんように』


 


 


「おい梨乃!?!?」


「うわ、ゴキジェット吹きかけられたムカデかと思った」


「なんでゴキジェットをゴキブリに吹きかけないんだよ! ……いやそこじゃねえよ!」


「ゴキジェットはムカデにも効くのよ」


「そこ割とどうでもいいわ! あの短冊何!?」


「ああ、いい願いごとでしょ?」


 


 にっこりと、いい笑顔を見せる梨乃。控えめに言って悪魔である。


 


「ちなみに私の願いの方が攻撃力高いからあなたの願い事は無効ね」


「何そんなルールあんの!?」


 


 子供の人気を取りたいのはわかるが、そこまで現代風にする必要ってあるのだろうか……。


 がっくりと項垂れる俺を見て、梨乃は楽しそうな笑い声をあげた。マジで悪魔、鬼、小鳥遊梨乃。


 


「つまり、俺は一生彼女ができないのか……」


「そんなことはないわよ?」


「え?」


「あなたの願い事、覚えてる?」


「願い事? 確か……優しい彼女ができますように、だったような──」


「その通り」


 


 俺の言葉は梨乃によって遮られる。


 顔を上げた俺は、片頬で笑う梨乃とばっちり目があった。笑っているくせに、その頬は朱に染まっていた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「優しい彼女“は”一生できないでしょうね」


 

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