白い首に隷属の首輪が良く映える。
目の前で、高速揉み手を繰り出している商人のいってる意味がわからない。
「えーと、つまり何?」
単刀直入にいえよ。
ちょっぴりガラが悪くなったのは気のせいだよ?
後ろから獣人さんの視線が突き刺さるけど、口笛を吹いて知らんぷりしとく。
あっ、溜息吐いたね獣人さん。
「清廉な神官さまにおかれましては…」
時代劇で某黄門さまの前にひれ伏す悪党みたいな態度で、高速揉み手さんが同じ言葉を繰り返した。
おい、簡単にいえよって思ったけど、背後の呆れた視線が痛いから態度に出さないことにする。
「うーん、要約すると飼い主の責任を果たせってこと?」
「おまっ!?ひでぇな!!」
こそこそ後ろに立つ獣人さんにいえば、小声でも耳の良い彼に届いたらしくだいぶショックを受けていた。
でも、だいたいは合ってるでしょ?
高速揉み手さんは、街に入って来た私たちを見ていたんだって。
神官って基本的に神殿からほとんど出ないけど、私みたいに旅する神官もいて、そういった人は頼まれたら簡単なおまじないをしてあげるんだってさ。
私も孤児院にいたときに先生が旅の人にしてあげているのを見ていて知っていたから(ただし、旅人は逃げ腰だった)、旅の間もときどきしてあげてた。
以前までは、剣士さんがそういうおまじない待ちの人を捌いてくれていたんだけど、今は獣人さんだけだからちょっと大変だったんだよね。
だってさ、獣人さんに意地悪する人ばっかなんだもん。
何でそんな人たちに、おまじないしてあげなきゃいけないのさ!
プンプンする私と、それを宥める獣人さん、そして擁護してくれてる彼に嫌悪感を向ける人たち、怒り狂う私、落ち着かせようとする獣人さん…エンドレス。
それで、そんな私たちに声を掛けて来たのが高速揉み手さんだ。
みんなの気持ちを代弁したらしい高速揉み手さん曰く、『獣人はおそろしいものなのだから、奴隷だとわかるように首輪をしておけ』ってことをオブラートに何重に包んで私たちに教えてくれた…余計なお世話だ!
と、いうわけで、私たちのこそこそ内緒話である。
「まあ、冗談はさておいて。どうする?獣人さんを奴隷とかいっちゃうヤツなんてヤっちゃう?」
「目が本気だった気がするが…。というか、どんどん凶暴化してるな。どうした、野生に還るのか」
「還んないよ!?」
獣人さんが惚けたことをいうから、ぷしゅ~って怒りが抜けた。
わかってるよ、獣人さんがそういうの好きじゃないってこと。
私が意地悪してきた人をざまぁしても喜ばないってことくらい、短い期間しか一緒にいないけどもう知ってるよ。
うぅ、ぽんぽん頭を軽く叩いてくる獣人さんの手が優しいよ。
「我が商会が扱いますこの隷属の腕輪は、血を一滴使うだけでの主人の登録が完了します!面倒な設定は必要なく、取り付けた時点でその方の魔力、法力を認識するため二重に安心!今ならお買い得、同じものをもう一つお付けします!!」
「「「「おお~」」」」
まるで通販番組みたいなノリだね。
周囲の人の合いの手が、更にそんな気持ちにさせる。
でも、商品がどっからどう見ても大型犬用のゴツイ首輪なのはどうなんだろう…。
「あのー、私んちには獣人さんしかいないので首輪は一個でいいんですがー…」
「お前、本当にひどいな。付けるんか、オレに」
悲壮感漂う獣人さんのセリフはこの際無視して、聞いてみる。
よくあるじゃん、一個しかいらないのにセット販売とか。しかも、バラ売りがないとか。
案の定、高速揉み手さんは商売根性逞しい人らしく、一個にしても安くしてくれる気はないようだ。
サッと差し出して来る首輪を反射的に受け取ってしまった私に対し、商人さんは勢い良くまくし立てる。
「でしたらいっそ、もう一匹増やしてはいかがでしょうか!ほら、こちらの商品なんてどうです!すばらしい肉体でしょう!」
「えー」
そういってどどーんと引っ張って来たのは、これまたゴツイ獣人の男のヒトだった。
うわー、獣人さんも結構いい身体付きだけどこっちはまさにガチムチだね。
筋肉の鎧っていう感じの身体付きの獣人の男のヒトを上から下まで眺め…ようとして、ぴゃっと飛び上がった。
ボロボロで汚いけどよく見たらあれ、ししししし下着じゃんか。
うちの獣人さんはキレイ好きで、野宿した朝なんて早朝から大きな背中を丸めて腰布を洗ってるのに…って、あれは私の涎で汚れたんだよね、すまん。
いやー、すばらしい膝枕のおかげで野宿してても日々、安眠してます!
…って、そうじゃなくて!
高速揉み手さんが連れて来た獣人の男のヒト、ぺらっぺらなおパンツしか身に付けてないけどなんなの、露出狂なの?えっ?種族柄?
「オレたちは毛深いから服の面積が狭いだけで、見せ付けてるわけじゃない」
「…………」
「…なんだ、その疑いの眼差しは」
そんなすてきおっぱいと腹筋を露出しておいて何いってんだろうね、この獣人さんは。
私は獣人さんの言葉を聞かなかったフリして、おそるおそる獣人の男のヒトをもう一度見る。
…うん、何度見ても防御力の弱そうな装備だね。風が吹いたら中身が見えそうだ。
風のイタズラのせいで中身チラリして『きゃー、チカン!』っていわれても、冤罪だからね!?
冤罪事件を想像して青くなった私は、風が吹かないうちにさっさと退場してもらいたいと高速揉み手さんに断りの言葉をいう。
「うーん。いらない、かな?」
だがしかし、こちらは小心者の元日本人に対してあちらは海千山千な商人。
揉み手を更に早めて笑顔で迫って来た!こわい!!
「そういわず!すでにお持ちの獣人は、さすが神官さまがお持ちになるだけあってすばらしいですが、我が商会がおすすめするこの獣人のオスもなかなかのものですよ!戦闘に特化しているだけでなく、夜の方も…」
ニヤニヤ妖しい顔をしている高速揉み手さんの目がキモいわぁ…。
まあ、確かに夜は獣人さんのもふもふはすばらしい布団になってくれて、私は最早彼がいないと眠れない身体になってるけどさ。
やっぱり、獣人って夜の暖取りに良い仕事してくれるっいうのは周知のことなんだね。
…つまり、今は私専属の獣人さんも昔は可愛い女の子やキレイなお姉さんときゃっきゃうふふって感じで夜、密着してたんだ…。
「ひどいっ…!私というものがありながら!!」
「それ、この場面じゃオレの言葉だよなっ!?」
驚愕の眼差しを向けて来るのが、逆に妖しいよ獣人さん!
なんだよ、それだけじゃないのかよ!プンプン!
プンプンしながら、さっき受け取った首輪を手の中で弄ぶ。
ガチャガチャいじれば、簡単に外れた。まあ、普通に大型犬用の首輪だね。
「うーん」
カチャッ
「おお!どうよ?似合うー?」
自分で自分の服のリボンを結ぶときは何故かいつも縦結びになっちゃうけど、首輪は簡単に留めることが出来た。
だいぶゴツイけど、ビジュアル系とかロックとかのバンドの人たちだってトゲとか付いたチョーカーを首に巻いてるんだから変じゃないでしょ?
そう思って顔に手を当ててポーズをとって、キメ顔を作る。
ばちこーんって感じでウインクを決めたまま獣人さんを見たら…彼は硬直していた。
「……………」
「……………」
ち、沈黙が痛い。
何、そんなに似合わないの!?
獣人さんの反応に、似合わないならいつものノリで答えてくれると思ってた私はだいぶショックを受ける。
硬直して言葉に出来ない程似合わないって、相当じゃない!?
調子こいてこんなことした私、ちょーいたたまれないよ。しょぼーん。
硬直する獣人さんと、ショックのあまり落ち込む私。
ツッコミ不在のため硬直が解けない二人が、揃って動かないでいると何だか周囲がザワザワしてきた。
「こ、これはこれは!神官さまにそのようなご趣味がっ!高貴な方々の中には、そういった普段下に置く者にわざと足蹴にされ、見下されることを好む一部の方々がおりますが、まさかそんな幼い神官さまもぐへへっ」
どうしたよ、高速揉み手さん。
随分ゲスい顔で近付いて来てるけど、どういうつもり?
あっ、勢い良過ぎてナイフで切った指から噴水みたいにどす黒い血が噴き出してるよ!急に自傷行為してどうしたの?
「うわー、ばっちいなぁ」
「おい…」
「んー?」
硬直が解除されたらしい獣人さんが、おなかを私の背中に密着させながら声を掛けて来る。
急に寂しんぼになったの?
べったりくっ付いて来る獣人さんをそのままに、私は首輪をどうするか悩む。
買う気がないからいいんだけど、何かタイミング的に取りにくいなー。
あんなキメ顔晒しといて、今更取るってのもなぁ…。
このとき、俯き気味に首輪を弄る私は周囲のことに、全く注意を払っていなかった。
なので、急に感じた浮遊感に甲高い悲鳴を上げてしまう。
「きゃわああああぁぁああっ!?」
「うおっ!?」
犯人はすぐにわかった。獣人さんだ。
「耳元で叫ぶなよ!!」
「急に抱き上げられたら誰だって叫ぶよ!!」
「すまん!」
「ごめんね!!」
怒鳴り合ってから、そっこーで謝り合う私たち。
と、いうのも、周囲があんまりにもカオス過ぎて直視したくなかったからだ!
だって、みんな手を血塗れにしながら迫って来るんだもん!!『あ゛ー』って感じで!
「ぎゃー!!ゾンビいぃぃぃぃぃ!!」
「逃げるぞ!!」
同時に叫んだ私たちは、すたこらと逃げ出したのだった。
●○●○
「あっ、これ付けっぱなしだ」
結局のところ、行く先々で血塗れの手を伸ばされる羽目になった私たちは、恐怖のゾンビ街からの脱出に成功した。
安堵の息を吐いてしばらくすれば、首に巻きっぱなしの首輪の存在に気が付く。
「どうしよう、これ」
完全に泥棒だよね、これ。
でも、あの高速揉み手さんは真っ先にゾンビ化してたからもう必要ないかな?
それに、あんな人たちがいるところに戻りたくないしなー…。
がりっ
「ん?」
よく見知った白いもふ毛に覆われた大きな手が、首輪を掴む私の手をどける。
そして赤い雫の浮かんだ、もう片方の手の親指を首輪に押し付けた。
ぐりっと押し付けた親指で血をしっかり首輪に擦り付けた獣人さんは、ひどく真剣な目をして私を見下ろしている。
「じゅうじんさん?」
「これで、」
「えっ……」
「これで、お前はオレのも」
ぶおぉぉぉぉぉぉっ
「ひゃあぁぁー!かゆいかゆいかゆい!!」
獣人さんが何かをいい掛けていたけど、それどころじゃない。
急に突風に襲われた私は、砂に襲撃されてしまったんだ!!
頭の先から浴びちゃったから、服をバサバサさせるけど完全に落ち切れないから痒さはそのまま。
しかも、汗かいたせいで払っても落ちないし!
「もう!ジャマ!!」
首輪の内側なんて最悪だ。砂が汗のせいで張り付いてすごく気持ち悪い!!
カチャカチャ
ポイッ
「ふぃぃ~。これで少しはマシになるね」
首輪を取って首周りを清潔なタオルで拭った私は引き続き、服をバサバサさせて砂を排除する。
うー…、全裸になった方がいっそ楽だろうけど、獣人さんがいるからなぁ。
チラリと獣人さんを見上げれば、彼も被害に遭ったらしくて真っ白な毛並みが砂まみれになっていた。
「えっ……」
可哀想に。
ゾンビに襲われて傷心してるときに、砂を浴びるなんて間が悪いことこの上ないよね。
ショックを受けて唖然としている獣人さんが可哀想になった私は、ポンポンと届く位置にある腰を叩いて励ましてあげた。
獣人さんは隷属の首輪を使おうとしたのに使えなかったことにショックを受けてるだけ。