愛ある?逃避行の開始。
『転生したら孤児の少年になってたんだけどっ!』が甘さ控えめだったので、いつものアホ展開に甘さとBとL臭を足した結果。
ゾワッとした。
「ぴゃあっ!?」
「うおっ!?」
私が飛び上がれば、隣にいた獣人さんも野太い悲鳴を上げた。
ちょーびっくりしたらしくて、尻尾がぶわってなってる。
それがあまりにも可愛くて、ニヤニヤしながら逆撫でしてあげた。
「うっ…あ、……はぁ。ちょ、お前それやめろ」
「えー?」
普段の何倍にも膨らんだ尻尾を逆撫でするのっておもしろいのに、獣人さんはそれを止めようとする。
何かやたらと熱い息を吐いて色っぽい目をしてるけど、どう考えても嫌がってないよね!
だって、ぶわってなってた尻尾が、私の足にまとわりついてるのがその証拠だ!
「ふはははは!そんなこといって、身体は正直だよ!ん?ん?」
「そんな卑猥な言葉どこで覚えたかは後で追及するとしてここではやめろ」
息継ぎなしでそういった獣人さんの目はマジだった。
そんなにイヤなのー?えぇー?
私の足に巻き付いてすりすりしていた尻尾を自分で引き剥がした獣人さんは、チラッと周囲を見渡した。
それにつられた私も周りを見たんだけど…見た瞬間に後悔する。
ここは町の真ん中の方にある宿屋で、私たちは今夜泊まるための交渉をしてたんだ。
例によって獣人ってだけで入店拒否されていた獣人さんと、客商売なのにそんな真似をする店主に怒りのあまり食ってかかる私、嫌悪感丸出しの店主とそれを野次馬根性丸出しで見物する人々という、丸出しな人ばっかりの中にいたんだった。
今のやり取りを見ていた人々の目がまん丸になっていて、私はいたたまれない気持ちで獣人さんの腰布を引っ張る。
「だから、これは引っ張るなよ。今脱げたらまずい」
「獣人さん…ごめんね。抜け毛しない子だっていった傍から尻尾の毛、抜けちゃったよ」
「…………」
交渉の際にいつもの『抜け毛しない、吠えない、噛まない、粗相しない子』を主張したばっかなのに、いい訳出来ないレベルで指に絡んだ純白の毛を差し出して私は項垂れた。
さすがにみんなの見ている前で、口笛吹きながら抜け毛をなかったことには出来ないのに、なんてことをしてしまったんだろう。
周囲も『今、抜け毛しないって主張したばっかだよな』的な視線で呆れて私を見ているに違いない。
うう、面目ない。ごめんね、獣人さん。
そう思って私はチラ見したんだけど、今夜宿に泊まれないと知ったせいでショックを受けていると思っていた獣人さんは何故か遠い目をしていた。
理由はわからないけど黄昏ている獣人さんの背中を、さっきまで敵愾心の塊みたいだった宿屋の店主や野次馬たちが次々にぽんぽんと軽く叩く。
すわ攻撃か!と思って杖を構えて意気込む私だったが、獣人さんの背中を叩く人たちは皆、ずいぶんと優しい目をしていた。
…何があったんだ、一体。
「ねぇ、獣人さん」
「なんだ」
結局、『いたたまれない』といってもふ毛に覆われていない顔や首筋だけじゃなくおっぱいやおなかまで真っ赤にした獣人さんに連れられ、町の外へ出て歩き出す。
今夜も野宿かー、でもまあ獣人さんが人に傷付けられるよりマシか。
そう思って、水辺に近いところを本日の野宿場所にしようと歩き出す私は前を歩く獣人さんに声を掛ける。
「剣士さんや姫さま、エルフくんはどこで迷子になってるんだろうね?」
そうなのだ、たった五人しかいない魔王討伐メンバーの内、三人もが迷子になっているんだよ。
ありえない状況だけど、スマホやパソコンもないこの世界で人探しは容易ではなく、こうして私たちは三人を探しながら旅を続けていた。
「宿屋や酒場に伝言を置いてあるから、立ち寄ったら相棒が聞くだろう。それに、進む先はどうせ一緒だ」
「まあ、そうだよね」
獣人さんに優しくない町中にいちいち寄るのは、迷子の三人の情報を得るためと伝言を置くためなのが主だ。
決して、旅慣れしない私が駄々をこねたんじゃないよ!
…なんだけど、今のところ状況は芳しくない。
さすがに二人で魔王に特攻を掛けるわけにはいかないから早く三人と合流したいところだけど、やっぱり獣人さんのいう通りにするしかないか。
目的地自体、どこにいるかわからないけどね。
剣士さんたちの行方……