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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第二部 本編
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はじまりの話


 あの人の隣で見ていた空は、もっとずっと鮮やかに青く、どこまでも澄み切っていて気持ち良かったのに、どうしてか今はくすんだままで、どんよりと重く立ち込める重い灰色の雲がいつまでも太陽を覆い隠している。

 あの日、受け取った電話は病院からのもので、あなたの運ばれた先がいつも自分が入院していた病院だったから真っ先に妻である私のところに連絡が来た。

 倒れた訳ではないけれど頭が真っ白になって、気が付いたら病院で、私は彼の冷たくなってしまった体に縋りついていた。

 自分でも褒めてあげたいのだけれど、私のぽんこつな体はそれでも最愛の夫の葬儀を恙なく済ませる程度には頑張ってくれた。勿論、周りの人々の手助けがあったからこそだけれど、それでも私は背筋を伸ばしたまま一度も涙を零すこともなく骨になってぬくもりを喪ったあなたと家に帰った。



 窓から見える空は、今日も曇ったままで平年よりも早い梅雨入りのせいでシトシトと雨が降り、時折、ざあざあと勢いを強くしていた。

 あなたのベッドにももうあなたの匂いも気配もないけれど、ここが一番、安心できる場所だった。

 両隣には、この三か月と少しの間に痩せて少し小さくなってしまった真智と真咲がいて、雪乃に抱き着いたまま眠っている。

 そっと真咲の髪を撫でて、胸元からロケットを取り出して蓋を開く。


「……大丈夫よ、真尋さん。心配しないで、朝、少し熱が出てしまっただけなの」


 小さな写真の中で微笑むその人に小さな笑みを返して、そっと写真を撫でる。


「ちぃちゃんも咲ちゃんも、私が守るから。もちろん、充さんもね。だからまだまだあなたの下には行けそうにないけれど、一くんがいるからなんとかなっているわよね」


 あなたがいなくなって色々あって大変だったのよ、と文句を言ってみたけれど返事はない。

 また窓の外に顔を向ける。燕が一羽、雨の中でも飛んでいる。車庫の軒下に毎年、燕が巣を作っているからその燕だろう。今年は五羽も雛が卵から孵った。


「…………不思議ね、真尋さん。あなたに最期のキスもしたのに、あなたのお骨だってまだ私の部屋にあるのに……私、あなたはどこかにいるような気がするの。あなた、私のことが大好きだから目に見えなくても傍にいてくれるのかしらね?」


 写真に顔を戻して微笑んだ。

 喪ったのは、突然だった。大事な幼馴染まで一緒に失って、哀しみと苦しみと寂しさに殺されてしまうかと思ったけれど、彼が十七年間、絶やすことなく与え続けてくれた愛が雪乃を生かし続けてくれていた。目を閉じて思い浮かぶ最愛の人の姿は、いつでも雪乃を見つめて愛おしそうに微笑んでいる。ただそれだけのことが雪乃の心を辛うじて守り続けてくれていた。

 そのぬくもりには永遠に失ってしまったのに、彼の遺してくれた愛がいつも雪乃に寄り添っている。


「だからかしら、私、一度も涙が出ないのよ。哀しみに胸は張り裂けてしまいそうなのに、不思議ね。それとも涙の流し方を忘れちゃったのかしら」


 ふふっと苦笑を零して、写真にキスを落とす。慣れ親しんだ温もりが唇に感じられないことがとても寂しくて胸が痛い。それでも、涙は溢れない。

 

「あなたにもう一度会えたなら、その時に涙は出るのかしらね」


 小さく囁くように呟いた言葉は、ザァザァと少しだけ強くなった雨の音にそっと包まれて、誰にも届かず、消えていく。







――はずだった。


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