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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第一部 本編
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第二話 神を泣かせた男 *一路視点

第二話です!

ブクマ、評価ありがとうございます!めっちゃ嬉しいです!


 水無月 真尋という人間を鈴木一路は五歳の頃から知っていて、もう十三年の付き合いになる。

 父の仕事の都合で引っ越した家の隣に住んで居たのが、真尋で真尋の家の隣に住んで居たのがもう一人の幼馴染・(まゆずみ) 雪乃(ゆきの)だった。

 水無月 真尋を見た人間はまず彼をこう評する。「まるで完璧な人形のようだ」と。

 真尋は、美しい容姿を持っている。それもモデルやアイドルが泣いて逃げる程、同性であっても美人だなぁと感心するほどのレベルだ。女には見えない。百人が百人、男だと答えるだろうが美しいのだ。

 均整の取れたスタイルの良い体、身長は百八十三センチ、足の長さなどいっそ嫌味のようだとクラスメートが愚痴っていた。さらさらの黒髪は艶やかで高くすっと通った鼻筋と薄く形の良い唇。そして、切れ長の二重の瞳、その瞳は幼いころから変わらずに強い意志を宿し続けている。その強い意志を宿す瞳がなおのこと彼を美しく見せているのかも知れない。唯一の難点をあげるとすれば、その表情筋があまり機能していないことだ。だからこそ、余計に作りものめいて見えるのかもしれないが。

 天は二物を与えず、などと言うが真尋は天から二物も三物も授かっているような男である。

 日本でもトップレベルの私立の進学校に歴代成績トップで入学し、在学中成績は常に一位、ついでに全国模試も一位だった。所属していた剣道部の主将兼部長で全国大会も三年連続一位だった。また一年生の秋から前任者に生徒会長に指名されるほど人望もあった。先生方からの信頼も厚く、生徒会室の隣に私室を作らせた上にノートパソコンまで買わせるという偉業すら成し遂げた。ちなみに一路は、真尋が作った生徒会長補佐という新しい役職の元、真尋にあれやこれやとこき使わ、もとい、多忙を極める親友を公私ともに支えていた。

 真尋は、昔から大人びた子供で少々傍若無人だったが冷静沈着という言葉は彼の為にあるのではないかと言うぐらいに物事に動じない。動じなさ過ぎてマイペースが過ぎるほどだ。一路は、雪乃のこと以外で真尋が慌てているところや焦っているところなど一度だって見たことが無い。

 だが、真尋は存外、気が短い。そして、何事に対してもクールに見えて正義感の強い男だ。曲がったことが嫌いで卑怯だとか無責任だとかそういうものが大嫌いだ。


「私の様な愚神の尻拭いを貴方様にさせようなどと、本当に本当に申し訳ありませんでした!」


「声が小さい!」


「申し訳ありませんでしたあぁあ!」


 だから、今、仁王立ちする真尋の足元で額をこすりつけるように土下座する神様・ティーンクトゥスに一路は、ご愁傷様、と心の中で声をかけることしか出来ない。

 そもそもティーンクトゥスが真尋の地雷を全て踏み抜いたのがいけないのだ。それに一路にだって「お前は呼ぶつもりなかった」的な失礼なことを言っていた。あの時、真尋の形の良い眉がぴくりと動いたのを一路は見逃さなかった。真尋は、自分の懐に入れた人間を自分のものだと臆面もなく言ってのけるタイプだ。しかし、その分、限りなく大切にする人でもある。故に自分のものを害されるのも嫌いなのだ。

 一路は、少し離れた所で体育座りをして、真尋の調教、もとい、説教が終わるのを待っていた。時計が無いので分からないが、既に小一時間は経ったような気がする。


「真尋くん、そろそろ話を進めようよー」


 もう頃合いかな、と一路が声を掛ければ、真尋が自分の腕時計に視線を落として、そうだな、と頷いた。どうやらこの真っ白な世界でも彼の腕時計はきちんと時を刻んでいたようだ。


「おい、ソファを出せ」


「はい、ただいま!」


 ティーンクトゥスが勢いよく頷き、パチン、と指を鳴らすと座り心地の良さそうな三人掛けのソファが一つ、どこからともなく現れる。


「一、おいで」


「わーい」


 一路は、真尋の元に駆け寄り、その隣に腰を下ろした。ティーンクトゥスは当たり前のように床に正座している。先ほど真尋に正座を教えられたばかりだというのに、彼のそれは美しいといえるほどに完璧なものだった。真尋の調教能力は素晴らしいと思わず感心してしまう。


「茶くらい出せ。気を利かせろ」


「申し訳ありません!」


 真尋が睨めば、ティーンクトゥスが慌てて指を鳴らした。するとソファの前にローテーブルが現れる。テーブルの上には、美味しそうなショートケーキと紅茶が乗っかっていた。


「うわぁ、美味しそー」


 甘いものが大好きな一路は、早速、フォークを手に取った。フォークでそっと切り分けて口へと運ぶ。ふわりと溶ける生クリームも柔らかなスポンジも品のある程よい甘さで甘酸っぱい苺との相性も抜群だ。


「んー、美味しい!」


 隣に座っている真尋が紅茶を飲みながら眉を寄せる。


「相変わらず、甘いものが好きだな」


「だって美味しいよ? 甘いものが嫌いだなんて真尋くんは人生損してるよ?」


「雪が作る菓子は好きだ。ほら、俺のもやる」


 皿がこちらに寄せられて、一路は、ありがとーと素直に喜んだ。真尋は、甘いものが大の苦手だ。唯一、雪乃が作るお菓子だけは食べるが、それ以外は食べると胸が気持ち悪くなると言って絶対に食べない。逆に一路は大の甘党でいつも何かしらのお菓子を持ち歩いている程だ。


「す、すみません、甘いものがお嫌いとは知らず! すぐに別のものを!」


「構わない。これで充分だ。それよりお前も椅子に座れ、話しがし辛い」


「ありがとうございます!」


 ティーンクトゥスが立ち上がり、いつの間にか現れた一人掛けのスツールに腰掛けた。ソファでも何でもない木製の椅子だ。すっかり調教されている。


「それで……まず、どうして俺を呼んだのか、どうして俺が呼ばれたのかから話せ」


 嫌味のように長い足を組んで、真尋が尋ねる。

 ティーンクトゥスは、はいと頷いて口を開いた。


「分かりません!」


「殺すぞ」


 勢いよく放たれた言葉に真尋が速攻で殺意を返す。するとティーンクトゥスは顔を青くして慌てたように首を横に振った。


「ち、違うのです! 私は本当に分からないのです!」


「何がどう分からないの?」


 立ち上がって頭を鷲掴みにしようとした真尋を押さえて、一路が尋ねるとティーンクトゥスは弱り果てたように肩を落とした。


「本当に分からないのです……そもそも、私はお二人が現れるまで殆ど意識も無く、そもそもこのように人の形すらしていなかったように思います」


 ティーンクトゥスは、自分の手のひらを掲げて見せる。真尋が首を傾げて話の先を促す。


「先ほども申し上げた通り、私はパトリア教の残党の邪心による信仰によって無理矢理に繋ぎ止められ消えることも出来ずにここに存在しております。もう神としての力は殆ど残っておらず、人の形を保つことさえ出来なかったのです。ですが、あなた方二人が、ここに……時空の狭間に現れた瞬間、私は意識を取り戻し、そして、全盛期の頃よりは随分とみすぼらしいですが、このように人型をとることも出来るようになりました。その理由は、神である私ですら分かりません……」


「では何故、分からないのに俺達に教会を潰せと宣った?」


 左手に持っていたソーサーの上にカップを戻しながら、真尋が問う。一路は、食べ終えて空になった皿をテーブルに戻して、ティーンクトゥスの言葉を待った。


「…………私が意識を手放すまで、意識だけの存在になってもずっと、そう考えていたからです。消えることで私は、私の命と引き換えに私が神として生きた年月分位は、この国に神の加護を遺すことが出来るのです。それには神の力も力量も必要ありません。命さえあれば良いのです」


 ティーンクトゥスは静かに告げた。

 真っ白な世界は、自分達が音を立てなければ、恐ろしい程の静寂に押しつぶされそうになる。一路は、その重さが怖くなって真尋のブレザーの裾を握った。


「私がこの世にティーンクトゥスという神として存在して早五千年が経ちます。アーテル王国の神になって約三千年。アーテルの民は私にとって私の血を引く我が子も同然でした。ずっとずっとここで我が民を見守ってきました」


「……たった独りで?」


 一路の問いにティーンクトゥスは、深く頷いた。しかし、その声は穏やかに柔らかい。


「ここには昔、我が子らの生活を見るための窓が無数にありました。そして我が子らの声が毎日、聞こえてきました。祈りを捧げる声や願いを乞う声、時には、私への罵倒や落胆、憎悪が混じっていました。願いを叶えてやることのできない私を詰る声も確かにありました……でも、それ以上に私を信じ、愛してくれる心が、声が、私の力を強く、揺るぎないものにしてくれたのです。だからこそ私は、民を悪しきものから守ることが出来たのです」


 綻んだ彼の口元に浮かぶのは、柔らかい笑顔だけではない。彼の言う我が子らへの誇りすらそこに浮かんでいる。

 愛情がそこにはあった。ティーンクトゥスという神様が民という子へ向ける深い深い愛情がそこには確かにあったのだ。


「アーテル王国では、命あるもの全て多かれ少なかれ魔力を持っています。それ故に空気中には、魔力の残り香とも言われる魔素という目に見えないものが存在しています。この魔素は時折、どういう原理かは私にも分かりませんが一か所に集まることがあります。この現象をインサニアと呼ぶのですが、インサニアは本来は別段恐ろしい物ではありません。ただ、余りに大きく強くなると邪気を放つようになるのです。これに触れると人は死に、魔獣は自我を喪い狂暴化します。これをバーサーカー化と言うのですが……私は神の吐息で大気を動かし、インサニアが弱い内に風で散らし、例え強大化しても私が選び抜いた者に神の光の力を与えて浄化することで我が民を護っていました」


 一路や真尋には想像するしか出来ないけれど、彼があの朽ち果てた教会で見た美しい姿をしていた頃、王国の人々はティーンクトゥスという神様を心から愛していて、そして、ティーンクトゥスは、神として正しく彼らを愛していたのではないだろうか。


「けれど、」 


 ティーンクトゥスの声に悲痛が混じる。


「とある戦争が切っ掛けとなり、民は私を憎み、信じることを止めてしまいました。……そして民が年月と言う私ですらどうにも出来ぬ大きな波に流されて私を忘れて行くことは、酷く恐ろしいものでした。あれだけ聞こえていた声が一つも聞こえなくなり、窓がまた一つ、また一つと消えて行き、色を失った世界はこんなにも静かだと私はこうなって初めて知ったのです……。そして、それに比例して私の力や存在も失われて行き、さざ波のように訪れる終結を私は、誇り高い神として迎えるべきであるというのに恐れてしまったのです……っ」


 俯いたティーンクトゥスは、膝の上でその手を握りしめた。その手が微かに震えている。

 人々に忘れ去られるということは、どれほど恐ろしいことだろうか。どれほど、寂しいことだろうか。一路には想像することしか出来ないのに、それが酷く恐ろしく思えた。


「……死を恐れることを恥じてはいけない」


 真尋の声が静かな世界の中で、穏やかに響く。


「死を恐れることを恥じて、虚勢を張れば失うものが増えるだけだ。死を恐れるが故に人は戦う。護ろうとする。そして……生きようとする。何事も生きていなければ始まらないだろう。それはきっと、神様だろうが人間だろうが同じだ。それに……お前が本当に恐れたのは、きっと、死ではない。それは、お前が民を愛していれば、愛していただけ恐ろしいものだった。……お前は――愛した我が子らに自分のことを忘れて欲しくなかったんだ」


 ティーンクトゥスの肩がびくりと跳ねた。ゆっくりとこちらを見上げた顔に浮かぶのは、長い前髪の所為で見えづらいけれど、驚き、という感情に類するものだと思えた。


「忘れ去られることほど哀しいことも寂しいことも無い。それはきっと、死よりも恐ろしくて、冷たいものだ。愛していた相手ならなおのこと」


 カタリ、とテーブルの上に戻されたカップが小さな音を立てた。


「私は……忘れて欲しくなかったのか……」


 呆然と吐き出された言葉は、何だか空っぽだった。空っぽなのにとても苦しそうで、一路は立ち上がり、テーブルの脇を回って彼の元に行き、ティーンクトゥスの頭をぽんぽんと撫でた。


「……僕と真尋くんは、絶対に忘れないよ。これだけインパクトのある出会いだもん。忘れようがないよ」


 灰色の瞳がゆっくりと一路を見上げる。


「私を……忘れずにいてくれるのですか」


 何だか幼い子供のようだった。何も知らない幼い子供が分からないことを親に尋ねる様なそんな声音だった。

 真尋が立ち上がり、ティーンクトゥスの目の前にやって来る。


「忘れようがないだろう。お前は俺と一路をここへ呼んだんだ。どうして呼んだのか、どうして俺達だったのか、それはお前にしか分からないことでお前が分からないことを俺達が知ることは出来ない……だが、もし、その理由があるとすれば細かいことは兎も角も、それはお前の根底にあった‘生きたい’という意思だったんじゃないか? 生きて、生き長らえて本当は民を愛し続けていたいじゃないのか?」


 真尋の言葉にティーンクトゥスが息を飲んだ。長い前髪の隙間から見えていた灰色の瞳からぼろぼろと涙が溢れた。こけた頬を伝うそれは、薄汚れたシーツみたいな彼の衣服にシミを作る。ティーンクトゥスは骨の浮いた両手で顔を覆ったけれど、指の隙間から次から次へと溢れるそれと一緒に零れる嗚咽がだんだんと大きくなる。


「……我が子なのです……っ」


 絞り出した様な声が叫ぶように言った。


「私にとって、いいえ、神にとって……統べる世界で息づく命は全て等しく愛しい我が子なのです……! 親が子を愛するように当たり前に私達は我が子を愛するのです……! だからこそ、愛する我が子がそう望むなら、我が子らを護れるならば、私はそれでも良いと心から思ったのも本当なのです……私が神として最大で最期の愛を遺すことが正しいと思ったのです……だというのに、私は……っ、私は……まだ!」


「愛することは罪ではない」


 真尋の真っ直ぐな言葉にティーンクトゥスが顔を上げる。


「愛することが神として正しいのなら、その愛を遺そうとしたことも、愛を喪うことを恐れてしまったことも、神として正しいのだと俺は思う」


「僕もそう思います。だって、民の話をしていた貴方は、とても愛おしそうで、幸せそうだったんですよ。その幸せや気持ちを嘘だなんて言わないでしょう? 貴方は我が子の為に消えることを望んでいたかも知れない。でも、僕らが呼ばれたことに意味があるなら、僕らが貴方の力になって貴方の愛を未来へ繋げていくことも出来るかもしれない」


「ティーンクトゥス、俺達が来た時点で、お前が消える理由は無くなったんだ。その代わりに、お前は再び民を愛する理由が出来たんだ」


 ティーンクトゥスの顔がくしゃりと歪んで、ぼろぼろとまた涙が溢れ出す。真尋に向かって縋る様に伸ばされた痩せ細った手を受け止めて、真尋は彼を力強く抱き締めた。ティーンクトゥスは親に縋る子供みたいに彼の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。

 一路は、ティーンクトゥスの頭を撫でて、真尋はぽんぽんといつも彼が彼の弟たちにしていたようにティーンクトゥスの背を撫でていた。



愚かでお馬鹿で泣き虫で、誰より愛情深い神様が泣いたお話。

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