第二十七.五話 重なる思惑
緑の地区にある騎士団の本部には、資料室がある。
クラージュ騎士団の原型となる自警団が創設されたのは、今から千年ほど前のことだが、その間にクラージュ騎士団が関わった事件の捜査資料が全てここに保管されている。王都や他地方で起きた事件などは、百年前までのものしかないが、そうはいってもそれでもかなりの量である。
石造りの資料室は、高い位置に設けられた換気用の窓以外に窓は無いためいつ来ても薄暗く、背の高い本棚がずらりと並んでいるから息苦しく感じる。
エドワードは、かれこれ一週間は暇を見つけてはここへ来て、片っ端から資料に目を通している。エドワード以外にも同じ第二小隊のジェンヌ三級騎士とガストン二級騎士が一緒になって資料と格闘していた。
捜査資料を読むために資料室には大きな長テーブルが置いてあるのだが、仲の良い仲間たちに「巣でも作ってるのか?」と冗談交じりに言われるくらいには大量の資料がテーブルの上に積み重ねられて、壁を作っていた。エドワードたちはその巣に籠って延々と資料を読んでいるのだ。
「ジム、エディ、ガス、進展はどうだ?」
カツカツと革靴が石の床を颯爽と歩いて来る音が静かな資料室に響き、鬣の様な赤みがかった金の髪を揺らしてカロリーナがやって来た。隣には、彼女の事務官であるハリエットが居る。肩の上で切り揃えられた黒髪の色白な少女だ。いつも分厚い眼鏡を掛けていて、相当目が悪いらしく眼鏡が無いと何もできないとカロリーナが前に言っていた。大柄なカロリーナの横に居るとその幼い雰囲気も手伝ってハリエットは子どものように見える。彼女は立派な成人女性でエドワードよりも一つ年上なのだが。
エドワードたちは、資料から顔を上げて席を立ち、カロリーナを迎える。
「マヒロさんに言われた通り、過去百年まで遡って調べた結果、一人の男が浮上しました」
エドワードは、見つけ出した資料の山をカロリーナの前に置いた。どすん、と鈍い音が響く。
「男?」
「但し、全ての事件に置いて偽名を使用し、姿も変えていると思われます」
そう言ってジェンヌが似顔絵をずらりとテーブルの上に並べて行く。
涼やかな目元の好青年からずんぐりむっくりの脂下がった男、眼窩の落ち窪んだ中年に色っぽい顔立ちの美青年、他にも様々な人物の似顔絵がテーブルの上に並べられていく。
カロリーナが一番近くにあった青年の似顔絵を手に取る。
「これが全部、同一人物だと?」
「あくまでかも知れないと言う推測ですが」
ガストンがそう言って、別の資料を広げる。
「事件の標的にされたのは、殆どが商家、それも大店と呼ばれる様な大きな店です。金物屋、仕立て屋、宝石商、骨董屋……店の種類は様々ですが、全てに共通点が有ります。この男たちが店に入る前、店の経営状態が悪化していたということです。そして、この男を雇い入れたことによって、店の経営は一気に上向き修正されています。クルィークもエイブが来る前は、マノリスの杜撰な経営と浪費癖の所為で経営状態は悪化の一途を辿っていましたが、エイブが入ってからは店の勢いは天井知らずです」
ガストンが差し出した資料を受け取って、カロリーナは難しい顔で文字を追う。
「傾きかけた商家に潜り込み、主に取り入って、従業員を一新し経営を一手に引き受ける。そして、利益を順当に増やしていき……ある程度の所で主を殺して自害する。マヒロさんに言われた通り、偽名や顔の違いに囚われず、事件の類似点だけをかき集めた結果、これだけの類似事件を見つけ……そして、これを」
エドワードは手に持っていた資料から似顔絵を抜き取って、カロリーナに差し出した。訝しむ様に眉を寄せたカロリーナは、その似顔絵を目にして息を飲んだ。
「……エイブ?」
「それは、今から百二十年前に王都の武器屋で起きた店主殺人事件の犯人でありその場で自殺した男で名はメイルという別人です」
「どういう、ことだ?」
「マヒロさんが言ってたんです。人間という生物は、どれだけ不規則的に物事を動かしたり、選んだりしていたとしても、必ずどこかで同じ事をするし、同じ動きをすると……これらの事件も正直な所、顔も名前も違いますし場所や年代すらも異なりますし、主人の殺し方も自身の自害の仕方も異なりますが……おおまかな流れは全て同じなのです」
テーブルの上に積み上げられた資料をエドワードは振り返る。
「……結果、裏社会でこう呼ばれる存在を確認しました。……――モルス」
「モルス?」
「エルフ族の古い言葉で“モルス(死神)”を意味するそうです。」
カロリーナの燃える炎のような赤い瞳が鋭く細められた。
「モルスは、ここ数年、消息を絶って居るそうですが、十年前の西の領都ブルシエルで似たような事件が起きた時に、ザラームと思われる男が一緒だったという証言がありました」
「では、エイブはモルスであり、そして……最終的にマノリスを殺すのが目的だと?」
「可能性は限りなく高いですが……十年前、西のブルシエルで標的にされたのは他国との貿易を担っていたある貿易商です。この貿易商は、カエルレウス辺境伯が信を置いていた貿易商で貿易商組合の中心的な存在でブルシエルが各国との交易の拠点となる基盤を築いた商家でした。ですが、海賊船に相次いで積み荷と船を奪われて経営が悪化。この男が入り込んで一時は業績を回復しましたが、隣国で起きた大規模な洪水災害の支援物資を届けるための運搬船が航行中海賊船に攻撃されて沈没。支援物資が隣国に届かず、また隣国との連絡が上手くいかずに経営は一気に悪化。そしてその事件からすぐに主人が殺されたこと、古株の従業員が全て馘になっていることと大事な取引の書類や証書が全て紛失。カエルレウス辺境伯は大打撃を受け、騎士団の隣国災害派遣計画が頓挫し、和平交渉が決裂。その洪水災害は隣国史上最悪と言えるものだったために今も隣国との緊張関係が続いていて、辺境伯は領地を離れることが出来なくなっています」
「……もしかするとモルスはカエルレウス辺境伯を狙っていたと言うことか?」
「そう考えるのが妥当かと……四大辺境伯は、王宮でもかなりの権力を有している上、昨今の王政を良く思わない反対派の貴族からが多くの支持を得ています」
「だが、そうなってくると……」
カロリーナが顔を上げる。
「次の標的は、ブランレトゥではなく、アルゲンテウス辺境伯だと? だが、クルィークは魔物屋、それも愛玩でこう言っては難だが、クルィークが潰れたからと言って害を被ることは無いだろう。伯の姫であるシルヴィア様のリリーもロークから仕入れただろう? アルゲンテウス家の馬もクラージュ騎士団の馬もロークの管轄だ。何故、クルィークを選んだかが焦点になってくるな……それにクルィークの裏にはあの阿呆の存在もある」
はぁ、と重い溜息が零された。
あの阿呆とは、エドワードたちにとっては上司に当たる中隊長のことだ。
「……あの阿呆がアルゲンテウス家の遠縁であることには違いないからな。慎重に事を運ばなければな」
カロリーナが難しい表情を浮かべて、眉間に寄った皺を指先で押さえた。ハリエットが心配そうに上司を見上げる。
「…………第二中隊の第五小隊が秘密裏に動いている。ジムとガストンでこの件を向こうに持って行ってくれ」
「はい」
「了解です」
ジェンヌとガストンが頷いた。
「エディは、この件を神父殿に知らせて、ついでにリックの様子も見て来てくれ。あいつももっとゆっくりしていればいいのに、神父殿の人探しに付き合っているそうだ。ウィルフレッド団長の許可を得て、騎士として動いているらしいからな」
「分かりました。早速、行ってきます」
「小隊長! 私も一度、その絶世の美男子と噂の神父殿に会いたいです!」
ジェンヌが挙手をする。カロリーナは、やれやれと言った様子で苦笑を零す。
「ジム、あれは間違ってもお前の手に負える御方ではないぞ。鑑賞するにも勇気のいるお方だ。神父殿の前に立つと……何というか、心の奥底に隠したモノすら曝け出してしまいたくなるんだ」
カロリーナは自分の胸を右手で押さえる。
「それはまるで懺悔をするように、全てを吐きだしたくなる……でも、きっと神父殿はそれを赦して下さるだろうという確信がある。あのお方はな、本物の神父様だよ。気が付けば呑まれているんだ、彼の全てにな」
エドワードは確かにと頷いた。
一つ年下の青年をいつの間にかエドワードは、格上の存在として認識していた。最初は、年下だと言うこともあって面倒を見てやろうと言う兄貴風を吹かしていたし、現に今ももう一人の青年・イチロにはそう思っている部分はあるが、マヒロに対してはとてもじゃないがそうは思えない。あの人は、エドワードの手に負える様な方では無い。
「会いたいなら止めんが、心してかかれよ。あの方に恋情を抱く前に呑まれぬようにな。私は悔しいことにあっけなく、呑まれてしまったからな」
行こう、とハリエットを促してカロリーナが背を向ける。
「カロリーナ小隊長にそこまで言わせる神父殿は凄いですね」
「臆病なお前は、目も合わせられんかもしれんぞ」
カロリーナがハリエットをからかう声が廊下の方へと消えていき、ドアが閉まれば資料室は再び静かになった。
「……そんな凄い方なの?」
「カロリーナ小隊長にああも言わしめる程に?」
訝しむ様に振り返った二人にエドワードは、苦笑交じりに頷くことしか出来なかったのだった。
「旦那、あの野郎共はカマルを殺しやしないぜ」
開口一番、突拍子もないことを告げたのは、エイブが雇った狩人たちのリーダー・クレルだった。クレルは、猪の獣人で縦にも大きいが兎に角も横に大きく、固い脂肪と筋肉に覆われた体をしている。体毛が濃く、顔は上から潰されたかのように醜い。下あごから上へ突き出る猪の牙も彼の醜さを助長している。
マノリスは、自宅の書斎で収益報告書から顔を上げてクレルに顔を向けた。クレルの後ろには数人の狩人たちが集まっていた。広い部屋だというのに狩人たちは、どいつもこいつも体が大きいからか酷く暑苦しい。
「あいつらは、カマルを殺す前に旦那を殺す気に違いねえ」
「……何を馬鹿なことを」
マノリスは、鼻で笑って返し、報告書に顔を戻す。
「あいつが来てからうちの売り上げは天井知らずだ。それにあいつが私を裏切る訳が無い」
四年前、娼館で出逢ったエイブを雇ってからというもの傾いていたクルィークの経営は一気に上向きに修正された。最初は、店の古株の従業員たちがエイブの身元が分からないことに雇い入れることを反対していたが、彼ら全員を馘にしてマノリスはエイブを選んだ。一度だけ、別れた妻が苦言を呈しに来たが、女の戯言は聞く価値も無いと顔も見ずに追い返した。
「旦那は、あいつの裏の顔を知らないから、そんな悠長なことを言ってられるんですよ」
げへへ、と下品な笑い声は酷く耳障りだ。
だが、聞き捨てならない言葉が聞こえて、マノリスは再び顔を上げた。クレルは、黄色い歯を見せてにんまりと笑う。
「エイブってのは偽名さ。ただあいつの本当の名や、本当の顔を知る奴がこの世に居るのかは知らねえけどなぁ」
「どういう、意味だ?」
「そのまんまの意味さ」
クレルは、そう告げて意味深な笑みを浮かべてこちらにやって来て、勝手にデスクの前に置かれたソファに腰を下ろした。革張りのソファがギシリと悲鳴を上げる。
「俺達みてぇな裏の社会をちょいとでも知ってりゃ、その名を知らねぇ奴はいねぇよ」
淀んだ目がマノリスを捉えて、酷く愉し気に細められた。
「モルス――エルフ共の古い言葉で死神」
短く太い指がローテーブルの上に飾られた花を花瓶から抜き取った。可憐な花弁を広げる薔薇の花は、その武骨な手に酷く不似合いだ。
「ここ十年、話を聞かねえと思ったら、こんなとこに居るとはなぁ」
「何の話だ」
「だから、エイブ、いや、モルスの話さ」
ぐふぐふと空気が潰れたような笑いを零してクレルが言った。
「裏の世界じゃ有名だぜ? モルスの暇つぶしに目を付けられた奴らには必ず死が約束されてるってな。だからこそ、そんな名が付いたんだろうが……あいつは種族も出身も年齢も全てが不明だ。俺がもっと若ぇ頃から既にその名は畏怖すべきもんとして存在していた」
「……エイブが、そうであるという証拠でも?」
「ザラーム」
飛び出してきた名前にマノリスは目元が引き攣るのを感じた。
エイブが最初に連れて来たのがザラームだった。黒い髪に青白い肌、冷たい美貌を湛えたその男は酷く不気味だった。感情というものを持ち合わせず、ただ淡々とエイブに付き従っている。マノリスは、あの男には極力近づかないようにしている。恐ろしくて近づけないのだ。本能があの男に関わることを拒否する。
「二十年前、モルスは孤児を拾ったらしい。十年前の西の領都で起きた貿易商主人殺人事件にも真っ黒な青年の影があったんだ。得体の知れない力を使う謎の男。そう向こうの騎士団に証言した使用人は、三日後、行方不明になったがな」
クレルは、花の匂いを嗅ぐように鼻に近付けた。真っ赤な薔薇の芳香は気に入らなかったのか、クレルは顔を顰めた。
「俺達もあいつの力を知っちまった。だから、遅かれ早かれ殺されるだろう。所詮は同じ穴の狢だ。俺だって秘密を秘密にしておきたかったら、相手を殺して口を塞ぐ。人の口にはドアがねぇんだからよぉ」
「……要件は何だ?」
マノリスは探るように問いかける。
クレルは、真っ赤な薔薇をぐしゃりと握り潰す。
「俺達ぁ、騎士団の御用になりてぇのさ」
「は?」
「騎士団に捕まっちまいたいってことさ。そうすりゃ、流石のモルスだって迂闊なことは出来ねぇだろ? あいつに比べりゃ騎士団なんざ恐れる程のもんでもねぇ。暫らく牢屋の中であいつらの情報を小出しにしてりゃ、早々殺されもしねえし、俺達は別に死罪になるようなことは、誰もやってねぇ。ちょいと密猟と窃盗をしただけさ」
「だが、罪人は奴隷落ちだ。最果ての枯れた鉱山で強制労働だぞ」
「大丈夫さ。騎士団には、俺達にとっての救世主がいる、そうですよねぇ、伯爵閣下」
クレルがそう告げれば、狩人たちが道を開けた。突然現れた人物にマノリスは椅子をガタガタ言わせながら慌てて立ち上がる。
錆色の髪に濃い灰色の瞳、そして、鮮やかな蒼の騎士団の制服を身に纏った男が悠々とこちらに向かって歩いて来た。
パーヴェル・ダグラス・フォン・リヨンズ。クラージュ騎士団の第三中隊隊長という肩書と共にアルゲンテウス辺境伯の母方の血縁関係にある男だ。
「クレル、伯爵閣下とは気が早い。私の兄上様はまだご健在だぞ」
リヨンズが軽く笑いながら言って、クレルの向かいの席に腰を下ろした。
マノリスはすぐに彼の傍に駆け寄り頭を下げる。
「リヨンズ伯爵様、本日は如何致しました?」
「クレルの話を聞いたろう?」
リヨンズが上着の内ポケットからケースを取り出し、中から葉巻を一本取り出した。吸い掛けだったらしいそれを口に咥えると、ふーっと息を吐きだした。忽ち、部屋の中は甘ったるい強い臭いに支配される。
「私もこう見えて騎士の端くれだ。それに裏オークションが開催されれば、私はその資金をもってリヨンズ家をますます発展させねばならん。勿論、無能な兄上様には退場頂いてな。それに我が団長閣下は兄君である領主様に頭が上がらん。故に血縁であるこの私に逆らえんのだから、私が大隊長、ひいては師団長へと昇進するのも時間の問題。そうなれば、このブランレトゥの騎士たちは私のものだ」
「勿論でございますとも。伯爵様は、もとよりそれに相応しいお方であるとこの不肖マノリス、常々そう思っております」
「ははっ、調子の良い奴だ。だがな、マノリス」
吐き出された紫煙が二人の間を揺蕩う。
「このままでは、俺もお前もクレル達も共に闇の底に落ちる外ない。私の身辺にも小うるさい蠅共が最近は多くてな、それを一掃したいんだ」
マノリスは、その言葉の意味が分からずに首を傾げる。リヨンズは、それを小馬鹿にするかのように鼻で笑って小首を傾げた。
「クレルの言う通り、おそらくエイブは、死神の名を持つ恐るべき男だ。我が騎士団の蠅共もそれに気付いているようだしな。そうなれば蠅共はますます私やお前の周りを飛び回るだろう。それにその死神は過去の事件を調べた限りだと、私やお前の様に知り過ぎた人間を殺すことは厭わん。故に私もお前もこの狩人たちもこのままでは最期には皆、仲良くあの世逝きだ」
マノリスは、胃の腑がぎゅうと握りしめられたような感覚に陥った。胸を抑えた手が無意識の内に震えている。
「そこで、だ。私は優秀な狩人たちを喪いたくはない。これからも多くの金を彼らは我々に与えてくれるだろうからな」
「勿論でさぁ、閣下」
クレルが得意げに答えて薔薇の花をくるくると指先で回した。
リヨンズは満足げに喉を鳴らして笑い再びマノリスを見上げる。
「狩人たちにカマルを、ロークを襲わせるんだ」
「で、でもそんなことをすれば、私は……っ」
「ああそうだ。疑われるだろう。だが、これは芝居だ」
リヨンズはまるで新しい遊びを思いついたかのように愉しそうに笑う。
「お前の身も我が騎士団で保護しよう。重要参考人として保護しよう。これはあくまで保護だ。そして先に捕らえられているクレル達はこう証言する。指示したのは、エイブ、だと。マノリスは憐れにも脅されている、命を脅かされている。そうなれば我々騎士団は、あいつを捕まえることが出来る」
「う、上手くいくのでしょうか? エイブは……とても頭の回る男です。それに今、ロークにはAランクの冒険者が二人も護衛に……」
「旦那、俺達にとって上手くいくかいかねぇかが問題じゃねぇんだ。重要なのは、生きたいか、死にたいか、だ」
ぐしゃりと握りつぶされた薔薇の花が憐れにも花弁を散らしてテーブルの上に転がった。紅い花弁がまるで飛び散った血のように見えて、マノリスは息を詰める。
「……さあ、どうする? マノリス」
リヨンズの静かな問いかけにマノリスは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「愚かな獣共だ」
カラン、と傾けたグラスの中で氷が音を立てた。
甘ったるく強い葉巻の香りが鼻先を撫でて行く。マノリスに与えられた部屋は、前の執事が使っていたと言う部屋でほどほどの広さと最低限の家具が有るだけの質素な部屋だ。
エイブは、目の前の空の席を見ながら、舐めるように酒を飲む。琥珀色の液体は度数が強くて味が濃い。
「ザラーム」
部屋の暗がりの闇が微かに揺れて、音も気配もなくザラームが現れる。
「……何?」
「利用してやれ」
たったそれだけの言葉にザラームは首を傾げた。さらり、と真っ直ぐな黒髪が揺れる。
深い闇色の瞳が暗闇の中、不気味に輝く。
首を傾げた割に何をするかは分かっているようだ、とエイブは鼻で笑って返し、ちびちびと飲んでいた酒を一気に煽った。酒精が喉を焼くのを心地よく感じながらエイブは嗤う。
「全てを、利用してやれ」
「御意」
その返事を最後にエイブは、また一人きりになった部屋で酒を煽る。
「……趣味の悪い臭いだ」
未だ漂う残り香を嘲笑って、再び酒をグラスに注いだ。
――――――――――
ここまで読んで下さって、ありがとうございました!
いつも感想、お気に入り登録、励みになっております!!
久々の更新ですみません!
更新再開します!
次のお話も楽しんで頂ければ、幸いです。
 




