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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第一部 本編
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第十五話 優し過ぎる男

*最後、一路視点


 じんじんと打たれた頬が熱を持って、その鈍い痛みを訴えて来る。

 真尋は、目の前に立つソニアに視線を向ける。ローサと背の変わらないソニアでは、真尋を見上げる形になる。

 ソニアの呼吸は乱れていて細い肩が大きく上下している。彼女は彼女なりに溢れる激情を抑えようとしているのが見て取れた。


「次は……次は、何をあの子から奪う気なんだっ?」


 ソニアの細い手が真尋の胸倉を掴んだ。身長差も力の差も歴然としているから苦しくはなかったが、ソニアのその表情がとても苦しそうで真尋は、口にするべき言葉が見つからずに口を噤んだ。


「ソニア、落ち着け……!」


 少し遅れて出て来たサンドロがソニアの二の腕を掴んだ。サンドロはソニアに引っ掻かれたのか頬に薄らと赤く血の滲んだ真新しい傷が出来ていた。しかし、ソニアは掴んだ真尋の服を離さない。

 真尋は、ソニアの目じりが赤く腫れていることに気付いた。彼女は、泣いたのだ。けれど、その涙がどういう理由で、どんな感情の元に零れたのか真尋には知る由もない。


「お前ら詐欺師の所為であの子が、レイがどれだけ苦しんだと思っているんだい? あの子には、ミモザしかいなかったんだ……っ!」


「おい、ソニア落ち着け。マヒロたちは、王都の教会の人間じゃない」


 ジョシュアが真尋とソニアの間に腕を入れる。いつの間にかプリシラが降りて来ていて、眠るジョンは彼女の腕の中に居た。一路がジョンがまだ眠っていることを確認して、上に、と声を掛けた。プリシラが、困ったような顔で頷くとジョンを抱えて階段を上って行く。


「それが何だい? 神父は神父、詐欺師は詐欺師だっ!」


「そうじゃない。マヒロとイチロはそんな人間じゃない。お前だって分かっているだろう?」


 ジョシュアが必死に訴えるけれど、ソニアはその言葉に頑なに耳を貸さない。


「神父である以上、あたしは赦さないっ! それに黙っていたということは、疚しいことがあったんだろう?」


 ソニアの赤茶の瞳が微かに揺らいだ。

 真尋の服を掴み上げる細い手は力を込め過ぎて筋が浮かび白くなっている。ローサが「ママ、止めて」と声を掛けるが、ソニアの目は真尋を睨み付けるのを止めない。


「……黙っていたことは認める。隠す気はなかったが言う必要も感じていなかった。親愛なる我らが神に誓って疚しいことは一つだって無い。俺は、ティーンクトゥス神に仕えているということに誇りを持っている」


「白々しい……っ 今更、清廉潔白な聖職者を気取ったって遅いよ」


 ソニアの顔に歪な笑みが広がった。唇を歪めるその嘲りは、真尋に向けられているのか、それともソニア自身に向けられているのか。彼女の言葉は、まるで彼女自身を責め立てているようにも思えた。


「次は誰から金を巻き上げて、神の教えを説くんだい? 人の命に値段を付けた神の教えを誰に説こうっていうんだ……っ」


 ドンと胸を殴られて、息が少し詰まった。

 赤茶の瞳に宿る激情が胸に迫る。


「レイにとってミモザの命は……っ、値段なんてつけられないものだったのに!!」


 何度も何度も胸を殴られた。ボロボロとソニアの頬を伝って落ちて行く涙が床に痕を残す。

 ソニアを引き剥がそうとしたサンドロとジョシュアを真尋は目で制する。


「……俺と一路は、ティーンクトゥス神への信仰を集めるために遠い故郷を後にした。一路にも俺にも両親が居て、兄弟がいて、友人がいた」


 真尋は、淡々と出来る限り感情を宿さないようにと意識して言葉を紡ぐ。


「俺には、妻も居た」


 ソニアがゆっくりと顔を上げた。


「けれど、俺と一路は……故郷では死んだことになっている」


 温度も無く落ちた言葉に息を飲む音が聞こえた。僅かに目を向ければ、一路は顔を隠す様にロビンを抱き締めていた。


「……多分、もう二度と父にも母にも兄弟にも友にも……そして、俺は世界で一番愛した人にも会えない」


 ほんの少し弱さを滲ませてしまった自分に呆れてしまう。

 多分なんて言葉で濁したって、現実は変わりはしないのに。もしかしたらなんて思うだけ無駄だというのに。諦めたはずのものにまだ未練を残す自分が居ることに少しだけ嫌気がさす。


「家族を悲しませて、それでも尚、神に仕えることを選んだのは俺の意志だ。神が俺を必要としてくれた。助けを求めるように伸ばされた手を俺は、掴んでしまったから此処にいる。だから……せめて、神を愛することを忘れてしまったパトリア教とは一緒にしないでくれ」


 真尋はソニアの手を宥めるようにそっと撫でた。

 赤茶の瞳は呆然と真尋を見上げている。力が抜けた手がだらりと落ちた。


「……なぜ?」


「何が?」


「だって……神様は、あんたから愛した人を奪っているじゃないか、それなのに何で……赦せるんだ?」


 真尋は、少しだけソニアから目を逸らして上を見上げた。蜘蛛の巣一つない天井は、けれど、何かが飛び散ったシミの跡がある。

 

「恨んでいないと言えば嘘になるし、当たり散らしたいと思ったことも一度や二度ではないさ」


「なら、どうして」


「……愛する人に誇れる俺でありたかったからだ」

 

 真尋は目を閉じて彼女を想う。家族を想う。

 駄々をこねて戻れるなら戻る道を選んだだろうと今でも思うけれど、それでも、あんな風にボロボロの姿になって尚、愛することを止めない馬鹿を前にして、手を差し伸べないでいられるほど真尋は薄情ではいられなかった。

 俯いた彼女のすっと通った高い鼻を伝うようにして涙が零れて落ちて行く。


「……赦し方が……分からないんだ……っ」


 縋るような弱々しい声だった。

 ローサが母の握りしめられた手を両手で包み込んだ。ママ、と頼りなく彼女を呼ぶ声にソニアは、その手を握り返すことで答える。


「明日、家を探しに行こうと思う。だから今夜一晩だけ俺達がソニアの大切な宿にいることを我慢して欲しい。それに、ソニア……赦すのは神父の仕事だ」


 真尋の言葉にソニアが勢いよく顔を上げてローサの手を握る手とは別の手が拳を握りしめて、振り上げられた。


「何がっ! 何が赦すだ……っ! 何が、何が……何でっ」


 けれど、その拳は激情のままに振り下ろされることは無くて、真尋の胸を力なく叩いた。


「……マヒロが、もっと……嫌な奴だったら良かったのに……そうしたらあたしは……あんたを憎むことで赦された気になれたのにっ」


 皺が出来る程、真尋の服を握りしめたソニアの手を真尋はそっと包み込んだ。


「……親友の大事なものを護れなかったのは、他ならない、あたしなのにね……っ」


 小さく囁くように吐き出された言葉は、後悔と憎しみとどうしようもない悲しみに鮮やかに彩られていた。

 殺しきれなかった嗚咽がほんの少しだけ零れて、真尋の耳にも届いた。

 彼女もレイと一緒だ。赦されることを本当は望んでなんかいないのだ。ミモザを失ったあの日のまま、二人の時は止まっていて、動けずにいるのだ。


「俺を憎むことで……ソニアが楽になれるならそれでも構わん。でも、出来ればソニアのその深い深い愛情をあの馬鹿にやってくれ。憎しみは何も生み出さないが……その愛は、きっとあいつを救うから」


 真尋は、穏やかに微笑んでソニアの手をそっと自分から離させた。


「一路、行くぞ」


 ロビンに顔を埋めたままの一路の背に手を添えて促せば、一路はこくりと頷いて階段を上がっていく。真尋もその背に続いて階段を上がる。

 賑やかなはずの食堂は何時までも静かなままだった。







 シャワーを浴びて来いと一路を送り出して真尋は、一人と一匹になった部屋でベッドに寝ころんだ。

 ロビンがベッドによじ登って来ると真尋の頭の横に座って顔を覗き込んでくる。

 ブルーの無垢な瞳が労わるように真尋を見つめ、冷たい鼻先が頬をつついてくる。真尋はその頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 一路は、顔を上げることは無かった。泣いている訳でも無かったけれど、何かに耐えているようではあった。やはり、一路の前であんなことを、雪乃に会えないことを後悔しているような言葉を口にするべきでは無かったと今更後悔しても遅かった。

 真尋は、胸ポケットからロケットを取り出して、ぱちりと開く。雪乃は、変わらずに微笑んだままだ。反対側から指輪を取り出して左の薬指に嵌めた。

 籍を入れたのは、真尋が十八になった翌日のことだった。

 結婚、入籍と言っても籍を入れただけで、別に何が変わったという訳ではなく、家は隣同士別々で雪乃は学校では黛という旧姓を名乗っていた。

 入籍をしたいと言ったのは、真尋だった

 雪乃は、生まれつき体が弱くて何度か死にかけたこともある。ここ最近の一番大きな発作は、四年前、彼女が十三歳の時でICUのベッドに横たわる彼女を思い出すと今でも心臓がひやりと冷える。雪乃は、入院することも多々あって、医者は二十歳まで生きられるかどうか、と口にするのが常だった。

 だから真尋は我が儘を言って籍を入れた。ICUに入った時、彼女の手を握るには夫になるしかなかった。彼女の、恐らく人より短いであろう人生で真尋は唯一無二の存在になりたかった。夫として彼女の葬儀を執り行う覚悟すら決めていた。

 だというのに、まさか自分が彼女を置いて逝くことになろうとは夢にも思わなかった。


「体調を……崩してなければいいが」


 ぼそりと呟いて写真を指先で撫でた。

 体は脆く弱い人だったけれど、雪乃は強い人だった。生まれた時から余命宣告をされていた彼女は、それでも自分の人生に絶望することも弱い体を嘆くこともなかった。穏やかな笑みを絶やさず、優しさを忘れず、どんなに辛くともいつだって真っ直ぐに前を見て生きている。そんな彼女が真尋は好きだった。彼女は、真尋に当たり前の日常がどれほど幸せで尊いことか教えてくれた。そんな彼女に相応しい人になりたいと日々、真尋は努力をし続けた。

 多分、真尋はもう二度と誰かを彼女を愛したようには愛せないだろう。そういう心は全て雪乃に渡してしまったから真尋はこの世界では一生、独身ということになる。一路はそれに気付いているから、朝もローサが真尋に顔を赤くした時、彼の表情は暗く曇っていたのだ。真尋の生涯が独りであることで、優しい親友は自分を責めてしまっているのかもしれない。一路は誰より近くで真尋と雪乃を見ていたから余計に、真尋と雪乃の無上の幸福はお互いがあるからこそだと誰より知っていたからこそ、彼は自分を責めているのかもしれない。

 馬鹿だな、と真尋は苦笑を零す。

 愛し続けることだって真尋には幸せであるというのに。寂しくも切なくもあるけれど、真尋にとっては彼女を想う日々だって確かに幸せなのだ。そのことを一路が理解できるかどうかは分からないけれど、きちんと言葉にして伝えておかねばならない。

 シャワーから帰ったら一路にそのことを話そうと決めて真尋が体を起こすと同時に、コンコンとドアがノックされた。

 ロビンが尻尾を振りながらドアに飛びつく。カチャカチャと爪が木製のドアを引っ掻く音がする。


「誰だ?」


「カマルから届いた本を持って来た」


 聞こえて来たのはジョシュアの声で真尋は、ロケットを胸元に戻してベッドから立ち上がりドアを開ける。

 ジョシュアが前も見えないほどの本を抱えて部屋に入って来る。真尋は半分を彼から受け取って自分のベッドに置く様に言った。彼は風の力で同じ量をもう二つ横に浮かせて運んできたようだ。


「凄い量だな」


「ああ。だが、まだあるぞ。サンドロが続きを持って来る」


 ベッドの上に本を降ろしてジョシュアが言った。すぐにサンドロが同じぐらいの量の本を持って部屋に入って来る。


「マヒロ、ジョシュ、どっちでもいいから一番上のバスケットを取ってくれ」


 サンドロの言葉にジョシュアが本の束の一番上にあったバスケットを降ろした。横からハンカチを捲って中を覗けば、美味しそうなサンドウィッチがこれでもかと詰め込まれていて、ワインの瓶と木製の杯まで入っている。

 真尋のベッドはあっという間に本で埋め尽くされた。


「それにしても凄い量だな……こんな小難しい本、本当に読めるのか?」


 ジョシュアが一番上にあった革製の分厚い本を手に取る。表紙に「魔導理論と魔道具の成り立ちと歴史」と書かれている。その下の本には「教会の分裂と再生」、他にも「ウルフ種の育成理論」「古代アーテル語」「魔導言語」「アーテル王国の誕生と栄枯盛衰」など様々なタイトルとジャンルの本がある。真尋は、その辺にあった「精霊とアーテル王国の歩み」という本を手に取って開く。


「ふむ、読めるから分かるだろう。これだけ様々な本があるということは多角的に歴史を知ることが出来るということだ。カマルは学が無いと謙遜していたが、これだけの本を所蔵するなら学者と言っても過言ではないだろう?」


 真尋はパラパラとページをめくりながら言った。

 なかなか興味深い内容だ、と真尋は文字を目で追いながら思った。


「いや、カマルは計算と魔物関連は得意だが、本当にあまり学は無いぞ。魔物以外に全く興味が無いからな……多分、これは先々代の蔵書だ。歴史学者として有名でかなりの切れ者だったんだ」


「それは会って話がしたかったな」


 ジョシュアが「三十年以上前に死んでるぞ」と呆れたように言った。


「この精霊という存在についても詳しく知りたいが、その本はあるのか?」


 真尋の問いにジョシュは本の山に視線を巡らせたが、さぁ、と首を傾げる。


「マヒロ」


 強張った声に名前を呼ばれて本の山を覗き込んでいた真尋は目だけをサンドロに向けた。

 サンドロが、深々と頭を下げていた。


「すまなかった。……どんな理由があったにせよ、客であるマヒロの頬を叩くなんてやっては、」


「別に構わん。頬の傷も既に治した」


 サンドロに最後まで言わせずに真尋は言った。本の山の中から「精霊と属性魔法」というタイトルの本を引っ張り出して開く。

 精霊の祝福という章を開いてページの中の文字を追う。


「あんなものは猫に引っ掻かれたと思えばそれで済むような話だ。それに女の八つ当たりの一つや二つ、受け止めてやるのが男だ。もっともこれが男なら問答無用で黙らせるがな」


 真尋は、本を退かして隙間を作りベッドに腰掛けた。ベッドによじ登ったロビンが真尋の肩に前足を掛けて後ろから覗き込んでくるが、構ってくれないと分かるとジョシュアに飛びつきに行く。

返事がないので本から顔を上げてサンドロを見上げた。


「……それにソニアを誰より責めているのは、ソニア自身だ、そうだろう? 俺は誰より後悔して反省している人を追い詰める趣味は無い」


 サンドロは薄い眉を寄せて、目を伏せると深々と頷いた。ロビンを抱き上げたジョシュアが友の背をぽんと叩く。


「ミモザが死んだ日、ソニアは……寝込んでいたんだ。連日の無理が祟って体調を崩してな。高熱を出して寝込んでいて、それでもミモザの所に行こうとしたのを俺が止めたんだ。あの日が、最期になってしまうって知ってたら、行かせてやれば良かったと今でも思ってる」


 サンドロが言った。


「……分かっているんだ。確かに教会の神父がレイにしたことは、酷いことだし、詐欺師と同じようなもんだ。俺だってそう思っているし、教会は嫌いだ。でも、ミモザの死には教会も神父も……関係無い」


 はっきりとそう言ったサンドロに真尋は、そうだな、と小さく頷いて返す。

 余命三ヶ月と宣告された後、色々な薬を試したとも、王都まで三週間かかるともジョシュアは言っていた。つまり、様々な薬や治療法を試して最後の最後で残された僅かな時間に焦ったレイが王都に飛び立ったのだ。治癒魔法は、患者本人が居なければ使えない。レイが神父を連れ帰って来ることに成功していたとしても、行きと帰りで一か月以上も掛かってしまっては、神父は間に合わなかっただろう。ミモザは、レイが家を出た二週間と少しあとに亡くなってしまったのだから。


「教会と神父は、レイの心を踏みにじったがミモザを殺した訳じゃない。そんなことは、俺達だって、ソニアだって、分かってる。でも……」


「何か、憎むべき対象が必要だったんだと思う。ソニアにも、レイにも」


 サンドロが濁した言葉の先をジョシュアが続けた。

 真尋は、手に持っていた本をぱたりと閉じて彼らを見上げる。


「人の心は、とても複雑で難解で厄介なものだ。頭では分かっていても、心がどうしても分かってくれないことがある。……ソニアは、レイに会って居ないのか?」


 サンドロが首肯する。


「レイは、俺に一度会ったきり、今日は、半年前に会った日以来だよ」


 ジョシュアが、ロビンを撫でながら言った。空気の読めない狼は、ジョシュアにじゃれついて甘え切っている。

 真尋は、本をベッドの上に置き、バスケットを膝に乗せた。上に掛けられていたハンカチを捲れば、美味しそうな肉の挟まったサンドウィッチがずらりと並んでいる。


「これは、食べていいのか?」


「お詫びの差し入れだ。イチロと食べてくれ……そういえば、イチロは?」


 サンドロが今更、部屋の中を見回して言った。真尋は、シャワーだと返して肉が間に挟まっているサンドウィッチを手に取って頬張る。甘辛いソースが肉の濃い味を引き立てて、レタスのシャキシャキ感が美味しい。


「ソニアは、何で会いに行かないんだ?」


「いいや、ソニアは町にあいつが戻った日に会いに行ったんだが、レイが会うのを拒んだんだよ」


 サンドロがバスケットの中からワインボトルと木製の杯を二つ取り出した。ベッドのサイドボードに杯を置くと慣れた手つきでワインのコルクを抜いて杯に赤ワインを注いだ。


「肉に合うぞ」


「そうか、貰おう」


 一瞬、未成年という言葉が過ぎったがここでは成人は十八歳だ。真尋は、杯を受け取って唇にあてて傾ける。葡萄の甘味を残しながらも独特のキレと辛味がある。確かにこのサンドウィッチには合うな、と一気に飲み干した。空になった杯に再びサンドロが酒を注いでくれた。


「一路は飲めないからな、どちらか飲むか? あいつは、一口で酔っぱらう」


 らしいな、とサンドロとジョシュアが笑って、ジョシュアが呑みたいと杯を手に取った。サンドロがそこに酒を注ぐ。

 一路は昨年、家で酎ハイとジュースを間違えて飲んで、突然寝落ちするまで、愛犬のゴールデンレトリバーや彼の兄、真尋や雪乃にまで絡んで只管に腹がよじれるほど笑っていた。一路の酔っぱらう姿は、彼の兄の海斗曰く「イギリスのばあ様似」だそうだ。


「サンドロも厳ついキラーベア顔だが、酒は弱いんだ」


「お前が強すぎるんだ」


 ジョシュアの告げ口にサンドロが顔を顰めて、一路のベッドに腰を下ろした。ジョシュアは、床に座り込んでワインを煽る。ジョシュアの腕から降りたロビンが、真尋の足元にやって来る。

 見かけによらないものだ、と思いながら真尋も二つ目のサンドウィッチに手を伸ばす。

 

「じゃあ、あの馬鹿は昔馴染みには誰も会っていないのか?」


 真尋の問いに二人が同時に頷いた。

 ロビンが肉を寄越せと背伸びをしてくるのと片手で押し返し、サンドウィッチを咀嚼する。


「ソニアは、あいつが帰って来てから何度か会いに行ったんだがな。レイが会うのを嫌がったんだ」


「何で?」


「ミモザが亡くなった時、ソニアが寝込んで居たって言っただろう?」


 ジョシュアがサンドウィッチをちらちら見ながら言うので、しかなく一切れ彼に渡す。ジョシュアは、嬉しそうにそれを受け取って頬張った。


「うん、美味い。ありがとう……それで、ソニアはミモザの死をベッドの上で聞いて更に病状を悪化させてしまってな」


「二か月寝込んだんだ。一時は意識も無かった」


 サンドロが言って、空になった二人の杯にワインを注ぐ。


「その間にレイは失踪した。レイにしてみれば、葬式にすらソニアが顔を出さなかったことが見捨てられたようにも思えたんだろう。あいつにとってソニアは、もう一人の母親みたいなもんだったからな」


「あの馬鹿にソニアは寝込んでいるって誰も言わなかったのか?」


「俺もジョシュも言ったさ。だが、あいつは信じなかった。母親が倒れたことでその時、うちの一番下のロニーも具合を悪くしていたから、ソニアは実の子を選んだんだろと、頼んだのにミモザの傍に居なかったから申し訳なくて俺の顔を見られないんだろってな具合で取り付く島もなしだった。ただ……レイも本当にいっぱいいっぱいだったんだと思う。レイにとってミモザはたった一人の家族だったんだからな」


 真尋は、指に着いたソースを舐めとって、ワインを煽る。


「馬鹿だな」


 はっきりと告げた真尋にサンドロは、眉を下げて苦笑した。

 真尋は、杯をぐるぐると揺らす。中で赤ワインが渦を描く。


「ソニアもレイも馬鹿だ。俺がソニアだったらあの馬鹿をぶん殴ってる」


「解決方法が雑すぎないか?」


 肉をくれ攻撃をロビンから受けながらジョシュアが頬を引き攣らせた。


「殴った上で、言葉に出来る限りの文句を言って喧嘩をして、それで一緒に泣く。……あの馬鹿は、ミモザを失って、一度でも泣いたか?」


「……一度も」


 沈んだ声でジョシュアが言った。


「だから、過去に出来ないんだ。哀しみを癒すのは、誰かのぬくもりと、時間と、涙だ」


 ワインを口の中に含んで転がして、ゆっくりと飲み込む。


「手を差し伸べて、立ち上がらせればいいと言ったが、いっそぶん殴った方が効果があるかも知れんな。泣く理由を痛みの所為に出来るからな」


 真尋は、ふっと微かに笑って空になった杯をサイドボードに置いた。


「一緒に笑ってくれる人は案外沢山いるが……一緒に泣いてくれる人は少ない。だから、一緒に悲しんでくれる人がいることは、とても……幸せなことだと俺は思う」


 服の上からロケットを撫でる。

 ほんの少し前、真尋も一路と共に抱き合って泣いた。言葉にしきれない哀しみや後悔や怒りが涙となって流れて行ったことで真尋はこうして、神父として胸を張れる。ティーンクトゥスを親愛なる神だと言える。一路が一緒に泣いてくれたから、真尋は顔を上げられた。

 サンドロとジョシュアは、それぞれ何かを考え込んでいる様だった。ロビンが肉が貰えなかったことにしょんぼりとしながら真尋の元に戻って来る。後で真尋のアイテムボックスに入っている魔獣の肉をやろう。

 ガチャリとドアが開いて、一路が濡れた髪を拭きながら部屋に入って来る。ロビンが嬉しそうに駆け寄って行き、一路の足元で腹を見せて甘える。


「あれ、ジョシュアンさんにサンドロさん」


 いつも通りの笑みを浮かべた一路にジョシュアとサンドロが「邪魔をしている」と言って立ち上がる。一路は、おいで、とロビンに声を掛けてこちらにやって来る。


「どうしたんですか? ってうわ、それ全部、カマルさんが?」


 一路が真尋のベッドの上に積み上げられた本に気付いて目を瞬かせた。真尋は、ああ、と頷いて、その辺にあった本を手に取る。だが、すぐに一路に奪われた。


「駄目だよ。読み出すと絶対に止まらないんだから先にシャワー」


「……一冊くらいいいじゃないか」


「君の一冊は十冊以上あるから嫌だよ」


 じろりと睨まれて真尋は、渋々、奪い返そうと伸ばした手を引っ込めた。


「一路は真尋のお世話が大変だな」


 ジョシュアがからかうように言った。


「全くですよ」


 一路がわざとらしく肩を竦めて見せる。真尋は、渋々立ち上がる。こうなると一路は絶対に真尋に本を渡さないのだ。


「イチロも済まなかったな」


 サンドロが一路にも深々と頭を下げる。

 一路は、驚いたような顔をした後、ゆっくりと首を横に振った。


「……あんな風に誰かを想って、愛せることは凄いことだって思うんです」


 一路の柔らかな声が言葉を紡ぐ。

 サンドロが驚いたように顔を上げた。一路の手がサンドロの頬についた引っ掻き傷を包み込む。治癒魔法の呪文を呟く声が聞こえた。淡い光が一路の手から零れる。


「ソニアさんの後悔が一つでも減りますように」


 サンドロは、何だか間の抜けた顔で一路の手が離れた頬に触れて、傷を探す様に指が動いた。

 一路が柔らかに微笑めば、サンドロは眉を下げて笑った。


「……ありがとう」


「どういたしまして、ですかね?」


 一路がふふっと笑って小首を傾げた。


「俺はそろそろ部屋に戻るよ。ジョンを起こしてシャワーを浴びさせなきゃな」


「俺も食堂に戻る。明日の朝も、食事はここに運ぶ。目立ちたくなかったら、裏口から出入りしてくれて構わんからな。それと、宿泊料は一週間分貰っているんだ。その分は、好きなだけうちに居てくれ」


「でも」


 一路が眉を下げたのに、サンドロは首を横に振った。


「ソニアもそう望む。あいつは別に……本当に二人を嫌いになった訳でも憎んでいる訳でもないんだ。ただ……レイのことだけはあいつの中でどうにもこうにも整理が上手く出来ていなくて、あんなことになっちまった。悪かったな」


「あの馬鹿を実の子のように思えばこそだろう? 母の愛に勝る愛は、此の世には無いさ」


 ほんの少しだけ、自分の母の事を思い出した。仕事が忙しくてあまり家には居ない母だったが、休みの日には息子達を目一杯構い倒して、甘えて、そして、それとなく甘やかしてくれる明るくて元気で優しい母だった。


「でも、いつになるか分からんがソニアの謝罪だけは受け取ってやって欲しい。そうしないとあいつの気が済まんだろうか」


「ああ。分かった」


 真尋と一路がうなずくとサンドロは、ありがとう、と告げて部屋を出て行く。ジョシュアがその背に続いて部屋を出て行った。

 パタンとドアが閉まり、一路が真尋を振り返る。


「シャワーが先だよ」


 真尋は、本に伸ばした手を渋々引っ込めて、仕方がないと部屋を後にするのだった。



***



 寝返りを打ったら冷たいものが頬に触れて、驚いて目を開ける。

 目の前にロビンの顔が有って、頬に触れたのは彼の鼻先だったのか、と一路は息を吐いた。魔獣どころか、狼らしからぬ油断しきった寝顔だった。一路は、思わず苦笑を零してロビンを撫でた。そうすれば寝ているのに気持ちよさそうな顔をした気がした。

 ふとロビンの向こうに光の玉が浮かんでいるのに気付いて、肘をついて体を起こす。


「……まだ読んでたの?」


 一路は呆れ半分、感心半分で呟いた。

 真尋は、本の山の中、膝の上に本を乗せて背を丸め、黙々と文字を目で追っている。彼の周りにいくつか光の玉がふよふよと浮かんでいて、彼の手元を照らしている。

 一路はサイドボードに手を伸ばして、真尋の腕時計を手に取った。時刻は午前二時を過ぎている。開けっ放しの窓の外に広がる町も寝静まっていて、真尋が本を捲る紙の擦れる音がはっきりと聞こえる。一路が眠ったのは、真尋がシャワーから帰って来てすぐだった。八時過ぎくらいだったと思う。魔法を多く使ったりしたからか思った以上に疲れていて、真尋が何か言っていたが碌に返事も出来ずに眠ってしまったのだ。

 つまり真尋は、少なく見積もっても六時間はああして本を読んでいるということだ。

向こうに居た頃も真尋は、気が付けば本を読んでいることが多かった。経済書から純文学まで様々な本を読んでいた。辞書片手にロシア語やらイタリア語の本を読んでいることもあった。もっとも、一路が好むファンタジー小説や雪乃が好む恋愛小説などはあまり読まなかったが。真尋が最も好んだのは、その分野専門のマニアじゃないと分からない様な小難しいどころの話じゃない専門書だ。一路たちには、さっぱりと分からない代物だった。辞書や別の専門書、資料、論文を揃えて読み解く真尋曰く「パズルみたいで面白い」とのことだが、一路には全く分からない。

そんな真尋であるから、未知の世界の小難しい本など彼の知的好奇心を大いに刺激する魅力溢れる宝にしか見えないだろう。

 一路は起き上がり、ロビンを起こさない様に気を付けながら、いやそもそも起きないロビンが可笑しい気もするが、ベッドに腰掛けた。


「真尋くん」


 返事はない。


「真尋くん」


 少し声を大きくしてみたが真尋はページを捲っただけだ。


「水無月真尋!」


 漸く真尋がこちらを振り返った。

 暫し、一路を見つめた後、ああ、と口を開く。


「起きたのか」


「ロビンの鼻が冷たかったからね。いい加減もう寝なよ。今日は、家探しに行くんでしょ?」


 一路が呆れたように言えば、真尋はサイドボードの腕時計を手に取って、その整った眉を寄せた。どうやら時間の概念すらどこかに言って居た様で、もうこんな時間か、と呟く声が聞こえた。


「もう全部読んだの?」


 一路は、腕を伸ばして一番近くにあった本を手に取る。紺色の布張りの表紙には『魔術論理 その応用と課題』と書かれている。パラパラとめくってみるが、良く分からない。そもそも、要所要所に書かれている文字が見たことのないものばかりだ。


「いや、まだだ」


「これ、何の本?」


「魔導師や魔術師たちが研究している魔術学という学問に関する専門書だ」


「魔術学?」


 二つ目のサンドウィッチを手に取り、真尋が答える。


「魔術学は、魔術言語と呼ばれる独自の言語を組み立て文章を作る。その文章を術式と呼ぶ。また、文様と呼ばれる陣があり、そこに術式を組み込んで術式紋を作る。そして、完成した術式紋に魔力を付加することで発動する特殊魔法だ。そうすることによって、何らかの術式紋を刻み込んだものを媒体に自身の属性魔法以外の属性魔法を使うことも出来るという訳だ。最も文様の形、言語、組み合わせが違うだけで効果が変わる上に、論理が不完全だと意味がない。一般的には、魔道具なんかに使われているらしい。かなり難解な分野だが論理的で非常に面白い」


それはまた凄いものに手を出しているようだ、と一路はいっそ呆れを覚える。だが、そういうパズルのようなものは、真尋が大好きなものだから、彼にはうってつけの学問なのだろう。


「解読のスキルが使えるかと思ったが、どうやら解読は学問に使うものじゃ無いらしい。何に使うんだろうな……だから虫食い的に分からない部分もまだ多い。前後の文脈が一切関係ない場合もあるから……もっと詳しい専門書が欲しい」


 ああそう、と一路はそっけない返事を返して、本を山の中に戻した。

 親友をやって長い。一路もそれなりに勉強は出来る方だが、やはり真尋とは根本的に頭の作りが違うのだ。


「この中から、読むべき本をいくつかピックアップしておくから、それはちゃんと読めよ」


「はいはい。でも、今日はもう寝な? いい加減にしないと怒るよ」


 一路が眉を寄せれば、真尋は「これを読んだら寝る」と手に持っていた本に視線を落とした。

 双方が口を閉じれば、夜の静けさがあっという間に戻って来て部屋を覆う。ロビンの寝息と紙が擦れる音だけが鮮明に静寂の中に波紋を描いて広がり消える。

 一路は、ぼんやりと真尋を眺める。

 相変わらずの無表情だが、文字を追う目は、玩具を見つけた子どものように輝いている。

 子供のころから変わらない。彼はいつだって真っ直ぐに顔を上げて前を見て生きている。その強さを一路は誇らしくも思うし、憧れもする。けれど、その強さは、弱さを曝け出す場所があったからだと一路は思う。真尋が弱さを曝け出すのは、雪乃に対してだけだった。

 一路は、時限の狭間で初めて真尋が泣くのを見たのだ。地球に居た頃は、一度だって真尋が泣いて居る所なんて見たことが無かった。そもそも、真尋が弱音を吐いている姿さえ想像できない。

 そういう真尋の弱い部分や心の柔らかいところを受け止めていたのが雪乃だったのだと思う。逆に雪乃の弱い部分を真尋が受け止めていたのだとも。

 雪乃を失ってしまった彼は、これからその弱さや心の柔らかな部分をどうするのだろう。


「…………やっぱり、ずっと……独りで生きていくの?」


 意図せず零れた言葉は、静寂の中で思いのほか、大きく響いた。真尋が振り返る気配がした。

 その顔を見る勇気が無くて、逃げるように顔を俯けた。視界を覆った前髪の向こうで彼は、どんな顔をしているのだろうか。

 零れてしまった言葉を後悔したところで、それは戻ってこない。


「一路」


 ぎしりとベッドが軋む音がしたかと思えば、隣に真尋が腰掛けた。


「あんまり馬鹿なことを考えるなよ」


 男らしい大きな手が一路の頭の上に乗せられた。


「雪乃に会えないことは、確かに辛い。哀しいし、苦しいとも思う。寂しいとも切ないとも……世界でただ一人、愛した人なんだ。当たり前だ。でも……俺は、俺でありたい」


 一路は黙ってその先の言葉を待った。


「雪乃が愛してくれた俺でありたい。彼女が好きだと言ってくれた俺であり続けたい。それは……雪乃を愛していた誠実な俺でもある。あいつしか愛せない馬鹿な俺でもある。阿呆な俺はそれを誇りに思ってる」


 もぞりと動いて一路は膝を抱える。熱くなった両の目を膝に押し付けた。頭の上に置かれていた手が肩に回されてぐっと抱き寄せられる。


「一路」


 低く穏やかな声が響く。


「俺とお前はこの世界で、この国で、この町で、これから生きていく。日本やイギリスが恋しくなることも、家族が恋しくなることも、きっと星の数ほどあるだろう。その度に俺は、お前が居てくれて良かったとそう思うんだ。雪乃の話が出来ること、家族や友人の話が出来ること、これまでの想い出を語り合えること、日本語で話せること、今まで当たり前だったことを話して、肯定してくれること。それがどれだけの救いになるだろうな」


 一路の抑え切れなった嗚咽が零れるのに、肩を抱く優しい手は少し震えているのに、真尋の声はどこまでも穏やかで低く柔らかに響く。


「お前が雪乃や俺の家族や友人を想って、俺がお前を庇ったことを後悔する心も、俺が……お前を護れなかったこと、俺が呼び出されたことで助かる筈だったお前の命を奪ってしまったことを後悔する心も、きっと一生、俺達の心の奥の奥に小さくも深く残るだろう」


 一路は思わず顔を上げた。滲む視界の中、真尋の横顔はどこか寂しげであった。

 彼が、親友が、そんな風に想っているなんて一路は考えもしなかった。


「一路は罪悪感で俺の傍にいるのか?」


「ちがう! そんなわけない!」


 一路は即座に否定する。


「僕は、真尋くんが大好きだから、大事な親友だから一緒にいるんだよ!」


 勢いよく顔を上げた。記憶にあるそれとは異なる銀と蒼に彩られた瞳に自分の情けない顔が映り込んだ。


「俺だって同じだ。それに俺は嫌いな人間は傍に置かない。そんなことはお前が一番、良く知っているだろう」


 呆れた様な声が降って来る。


「俺はお前と雪乃の話がしたい。それは、雪乃が確かに存在したという証明でもあるんだからな」


 真尋が自分の服の袖で、一路の涙を拭ってくれる。


「だから何度だって言う。一人じゃなくて良かった。お前が居てくれて本当に良かった」


 ぽろぽろ零れる涙は、とめどなく溢れて手ぬぐいを濡らす。真尋は、そんな一路を見て呆れたように少しだけ目を細めて、抱き締めてくれる。


「俺は、確かにこの世界では一生独身かも知れないが、別にそれは不幸なことじゃない。俺には愛する人が居て、愛を知っている。彼女を想う日々を俺は幸せだと思っている。まあ、我が子がいないのは残念だが、そこは一路の子を我が子のように可愛がるさ」


 真尋の少し笑いを含む柔らかな声が紡ぐ言葉は、とてもとても温かな愛が込められている。


「本当に、一は泣き虫だな」


「まひろくんのせいだもん……っ」


「その言い訳も小さい頃から変わらんな」


 呆れたように笑う声が優しく降って来る。


「でも、お前を泣かすと雪と海斗に怒られるから、あんまり泣くな」


 彼が弟たちにしていたように、あやす様に背をぽんぽんと叩かれる。真尋は少し動いて本を手に取ると一路の頭の上に顎を乗せて、マイペースに本を読み始めた。

 でも、それが彼の優しさだと知っているから、一路は泣いた。泣き疲れて眠るまで、今日を最後にしようと決めて泣いた。この胸に巣食う後悔は、きっと一生残るだろうけれど、それに伴い一路を押し潰そうとした罪悪感は涙と一緒に全部出してしまおうと泣いた。

 真尋は、本を読みながら空いて居る手でずっと一路の背を撫で続けてくれていた。

 その優しさに一路は、また少しだけ泣いた。



――――――――――――――


ここまで読んで下って、ありがとうございました!

評価・ブクマ登録にやる気と意欲を頂いております><


愛のカタチは色々とあって、複雑で難しいものだな、と。

ソニアの態度や言動には賛否両論あると思いますが、完璧な理性と心を持つ人間なんていないということかなと私は思っております。


次のお話も楽しんで頂ければ、幸いです。


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― 新着の感想 ―
真尋いい男すぎる。 こんな男になりてぇもんだ
[良い点] ティーンクトゥスの、彼の手を掴んでしまったから、と言う真尋の一言は心にきました。 多分、なんとなくだけど、真尋さんなら振り払うこともできちゃったんじゃないかな?と読み直していて思いました。…
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