第十四話
「かわいいですわ!」
「ふわふわおっきい!」
シルヴィアとミアが、はしゃいだ声を上げる。
談話室には一足先に連れて来られたリギュウのシャミネが二匹、ゆったりとくつろいでいた。
リギュウは早速、今日、我が家に引っ越してきてくれるのだが、アパートで荷物を出したり、掃除をしたり、人の出入りが多くなるため、先にシャミネを連れて来ていいかと相談されて、雪乃は「もちろん」と頷いたのだ。
雪乃としては、日本で見かけた家猫を想像していた。一匹は雪乃の想像通りの大きさだ。黒いつやつやの毛が素敵な黒猫だ。しかし、もう一匹はゴールデンレトリバーくらいはある。色は三毛で毛足が長い種類のようで、より大きく見える。
談話室でミアとシルヴィア、そして、メイドの三人娘とネネ、ネネの様子を見に来たローサがきゃっきゃっとはしゃぎながら愛でている真っ最中だ。
「シャミネってこんなに大きさに差があるものなの?」
黒い子は、子どもはあまり好きではないようで、現在はソファに座るローサの膝で丸くなって、横に座るネネに撫でられている。大きい子はおっとりした性格のようでソファにでんと寝そべり、誰が撫でても頬ずりをしても、お腹に顔を埋めても、ごろごろと喉を鳴らしてゆったりと構えていてくれる。
「シャミネは魔物の血を引いているから、先祖返りすると大きくなる子もいるのよ」
プリシラが教えてくれる。
「まあ、ここまで大きい子は初めて見たけど」
と付け足された一言にやっぱり大きいらしい、と雪乃はもう一度、シャミネを振り返る。
黒い子はマール、大きい子はモモで、どちらも女の子だそうだ。飼い主のリギュウは、二匹を託すと大忙しで自宅に戻って行ったので、今はいないが飼い主がいないとは思えないほど、二匹はくつろいでいた。
リギュウの引っ越しは、ヴァイパーとサヴィラとジョンが手伝いに行っている。サヴィラもジョンも何かと頼りになるので、間違っても雪乃の夫が行くよりは絶対に力になっているだろう。
「シャミネって何を食べるの?」
「村だと自分でラスリを獲ってきたりして食べていたけど、町中だと専用のご飯が売っているって聞いたわ。リギュウのことだから、多分、食事にも気を付けているんじゃないかしら」
ペットフードのようなものがあるらしいと感心しながら、雪乃も近づいて行き、モモの大きな頭を撫でた。
日本にいた頃、雪乃には酷い猫アレルギーがあったのだが(ちなみに犬は平気だった)、こちらの世界にはそもそもアレルギーという概念がなく、転生する前にティーンクトゥスにも確認したが、アナフィラキシーなども存在しないらしい。さらに言えば、雪乃を春になると苦しめた花粉症も存在しない。(そもそも杉やヒノキがあるかも分からないが)花粉症がないなんて異世界は最高だ。
今までは猫が近くにいるだけで、くしゃみが止まらなくなってしまっていたが、全く平気で、こうして猫に触れるのは生まれて初めてのことだ。
犬よりも毛が柔らかく、なめらかに感じる。
ゴロゴロと喉の鳴る音は思ったより大きい。
「可愛いわねぇ」
「ええ、本当」
モモに張り付くミアとシルヴィアをほのぼのしながら眺める。
「きゅー」
不機嫌そうな鳴き声に顔を挙げれば、タマがふてくされた顔でぷかぷかと浮いていた。どうやらモモにやきもちを妬いているようだ。
「あらあら。タマも可愛いわよ」
「きゅ」
「ふふっ、タマのほうが、可愛いわよ」
「キュー!」
どうやら合格をもらえたようで、タマはご機嫌に鳴くと雪乃の肩の上に降り立った。
「タマちゃんはママが大好きね」
「きゅきゅ」
プリシラの言葉に当然と言わんばかりにタマが頷く。
雪乃は肩の上の小さな頭を撫でた。つるつるスベスベしていて、これはこれで気持ちがいい。
「そういえば、ポチちゃんは? あ、マヒロさんと一緒かな?」
「ええ、多分。でも、グラウなら送迎のお仕事もあっという間に終わっちゃうから、あっちの家の温泉にでも浸かっているんじゃないかしら」
ポチは基本的に自由に過ごしている。ブランレトゥに居る時は、屋根の上でお昼寝をしたり、庭でタマと遊んだり、気が向いた時と呼ばれた時は真尋の仕事について行ったりと様々だ。収穫祭が終わったら、視察に出かけるジークフリートをどこかに届ける仕事も始まるだろう。
「いいわねぇ、温泉」
「プリシラも赤ちゃんが生まれて落ち着いたら、ぜひ行きましょうね。とても良い温泉なのよ」
「いいの? 楽しみだわ。ジョンもすごくよかったって、教えてくれたのよ」
「ふふっ、とても気持ちがいい温泉でお肌がスベスベになるのよ。それにテディなんて気に入りすぎて、一か所は彼専用のお風呂になっていたんだから」
「あらあら」
プリシラが談話室の暖炉の前でのびのびと寝ているテディを振り返る。
今日も今日とてテディは暖を求めている。寒さが厳しくなるにつれて、暖炉の前から動かなくなる。一方で冬毛になりふさふさ感が五割増しになった一路の大きなワンちゃん一家は、庭でのびのびと寝ていたりするので面白いものだ。
「おはよ~……」
眠たげな声に振り返れば、海斗が談話室に入って来る。
「おはようというより、こんにちはの時間よ。遅かったのだからまだ寝てても良かったのに……」
海斗は何か別件の事件を真尋から託されたそうで、昨夜はその関係で帰れず、充が言うには夜明け頃帰って来たらしい。
「あれこれすることあってさ、また出かけなきゃなんだよね」
「真尋さんも一くんも忙しそうだけど……海斗くんも無理しないでね?」
夫より背の高い彼を見上げれば、青に緑の混じる眼差しが優しく細められた。
「thank you」
頬をくすぐるように長い指で撫でられて、こそばゆさに首をすくめる。
「もう、くすぐったいわ。私はシャミネじゃないのよ。シャミネはあっち」
「似てると思うけど……って、でかくない??」
海斗の目がモモに向けられて丸くなる。
「先祖返りすると大きくなるんですって」
「へぇ」
海斗がモモに近づいて行く。モモが顔を上げたので、海斗が自分の手の匂いを嗅がせる。モモが指先に口元を摺り寄せてきたので、その手はそのまま彼女の顎を掻く。するとモモは気持ちよさそうに目を細め、耳を伏せた。
大きな手が優しくモモの頭を撫でれば、ゴロゴロと喉の鳴る音が大きくなる。
「可愛いなぁ。お名前は?」
「モモちゃんよ」
ミアが答える。海斗は「そうか、モモちゃんか」とますます猫を撫でた。
「海斗くん、わんちゃん以外、飼っていたことがあったかしら?」
随分慣れた様子に雪乃は首を傾げる。
鈴木家でゴールデンレトリバーの女の子を飼っていたのは雪乃も知っている。水無月家にも庭までだが遊びに来てくれて、犬は平気だったので雪乃も撫でさせてもらった。もともと、日本に来る前から鈴木家で飼われていたので海斗が高校三年生の時に老衰で天国へ行ってしまったが、優しくて穏やかで賢い可愛い子だった。
「俺がミアくらいの頃、イギリスの方の実家でおじい様とおばあ様が飼っていたんだよ。俺が生まれた時にはおばあちゃんで、日本に行く前の年に天国へ行ってしまったけどね……っと、おやおや」
モモがぐっと立ち上がり、海斗の肩に手を掛けた。ソファの上なのとモモが大きいので、手が届いたようだ。
「みゃー」
「失礼するよ、レディ」
海斗がひょいとモモを抱き上げた。
おお~と歓声が上がる。
「なかなかのレディだ」
モモはごろごろと喉を鳴らしながら、大きな頭をカイトに押し付けて甘える。
どうやら大分、彼をお気に召したようだ。
するとそれまでローサの膝の上にいたマールが起きるとぴょんと飛んで、海斗の肩に着地した。こっちもやはりごろごろと喉を鳴らしながら、海斗に甘え始める。モモを抱えているので、海斗は頬を寄せることでマールに応える。
「一くんは、わんちゃんにとっても好かれる体質だけど、海斗くんは猫に好かれる体質なのかしら?」
「かもねぇ。野良猫にもけっこうモテたんだよ? 猫だから犬ほど全力でぶつかってはこなかったけどね」
雪乃は猫アレルギーがあったため、猫がいる場所に赴くことはなかったし、頻繁に我が家に遊びに来ていた海斗もその辺りは気を付けてくれていたのだろう。
長いこと幼馴染をしているが、全く知らなかった。
「ふふっ、優しい人が分かるのね」
雪乃は手を伸ばして、マールを撫でた。マールは可愛らしい声で「ニャー」と鳴いた。
「ところで、この子たちの飼い主は? まだ挨拶してないからさ」
「そろそろ帰って来るんじゃないかしら? でもすぐにはお迎えには来られないと思うわ。お家で荷解きをしないとだもの」
「雪乃様、坊ちゃまたちが戻られました」
噂をすればなんとやら。充が談話室に顔を出した。
「お手伝いに行った方がいいかしら?」
「四人で大丈夫だそうです。でも昼食は作業の合間に食べたいそうなので、何か簡単に食べられるものをご用意しようかと」
「ならサンドイッチにしましょうか? サヴィの好きなローストがあるから、きっと喜ぶわ。リギュウは草食系だから、お野菜のサンドウィッチも作らないと」
「ママ、ミアもおてつだいする!」
「わたしもてつだいますわ!」
ミアとシルヴィアがソファから降りて駆け寄って来る。娘たちの頭を撫でて「お願いね」と微笑む。
「雪乃、俺にも用意してもらえる? 裏に行って挨拶したらそのまま出るから」
「あら、なら急いで用意しないと」
「急かしてごめんね」
海斗が申し訳なさそうに眉を下げた。
「いいのよ。お仕事だもの。さあ、ミア、ヴィー、急ぎましょ」
「「はーい」」
娘たちが楽しそうに駆け出す。
双子のことをプリシラたちにお願いして、雪乃はモモとマールを下ろした海斗とともに談話室を出る。充があとからついてきた。歩きながら海斗は神父服に着替える。
「海斗くん、お夕食は?」
「今夜は残念なことに会食の予定が入ってるんだ。メニューは言わないで、名残惜しくなる」
「あらあら。真尋さんはまだ帰るとも帰らないとも連絡がないけど、あの人は、用意しておかないと拗ねるから、海斗くんは大人ね」
「雪乃のご飯はあいつの命の糧だから」
海斗がけたけたと笑った。
「……ねえ、海斗くん。真尋さんからお手紙で聞いたのだけど……」
そう前置きしてから辺りを見回し、耳をそばだてる。ネネの姿はなく、まだ談話室のほうで誰かに話しかけるネネの声がする。
「例の不審者、居場所が分かったんですって?」
緑の混じる青い瞳がぱちりと瞬いて、彼も辺りを見回した後、頷いた。
「明日、クロードと一緒に会いに行って来るよ。どういうつもりか聞いてくる」
「真尋さんは同行しないのね?」
「あいつは忙しいからね。まだグラウから戻れないみたいだし……」
「そう……。実はね海斗くんが行ってくれるって聞いてほっとしたの。あの人、短気だからなんか適当な罪状でもつけて引っ張って来るんじゃないかと心配していて」
雪乃は頬に手を当て溜息を零した。
海斗が「まあ。うん」と曖昧な返事をした辺り、海斗も真尋が同じことをしでかすと分かっているのだろう。
「私もね、別に不審者のことは、彼の過去からして人権は既に消滅しているとは思うのだけど……やっぱり身内に犯罪者がいると、将来的に困ることもあるかもしれないじゃない? 存在自体をあの子の過去から穏便に抹消できる方法があるならそれでもいいのだけど……」
「…………」
どこか遠くを見つめながら海斗が何か言ったが、雪乃の兔の耳でさえ聞き取れなかった。
首を傾げた雪乃に海斗は「なんでもないよ」と首を横に振った。
「出来る限りに穏便に話を済ませて来るつもりだから、安心して」
「海斗くんのことは信頼してるわ」
「そりゃよかった。じゃあ、俺は挨拶行って来る」
厨房に到着すると海斗はそのまま裏口から出て行った。
その背を見送り、雪乃は厨房へと入る。ミアとシルヴィアが同時に振り返った。
「さあ、急いで準備しましょう。まずは手を洗ってね」
「「はーい」」
素直な返事に笑みを返し、雪乃と充は手分けをして準備をするのだった。
「マールとモモ……いい子にしてるかなぁ」
本を手にリギュウがぼやく。
横でリギュウから渡された本を箱に詰めていたサヴィラは図分と高いところにある彼の顔を見上げる。
リギュウの部屋は、あまり物がない。シャミネを飼っているからか、掃除もしっかりされていて、これなら確かにいきなり「明後日引っ越せます」と言えるだろう。
「心配性だね」
「俺の娘みたいなもんだから、いえ、ものでして」
リギュウが口調を改める。
「別に俺はそんなに敬ってもらわなくていいよ。その方が俺も気楽だし、まあ、父様に対して砕けた口調ってのは難しいかもしんないけどさ」
サヴィラがけらけら笑いながら言えば、リギュウはほっとしたように口元を緩めながら「そりゃあね」と頷いた。止まっていた手を動かし、サヴィラでは手が届きそうもない高い棚から本が下ろされてきて、サヴィラはそれを箱に入れていく。
リギュウの愛娘たちのシャミネは、引っ越しの間に脱走しないように先に屋敷に連れて行かれたのだ。ミアとシルヴィア辺りが大喜びに違いない。
「神父様は、なんかこう……なんていうのかな、すごい人だっていうのもあるんだけど、実物はもっとすごいって言うか」
「父様って迫力があるんだよね。でもあれで、リギュウより年下だよ」
「…………え?????」
もう一度、本棚に手を伸ばしたリギュウが固まる。
「僕も初めて聞いた時はミツルさんに五回ほど確認しましたよ」
キッチンの掃除をしていたヴァイパーが笑いながら言った。狭いアパートなので、キッチンもすぐそこにある。ちなみにジョンは床の雑巾がけと窓ふきをしてくれている。
ヴァイパーもジョンも汚れてもいい私服姿だ。もちろんサヴィラも外遊び用の服を着て来た。
「だってリギュウはリックとかエディと同い年でしょ? 父様、二人の一つ下だもん」
「え? だっ、まさか……」
「本当ですよ。さて、キッチンは終わりましたよ。シャワールームは共用ですから、あとはベッドですね」
ヴァイパーがこちらにやって来る。
「大きなベッドだよね! 僕とサヴィとミアちゃんとリースとレオンとヴィーちゃん皆で寝れそう!」
窓ふきを終えたらしいジョンが言った。
誰より大きなリギュウのベッドは、狭い部屋のほとんどを陣取っている。確かにジョンの言う通り、子どもたちだけなら、全員でここで眠れそうだ。サヴィラの小さな弟たちが仲間に入ったって余裕だろう。
「ベッドは移動が大変だから、俺のアイテムボックスに入れちゃおうか」
「坊ちゃまがいいなら、それでぜひ」
「でも、布団はシャミネの毛がすごいから、帰ったら干さないとね」
サヴィラはベッドと布団をさっさとアイテムボックスへとしまう。
父から贈られた国宝レベルのアイテムボックスだが、なんだかんだ便利すぎて愛用している。
ジョンが「ここも拭かなきゃ!」と雑巾を洗いに行く。ベッドの下はシャミネが入れないようにしていたためか、それなりに埃があってサヴィラは箒で埃を集め、ヴァイパーが構える塵取りへと乗せていく。あらかたの埃を片付ければ、ジョンがせっせと雑巾をかけてくれる。
「ほら、リギュウ、固まってないで手を動かして」
ヴァイパーがぺしりとリギュウの背を叩いたが、彼はまだ年齢ショックから戻って来られていないようだった。
やれやれと肩をすくめて、サヴィラは地の魔法で蔦を操り、本棚から残りの本を出して箱へしまっていく。どれもこれも魔物の世話に関するものばかりだった。
だが、一冊だけ大分、年季の入った絵本があった。表紙には空に手を伸ばす子どもの絵が描かれていて『おほしさま、ちょうだい』とタイトルがあった。
「リギュウ、これはお気に入り?」
無造作に箱に詰め込んでいいのかと顔を上げる。
ようやく我を取り戻せたらしいリギュウがゆっくりとサヴィラを振り返る。
「あ、これは……よければ、君のアイテムボックスに入れてくれるかな? とても大事な絵本なんだ」
「もちろんいいよ」
アイテムボックスの中はなにがあろうと安全だ。サヴィラは絵本をアイテムボックスと心持ち丁寧にしまう。
「あの絵本は曾祖母がくれたんだよ。両親は仕事が忙しくて、大ばあちゃんが俺の面倒を見てくれててさ。でも俺が君くらいの年の頃、死んでしまったから、大事なものなんだ」
「そうなんだね」
サヴィラもダビドから譲り受けた小箱を大事にしているので、その気持ちは分かる気がした。
「じゃあ、大事に運ばないとね。父様が作ってくれたアイテムボックスだから、防犯性には優れているから安心してよ」
「神父様はなんでも作れてすごいなぁ」
「父様はさ、なんていうか頭の中に大きな図書館がある感じなんだよね」
「あ、それ分かります」
ヴァイパーが頷いた。
「知識の幅がすごいですよね」
「父様の祖国は、色んな技術が凄く進んでてね、でもこっちとは勝手が違うらしいんだけど、でもその知識をもとにあれこれ発明しているみたいなんだよね」
「小鳥は本当に便利ですよ。ほんの数カ月で領主家、騎士団、商業ギルド、冒険者ギルド、職人ギルドといった公共機関で導入されている理由が分かります」
ヴァイパーがうんうんと頷きながら言った。
「商業ギルドのギルドマスターであるクロードが魔術師だっていうのも、あの小鳥の急速な発展と普及は関わってるんだけど、それをあの形に落とし込めるのは、やっぱり父様だったからだと思うんだよね。父様の術式紋の複雑さは、もはや芸術だもん」
「そうなんですか? 僕も一度、見てみたいです。魔術学にも興味があって、マヒロ様おすすめの初心者向けの教本を読み始めたところでして」
「じゃあ今度、実験する時に呼んであげるよ。父様忙しいからいつになるか分かんないけどさ、俺も関わってる研究があって」
「サヴィ、ヴァイパーくん、お・そ・う・じ!」
「「……はい!」」
ジョンに注意されて、慌てて作業に戻る。リギュウが可笑しそうに笑いながら本が詰まった箱の蓋をした。
「これで荷物は大体かな?」
サヴィラの言葉にリギュウが部屋の中を見回して「そうだね」と頷いた。
「じゃあ、外の荷車に運び入れちゃおう」
今日は引っ越しということで、ジョシュア一家の荷車を借りてきている。サヴィラとジョンは荷台に乗って、リギュウが御者席に座り、ヴァイパーはサヴィラの愛馬に乗って来た。荷車を曳いてくれているのは、ジョシュア一家の二頭の馬だ。
リギュウは獣人族らしく力持ちで本がぎっしり詰まった箱をひょいと軽く持ち上げて運んでいく。ヴァイパーも同じく箱をひょいと持ち上げて運び、家と荷車を何度も往復する。サヴィラは荷車の上で荷物番をしながら、蔦を操って載せられた荷物を整頓していく。
ジョンがその間に仕上げの掃除をして、リギュウが中へと戻って最後の確認をする。外へ出て来ると部屋の鍵を閉めて、アパートメントの裏へ行った。そちらにも同じようなアパートメントがあって、一階の角部屋に大家が住んでいるそうだ。鍵を返しに行ったのだろう。
しばらくして、リギュウが戻って来て御者席に乗り込んだ。行きに乗って来た荷台は荷物がいっぱいなので、ジョンは馬に乗るヴァイパーの膝に、サヴィラは荷台に乗せられた箪笥の上に座った。
「ここってロークの寮とかなの?」
丁度、リギュウの後ろなので疑問を投げかける。
リギュウが手綱をあやつり、馬たちが歩き出す。
「そうだよ。二つともおじさんが借り上げてて、従業員とかその家族が一緒に住んでるんだ。俺が住んでた方は、独身向けだから狭いけどね。奥の方は家族向けだから少し広め。もちろん他を借りてる人も別のところに住んでる人もいるけどね」
「ロークから近いし、便利そうだね」
「やっぱり生き物が相手だと、緊急で駆けつけないといけないこともあるから、おじさんも近くにってのをこだわったみたい。管理人さんも元々はロークの従業員だったんだよ。高齢になって辞めたけど、頭はしっかりしてるから人間の管理ならできるから任せてもらってるって言ってたなぁ」
「まあ、人間は大人なら自分の世話はできるもんね」
「そうそう」
それからリギュウが教えてくれる魔物のあれこれについて話をしている内にあっというまに我が家が見えてきた。
いつもは屋根の上で寝ているポチはいない。父をグラウに運んで行って、父もポチもまだ戻っていないのだ。
「でも、うち、かなりの数の馬がいるし、ポヴァンもいるから、リギュウももう一人は欲しいところじゃない?」
「うーん、おじさんに言えば融通はしてくれるだろうけど、ほら、おじさんは神父様に関しては妥協しないから、選出にも時間がかかると思うんだ。俺の時もようやく決まったと思ったら、顔面が足りないかもしれないって頭抱えてたし」
「顔面の出来についてはたまたまなんだけどね。あ、イチロとロボだ」
丁度、門からロボに跨ったイチロが出てきた。
「イチロ!」
サヴィラが声を掛ければ、一路が振り返る。彼は手を挙げるとロボに声をかけ、のしのしとロボがこちらにやってきた。リギュウを見れば手綱を放り出して両手で口元を覆っている。リックの正装を見た時のネネみたいだ。
サヴィラは魔法を操り、手綱を引いて馬を止める。
「もしかして、貴方がリギュウさん?」
イチロが首を傾げる。
「そうだよ。リギュウ、イチロだよ……うーん、だめだ、ロボに感動して完全に思考停止してる」
ハラハラと涙をこぼすリギュウにイチロが「さすが、カマルさんの親戚だね」と苦笑を零した。
「イチロは仕事?」
「そうだよ。ちょっと必要なものを取りに帰って来ただけ。……うーん、挨拶はまた今度でも大丈夫かなぁ。もう行かなきゃいけなくて」
「なんかごめんね?」
「早く耐性がつくといいね。じゃあ、行ってきます! ロボ!」
イチロはけらけら笑うとロボに声をかけた。ワン!と鳴いたロボがぴょんと飛ぶと風魔法を利用して、そのまま空を掛けるようにして騎士団の方へと駆けて行った。
ロボは、ポチとの戦いで空中を走り回るコツを会得したらしい。父親の真似をしたいロビンがよく庭で練習をしているが、まだまだ未熟な子狼なので、なかなかうまくは行かない様子で、ブランカが空中から落ちてくる息子を風魔法で受け止めている。
「ヴァイパー、先に裏に行って、門開けてくれる?」
「承知しました」
「僕が御者を代わるよ!」
ヴァイパーが隣にやって来て、ジョンが飛び降りて未だに思考停止しているリギュウの膝に座って手綱を取った。やはり畜産業を営む家に生まれ育ったジョンのほうが、サヴィラよりずっと馬の扱いは上手いのだ。
ジョンが手綱を操り、馬車が動き出したのを確認するとヴァイパーが馬の腹を蹴り、一足先に駆け出し、表の門から入り家の裏へと向かっていく。サヴィラたちは教会側をぐるっと回って裏門へ行く。
「リギュウくん、あと何回、思考停止するかな?」
「テディとタマで二回だろ? それでブランカとロビンは別々にいるかどうかで違って来るよなぁ」
「今日はロビン、どこにいるんだろうね? ブランカはティナちゃんとこだけど」
イチロは恋人の護衛にブランカをつけていて、ブランカは冒険者ギルドの縁起物(ブランカを撫でてからいくとクエスト成功率が上がるらしい)になっている。ロビンは、その日の気分で両親のどちらかについて行ったり、カイトについて行ったり、屋敷で遊んでいたりする。
「今日、ティナ出勤日だったっけ?」
「どうだったかなぁ」
サヴィラはジョンと他愛のない話をしながら、のんびりと裏門へと向かう。
ちなみにリギュウが我に返ったのは、サヴィラたちが荷物を全て彼の新居に運び入れてからだった。
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