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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
黒猫と収穫祭編
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第九話


「本当に、会議は終わったの?」


「終わったから、こうして可愛い息子と一緒に、カマルのところに向かっているんだろ?」


 なぜか真尋に疑いの視線を向けるサヴィラにそう返す。

 昨日、約束した通りに朝の会議を終わらせてから魔物屋ロークのカマルの下へ行くためにサヴィラを迎えに行った。それをなぜかこの息子は真尋が会議をサボったか、抜け出したと思っているようだった。

ここにリックがいれば「日頃の行いですね」と一蹴したかもしれないが、生憎と彼は御者席に座っている。


「そういえば、カイトは? カイトの馬を頼むんでしょ?」


「あいつも試験に仕事にと忙しいからな。選ぶ時に連れて行けばいい。リックはそうだったしな」


「そうなの?」


「ああ。あいつが二級騎士に昇格して俺の護衛騎士になったから、お祝いでな。馬具はリックの家族からの贈り物だ。カロリーナ小隊長に相談したら、馬はともかく馬具は家族が贈ることが多いと聞いた」


 真尋の説明に「へぇ」とサヴィラが頷いた。

 そんな話をしている内に馬車がゆっくりと速度を落として止まった。どうやら到着したようだ。

 リックがドアを開けてくれ、サヴィラが先に降り、真尋はその背を追いかけるように馬車を降りた。

 店員が駆け寄って来て、馬車を預かるために御者席に乗って去っていく。帰るときにはまた連れて来てくれる。ロークでは近くに馬車止めを持っているそうだ。


「ロークに来るのも久しぶりだな」


 そうぼやきながら中へ入ると、ものすごい勢いでカマルが飛んで来た。


「神父様ぁぁぁ!!!! ご回復されてなによりでございますぅぅぅぅ!!!」


「ああ、心配をかけたな」


 抱き着いて来ようとしたカマルを避けながら、返事だけはしておく。そのままカマルは勢いよく開けたままのドアから外へ飛び出して行ったが、すぐに戻って来た。

 カマルのあのハイテンションが苦手なサヴィラはリックの陰に隠れていた。リックが苦笑交じりにサヴィラの頭を撫でている。


「失礼しました。少々、取り乱しました」


 カマルがいそいそと居住まいを正すと、どこからともなく彼の従魔であるリーフィが飛んできて、彼の肩に降り立った。


「どうぞ、部屋をご用意しております」


 そう告げてカマルが歩き出し、真尋たちはその背について行く。

 今日も店内は魔物たちの声が賑やかで、店員が客に魔物の特性や、個々の性格を説明する声が混じっている。

 いつものカマルの住居内にある応接室に通されて、真尋はサヴィラと並んでソファに腰かけ、リックは真尋たちの背後に控えた。

 メイドが紅茶を用意してくれ、一礼して応接室を出て行った。


「いやはや、しかしですよ。心配いたしましたが神父様が大けがをされて、ドラゴンで戻ったと聞いた時には、お怪我を心配すればいいのか、ドラゴンに驚けばいいのか、感情が迷子になりましたよ」


 静かになった応接室でカマルが口火を切った。カマルの背後に置かれた止まり木でリーフィが「ほーほー」と鳴いた。


「俺もあそこまでの怪我は想定外だったが、キースを筆頭に治癒術師たちのおかげで、こうして元気になれたんだ」


「ええ、ええ。神父様には元気でいていただかないと……それになんと、奥様がご子息とともにこちらへいらっしゃったとか」


「ああ。本当は今日も来たがっていたんだが、妻はまだ産後間もなくてな。息子たちに手がかかるので、今日は諦めてもらったんだ」


「ほ、本当に息子さんが?」


「ああ。双子の男の子だ」


「すごいよ、まだ二カ月なのに、父様の子だって顔に書いてあるくらいそっくりだから」


 サヴィラがくすくすと笑いながら言った。


「なんと、神父様とそっくりとは! ぜひとも、お会いしてみたいものです」


「そりゃあ、可愛いぞ」


 真尋はカップを手に取り、紅茶を口に含む。

 まずくはないが、最近、ヴァイパーの淹れてくれる真尋好みの紅茶に慣れ過ぎてしまっているせいで、味気なく感じてしまう。


「さて、俺も忙しいので、もう少し俺の可愛い息子たちについて話もしたいが、本題に入らせてくれ。今回は二つ、君に用事があって来た」


「はい、なんでございましょう?」


 カマルが姿勢を正す。


「聞いているとは思うが、妻と一緒に一路の兄もこちらに来ていてな。あいつの分の馬を用立ててほしい。それで使用人も増えたから、もう一頭、追加するかもしれない」


「もちろんでございます。イチロ様のお兄様とあれば、このカマル、妥協はいたしませんとも!!」


「はりきってくれるのは有難いが、なるべく早くしてくれ。それでもう一つは、君に頼んだうちの魔物たちの世話係は、まだ見つからんのか?」


 真尋の言葉にカマルが固まった。


「……どうした?」


 いぶかしむように眉を寄せると、カマルががばり頭を下げた。


「申し訳ありません! 選定がなかなか進まず……!」


「魔物の世話はもちろんだが、最低限読み書きができて、横恋慕しないという条件を達成できれば……」


「ですが、顔の基準が」


「顔の、基準?」


 意味の分からない言葉に真尋はますます眉を寄せた。サヴィラもきょとんとして首をかしげている。


「神父様のお屋敷に勤めるには、ある一定の顔の基準が……つまり美男美女じゃなければ勤められないのでしょう?」


「……は?」


 説明されても意味が分からなかった。サヴィラも首を傾げたままだが。背後で「なるほど……」と頷く声が聞こえた。

 振り返れば、リックと目が合って苦笑が返される。


「新しく雇った四人も、ミツルさんも、そもそも住んでる人間の顔面が綺麗すぎるんですよね」


「あー……」


 サヴィラは納得したようで、リックと同じく苦笑交じりに声を漏らした。真尋は額に手を当てて、深々と溜息を零す。


「神父様のお屋敷に暮らす皆さまは、総じて『顔が良い』と評判でございます。新しく雇われたメイドさん方も、うちの者がお祭りで見かけたそうですが、大層な美人ぞろいだそうで……」


 ヴァイパーも理知的な美形であるし、マリーとリラとカレンは、愛玩用として誘拐されるぐらいには確かに美人な娘たちだ。真尋も可愛い娘のいる身なので、彼女たちの父親のためにも我が家で預かることになった彼女らに変な虫が寄り付かないようにと気を配っているし、園田にも厳命している。

 確かに真尋も自分の顔が良い自覚はあるし、真尋の妻は世界一美しいとは思っているが、使用人に対して顔面の良し悪しまでは求めていなかった。


「偶然、そうなっただけで、そういった基準は一切ない。最初に言った通り、最低限の読み書きと横恋慕しない人間であればいい。もちろんカマルに任せているわけだから、仕事に関しては君のお眼鏡にかなう人間であればいい」


「そうですか、そうですか! 美男美女でなければだめなのかと……! でしたら、おすすめしたい素晴らしい人材がおります!! すまないが、リギュウを呼んできておくれ」


 パンパンとカマルが手を叩き、顔を出したメイドに誰かを呼びに行くように伝える。


「リギュウはグラウのその向こうの村の出身で私の妻の親戚なのですが、畜産業を営む家庭に生まれまして赤ん坊のころから魔物たちと一緒にいるおかげか、魔物の世話が非常に上手なのでございます。まだ年若いのですが、彼の世話の腕前は私が保証しますとも」


「そうか。カマルの紹介だからな、それは信頼している」


「若いって何歳?」


 サヴィラが尋ねる。


「今年の春、二十歳になりました」


「なら、リックと同い年だね」


 サヴィラが背もたれに寄りかかり、首をそらしてリックに顔を向ける。リックは「そうだね」と小さく笑って頷いた。


「性格は温厚で、のんびりしています」


「ここで働いているのか?」


「ええ。十五歳の頃から住み込みで働いてくれています」


 そうして、これから雇うことになるかもしれない青年について話していれば、メイドの「お連れしました」という声が聞こえてきた。カマルが応えれば、ドアが開き、青年がのっそりと中に入って来た。

 本当に「のっそりと」がぴったりの、非常に大柄な青年だった。

 大型の魔物の世話もするからなのか、筋骨隆々でもしかするとサンドロより背が高いかもしれない。腕など丸太のような太さで首もかなりがっしりしている。魔物屋の従業員というよりも、冒険者と言われた方がしっくりくるような体格だ。

 もさもさした黒い髪に浅黒い肌で分厚い前髪で目は見えない。やや大きめの口が緊張に強張っているのか、真一文字に結ばれていた。

 そして、彼の頭には左右に伸びる立派な黒い角が生えていて、その角の下に長い毛におおわれた耳が生えている。


「ご覧の通り、ヤク系の獣人族です。リギュウ、こちらが神父のマヒロ様です」


「……はじめ、まして、リギュウと申します」


 いささか強張った低い声で青年――リギュウが挨拶をしてくれる。


「こちらこそ、初めまして。カマルが紹介をしてくれたが、改めて、神父の真尋だ。隣にいるのは俺の一番上の息子のサヴィラ、後ろにいるのは護衛騎士のリックだ」


 サヴィラとリックが真尋の紹介に合わせて、軽く頭を下げた。リギュウはぺこぺこと頭を下げ返す。


「申し訳ないが、忙しい身でな。早速、本題に入らせてもらっても?」


「も、もちろんです」


 座ってくれと促そうとしたが、直前まで魔物たちの世話をしたのだろう彼は、最低限の身支度はしてあるようだが少々、主の応接間のソファに座るには、本人が気を使ってしまいそうな程度には汚れている。

 するとマヒロの躊躇いに気づいたのか、カマルがパンパンと手を叩くと、メイドが木製のスツールを持って来てリギュウのそばに置いた。


「リギュウ、お前は大きいから神父様の首が疲れてしまいます。一旦、座りなさい」


 カマルに促されて、リギュウがちょこんと腰かけた。体が大きすぎて、スツールがわずかに軋む音を立てた。


「さて、本題だが……我が家にはポヴァンが二頭とプーレが八羽、馬が七頭いる。これから馬はもう二頭ほど増える予定ではあるのだが、その世話を主に頼みたい」


「は、はい。大丈夫です」


「今、君はどこに住んでいるんだ?」


「近くの、アパートです。ここへは通いで……」


「そうか。我が家は馬小屋の傍に一応、世話番の小屋はあるので、そちらに住んでもいいが」


「で、でしたら、そちらに住みたい、です。世話をする子たちの傍にいたほうが小さな異変も、見逃さなくて済みます」


 どうにもリギュウは緊張しっぱなしだが、受け答えはしっかりしている。


「ふむ。では、今の仕事の都合もあるだろう? カマルが太鼓判を押すほど優秀なようだから、君が抜けても問題ないように片を付け次第、我が家に来てくれ。わがままで申し訳ないが、早めに来てくれると助かる」


「いえいえ、神父様。お待たせしてしまっていたのは、私のほうです。それに当店は、命を扱う仕事、各部署で最悪、三人同時に抜けても回るよう、常に多めに人員を配置しておりますので、ご安心ください」


 さすがは抜け目のないラクダ、もとい、カマルだ、と真尋は舌を巻く。人材をケチりがちな経営者というのは残念ながら多いが、本来、仕事とはそうやって誰が抜けても問題なく回せるようにしておくのが理想的だと真尋は考えている。

 それにそのほうが現場で働く人々の負担も少なく、それが離職率の低下にもつながっているし、もっと言えば、例えば急な欠勤や長期で抜けることになる療養や産休などを取得する際に、人間関係に軋轢を生みにくくなる。


「お、俺はいつでも、荷物も少ないので、あの、すぐにでも」


「それは有難いが……君から質問や、雇用条件について何か聞きたいことはあるか? 給与などの説明は既にカマルから聞いているかもしれないが……」


「ええと、あの、なら二つだけ、聞きたいことが……」


 リギュウが太い指を二本、おずおずと立てた。

 真尋が目と手で「どうぞ」と先を促す。


「俺は、あの、シャミネを二匹、飼っているんです、連れて行ってもいいですか……俺の、大事な子で、あの、もし、だめならこの話自体は、その」


「シャミネとは、なんだったか?」


 ぱっと思い出せずに首を傾げる。


「シャミネは愛玩魔物だよ。ええと、ニホンゴだと、ネコだっけ?」


 サヴィラが説明をしてくれ「ああ、猫か」と納得する。


「別にかまわん、そうでなくとも我が家には無駄にでかいキラーベアとかヴェルデウルフとかさらにでかいドラゴンとかいるしな」


 あれこれ文献を読み漁ったり、ナルキーサスにも聞いてみたが、この世界には幸いなことに「アレルギー」というものが存在していないのだ。それを知った時、しみじみ異世界だと感じた。


「どうせ子どもたちが喜んで招き入れてしまうだろうから、屋敷に入るのもかまわん」


「いえ、それは……壁で爪を研いだらいけませんから」


 リギュウが慌てて首を横に振るとサヴィラが「大丈夫だよ」と紅茶のカップに手を伸ばしながら言った。


「うちのテディ、ああ、キラーベアね。あの子がもうすでに壁で爪を研いだから、父様が家じゅう、防護魔法をかけたから、シャミネじゃどうやっても我が家の壁にも柱にも家具にも傷はつけられないよ」


「テディの爪となると、壁が抉れませんでした?」


 カマルが苦笑交じりに尋ねる。


「抉れたよ。クレアとプリシラにめためたに怒られて、それからはルーカスが用意してくれた庭の木で研いでるみたい」


 そう言ってサヴィラが紅茶を飲んで喉を潤す。


「まあ、それも本能ですからねぇ」


 うんうんとカマルが頷く。

 確かに本能なのだろうか、テディ自身がなんだか知らないが、町で暮らすと決めたのだから、守らなければいけないルールがあるのだ。


「それで、残りの一つは?」


「これは、あの、条件じゃなく、質問、なんですが、あ、あの、あの、俺、でも、その、ヴェルデウルフとか、ドラゴン、とか、キラーベア、に会えますか?」


「会えるんじゃない? その辺を好き勝手うろうろしてるし」


 サヴィラがリギュウの質問に答えるとリギュウの顔があからさまにぱぁっと輝いた。きっとあの分厚い前髪の下の目は、キラキラと輝いているだろうと想像に容易い。

 カマルが「ここの店主じゃなければ、私が行きたかったんですよ」と少々、不穏なことをぼそぼそと告げた。真尋としてはこんなうるさいおじさんはお断りである。


「なんだったら、ポチはここにいるぞ」


 真尋はジャケットのポケットをごそごそと漁って、尻尾を摘まんで引っ張り出した。

 伝説種で基本的に敵がいないため警戒心のまるでないドラゴンは、逆さづりのまま気持ちよさそうに昼寝を続行している。

 真尋はそんなポチをそっとテーブルに置いた。うつぶせのまま、ぐーすか寝ている姿は、あの怒り狂って我を忘れ、真尋を殺そうとしていたのが嘘のような間抜けさがあった。


「ここ、ここ、こ、こ、これ、これ、あの、これが!!!! あの!!!! 神父様のお屋敷の屋根で寝ている、あの、ドラゴン様!!!!!」


 カマルが小声で興奮しながら叫ぶ。

 リギュウは言葉もないのか両手で口元を覆って、ほぼ顔は見えないが、興奮しているのだけは伝わって来る。


「ポチ、ほら、ポチ、起きな」


 サヴィラがツンツンと指でつつくと「ぎゅ?」と小さく鳴いて、ポチが顔を上げた。金色の目がカマルとリギュウを見つけると「なにこれ?」とでも言いたげに真尋を振り返った。


「魔物屋を営むカマルと、今度、うちで働くことになったリギュウだ」


「ギュー?」


 へぇ、と聞こえる声で鳴いて、ポチはぐっと伸びをするといつもの腕に抱えられるサイズに大きくなった。カマルとリギュウが「おぉぉ」と小声で叫んだ。


「ギャウギャウ!」


 テーブルの上にどかりと座ると短い前脚を持ち上げて挨拶をした。

 リギュウが「きゃー!」と乙女みたいな悲鳴(小声)を上げたので、真尋はあやうく紅茶を噴き出すところだった。サヴィラがリギュウの図体から、ミアから出そうな悲鳴が聞こえたことを脳が処理しきれていない様子だ。


「な、泣いてる……」


 リックの引きつった声にカマルに顔を向ければ、カマルは真顔のまま滂沱の涙を流していた。リギュウがドン引きする真尋サイドに気づいて、「……おじさん?」とカマルに声をかけると、カマルがはっと息を吐きだした。どうやら呼吸も忘れていたようだ。


「伝説のドラゴン様に挨拶して頂けるなんて……生きてて良かった……っ」


 両手で顔を覆って、おいおい泣き出したカマルにリギュウが感極まって彼も泣き出し、「そうだね、そうだね」と何度も頷きながらカマルの背中をさすった。

 五千年以上生きているはずのドラゴンも何かやばい気配を察知したようで、おずおずと真尋を振り返った。


「大丈夫だ、取って食ったりはしてこないと思う。多分だが」


「ぎゅー……」


 本当かよとでも言いたげにポチが鳴いた。


「というかなんで、ポチがポケットに?」


 サヴィラが首を傾げる。


「朝一の会議がポチの今後……主に遠距離移動の際の貸与についてだったので、連れて行ったんだ」


「なるほど。で、一回、いくらになったの?」


「まさか、領主様から金をもらうなんてできるわけもない」


 真尋は大げさに肩をすくめて見せた。


「……ダビドじいさんが、タダより怖いものはないって」


 サヴィラのつぶやきに後ろの護衛騎士がぶんぶんと首を縦に振って頷いている。


「俺は金を稼ぐのは得意だからな。他でいくらでも稼げる。だからポチを厚意で貸す方がより俺にとって有益な利益が出ると判断しただけだ」


 ジークフリートは、なんとか利用料を払う方向に持って行こうとしていたが、真尋がことごとく断ったので、最後には頭を抱えながら「神父殿の厚意、感謝する」と絞り出すように告げていた。真尋の勝ちである。

 ちなみにジークフリート以外の――主にウィルフレッドや各ギルドのマスターなどの有力者――は使用する場合は利用料を払うということで話をまとめた。ジークフリートだけ特別なのだ。なんたって領主様で、なんたって友人だから。


「領主様、最後には『私もお金がいい』と泣いてましたけどね……」


「あんまり虐めちゃだめだよ?」


 リックの告げ口にサヴィラにたしなめられたが、真尋としては、これだけ散々迷惑をかけられて、夫婦間及び家族間を取り持ち、領内の平和を維持してやっているのだから、むしろ、既に返せないくらいの貸しは出来ていると思っている。


「……カマル、落ち着いたか?」


「どう見ても落ち着いてないでしょ」


 諦め半分で投げた問いにサヴィラが冷静に返してくる。

 カマルはまだおいおいと泣いていた。リギュウもまだ鼻をすすっていて、彼の高い鼻は真っ赤だ。


「あー……リギュウ。もし、この後、予定がなければ我が家に様子を見に来るか? 家の様子と魔物たちの様子、ついでに余裕があれば家の者を紹介する。ジョシュアたちと面識は?」


「あります。ジョシュアさんは、うちの常連さんなので……」


「だが、これまで店では見かけなかったが……」


 これだけの大きな体なら、印象に残っているはずだが真尋の記憶の中にはさっぱりといない。


「私も聴取をした覚えがありませんね」


 リックもぽつりと漏らす。水の月の事件でこの店を担当していたのが主に第二小隊だったのだ。あの時は、事件現場にいたかどうかは関係なく、ロークの従業員やこちらの使用人などは全員、事情聴取が行われたのだ。


「俺は事件の少し前から実家に帰っていたんです。兄が家業の牧場を継いでいるんですが、足をくじいてしまって……その時、兄嫁は産後間もなくて、とてもではないですが仕事は無理。その上、生まれた子が三つ子で母も駆り出され、さらに従業員も突然の葬式やら遠方での結婚式やらで人手が足りなくなってしまって、おじさんが紹介してくれた人たちと俺は手伝いに戻っていたんです」


 畜産業は、命を世話する仕事だ。その性質上、怪我をしたから休みというわけにはいかない。だが、何事も不測の事態というのは起こりうるものだ。


「それでいなかったのか。帰って来たということは兄君は回復したのか?」


「はい。おかげさまで元気です」


「三つ子かぁ、大変そう……」


 サヴィラがぼそりと呟いた。

 我が家も双子だが、何分、人手が余っているため、大変は大変だが親が休む時間を確保できている。だがぎりぎりの人数で回していたなら、本当に大変だっただろう。


「今は兄も回復して、実家が落ち着いたので先月、俺も戻って来たんです」


「平穏を取り戻せたのなら、何より……おい、カマル。いつまで泣いているんだ」


 溜息交じりに真尋は視線を投げる。

 カマルはまだおいおいと泣いていた。


「だ、だって、ドラゴ、ドラゴンさ、ま。がぁ……あいざづ、をっ」


「もうだめだ、こいつは置いて行こう。リギュウ、抜けられるか?」


「は、はい。二時間ほど、休憩をいただいてます」


「では、行こう。カマル、借りるぞ」


 泣きすぎて引きつった声で「じょうどっ」と返って来た。多分、「どうぞ」だろうと判断し、真尋は席を立ち、廊下へと出る。待機していたメイドにカマルを任せ、真尋たちは玄関へと歩き出したのだった。



ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

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次のお話も楽しんで頂けますと、幸いです。

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― 新着の感想 ―
リギュウが「きゃー!」と乙女みたいな悲鳴(小声)を上げたので… そりゃあ全盛期MAXな竹内力や白竜とかからピカチュウ(大谷育江)の声がしたらねぇ。 僕なら紅茶は噴き出して爆笑です。
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