表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
黒猫と収穫祭編
148/158

第一話

「パパ、すごいね!!」


「ああ。本当に賑やかだな」


「あなた、見て。お花がたくさんよ」


「母様、前見て歩かないと危ないよ!」


 真尋は、雪乃とミアとサヴィラとリック、そして、ジョシュア一家とともに収穫祭へと来ていた。

真尋たちはブランレトゥの東にある温泉地グラウでの療養を終えて、昨日、ブランレトゥに到着した。

 そして、さっそく、今日はお祭りにこうして繰り出してきたのだが、レオンハルトとシルヴィアは、明日以降でなければ来られないと出かけ際に判明した。急な帰宅に加えてグラウの町の騎士団の騒動と領主家の騒動で護衛の手配が間に合っていなかったのだ。

 大通りは、普段から平日も人通りの多い場所だが、収穫祭真っただ中の今は輪をかけて大勢の人々が行き交っている。その中を仲良く手を繋ぐジョンとミアを先頭にして、その後ろに真尋は左腕を雪乃に貸してついていく。真尋の後ろにはサヴィラとリックが並んで歩いていて、その後ろにジョシュアとプリシラがいて、リースはジョシュアに肩車してもらっていた。

 ちなみ双子は家でお留守番だ。クレアとアマーリアが嬉々として子守を引き受けてくれた。


「毎年のことだが、人が多いよなぁ」


「お父さんたちはもうお祭りに来た?」


 ジョンが振り返って尋ねる。


「いいや。ジョンが帰ってきたら一緒に行こうと思ってな」


「私もつわりで来られるか心配だったけど、ヴァイパーのおかげで本当にすっきりよ」


 プリシラがころころと笑う。

 三人目にして初めて酷いつわりに悩まされていたプリシラだったが、ヴァイパーの故郷であるシケット村で妊婦に好まれているハーブティーが彼女のつわりには効果てきめんで、今は食欲も戻り、顔色もよく元気そのものだ。

 あれこれ話しながら、大通りを抜ければ、各地区の繋ぐ中心にある大広場へとたどり着く。

 そこには屋台が所狭しと並んでいて、軽食はもちろんだが、この祭りのために地方からやってきた職人たちが自分の作品を売って居たり、掘り出し物がありそうな骨董商が来ていたりと、店の種類は様々だった。


「ねえ、サヴィ。楽しそうなお店を見つけて、レオンたちと来ようね!」


「そうだね」


「ヴィーちゃん、どんなお店が好きかなぁ」


 子どもたちがきょろきょろと辺りを見回す。

 

「ママ、ヴィーちゃんにおみやげ買ってもいい?」


「ええ。でも今日は何か美味しいものにしましょう? 形に残るものは、明日、一緒に来た時に選ぶといいわ」


「うん! あ! ここ美味しい匂い!」


 雪乃の提案にミアが嬉しそうに頷いた。

 真尋は、クッキーやマフィンが並ぶ屋台の前で足を止めた雪乃とミアにつられて足を止める。ミアは、ジョンと雪乃とともに屋台に近づいていく。真尋は甘い匂いに胸やけがしそうで、その場で待つことにする。代わりにプリシラとサヴィラは「美味しそう」と言いながら彼女たちの下へ行く。


「……にしても人が多いな」


「ま、一年で一番、人手が増えるからな。春に感謝祭もあるが、あっちは農民はとくに種まきしたり、苗を植えたり祭りどころじゃないから、そこまで混まないな。町の中のお祭りって感じだが、この収穫祭はそれこそ領内各地から人が集まるんだよ。収穫祭の名の通り、収穫したものを売らなきゃならん。今なら屋台でたくさん作物も仕入れてくれるし、ここで稼いで冬支度用の資金を調達しないとな」


「とはいえ、ブランレトゥに住んでいると子どもの頃は、秋の収穫祭と春の感謝祭は、楽しくて仕方がありませんでしたけどね」


「それはそうだろうな」


 リックの言葉に楽しそうにお菓子を選ぶ我が子たちに目を細める。


「そういえば、レイは? 朝から姿を見ないが……昨日の夕食の時はいただろ?」


「昨夜、ソニアに呼び出されて、孤児院の方に行った」


「何かあったのか?」


「さあ? 俺には今のところ、連絡はないぞ。多分、こき使われてんじゃないか?」


 ジョシュアがけらけらと笑って肩を竦めるも、心配そうな顔になる。


「だが、マヒロも忙しそうだな……怪我が治ったもんだから、容赦なく仕事が降り注いでるそうじゃないか」


 ジョシュアとレイにも、昨夜、自分たちが「日本から来た」ということは伝えてある。

 真智や真咲が赤ん坊になった経緯を話すには、必要なことだったからだ。二人とも驚いてはいたが「違う世界から来たほうが納得できる」というよくわからないことを安堵した顔で言われた。


「こればかりは仕方ない。誘拐事件に関しては、最初に首を突っ込んだもの俺だしな」


 今度は真尋が肩を竦める。

 療養する予定のグラウで、真尋はうっかり誘拐犯のアジトを見つけてしまったため。母のおかげで奇跡的に怪我から回復していたのもあり、後半はほぼほぼ仕事をせざるを得なかった。

 日本の警察官がドラマではない現実で、ひたすらに事件に関する書類仕事をしているように、こちらでいう警察――騎士もまた似たようなもので、一つの事件に対して作成・提出しなければならない書類は山のようにあるのだ。


「とにかく報告書やら調書やらあれこれ多くてな……」


「騎士の仕事の八割は事務作業ですからね」


 リックが苦笑を零す。


「だから騎士には知識・教養という条件があるんですよ。書類を作成できなければ、騎士にはなれませんからね」


「その点、冒険者は頼めばギルド職員が代筆してくれるからなぁ。俺は町にいたから読み書きは一通りできるが、やっぱり地方から来た奴らは、読み書きができない奴も多いしな」


「地方には手習い所はないのか」


「なかなかな。地方に行けば行くほど、子どもも働き手になる。マヒロのとこはどうだったんだ?」


「うちか? うちは小学校と中学校という学校があってな。六歳から十五歳までの九年間通うわけなんだが、これが義務教育と呼ばれて、基本、無償で教育を受けられる。そこで読み書きに加えて計算や、歴史、生物に関することや、他にも料理や裁縫の基礎なんかも学べるな」


「すごいな……こっちの手習い所は、基本的には読み書きと計算、軽い歴史くらいだからな」


「うちの国の識字率は、国民全体で九割という高水準だったからな。王国なんて面倒なところには手を出さんが、この俺がここに来た以上、何より俺の愛しい妻子が住まうならば、アルゲンテウス領を王都以上に発展させる気でいる。識字率も九割を目指す予定だ」


「それはすごいですが……文字が読めなくても生活ができるので、なかなか意識を変えるのは難しいかもしれませんね」


 リックが顎を撫でながら零す。


「それはお前が当たり前のように文字を読めるからだ。貧民街の青空学校では、毎回、老若男女問わず参加者は多いぞ。あちらもまた再開しないとな……それに識字率を上げることは、赤ん坊や子どもを守ることにも繋がる」


 リックとジョシュアが揃って首を傾げた。字が読めないどころか、自分では何もできない赤ん坊と文字の読み書きがつながらないのだろう。


「識字率を上げると言うことは、貧困を解決することでもある。文字が読める、計算ができる、ただそれだけのことでごみを拾うことしかできなかった人間が、もしかすればどこかの商家の下働きに入れるかもしれない。それにだ、俺の故郷では、母親の識字率が上がることで、五歳以下の乳幼児の死亡率が下がるという統計が出ている」


「それは、どうしてですか? まともな仕事につけるからですか?」


「もちろん、それもあるだろう。まともな仕事なら給料も良いから、快適な衣食住を確保できる確率が高くなる。だが、それ以外に文字が読めるということで、知識に対する重要性を理解できる。すると無知から脱却し、例えば赤ん坊の病気の兆候を知識として得ていれば、対処もできるし、そういう時、どういう機関に頼ればいいかも分かる。そうすることで乳幼児の死亡率が下がるんだ」


「なるほど……」


「まあ、まずは農場に関することが最優先だがな。米が尽きたら俺は死ぬ」


 真尋は堂々と言い切った。

 事実、雪乃が来て米を再び食うまでは、パンやパスタでも我慢できていたのに、今は一日に一度は絶対に米を食べないといられない。


「コメというか、ごはんは、最初は不思議でしたが、慣れると美味しいですよね。とくに私は、ショウガ焼きと一緒に食べるのが好きです」


「マヒロんとこの飯は、どれもこれもうまい。ごはんがとにかくたくさん食べられるんだよなぁ。ウィルも、ミソシィルが好きだって言ってたし」


「そういえば、お前の家のパンはどうなったんだ? 例のレーズンの……」


「あれは私ではなく、イチロさんと両親と弟がやっていることですので、私は詳細は知らないんです」


「まあ、お前はパン屋じゃなくて俺の護衛騎士だしな。今回のレーズンの件は一路が大分、シケット村産のレーズンに惚れこんでいるしな」


 だんだんと話が流れて、そんな話をしている内に買い物を済ませた妻と子どもたちが戻って来る。真尋は荷物を受け取り、アイテムボックスにしまう。


「あ! サヴィー!!


 元気な声に振り返れば、黒猫の耳が可愛らしいネネがこちらに駆け寄ってきた。ネネに抱き着かれてよろけたサヴィラをリックがさりげなく支えている。ネネの後ろからは、ルイスとレイがやって来る。どうやらレイは、ソニアに呼び出されて、子守りを任されていたらしい。


「こんにちは、神父さん!」


「こんにちは!」


「ああ。こんにちは、ネネ、ルイス」


 真尋はぽんぽんと二人の頭を順番に撫でた。ネネたちが雪乃とも挨拶を交わすのを横目に入れつつレイに顔を向ける。


「なんだ、子守りか」


「……いつも一番、手伝いをしてくれるのがネネとルイスだから、ご褒美らしい。だったらおめーが連れてけよって言ったら、つねられた」


 ぶすっとした顔で告げるレイの頬は確かに少し赤くなっていた。

 ネネはウェイトレスとして、ルイスは厨房で見習いとして、それぞれ山猫亭でお手伝いをしている。真尋としては、もっと自由に過ごしてほしいところだが、当の本人たちが楽しそうなので見守るにとどめている。それにルイスは、料理のスキルがあるらしく、水を得た魚のように成長しているとサンドロが言っていた。


「ねえ、あっちに的当てがあったの! あたし、一度やってみたかったの、一緒にやろ!」


 ネネが自分たちが来たほうを指さして、サヴィラにねだる。


「いいけど……」


 サヴィラが伺うように隣にいる雪乃を見上げた。雪乃は、穏やかに微笑んで頷いた。


「ふふっ、かまわないわよ。でも、的当てってなぁに?」


「的当てって言うのはね、布でできたボールを点数が書かれた的に投げて、合計点で競うんだよ!」


 首を傾げた雪乃にジョンが答える。


「あら、実は、私、的当ては得意なのよ~」


 そこへプリシラが参戦する。方向音痴を極めている彼女だが、ボールは真っ直ぐ飛ばせるのだろうか。

 一行はぞろぞろと的当ての屋台へと移動する。そこは、輪投げであったり、簡易のチャンバラだったり、体験型の屋台が固まっていた。どれもこれも基本は子供向けのようで、大勢の子どもたちの姿が見受けられた。


「孤児院の子どもたちは、ちゃんと来られているのか?」


「もちろん。つっても全員、一気に連れてくるのは大変だから、数人ずつ宿に泊まってる冒険者が保護者替わりで連れて来てるぜ。ネネとルイスは、孤児院じゃ年長者組だからよ。遠慮してばっかりいるから、ソニアが強硬手段に出たんだ」


 孤児院にいる中で、もっとも年上なのは十一歳のネネだ。基本的には一桁年齢の子どもたちがほとんどだ。それ以上の子どもは、貧民街で生活の基盤を得ていたり、思春期という難しい年ごろだったりで、なかなか頷いてくれないのだ。


「お一人様、一回五球。合計点で、景品が変わりますからねぇ~」


 的当ての説明を店主らしい年かさの女性が説明している。

 真尋は子どもたちと妻二人分の料金を支払って、素直にお礼を言う彼らに小さく手を挙げて返して一歩下がった。

 プリシラが「見本よ!」と気合いを入れて投げると、三つ並んでいる的の内、彼女の正面ではなくその隣りの的に当たったが、ど真ん中だった。


「おかしいわねぇ、いつも狙っている的の隣の的に当たるのよ」


 心底、不思議そうに首を傾げるプリシラにジョンが苦笑をもらしていた。

 六歳児以下は、的が近くに設置してもらえるようで、ミアが一生懸命投げる姿に目を細めていると、レイに肘でつつかれる。


「なんだ。俺は娘を見るのに忙しいんだが……」


「うるせぇ、親馬鹿神父。お前とジョシュアとリック、耳に入れといてくれ」


 レイは真尋の抗議を受け流して、口を開いた。真尋もリックも雪乃たちから目は離さずに耳だけを傾ける。


「……昨夜、発覚したんだが、どうやら不審者が最近、孤児院の周りをうろついてるらしい」


「どういうことだ?」


 リックが素早く周囲に視線を走らせた。


「山猫亭のほうで、冒険者たちの誰かが『そういえば、今日、怪しい男が孤児院を見てた』って言いだして、その言葉がきっかけで、俺も私もって広がったらしい。んで、ソニアが証言をまとめたところ、どうも一ヶ月くらい前から早朝とか夕暮れに、物陰から孤児院を見てる男がいるって判明したんだ」


「一か月前というと俺がここを離れていた時だな」


 ブランレトゥの外へ出てしまうと、監視用の小鳥を使うことができなかった。そのため、真尋がブランレトゥを不在にしていた間のことは分からないのだ。


「目撃された時間は、早朝、真夜中、夕方なんだが、そのくくりの中でもバラバラで、姿を確認されなかった日もある。今、ソニアが宿にいる冒険者たちに話を聞いて、まとめている最中だ」


「目的などはまだ分からないということですね?」


「また誘拐か?」


 リックと真尋の言葉にレイが肩を竦めた。


「発覚したのが昨夜で、俺ァまだ本人を拝んでもねえからな。ただ誘拐の線は否定はできねえ。うちの孤児院は、チビが多いし、これまで何度か養子に関することで女衒(ぜげん)が潜り込んでいるからな」


「ちっ。次から次へと……」


 煙草に伸びそうな手をぐっとこらえる。ここには、女性と子どもがいるので我慢しなければならない。

 女衒は、女性と娼館を繋ぐ仲介役だ。とはいえ、養子縁組の場にもぐりこんでくることから察せられるように、まだ自分の意思さえない見目の良い幼子を娼館に売り飛ばすのも彼らの仕事の内なのだ。


「目的が分からんことにはな……夜、そっちに顔を出す」


「おう。ソニアにもお前を連れてくるように頼まれてんだ。忙しかったら無理しなくていいとは言ってたがな」


「騎士団の仕事ならともかく、子どもたちに関することだ。必ず行くと伝えてくれ。ただ、ミアを寝かしつけてからになるから、遅くなる」


「分かった」


「種族や特徴が分かれば、騎士団の照会にかけられるんですが……とはいえ、前科がないと引っかかりませんが」


「男と人族ってことしか今のところは分かんねえな。ウォルフが、前に酔っぱらって店のテーブル壊したことを引っ張り出されて、監視に任命されてたから、すぐにわかるとは思うがな。ソニアは、壊しても怒りはするが代金の請求はよっぽどのことじゃなきゃしねぇけど、ちゃんと覚えてやがんだよな……」


 レイががしがしと頭を掻きながらに苦々し気に言った。彼にも何か心当たりがあるのだろう。 


「ははっ、さすがソニアだ」


 強かな宿の女将に、冒険者たちはどうしても頭が上がらないのだ。

だが金で解決するより、こういういざという時、Bランク冒険者だって自由に使える切り札としてとっておくほうが、メリットが多いと真尋も思う。


「……小鳥の再配置を急がないとな」


「今はいねぇのか?」


「しばらく使っていなかったから、今は点検の真っ最中なんだ。新しい機能も試したいし。もともと俺がまともに魔法も使えなかったんで、全て回収してしまっていたしな」


「警邏の担当に、孤児院周辺の見回りを増やすように連絡を入れておきますね」


「ああ。頼む」


「では、すぐに伝言を飛ばしてきます」


 そう告げてリックが人ごみを避けて、離れていく。


「パパー! みてみて!」


 的当てを終えたミアが嬉しそうに駆け寄って来るので、しゃがんで視線を合わせる。一歩遅れてジョンもやってきた。


「これ、ジョンくんがくれたの!」


 そう言ってミアは色とりどりのキャンディが詰まった瓶を見せてくれた。その瓶も色がついていて可愛らしいデザインだ。


「ミアはね、あんまり、マトに当たらなかったんだけど、ジョンくんは、てんすう、いっぱいだったから!」


 真尋はちらりと景品表を見る。

 的の真ん中は五十点、その次が三十点、その次が十点で、当たらなかったら一点。九点以下は参加賞のキャンディが一個。五十点以下がキャンディ五個。百点以下が袋詰めキャンディ、二百点以下、二百五十点はキャンディポット(要は瓶入りのキャンディ)とあった。


「すごいな。一番、いいものじゃないか」


「僕、的当て得意なんだ」


 ジョンが照れくさそうにしながらも誇らしげに言った。


「でも、いいのか? ミアにくれるのは有難いが……」


「大丈夫よ、パパ。一緒に食べる約束をしたの! ね、ジョンくん!」


「うん!」


 ミアとジョンが見つめ合って、はにかむように笑い合う光景に、このキャンディをパパの管理下に置こう、そうしよう。と結論を出すのには、三秒とかからなかった。


「あなた、大人げないことしたら夕食抜きよ」


 伸ばしかけた手は、こちらに背を向けてボールを投げているはずの妻の声にぴたりと止まった。頭上でジョシュアとレイが、噴き出すのが聞こえた。明日の鍛錬では、絶対にこの二人を庭の池に沈めようとひそかに決意し、立ち上がる。

 視線の先では、サヴィラが同じように獲得したキャンディの瓶詰をネネに渡していた。ネネの尻尾が嬉しそうにピンと立っている。ルイスは、自力でキャンディの袋詰めをゲットしたようだ。


「ボールを投げるのって難しいのね。でも、人生で初めてボールを投げたかもしれないわ」


 雪乃がキャンディを五個もらってこちらにやってくる。プリシラは、得意というだけあってキャンディの瓶詰をゲットしたようだ。


「君は運動を禁止されていたからな。どうだった?」


「ふふっ、楽しかったわ」


「ユキノは筋がいいわ。練習すれば来年には瓶を狙えるわよ」


「ふふっ、シアの教え方が上手だからよ。明日は、アマーリアにやってもらいましょ」


「やったことあるかしらね?」


 雪乃とプリシラが、楽しそうに話している。仲が良いのはいいことだ。


「ね、神父様、この後、神父様のおうちに遊びに行ってもいい? 赤ちゃん見たい!」


 ネネのおねだりに真尋は、小さく笑って頷いた。


「もちろん」


「ありがとー、神父様!」


 はしゃぐネネの頭をぽんぽんと撫でれば、ごろごろと喉が鳴る。

 それからもう少しだけ屋台を冷やかした後、真尋たちは大広場を後にして、自宅へと向かったのだった。








「本当に赤ちゃんになってる……」


「可愛いねぇ」


 ネネとルイスに抱かれた双子は、ミルクの後ということもあって、すやすやと眠っている。

 談話室で真尋は、子どもたちとともにのんびりと過ごしていた。ジョンとレオンハルトは図書室に行っていて、女性陣はメイドたち(カレンは除く)を連れて、夕食の支度に行ってしまっている。ジョシュアとレイも冒険者ギルドに呼び出されてしまい、大人は真尋とリックだけだ。

ちなみに一路とティナは収穫祭デートに出かけると言っていたし、海斗はエドワードを連れて収穫祭限定激辛サラミを買いに行くとかなんとか言っていた。あの兄弟の味覚にだけは付き合いたくない。


「んもー、騎士様なんだから頑張って!」


「だ、だから、首が、ね! 首が据わったら!」


 相変わらず赤ん坊を抱くことから逃げ回っているリックに、真智を抱くネネが迫っていく。サヴィラは完全にネネの味方のようで「いざという時、困るでしょ」とあきれ顔でリックの服の裾を掴んでいた。

 ルイスは慣れた様子で眠る真咲に目を細め、ゆらゆらと体を揺らしてあやしている。

 そして、あっという間にリックはその腕に真智を抱かされた。カチコチに体が強張っていて、直立不動だ。ルイスのように体を揺らすなんてことは、出来そうにない。


「マ、マヒロさん……!」


 リックが情けない顔でこちらを振り返るので、ソファに娘たちと並んで座り、お人形遊びに付き合っていた手を止める。


「お前は何をそんなに怯えてるんだ」


「赤ちゃん、かわいいのよ?」


「わたくしだってだっこできるのに」


 ミアとシルヴィアも不思議そうに首を傾げる。


「だ、だって、首もぐらぐらで、小さいし、ふにゃふにゃですし……!」


「リック、プリシラの子どもが女の子だったら、抱かせてもらうといいよ。男の子よりずっとふにゃふにゃのやわやわだから」


 サヴィラの言葉にリックが目を見開く。


「え!? これ以上に……!?」


「そう。これ以上に」


「当たり前だろう。赤ん坊とはいえ、男女では差があるんだ。男児のほうが体はがっしりしていて硬いが、女児は軟らかい。もっとふにゃふにゃしている」


 嘘だ、という顔をしているが、事実である。

 真尋も親戚(雪乃側)の赤ん坊を何人か抱っこさせてもらったことがあるが、やはり女の子は男の子よりも軟らかかった。


「リックくん、ミアにちょうだい」


 あまりにカチコチなリックに、ミアが手を伸ばすと、リックはこれ幸いと言わんばかりにミアに真智を託す。ミアは、リックとは比べ物にならないくらい上手に真智をその細い腕に抱える。


「リックくんは、体がおおきいから、もっとじょうずにだっこできるはずなのにねぇ」


「わたくしだってできますのに」


 六歳児と五歳児の言葉にリックが「だって首が……っ」と言い訳をしている。

 真尋自身が初めて抱いた赤ん坊は、雪乃なのだが、当時はまだ自分も一歳だったので母が真尋を膝に乗せて、雪乃を抱えさせてくれたのが正しい。

 自分一人で抱っこしたという意味では、弟たちが初めてだが、あんなに怯えた記憶はない。むしろ可愛くて、可愛くて、母に抱っこの仕方を教わった後は、飽きることなく抱えていた記憶がある。一路と海斗だって、最初はおっかなびっくりしていたが、すぐに慣れていた。


「私、本当に身近に赤ん坊がいなくてですね……」


「今はいるんだから、さっさと慣れろ」


 そんなぁ、とか情けない声が聞こえるが、真尋は聞こえなかったことにして、可愛い娘の腕の中にいる可愛い息子という可愛い構図に目を細める。可愛いがあふれかえっている。


「神父さん、お庭から誰か来るわ」


「このあしおとは、ルーカスおじいちゃんとおでしさんのだれか!」


 ネネの言葉にミアが続く。弟子の誰か、というのはルーカスには大勢の弟子がいて日替わりで来るからだ。さすがのミアも日替わりの弟子の足音までは覚えきれないのだろう。

 一階にある談話室は、そのまま庭に出られる設計になっているので、出入り口のガラス戸に顔を向ければ、二人の言葉通り少ししてルーカスが弟子の青年を連れてこちらにやってきた。

 真尋は立ち上がり、リックとともにルーカスを迎える。

 ルーカスは仕事柄、基本的に土やら葉っぱやらで汚れているので、仕事終わりの風呂をすませてからでないと(クレアに怒られるので)屋敷には入らない。そのため、真尋とリックが外へ出て対応する。

 ルーカスの隣には、何度か見かけたことのある弟子の青年がいた。


「どうかしたか? 怪我でもしたか?」


「怪我なんかしてないですよ。そうじゃなくて、こいつが神父様に言いたいことがあるって言うから付き合ってるだけで、ほれ、ついて来てやったんだからさっさと言え」


「師匠、そう急かさないでくださいっす! 神父様の前だと俺はどうにも緊張して……」


「いいからさっさと用件を言え、神父様はお忙しい方なんだからな」


「わ、分かってますってば! ええっと、ええとですね……」


 あまりに青年がオロオロしているので可笑しくなって、喉を鳴らして笑った。

 まだ話し出すにはかかりそうだと、指を振って先に会話が中に聞こえないように防音魔法をかける。


「くくっ、落ち着け。取って食ったりはしない」


「へ、へひっ!」


 なんだその返事は、とルーカスが呆れたように溜息を零した。しかし、青年はガチガチに緊張している。リックが「お気持ちは分かりますよ」と頷いている。

 昔からこういうことはよくある。何でも真尋の顔が綺麗すぎてどうしたら良いか分からなくなるらしい。


「深呼吸をしろ、ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。もう一度、吸って……吐いて」


 二、三度、真尋の声に合わせて深呼吸をした青年は、漸く落ち着きを取り戻し始めた。胸に手を当てて、最後に大きく息を吐き出すとおずおずと口を開いた。


「お、俺、ルーカス師匠のお遣いでちょいと出かけてたんすけど、今さっき帰ってきて、そん時、すぐそこで物乞いみたいな男に声を掛けられたんす。『神父の屋敷の庭師か』って聞かれて、でも俺が返事をする前に『黒猫の娘がいるだろ? 連れて来てくれ』って言われたんす」


 真尋はぱちりと目を瞬かせた。ルーカスも驚いた顔で弟子を見ている。


「多分、ネネちゃんのことだって俺、気付いて……何度か庭で休憩時間に一緒に遊んだことがあるんですよ。ただ俺はネネちゃんが今日、ここへ来ているかは知らなかったので、帰って来てから師匠に聞いたら来てるって言われて驚きました」


「男には何て返事をしたんだ?」


「『俺は屋根の上のドラゴンを見に来ただけだから知らねえ』って、返しました。その男、凄く酒臭かったし、なんか危ない感じだったんで、俺、正門じゃなくて裏門から入りなおしたんです」


「賢い判断だ。リック、サヴィラを呼んできてくれ」


「はい」


 リックがすぐさま中へ入り、サヴィラを連れてきた。絵本の読み聞かせを妹たちにねだられたのか、息子の手には絵本があった。中を見れば、図書室に行っていたジョンとレオンハルトが戻ってきていた。

 サヴィラは不思議そうな顔で「どうしたの」と首を傾げた。


「サヴィ、不審者が彼に『黒猫の娘』について尋ねてきた。おそらくネネのことだと思うんだが……」


 紫紺の瞳が大きく見開かれた。


「……心当たりが?」


「そいつ、どこ行った?」


 サヴィラが顔を強張らせて青年に詰め寄る。青年は、オロオロしながら首を横に振った。


「し、知らないって言ったら、舌打ちしてどっかに行っちまったんス。それで俺は神父様に伝えに……」


「そいつ、明るい茶の髪で紫の瞳の男だった?」


 サヴィラが問いを重ねる。


「そ、そうっす。坊ちゃまの知り合いだったんスか?」


 問いへの肯定にサヴィラの眉間に深い皺が刻まれて、むっつりと黙り込んでしまう。絵本を持つ手が力の入れ過ぎで筋が浮き、指先が白くなっているのに気付いて、真尋はサヴィラの肩に手を置いてそっと抱き寄せ、あやすようにその肩を叩く。


「サヴィ、知り合いなのか?」


 真尋の問いにサヴィラは唇を固く引き結んだまま後ろを振り返った。息子の視線を辿った先にいたのは、ネネだった。ネネは、優しい顔で今度は真咲を抱っこしていた。おそらくこの会話が耳の良いネネに聞こえていないかを心配しているだろう。


「家の中には聞こえないようになっている。お前にも聞こえなかっただろう?」


そう告げるとサヴィラは唇を噛むのを止めて顔を上げ


「…………多分、そいつはネネの父親」


 予想外の人物に真尋たちは顔を見合わせた。

真尋はミアとサヴィラが寝込んでいたあの夜、ネネが父親について話してくれたのを思い出した。父親はネネを日常的に虐待していて、サヴィラがネネを救い出してくれたのだと言っていた。


「とっくに死んだと勝手に思い込んでいたが、そういえばネネは死んだとは一言も言ってなかったな」


 真尋は顎を撫でながら呟いた。

 しかし、サヴィラはまた黙り込んでしまった。ルーカスと青年がオロオロして真尋とサヴィラの間で視線をうろうろさせている。リックは心配そうにサヴィラを見ていた。真尋は、サヴィラの肩に添えた手をそのままにルーカスと青年に顔を向ける。


「報せてくれてありがとう。もしまたそいつが現れたら、そいつに声を掛ける前に俺に知らせてくれ」


「分かりましたっス」


「弟子たちにも言っておくぜ」


 ルーカスの言葉に「頼む」と返すと、ルーカスは弟子の青年と共に作業へと戻って行った。

 サヴィラはむっつりと押し黙ったままで顔を上げる気配はない。


「サヴィラ、ネネに聞こえない場所なら詳しく教えてくれるか?」


 真尋の問いにサヴィラは顔を上げると、うん、と素直に頷いた。

 なら、おいで、と息子の肩に手を添えたまま真尋は庭へと歩き出した。


「リック、子どもたちを頼む。何かあったら呼んでくれ。俺たちが戻るまで、子どもたちを庭に出さないように」


「了解し……待ってください、双子が!」


「ネネとルイスがいれば大丈夫だよ。そもそもミアとジョンもしっかり面倒見てくれるから」


 情けない護衛騎士に息子が冷静に返す姿を見ながら、本格的にリックに赤ん坊の世話を仕込もうと決意する。赤ん坊の世話ができることは、将来的にも役に立つはずだ。


「頼んだぞ」


 それだけ告げて、真尋は息子とともにさっさと足を進めるのだった。







新年、あけましておめでとうございます!


相変わらずののんびり更新予定ですが、

本年もどうぞよろしくお願いします。


明日は、第二話を19時更新予定です。


春志乃

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今年もよろしくお願いいたします。 ボールも方向音痴になるところを思い浮かべました。反れる程度なら可愛いですが、90度曲がったり、前に投げたのに真上や真後ろに行ったら、方向音痴ではなく魔球ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ