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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第二部 本編
146/158

最終話 帰った男


「ほう、いい品だ」


 マヒロが目の前に広げられた宝石たちに満足そうに目を細めている。

 会議室代わりの倉庫に呼びつけられたグラウの宝石商・オーブ会頭、ベネディクトは誇らしげに胸を張った。ベネディクトの隣には支配人であるクルトがいる。

 リックは護衛騎士としてマヒロの背後に控えている。ちなみに先ほど、帰ってきたポチもティナのピオンぐらいのサイズになって、マヒロの肩に乗っている。

 目の前のテーブルに広げられた宝石たちは、研磨されたものや原石であるものもあるが、どれもこれも素晴らしい色と大きさを誇っているのが素人目にも見て取れた。


「ええ、今回、買い付けたものの中でも私が自信をもっておすすめできるものをお持ちしました」


 周りでは慌ただしく騎士たちが倉庫内の片づけを行っている。

 とにかく片付けというものが壊滅的にへたくそな主は、幼馴染の兄弟によって「邪魔になるからここで大人しくしてて」と言われ、片隅の椅子に座らせられたのだ。そこで(時折彼の確認が必要な書類もあるので帰れず)暇を持て余したマヒロが結婚式で雪乃が身に付ける宝石についてベネディクトに相談の小鳥を飛ばしたところ、たまたま彼らの時間が空いていると言うので、リックが彼を迎えに行き、ここに連れてきたのだ。

 そしてマヒロの「勉強の一環だ」という一言によってこうして同席させてもらっている。


「だが、これらも素晴らしいのだが、こういうのはお互いの瞳の色のほうがいいと思わないか?」


「そうなると石一つでは表現しきれないかと、やはり銀というのは貴石でなかなか……」


 ベネディクトが眉を下げる。

 異世界からやってきた主の瞳の色は、銀色を基本としているが瞳孔の周辺は深い蒼が浮かんでいる。それはとても不思議な月の夜を思わせるような色なのだ。それは彼の妻や息子たちも同様で、ユキノは銀と紫だ。双子は、銀にそれぞれ黄緑と水色だ。

 イチロとカイト、ミツルも二色の瞳だが、彼らはまだどれも貴石で表現できそうな色合いだ。


「君のところでは、かなり腕の良いドワーフ族の職人を抱えているんだったな」


「はい。いくつか彼の作品を用意しておりますが、ご覧になられますか?」


「ああ。ぜひ」


 真尋の返事にベネディクトが頷き、クルトに目で指示を出せば、クルトが荷物の中からいくつかのビロードの箱を取り出してテーブルに置いた。

 中に入っていたのは、既にネックレスやイヤリングなどに加工されたものだ。


「どうぞ、お手に取ってごらんください」


 リックの今の給料では到底弁償など出来そうにないので触りたくないが、主は手袋をはめるとためらいもなくそれらを手に取り、どこからともなく取り出したルーペを使って細部を観察し始めた。ネックレス、イヤリング、ブレスレットと順番に手に取っている。


「…………素晴らしい。とても緻密で繊細で、さすがの俺でもここまでの細工はできないな」


「ありがとうございます。ただ難点を挙げるとすると、ドワーフ族らしく、なかなか自分の作品を手放さない習性がありますが……」


「ジルコンで身に染みている」


 マヒロの返しにベネディクトは「聞き及んでおります」と苦笑を零した。


「かなりの腕前だ。彼に加工できないものはあるか?」


「どんなものでもお望み通りに」


「ふむ……」


 ブレスレットを箱へ戻して、マヒロが椅子に深く腰掛けて、顎を撫でる。何か考え事をしている時のマヒロの癖だ。

 何かまたとんでもないことを言いそうだな、と思ったがこればっかりはユキノへの贈り物なので、彼女に言うわけにもいかないし、頼りのサヴィラも意味のある贈り物に関しては二千万Sでも容認してしまうのだ。金持ちの感覚はリックにはさっぱりと分からない。


「これは俺が所有するものの一つなんだが」


 そう言ってマヒロは無色透明の手のひらほどの大きな石を一つ、アイテムボックスから取り出してテーブルの上に置いた。

 透明度が高すぎて、机の上に水の塊があるように見えるほど透き通っている。


「これは魔石だ」


「まさかご冗談を」


 ベネディクトは首を横に振った。クルトはなぜか顔色を失っていることに気づいた。

 リックは意味が分からず首を傾げる。


「わ、私はこれだけのものがこの世に存在しているなんて、信じられません……!」


 ベネディクトは青い顔で首を横に振った。クルトが主の言葉に首がもげそうなほど頷いている。


「マヒロさん、これ、なんなんですか?」


 リックはマヒロに問いかける。

 マヒロは長い指で肩の上にいるポチの小さな頭を撫でる。


「これが、この間、詫びの品にと持ってきたんだ。向こうに行った時、里帰りしたらしい」


「ポチが、持ってきたって……それ、ドラゴンの秘宝ってことですか……?」


 リックは頬が引きつるのを感じながら辛うじて、そう言葉にした。

 運悪く書類を持ってきたガストンとピアースは固まり、あんぐりと口を開けている。


「ねえ、ドラゴンの秘宝ってなに?」


「珍しいのか?」


 ひょっこりと幼馴染兄弟が顔を出す。


「さあ、知らん。ポチが俺に怪我をさせてしまったことを、なんか知らんが随分と反省していて、先日、俺に寄越したんだ」


 マヒロが長い脚を組みかえながらあっけからんと答える。


「へぇ、なんかお水みたいだねぇ」


 イチロが魔石をのぞき込む。


「ドラゴンの秘宝ってなんなんだ?」


 カイトが同じように魔石をのぞき込んだ後、絶句して固まっていたベネディクトに尋ねる。


「……っ、珍しい、なんて、ものじゃ……」


 マヒロの突拍子のない行動にまだ免疫のないベネディクトは、なんとか声を絞り出している様子だった。

 するとそんな主人を助けるべくクルトが口を開いた。


「ドラゴンという生き物が、金銀財宝を蓄える習性があるのは、ご存知ですか?」


「聞いたことはあるよ」


 カイトが答え、イチロも頷いた。


「ドラゴンは、本当に金銀財宝を自分の巣穴に蓄えるのです。それをドラゴンの秘宝と呼びます。ランクが高ければ高いほどドラゴンは賢く長寿ですから、お宝はより希少で素晴らしいものになります。ですが、ランクが高いと言うことは、それだけ強くもなるわけです。賢いとはいえドラゴンだって、自分の住処を荒らされれば当たり前のように怒ります。ドラゴンの秘宝が欲しいならどうやっても家主を倒さなければなりません」


 クルトの目線がテーブルの上の魔石に向けられ、皆の視線もそちらへ移動する。


「それらを踏まえて、ポチ殿は伝説級のドラゴンと伺っております。ということはつまり」


「これは伝説級のお宝ということ?」


「はい」


 カイトの言葉にクルトとベネディクトが深々と頷いた。


「「へぇ~」」


 兄弟はまったく同じリアクションをしたが、それはとっても軽いものだった。


「で、それをどうしたいわけ?」


 カイトがそう尋ねるとマヒロが口を開く。


「結婚式で雪乃が身に付けるネックレスと、削り出せるならもう二つ、削り出して、イヤリング代わりの髪飾りを作りたいんだがな。これなら俺の魔力を込めれば、俺の瞳の色になるだろ」


「あ~、なるほどねぇ」


 イチロがうんうんと頷くが、なるほどねぇで済むような物じゃないのだと、どうすれば彼らに分かってもらえるだろうか、とリックは倉庫の天井を見上げて長々と息を吐きだした。


「それで、どうだろうか。できるか?」


「…………一度、この話は持ち帰らせてください。職人に相談してみます」


 ベネディクトが絞り出すように言った。


「分かった。だが、式まで時間は限られている。一週間以内に返事をくれ」


「分かりました」


 ベネディクトがしかと頷いた。だが、参考に持って行くか、と気軽に尋ねられたので、彼はぶんぶんと首がもげそうなほどに横に振った。

 マヒロは、そうか、と告げて、魔石をアイテムボックスへと戻した。

 ここで話は終わりかと思いきや、マヒロがテーブルの上に広げられたままの宝石たちを指さした。


「とはいえ、このサファイアとエメラルド、それと、これとこれ。これらは妻の意見も聞きたいから、今度、屋敷に持って来てくれ。あと、先ほど見せてくれたブレスレット。あれは今日持ち帰りたい。ブレスレット代とほかの手付金は俺の手持ちで今日払ってしまう」


「あ、僕もこれ欲しいなぁ。ティナちゃんにも結婚式の時用のネックレスを仕立てたいんだ。参列する時にめかしこむでしょ? その時にプレゼントしたいんだよねぇ」


「俺もこれ、ラペルピンに仕立てたいな。ピアスも欲しいし……遊びの効いたスーツを仕立てたいんだよね、その時に良い感じのほしいんだ」


 幼馴染兄弟が、横からあれこれ言い出した。

ベネディクトは普通の宝石の商談になったので、にこにこと顔を綻ばせながら応じはじめ、クルトも「でしたらこういったものも」と言いながら、どこからともなく(彼もアイテムボックスを持っているのだろう)取り出した宝石箱を開けている。

リックは「少し失礼します」と声をかけて、固まっていたガストンとピアースの肩を叩いて我に返させ、仲間たちの下へ行く。


「リック」


 カロリーナが憐みと共に迎えてくれる。


「小隊長、私の主、日用品感覚で家を買うんです。だから、宝石くらい……買いますよね。もう生活必需品ぐらいぽんぽんと」


 そう告げるリックの横にエドワードがやってくる。


「小隊長、俺の主はわりとまだ常識的な範囲内かなって思ってたんですけど……俺の主も平気で『お店開くよ』とか天気の話ぐらいぽんと告げて来るし、その上、マヒロさんで感覚が麻痺し過ぎて、わりと普通の感覚がトチ狂っているというか……」


「リック、エディ!」


 カロリーナがぎゅうっと抱きしめてくれる。


「その庶民的感覚、絶対に忘れるなよ! 大丈夫、おかしいのは神父殿たちだからな! お前たちは正常だ!!」


「「小隊長~~~!!!」」


 リックとエドワードは元上司の心強い言葉に、思わず彼女にぎゅっとしがみつく。

 周りの仲間たちも「大丈夫だ!」「お前たちは正常だ!」と激励してくれる。

 リックは、自分がカロリーナ率いる第二小隊の出身で本当に良かったと、感動の涙を零しながら、心から想うのだった。








「やっぱりこの色のカーテンにして正解だったわ」


「ええ、お部屋がぱっと明るくなったもの」


 ジョシュアが踏み台から降りると、プリシラとクレアの満足そうな声が聞こえた。

 ここは使用人たちが暮らす棟の三階の一室だ。

 ジョシュアが借りているのは二階の家族向けの部屋だ。こちらは寝室が二つとリビングが一つ。簡易キッチンとシャワーもついている。

一方、三階はとても小さいが個室がメインになっている。

 一人用のベッド、クローゼットとベッドを椅子代わりにして使うビューロが備えられた部屋だ。独身の使用人が主に使っていた部屋だろう。トイレとシャワールームは共同だが、基本的に屋敷の方の大浴場を使っている。


「私は、レイくんのほうを見て来ますね」


 そう言ってクレアが部屋を出て行く。レイは四階でジョシュアと同じくカーテンをかけているはずだ。男性と女性で分けるように言われていて、男性が四階だ。ちなみに四階も同じように個室が並んでいる。ちなみにこの建物自体は四階立ててで、二、三、四階は使用人たちの部屋が並んでいるが、一階は談話室や娯楽室などもある。それに贅沢なことに昇降機も設置されている。

 ただこの三、四階はこれまで使われておらず、そのため昇降機も使っていなかったので、マヒロが帰ってきたらなんとかしてくれるらしい。


「ふふっ、若い女の子が三人に男の子が一人増えるなんて、楽しみねぇ」


 プリシラがクローゼットのドアを拭きながら笑う。ジョシュアは、そうだな、と返しながらベッドや椅子を拭いていく。この後、マットレスが届く予定だ。

 そう、ここは新たに雇われたというメイドたちの誰かの部屋になるのだ。

 あの過去のあれこれのせいで、若い女性を避けているマヒロが雇ったというのだから、きちんとした身元のしっかりした女性たちだろう。年は全員ユキノと同い年で人族、妖精族、獣人族と種族は様々だと聞いている。それとグラウでの誘拐事件で知り合った、というか、その被害者だというのも。

 フットマンの青年は、アゼル騎士の甥っ子らしい。蛇系有鱗族で小柄なアゼルとは違い、マヒロたちと変わらぬ背丈だとティナが言っていた。

 彼の故郷で栽培されているハーブで作られたお茶がプリシラのつわりには効果抜群だったので、会ったらまずはお礼が言いたい。


「アマーリア様達も引き続き滞在するようだから、ますます賑やかになるな」


「ええ。無事に仲直りができてよかったわ。夫婦として成長していくのはこれからの課題だけれど」


「ジークフリート様は根は真面目な人だ。きっと大丈夫さ。これで、よし。シラ、休憩だ」


「あら、つわりだって治まったんだもの。まだまだ大丈夫よ。一階の共有部分の掃除もしなくちゃ」


 そう言ってプリシラは水の入ったバケツを持とうとするので、慌ててそれを奪い取る。


「過保護ねぇ」


 プリシラがくすくすと笑う。


「過保護で結構。いいんだよ、俺の方が力持ちなんだから、俺に任せてくれれば」


 そう告げて歩き出すとプリシラが開いているジョシュアの左手を取った。

 細い手を握り返して「足下、気をつけてな」と声をかけて階段を慎重に降りる。

 一階へ到着して、談話室に入れば、一足先にレイとクレアがいてレイは窓ふき、クレアは掃き掃除をしていた。

 談話室は使っていなかったので、定期的に掃除はしていたが細かいところは埃が溜まっていたりする。


「ねえ、プリシラ。ここのカーテンは何色がいいかしら」


「そうねぇ……談話室だから落ち着いた色がいいわよね」


 マヒロが予算を出してくれて、この部屋のパブリックも一新する予定なのだ。個室を優先したので、これから決めることになっている。

 楽しそうな二人を横目にジョシュアはレイの下へ行き、窓拭きを手伝う。


「つか、なんで俺が掃除しなきゃならねぇんだ」


 レイがぶつくさと文句を言いだした。


「お前だって住んでるんだから当たり前だろ。というか客間を引き払って、なんでこっちに?」


 今回、マヒロたちが帰って来るにあたって、レイは本邸で使っていた客間を引き払い、ここの四階へと引っ越してきた。

 こちらにユキノがいた時は、マヒロの嫉妬深さを懸念して独身男性であるレイは、孤児院のほうで寝泊まりしていたのだが、帰ってきたら突然、こっちに引っ越すと言って、もうすでに生活を始めている。


「ユキノがいるってのもあるが、アマーリア様がここに残るなら、できるだけ本邸よりこっちにいたほうがいいだろ」


「あのまま孤児院にいるのかと思ったが」


「あっちだとソニアがうるせぇんだよ。あれしろこれしろ、クエストは危なすぎるのは受けるだなことの、結婚はいつするんだ事の、いい人はいないのかだの……」


 レイがうんざりしたように顔をしかめた。

 ジョシュアは苦笑を零しながら納得する。

 ソニアは、レイにとってもう一人の母親でソニアにとっても彼は彼女の息子なのだ。その分、遠慮がない。ソニアは面倒見はいいが、身内には少々お節介なところがあるので、万年反抗期のレイは安寧のためにこっちに逃げてきたのだろう。


「まあ、ソニアの言うことも分かるぞ。俺とかソニアは、自信をもって、結婚はいいぞ!って言えるからな」


 冗談交じりにそう告げると、レイは「知ってるよ」と呆れたように笑ってジョシュアに背を向け、しゃがみこんでバケツの中で雑巾を洗う。一括りにされた灰色の長い髪が背中で揺れている。


「あれか? お前もどこぞの神父よろしく、三番目が娘だったら嫁に出さないとか言い出すのか?」


「…………いや、そんなことは言わないさ、多分」


「こりゃ、怪しいな」


 雑巾を絞って立ち上がったレイがケタケタと笑う。


「お前だって娘ができれば、俺と同じこと言うに違いない! だってお前の父親のアンディだってマヒロと同じこと言ってたからな!」


「覚えてる。つか、父さんはついさっき生まれたばっかりのミモザを抱っこして三十秒後ぐらいに『嫁にはやらない!!やだやだやだぁ!!』って号泣して駄々こねだして母さんと産婆と手伝いに来てくれてたソニアに呆れられてたからな」


「それは俺も知らなかったな……」


「だろうな。当時の俺でさえちょっと恥ずかしかったからな」


 ジョシュアは、さすがにそうはならないように、これまで通りまずはプリシラを労う言葉を伝えようと心に決意する。


「つーかよ、領主様も神父にゃ逆らえん借りばっかり作って、どうすんだろうな。あの神父が息子と娘にとって、よくねぇ政治だと判断したら乗っ取られそうだ」


「やめろよ、俺の娘が嫁に行くより怖い話をするな」


「だって事実だろ?」


 レイは肩を竦める。


「間違っても本人とウィルフレッドに言うなよ?」


「自覚してるだろ。うちの領主様も団長も、馬鹿じゃねえ。分かった上で頼ってんだから、引き際は間違えねえとは思うけどな」


「……マヒロは、人の上にいる人間だからな、本来は」


 ジョシュアもレイもマヒロより年上だ。ジョシュア自身は、十歳以上違うのに、マヒロに限っては命令されることに対して拒否感を抱いたことがない。彼は命令し慣れているし、彼のそれは道理にかなっていて、彼に従えば間違いないと言う安心が確かにあるのだ。


「あなたー、レイ、ソファが届いたの、運んでー!」


 庭からプリシラの声が聞こえて二人そろって顔を向ける。いつの間に外へ出ていたのか、配達に来た家具屋と防犯の観点でついてきたのだろう屋敷の警護をしている騎士とともにプリシラとクレアがいた。

 談話室から直接使用人用の庭へと出られるガラス戸を開けて外へ出る。

 立派な布張りのソファがいくつか荷車に乗せられていた。一つは四人掛けの一番大きなもので荷車を一つ占領している。もう一つの荷車には、一人掛けのソファが二つ、二人掛けが一つ、ソファテーブルが一つ。そしてオットマンが二つほど乗っていた。


「たくさん買ったんだな」


「注文したのはマヒロさんよ」


 プリシラが、配達員の差し出す配達完了届にサインをしながら答える。


「観葉植物も頼まれているんだけど、それは夫がはりきっているわ」


 ソファの確認をしながらクレアが言った。

 クレアの夫のルーカスは腕利きの庭師なので、彼が選んでくれるなら間違いないだろう。

 ジョシュアとレイは、アイテムボックスを使う距離も出ないので、ソファをせっせと談話室に運び入れる。プリシラとクレアの指示通りの場所に置けば、殺風景だった談話室が一気にそれらしくなる。

 家具屋が「神父様によろしくお伝えください」と挨拶をして帰っていくのを見送り、四人は中へと戻る。


「さ、そろそろティナとリースが帰って来る時間ね。お茶の仕度をしましょう」


 クレアの一言にジョシュアたちは、掃除用具を手に談話室を後にする。

 リースは、休みのティナにくっついて買い物に行っているのだ。ティナもよく面倒をみてくれて、本当にありがたい。最初は、流れでマヒロにここに住む許可をもらって部屋を借りたが、大勢の大人たちが子どもたちの面倒をみてくれるので、プリシラのつわりがひどかった時には、本当に助かった。ジョシュアも責任あるAランク冒険者としての仕事に行かなければならないし、ジョシュアの実家はこのブランレトゥにあるのだが、家族は皆、仕事をしているのでなかなか頼みづらい。

 

「あいつ……弟が赤ん坊になったって言ってたが、大丈夫なのか?」


 隣を歩くレイがぼそっと呟く。


「……さあ。こればっかりは実際に見ないことにはなんとも言えない」


 ジョシュアの息子のジョンと同い年の少年だったはずのマヒロの弟たちが、わずか清吾二カ月の赤ん坊になってしまったと手紙が来たときは、驚き以外の感情が見つからなかった。

 久しぶりに「だってマヒロだからな」では片づけられないような事態に、実は今もまだ半信半疑のままだ。けれど、一昨日には真新しい赤ちゃん用のベッドや育児用品がマヒロの手配で屋敷に届いている。赤ちゃん用のベッドは二つ届いて、談話室とマヒロ夫妻の寝室にそれぞれ設置されている。それにティナも「本当に可愛いんですよ……驚きましたけど」と言っていたのだから、これが冗談ではないことだけは事実だった。


「あいつのあの怪我だって、早々完治はしねえだろ。魔獣につけられた傷は治りにくいのは、俺たちが一番知ってる」


「まあな……」


「それに二カ月の赤ん坊なんて、夜中まで世話が必要じゃねぇか。あいつはケガ人で、嫁のほうは体が弱いんだろ? ……そういうのは、やっぱり赤ん坊の世話は交代制とかにしたほうがいいかもな」


 レイが至極真面目に語る言葉にジョシュアは、噴き出さないようにこらえるのが精いっぱいだった。

 ぶっきらぼうで、万年反抗期で、常にしかめ面をしている弟分は、やはり根っこがどうやっても優しい良い子のままなのだ。

 彼の両親は、子育てに大成功しているなぁ、俺も頑張ろうとにこにこしていると、ぎろりと睨まれる。


「なに笑ってんだ。大事なことだろ」


「ああ。まあ、そこらへんは、本人たちの意見も聞いてな。俺もここに住んで、ジョンや、とくにリースのことを誰にかに任せられるのは、本当に有難かったし、助けられた」


 村での生活は、それが当たり前だった。村の子どもは、村全体の皆の子どもで、手が空いているものや年長の子どもたちが面倒を見て、大人は仕事をこなす。だが、町ではそうもいかない。


「レイは、赤ん坊の面倒見るの、得意だもんな」


「必要に駆られて覚えただけだ。ソニアは、俺が頷く前に押し付けて来るしな」


「それがソニアだからな」


 けらけらと笑いながら言えば、レイは「違いない」と可笑しそうに小さく笑った。









「忘れ物はない? 大丈夫?」


「シルヴィア、お人形は持ちましたか?」


 雪乃とアマーリアが、子どもたちに最後の確認をする。

 真尋は、馬車の入り口に立って、それを眺めていた。真尋の横には当たり前のようにリックがいる。

 子どもたちは、大丈夫、と返事をしている。昼食を終えて、いよいよブランレトゥへ帰るのだ。


「パパ、抱っこ!」


「ほら、おいで」


 無邪気に腕を伸ばしてくるミアを抱き上げ、馬車に乗せる。こうやって甘えて来る娘がたまらなく可愛い。


「神父さま、わたくしも!」


「はい」


 馬車の陰でジークフリートがハンカチを噛んで悔しがっているが、知ったことではないのでシルヴィアを抱き上げて、ミアの隣に下ろす。

 ちなみに海斗と一路とエドワードは、家の裏手にある馬小屋で馬たちをこちらに連れて来る準備をしている。


「そばにジョンとレオンがいるはずだが、双子を見ていてくれ」


 真尋のお願いに娘たちは「はーい」と返事をして、リビングのほうへ行った。

 再び玄関に顔を向ければ、マリーがカレンとともにやってきた。その横にはリラとナルキーサスもいる。

 カレンは、歩いているわけではない。彼女は両側に大きな車輪のついた椅子に座っていて、それをマリーが押しているのだ。


「……キース、こんなものがあったのか」


「ああ。介助者か本人の魔力利用型車輪付き椅子。――通称、車椅子だ」


「どうして俺に教えてくれなかった」


「君に教えたらどこに行くか分からないからな。秘匿していたんだ。なあ、リック」


 振り返ればリックが深々と頷いた。


「あなたの日ごろの行いの結果よ」


 文句を言おうとしたところで、微笑む雪乃に黙らざるを得なくなる。


「ほら、さっさと持ち上げてくれ」


 雪乃の言葉に全面同意らしいナルキーサスに促され、真尋はリックと二人がかりでカレンを車いすごと持ち上げて馬車の中に入れる。


「あ、ありがとうございます、神父様、騎士様」


「かまわん。中の階段はどうした?」


 彼女は地下にいたはずだ、と首を傾げる。


「ヴァイパーとミツルが持ち上げてきてくれたよ。カレンは長いこと寝た切りだったからな、あちらへ帰ったら少しずつ歩く練習から開始しよう」


 そう言いながらナルキーサスがひょいと馬車に乗り込んだ。マリーとリラには、リックが手を貸して、二人も馬車に乗り込む。


「家族への挨拶は済ませたか?」


「はい」


「大丈夫です」


「では中で待っていてくれ。子どもたちがリビングにいる」


「分かりました」


 女性たちもリビングへ行く。カレンも大分顔色がよくなったな、とその背を見送り、安堵する。

 恐ろしい記憶の残ってしまった土地を離れれば、もう少し彼女の心も和らぐだろう。


「ママ―! ちょっと来てー!」


「お母さまも!」


「はいはい」


「どうしたの?」


 娘たちの呼ぶ声に雪乃とアマーリアが返事をし、真尋の手を借りて中へと入っていく。

 入れ替わるように裏から一路たちが愛馬を連れて来る。リックが馬車の反対側へ回ってドアを開ければ、馬たちは慣れた様子で中の馬小屋へと入っていった。


「そういえば、テディは……?」


「……私、見て来ますね。もしかするとまだ温泉かもしれません」


 隣に戻ってきたリックが慌てて家の中に戻っていく。我が家の可愛いペットは、どうにもこうにも温泉から離れがたいらしい。家に帰ったらテディ用の風呂でも作ってやるか、と溜息をこぼす。


「ジーク、いつまでそこでそうしているんだ、さっさと乗れ」


 馬車の陰でうじうじしているジークフリートがおずおずと出て来る。あきれ顔のウィルフレッドとレベリオ、護衛騎士たちも一緒だ。


「だ、だってだな、レオンハルトが私を警戒しているから、あまり早く乗ると、その、あの子の負担になるし……」


「だったら二階にでも行ってろ」


「なんでそう冷たいんだ!!」


「今、神父は休業中だからな」


 警戒されているのは、レオンハルトにとって親としての愛情を惜しみなく注ぎ続けてくれている大切な母親であるアマーリアを悲しませてばかりいたジークフリートに全責任がある。それに政略結婚であったとしても、アマーリアのような気立ての良い女性をないがしろにし続けてきたのは、意気地なしの彼自身なのだから、知ったことではない。


「第一に俺は最初の約束通り、君たちの夫婦喧嘩の仲裁という仕事は終えている。あとは君たち自身の問題だ。俺はな、育児に結婚式の準備に農地開拓に教会のあれこれと忙しいんだ。帰ったら収穫祭にも行かなければいけないし、そもそも君たちの頼みで警備計画案を出したのは俺だ。それについての問題点の改善と見直し、全体の把握ととにもかくにも忙しい」


 うっとか、ぐっとかジークフリートが呻いているが、ウィルフレッドとレベリオはばつの悪そうな顔で押し黙り、護衛騎士たちも沈黙を貫いているところを見ると、これ以上の無茶はさすがに言えないと理解はしているようだ。


「早くティナに会いたいなぁ~」


「俺も収穫祭限定の激辛サラミ、楽しみだなぁ」


「え、それも食うのか!?」


 一路たちがタイミング戻ってきたので、真尋は一路と海斗兄弟を顎でしゃくった。


「ほら、緩衝材を貸してやるから、さっさと乗れ」


「はい?」


「あー、なるほどね。はいはい、ほら、行くよ、ジーク。お兄ちゃんが一緒にいてあげるよ~」


 一路は首を傾げたが、彼よりはこの問題、というか主にジークフリートとかかわりの深い海斗は、うじうじしているジークフリートにすべてを察したようで彼の肩を叩いて、背中を押し、馬車へと乗り込ませる。恋愛事以外は敏い一路も兄の言葉で事情を理解したらしく「大丈夫ですよ、僕らがいますから」と言いながら馬車へと乗り込んで行った。その背に、ぺこぺこ頭を下げながら、ウィルフレッドたちが続く。


「エディ、リックが戻ってこない。多分、テディが駄々をこねているんだ。温泉を見て来てくれ」


「はい。だめだった場合はどうします?」


「雪乃に怒ってもらおう。テディも雪乃には逆らえないからな」


「了解です!」


 エドワードはしかと頷いて、家の中へと駆けて行った。

 真尋は、頭の中で乗客リストを広げる。残りは、テディとリックとエドワード、園田とヴァイパー、それとサヴィラだ。サヴィラは、おそらく執事二人の手伝いをしているのだろう。

 ちなみに有給を使って遊びに来たのに、あれこれ働かされ有給を強制終了させられた商業ギルドマスターのクロードは、今朝、一足先に第二小隊の一部とともにブランレトゥに帰っている。もちろんポチが連れて行った。第二小隊の家族は、この後、ポチが順番に運ぶ予定だ。

 それから十分ほどして、ようやくふてくされているテディとリックとエドワードがやってきた。その後ろに執事たちと息子が出てきて、園田が最後に玄関の鍵をかけて、ヴァイパーがドアノブを動かしドアが閉まっていることを確認した。


「テディ、何か言うことは?」


「…………ぐー」


 しぶしぶと言った様子ではあるが、反省はしているらしい。

 おそらく園田が乾かしたのだろう。さっぱりと乾いているのを確認して、馬車に乗るように促せば、のそのそとの中へと入って行った。


「真尋様、施錠の確認、全て済ませました」


「食糧庫なども大丈夫か?」


「はい、全て空っぽです」


「チーズのひとかけらだって残っていないよ」


 この質問には、園田ではなくヴァイパーとサヴィラが答えてくれた。


「そうか、ありがとう。では、先に乗ってくれ」


 真尋の言葉にヴァイパーと続いてエドワード、サヴィラが乗り込んだ。


「ギャウ」


 どこにいたのかポチが真尋の肩に降り立った。

 真尋はしみじみと目の前の家を見つめる。あの日――水無月真尋が一度、死んでしまった、あの日。諦めた新生活を送るはずだった英国の家に似た家。

 まさかそこで最愛の妻と可愛い子どもたちと共に過ごすことができるなんて、この家を買った当初は考えもしなかった。精々、孤児院の子どもたちを連れて来てやろう。きっと喜ぶだろうと、それだけの気持ちで買ったに過ぎないのだ。


「過ごしたのは、ほんのわずかな時間だがやけに濃い日々だったな」


「そうですね。離婚だったり、仲直りだったり、誘拐事件の摘発をしたり、被害者を保護したり、弟さんが赤ちゃんに戻ったり……」


 リックがしみじみと思い返す日々に、本当に色々あったな、と真尋は苦笑を零した。


「あなた? まだ出発しないの?」


 雪乃がひょっこりと顔を出す。彼女の肩にはタマがいて、ポチが首を伸ばして鼻先をくっつける。タマは嬉しそうに「きゅるきゅる」と鳴いた。


「まだ誰か残っているの?」


「いいや、全員乗ったよ。あとは俺たちだけだ。ジークは?」


「ふふっ、もじもじしながら日記を手渡しているわ。海斗くんがそばにいるから大丈夫よ」


「そうか。なら心配ないな」


 言いながら、真尋はようやく馬車に乗り込み、リックが続き、最後に園田が乗り込んだ。


「ギャウギャーウ」


 ポチが真尋の肩から飛び立って屋根の上に移動した。馬車を覆うように影が大きくなり、ポチが大きな顔をのぞかせた。


「ブランレトゥの屋敷へ。頼むぞ、ポチ」


「ギャーウ」


 野太い返事に園田がドアを閉め、鍵をかける。

 そうすれば、ポチが一気に飛び立ち、グラウの別宅はあっという間に小さくなる。

 園田たちが気を遣ってくれて、玄関先に雪乃と二人きりになる。雪乃は玄関のドアの窓をのぞき込んでいて、その無邪気な横顔に真尋は小さく笑みを零しながら、彼女の腰を抱く。


「あっという間に見えなくなっちゃったわ」


「ポチがいれば、気軽に温泉だけでも楽しみに来られるさ」


「ふふっ、そうね。でもしばらくは、忙しいわ。双子ちゃんたちのこともあるけれど、結婚式や教会のあれこれがあるもの」


「無理はするなよ」


「ええ。真尋さんもね」


 他愛ない会話が無性に愛しくて彼女のこめかみにキスをする。


「忙しいだろうし、不安なことだってあるわ。あんな小さい子の育児は初めてみたいなものだから……でも楽しみなこともたくさんあるのよ。収穫祭はもちろんだけれどミアと一緒に季節のジャムパンを食べる約束も、サヴィラにお花の生け方を教える約束も。アマーリアと子どもたちの服を作る約束も、たくさんの約束があって、どれもこれも楽しみで困っちゃうわ。双子ちゃんの成長もね。首が据わって、腰が据わって、離乳食が始まって、気づいたら立っていたりするかもしれないわね。最初の言葉は、絶対にママって言ってもらうのよ」


「……パパかもしれないだろう」


 これに関しては、父親の分が悪いことは承知しているが意地になって返せば、雪乃が可笑しそうに笑った。やっぱり彼女の笑い声はこの世で一番心地よい響きを伴っていて、無駄に張った意地もあっという間にほどけてしまう。


「ほら、見て。ブランレトゥが見えてきたわ」


 だんだんと高度が下がり、眼下に町が広がる。

 高い壁に囲まれた川べりの町は、いつもと変わらずそこにある。


「おい、そろそろ着くぞ!」


 振り返って声をかければ、リビングの方から賑やかな返事が返ってきた。


「パパ! もう着いた?」


「ああ。今、庭の上だ」


 一番に飛び出してきた娘が受け止める。次いで、双子をそれぞれ抱えたサヴィラとジョンがやってくる。雪乃がジョンから真智を受け取り、大事そうに腕に抱えた。真尋もサヴィラから真咲を受け取り、腕に抱える。


「パパ、おまつりはいついくの?


「お祭りは、明日だな。今日は荷解きをしないとな」


「あのね、ミアもリースにおみやげをよういしたの!」


「僕のお土産、喜んでくれるかなぁ?」


 ミアとジョンの微笑ましい会話にサヴィラが参加しようとしたところで、馬車が着陸した。


「あ! お父さんとお母さんだ! リースもいる!」


 先ぶれは出してあったので、出迎えのために庭にジョシュア一家とルーカスとクレア、そして、ティナとレイの姿があった。

 サヴィラが鍵を開けて、ドアを開ければジョンが真っ先に飛び出して、ジョシュアに抱き着く。ジョシュアは、軽々とジョンを抱き上げて片腕に抱えた。

 真尋が先に降り、雪乃に手を貸して、彼女がいつもよりも慎重に馬車を降りるのを見守る。

 雪乃が完全に地上に降りたのを確認するとプリシラとクレアが駆け寄ってきた。走るプリシラにジョシュアが顔を青くしていたが、おかまいなしにプリシラは雪乃の腕の中を覗き込んだ。


「あらあらあら、本当に赤ちゃんだわ!」


「まあまあまあ、なんて可愛いのかしら!」


 はい、と当たり前のように腕を伸ばした二人に、双子をそれぞれ抱かせる。慣れた様子で抱えた二人が少し下がってくれたので、リックや園田たちが降りて、真尋は娘を下ろす。サヴィラは軽やかにぴょんと飛び降りた。


「あ、ティナ! ただいま!」


 一路が嬉しそうにティナに抱き着き、いつの間に森への里帰りから帰っていたのか、ロボ一家がティナの後ろで嬉しそうに尻尾をぶんぶんさせていた。海斗が「お兄ちゃんもいるよ~」と弟たちに絡みだす。

 次いで微妙な空気のジークフリート一家が降りて来た。レベリオはナルキーサスに何か話しかけたかったようだが、ナルキーサスはさっさとルーカスの下へ行って、アイテムボックスから取り出した何かの苗を渡していた。


「もう赤ちゃんになったなんてよくわからないことすぎて、心配していたのよ?」


「でも、二人の顔を見る限り、問題はなさそうね。双子ちゃんも変わらず可愛いし」


 プリシラとクレアの言葉に真尋は「ありがとう」とお礼を言うにとどめた。

 ゆっくりと近づいてきたレイが、いぶかしむように眉をよせた。


「……お前、怪我は?」


「見ての通り全快だ。また明日からお前を投げ飛ばしてやるからな」


「聞いた話じゃ、魔獣につけられた傷は治りにくいとかなんとか……まあ、神父様だしな!」


 クレアの腕の中を覗き込んでいたルーカスが勝手に納得して「可愛いなぁ」とまた真咲に視線を戻した。

 レイは何かを言いかけた様子だったが言葉を飲み込んで、溜息を零した。ジョシュアがその肩をぽんぽんと叩く。


「元気になったならなによりじゃない。それになにはともあれ、赤ちゃん可愛いわぁ」


「おかあさん、ぼくもみたい」


 リースがプリシラのスカートを引っ張ってねだっているので、サヴィラが抱き上げて真智に近づける。


「……ちっちゃい」


 そう呟くリースの声には、幼いながらに小さな命への感動が込められていた。


「そうね、リースよりも小さいわね」


 雪乃が愛おしそうに目を細めながらリースの頭を撫でた。


「リースももうすぐお兄ちゃんだもんな」


「うん!」


 サヴィラもとびきり優しい笑みを浮かべている。

 人見知りのリースは孤児院へはあまりいかないので、赤ん坊と触れ合う機会があまりないのだ。


「マヒロ、すまないが我々は一度、城館へ戻る。妻と子どもたちを頼むな」


「ああ。任せておけ。事件に関するいくつかの資料は既に送ってあるから、目を通しておいてくれ。君の意見も聞きたい」


「分かった。……では、アマーリア、レオンハルト、シルヴィア。行ってくる」


「行ってらっしゃいませ」


 アマーリアが丁寧なお辞儀で送り出す。レオンハルトとシルヴィアは、小さな声で「行ってらっしゃい」と告げた。だが、その小さな胸に抱かれている日記帳に、多少は前進しているのが見て取れた。ジークフリートは、既に待機していた領主家からの馬車にウィルフレッドたちと共に乗り込んだ。ゆっくりと馬車は動き出し、庭を通り抜け、門の外へと出かけて行った。

 小さくなっていく馬車を、以前よりはずっと晴れ晴れした顔で見送るアマーリアが印象的だった。


「マヒロ、リック、支えてくれ」


 馬車の中から聞こえた声に振り返れば、いつの間に馬車へ戻ったのかナルキーサスがカレンの車いすを押していた。ナルキーサスの後ろにリラマリー、ヴァイパーがいる。

 真尋とリックはナルキーサスがカレンの車いすの向きを後ろ向きにするのを待って、それぞれ手をかけた。


「いくぞ、リック。せーのでな」


「はい」


「せーのっ!」


 ひょいっとカレンの車いすを持ち上げて、着地させる。ナルキーサスが降りて来て、まるで紳士のようにリラとマリーが降りるのに手を貸した。


「紹介しよう。今度、我が家で働いてくれることになった人族のマリー、妖精族のリラ、獣人族のカレン、有鱗族のヴァイパーだ。ヴァイパーはフットマンとして、三人はメイドとして働いてくれる」


「初めまして、ジョシュアの妻のプリシラよ」


「私はルーカスの妻のクレア。夫は庭師なの」


 プリシラとクレアが名乗り出ると、三人娘とヴァイパーも口々に自己紹介の挨拶を述べた。


「赤ちゃんに、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちに、ドラゴンに、なんかいっぱい増えたね!」


 ジョンの無邪気な笑みにジョシュアがデレデレしながら「そうだな」と頷いた。


「皆さん。そろそろ中へ。立ち話もなんですから、積もるお話は談話室でいかがですか? カレンさんもまだ病み上がりですしね」


 園田の一言にそれもそうだ、と頷いて皆がぞろぞろ動き出し、中へと入っていく。

 リックとエドワードは、馬たちを下ろして馬小屋へと連れて行く。テディものそのそ降りて来て、すぐに家の中に入って行った。間違いなく暖炉を目指しているのだろう。


「ここでも双子は争奪戦になりそうだな」


 プリシラとクレアに連れ去られてしまった双子を見ながら苦笑を零す。


「そうねぇ。でも、たくさんの人に愛されて育つのは良いことよ」


「有難いことだ。……そうだ、ポチ、運搬は慎重に頼むぞ? 次は騎士団の庭に降りるようにな」


 真尋は今まさに飛び立とうとしていたポチに声をかける。ポチの首元にはタマが乗っていた。どうやら一緒に行く気らしい。


「タマはそこで落ちないのか?」


「きゅいきゅーい!」


 どうやら大丈夫らしく、元気に手を挙げている。タマも立派なドラゴンだしな、と納得して見送ることにする。ポチは翼を広げると勢いよく飛び立ち、あっという間に見えなくなった。


「大きいわねぇ」


「いつも小さい姿だからな。さ、俺たちも行こう」


 雪乃を促し開けっ放しの扉へと歩き出す。


「タマちゃんもあれくらい大きくなるのかしら……あ!」


 いきなり雪乃が足を止めたので、自然と真尋の足も止まる。


「あなた、ここで止まって! 動いちゃだめよ?」


 真尋が、どうしたと問う前にそう告げると雪乃は一足先に中へと入り、そして、くるりと振り返った。

 エントランスで待っていてくれたらしいミアとサヴィラが不思議そうな顔で母親を見る。


「……おかえりなさい、真尋さん」


 雪乃がとびきりの笑みを浮かべて広げた両腕に真尋はためらいもなく飛び込んだ。

 ああ、無事に、本当に無事に、元気で我が家に帰ってきたのだと急に実感して胸がいっぱいになる。

 あの日、死を覚悟したことで最期に一目、愛する子どもたちに会いたくて無理を言ってエルフ族の里を発った。一度は心肺停止状態に陥り、それでも今、ここに、我が家に自分の両足で戻ってこられたのは、神様が与えてくれた奇跡のおかげだ。


「パパ、おかえりなさい!」


「おかえり、父様!」


 するとミアと珍しくサヴィラまで素直に抱き着いてきて、真尋は子どもたちごと雪乃を抱きしめる。

 このぬくもりが腕の中にある日常の愛おしさに長く息を吐き出す。


「……ただいま」


 真尋の返した言葉に、心底、嬉しそうに笑った愛する家族に、真尋も穏やかな笑みを返す。

 これからもこの穏やかな日常がとこしえに続いていくことを、心から願いながら、もう一度、口を開く。


「ただいま」







称号は神を土下座させた男


第二部



おわり

収穫祭編に続きます!

ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

閲覧、ブクマ、評価、感想、いいね どれも励みになっております♪


あとがきにて今後の連載方法についてお知らせがあります。

連載終了をするとかいう悲しいお知らせではありませんので、

安心して(?)、ご一読いただればと思います!!


次のお話も楽しんで頂けますと、幸いです。

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