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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第二部 本編
137/158

第六十三話 取引を持ち掛ける男




 倉庫の一角に立てたテント内で会議が始まろうとしていた。

 書記官を任されたリックは、部屋の隅に用意されたテーブルにノートを広げてペンを構えていた。

 現在、席についているのはマヒロ、イチロ、レベリオ、カロリーナ、キアラン、ガストン、ジェンヌ、ピアースの八名で、残りの騎士たちは仮眠を取ったり、食事をとったり、誘拐犯の監視をしたり、外へ調査に出かけたりしている。

 司会進行は、エドワードが任されていて、全員が座ったのを見届け、口を開く。


「まず、治療中の患者についてマヒロさん、報告をお願いします。


「ああ、タマに殴られた奴だが、意識が混濁していてしゃべることはままならない状態だ。この後、ポチが帰還次第、ブランレトゥの治療院に移送する。次に女性たちは現在、第二小隊の宿で全員、保護している。だが、ここまで大勢の女性が捕まっていたというのは想定外で、マリーとリラと違い、家族までは保護してしまうと怪しまれる可能性があるため、申し訳ないが家族には報告のみにとどめ、面会も制限している。そして、次に……監禁されていた騎士のセプスだが、大体の話は聞けたそうだな」


「ガストン騎士」


 マヒロの目配りを受けたガストンが手を上げ、エドワードが指名する。


「俺が聞き取りを担当しました。ここ一カ月ほど、仮相棒であった……」


「質問をいいか」


 マヒロが手を挙げる。エドワードが「どうぞ」と許可を与える。


「仮相棒、というのは?」


 その問いに答えたのはカロリーナだ。


「ああ、そうか。神父殿は詳しくは知らないか……騎士が基本的には二人一組なのは知っていると思うが、この相棒という制度は、なかなか難しくてね。五級、四級はまず直属の上司である小隊長が性格や種族など様々なことを加味して決める。だがやはり実際に捜査を共にしたり、過ごせば合う合わないはでてくる。それにやはり騎士団に席を置いて、ずーっと相棒であれる相手を見つけるのは、結婚相手を見つけるのを同じく難しいので、なかなかリックとエドワード、ルシアンとピアースのように相棒として届け出をだしているのは少ないんだ」


「そうなのか」


 振り返ったマヒロにリックは頷く。


「だが、あのバカな二級騎士の騒動の時、ピアースはあいつの相棒だっただろう?」


「あれは、私がピアースに頼んだんだ。二級騎士という彼の階級に対する信頼と彼の面倒見の良い性格や人柄、様々なことを考慮してな。私の考慮も虚しく馬鹿は馬鹿で勝手に自滅したが」


 カロリーナが、はぁ、と溜息をこぼした。

 基本的にカロリーナ自身がもっとも面倒見がいいので、そういう問題児を押し付けられることも多いのだろう。


「普段は出勤しているやつらが適宜組んでいるが、私の小隊内だと新人以外は、事件捜査時はお互い、その都度、相性のいい相手を決めたりするな。捜査が潤滑に進むように相棒を変えるんだ。もちろん、リックたちのように本当に信頼できる相棒を得ることができるのは、素晴らしいことだがな」


「なるほど。中断してすまなかった、ガストン、進めてくれ」


「はい。ええと…第二中隊、第三小隊所属セプス五級騎士はここ一カ月ほど、仮相棒であったベン四級騎士の非番の日の外出の際に外出届の未提出や門限を破ることも増えて、口頭で注意を促したそうですが聞く耳をもってもらえずにいたそうです。上司からも忠告はあったそうですが、聞き入れず、次第にベンに対してセプスは不信感を募らせていきました。結果、彼は非番の日、相棒を尾行をし素行の悪い連中とつるんでいるのを知ったそうです。とはいえ、ベンはこの町の出身で、古くからの友人かもしれないと、まずは身辺調査に乗り出したそうなのです。捜査を進めて行くうちに、女性たちが監禁されていたのを発見するも、直属の上司である小隊長は不在で、中隊長に報告したそうですが、相手にされず……結果、単身乗り込んで証拠を掴む前に自分が捕まってしまったようです」


「なるほど。彼には頼れる同僚や上司がいなかったというわけだな」


「そのようです。教育が行き届いておらず、隊内が殺伐としていて、相談という相談ができなかっようで、その上、五級であるために発言を軽んじ……小隊長、資料が燃えます」


 ガストンが冷静に伝えるとパチパチしていたカロリーナの火の粉がとりあえず引っ込む。


「第二中隊長はジェイミーか」


「はい。素行調査によれば、少々矜持が高く、人の話を聞かない傾向が強いようですね」


 マヒロの呟きにピアースが応える。


「ところでセプスの騎士籍の除籍は誰が?」


 エドワードが問いを投げる。


「件のジェイミーです」


 ピアースが答える。


「セプスが三日間、無断外泊の上、連絡が取れなかったために規約違反だとして除籍を」


「よし、燃やそう」


 こめかみに青筋を立てて笑いながらカロリーナが言った。

 彼女にしてみればここはまず「失踪宣言」が妥当だということだろうし、リックもそう思う。


「これ、あとは裏付けをとるだけだねぇ……よーし、多数決! ジェイミーが黒だと思う人~」


 イチロの声掛けに全員が手を挙げた。リックも手を挙げたし、何か報告に来てくれたらしいルシアンも手を挙げた。


「はい、多数決によって可決されました。では、今後は、ジェイミー騎士を重点的に調査します。といってもすでに先発隊がすでに動いてんですけどね」


 エドワードがざっくりと結論をまとめる。


「ルシアン、どうした」


 カロリーナが声をかけると、ルシアンはマヒロの傍に行く。


「私は今、第二小隊の宿から戻ったんですが、ミツルさんから伝言を預かって参りました。オーブのクルト支配人が個人的に神父様にお会いしたいと連絡を入れてきたそうです」


「ふむ、動いたか」


 マヒロが腕時計に視線を落とす。リックも自分の懐中時計で時間を確認する。時刻は夜八時になろうかという頃だ。


「分かった。一時間後に星の夜というバーで会おうと伝えてきてくれ」


「分かりました。小隊長、いいですか?」


「ああ。行ってこい」


 カロリーナが頷くとルシアンは一礼して出かけて行く。


「というわけで一時間後、俺とリックは暫し出かける」


「分かった。ところで、カレン嬢の件は進展が?」


 カロリーナが首を傾げる。


「俺たちが聞いた話が本当であれば、オーブは大きなお家騒動が起きるだろうな、というところだ。よくよく調べたところによると現在の奥方は後妻。長男と長女は前妻の子どもで、次男と三男は後妻の子だ。だが、この後妻がどうもオーブのグラウ本店の支配人とは男女関係のようでなぁ。その上、カレンを襲った次男は旦那の息子ではなさそうだ。というのも、後妻は次男だけを溺愛していて、同じ息子の三男は放置気味のようだ。その分、旦那や兄姉が三男に目をかけていたようだが」


「つまり次男の種は、支配人ということだろうか」


「おそらくな。カレンは、どうも旦那の遠縁というだけでなく、父親同士仲が良かったそうだ。カレン自身も辛いこともあったが、あそこでの生活は楽しかったと言っている。右も左も分からん幼子がある日、親と離れて暮らす上、労働に従事するんだ。辛いこともあっただろう。でも、オーブの旦那は、親友の娘であったカレンを大事にもしていたんだろうとも思う。カレンがなかなか弱っていて、思うように話は聞けていないんだが……まあ、今夜、クルト支配人に会えば分かるだろう」


 マヒロが煙草を取り出したのに気づいて目を細める。


「マヒロさん?」


「ちっ」


 あからさまに舌打ちをして、マヒロは煙草を戻した。

 どうしてあれだけ説教されて、怒られて、皆の前で土下座までして尚、懲りないのか。


「とりあえず、本拠地の場所はジェイミーがよく知っているだろう。ジェイミーのあれこれが判明次第、次へ動こう。その間に、ここの奴らは搾り取れるだけ、情報を搾り取るように」


 カロリーナの言葉に皆が頷き、会議は終了する。

 リックは手元の議事録を見直す。


「そういえば、明日には領主様がお戻りになられるんだったな。神父殿は……」


「ジークのことは雪乃に任せてある。夫婦間での話し合いの前に、まず雪乃がジークフリートの反省具合をみたいというのでな。俺としては玄関で帰されるに一票だ」


「ユキノ夫人、怒ると怖いですもんね……」


 ジェンヌがしみじみと言って、隣でガストンが深々と頷いている。


「そういえば」


 ふいにマヒロが口を開いた。


「商店街の公園で子どもをさらおうとした奴、あいつらがまだいないな」


「冒険者風の男でしたよね」


 リックの問いかけに真尋が頷く。


「ああ。なんだか小賢しいような顔をしていて、もう一人はこんな感じだな」


 マヒロがどこらともなく紙と鉛筆を取り出して、スケッチをしていく。色々と多彩な主だが、絵に関しては本当にまるでそこに人がいるかのような絵を描くので、こうした似顔絵は人探しには便利だ。本人は、模写は得意だが、想像力で描くような絵は苦手だと言っていた。


「こいつとこいつだな」


 マヒロが彼の手元をのぞき込んでいたカロリーナたちにそれを見せる。

 リックも立ち上がり、スケッチを見に行く。

 確かに最初の廃宿、ここともう一つの拠点で捕まえた男たちの中には該当するものはいなかった。カロリーナたちも首を傾げている。


「別件ですか、あ、でも、最初の廃宿に入っていったんですよね」


「ああ。だが、俺たちが到着して一路が踏み込むまでには、出て行っていたのかもしれんな」


「んー、どこかで見た顔なんですけど……」


 ピアースが二枚の似顔絵を見比べながら首をひねる。


「どこで見たんだ? 町中か?」


 カロリーナの問いにピアースがますます首をひねる。


「ほかに情報としては、こっちの若い男の身長は俺より拳一つ分低いが、こっちの男は大きかったな。あとは……ああ、そうだ。居合わせた獣人族の少年が『腐った卵のような魔力の臭い』がしたと」


「腐った、卵……ああ!!」


 ピアースが声を上げる。


「あいつだ! カレン嬢の家に来たオーブの息子!」


 思わぬ人物にリックたちは顔を見合わせる。


「今、カレンの家は誰か張ってたか」


「いえ、動きがなかったので……ルシアンにも小鳥を飛ばして、一緒に張り込みます。俺たちなら臭いも顔も分かりますから」


「そうだな、では行ってくれ」


 ピアースの言葉にカロリーナが頷く。


「ピアース、もし捕獲出来たら捕獲しておいてくれ」


「はっ!」


 騎士の礼をするとピアースは踵を返して、急ぎ部屋を出て行った。


「ふっ、いよいよ面白いことになってきたな」


 そういって笑うマヒロにリックは思わずエドワードと顔を見合わせ、オーブはもうだめだな、と肩を竦めるのだった。








 カラン、とグラスの中で氷が音を立てる。

 マヒロが注がれたウィスキーを楽しそうに飲んでいる。この人は、妻に飲酒もほどほどにと言われていたはずだが、バーを指定することで「飲まざるを得ない状況」と作り出して、言い訳を得たのだ。


「いつの間にこんなところ見つけたんですか?」


「雪乃が成人したらバーに連れて行く約束をしていてな。その下見だ」


 個室に案内されたのでリックは酒を飲む主を、まだ相手が来ていないので向かいの席に座って眺めていた。


「二人で来たらカウンターでいいな」


 店自体が星の夜という店名にあやかって、夜空をイメージしている。天井に魔法で夜空が広がり、飴色の家具で揃えられた店内は、雰囲気が良い。あの磨き上げられたカウンターに主夫妻が並んでいたら、それはそれは絵になる光景だろう。

 この個室もまた夜空をモチーフにしていて、磨き上げられた椅子が四脚、それにテーブルが一つあるだけの部屋だが、天井からぶら下がる月の光のような輝きを放つ灯り――おそらく魔道具――が静かな夜の雰囲気を醸し出している。


「毎年、彼女の誕生日は家族だったり、元気な時は友人も呼んだりして小さなパーティーをしていたんだが、それとは別に二人で食事に出かけていた。去年はうちで経営しているレストランで食事をしたんだが……糞おやじの所為で苦い思い出になってしまった」


「何か、あったんですか?」


「俺は留学を控えていてな。家族は置いていくつもりだったんだ。だが、やっぱり雪乃にばれて、一緒に行くと言ってくれた。もちろん弟たちも一緒にな。だが、彼らも学校に通っていて、友達もいる。外国に行くことは幼い子供にとっては大変だ。だから、準備が整ったら俺から説明をするつもりだったのに、あの糞おやじが別の国にいた母のところに行く手続きを勝手にしようとして、弟たちにもそれを告げたんだ。結果、弟たちはお兄ちゃんが僕らを置いていくつもりなんだと大泣きで、大変だった」


「それは、なんというか……」


「家族の愛し方が分からん人だったんだ。……俺もあの人と会う時、なんというか上司と部下と言おうか、そういう風にしか接することができなかった。正直、父親というものが今もよく分からん」


「……四人も子どもがいるじゃないですか」


 思いがけない言葉にリックは、思ったままを口にしてしまった。

 マヒロは、なんだか乾いたような笑いを小さくこぼして、グラスに口をつける。


「俺が父親として手本にしているのは、一路と海斗の父親だ。あと雪乃に聞きながら、そうふるまって、何とかやっているんだ。昔も今もな」


「……酔ってます?」


「まだ一杯目だぞ」


「らしくないことをいうものですから」


 いつも根拠があってもなくても自信に満ち溢れているのがマヒロなので、弱音ともとれるような発言に驚いたのだ。

 マヒロは脚を組みなおし、椅子に深く腰掛けて酒をあおる。一連のその動作がまるで芝居でも見ているかのように美しい。


「事実を述べただけだ」


 そういって肩を竦めたマヒロにリックが声をかけようとしたとき、ノックの音が二人の間に入り込んできた。

 リックは「はい」と応えて立ち上がり、ドアを開ける。

 そこにはここに案内してくれたボーイが立っていて、その後ろに紳士が一人いた。灰色の狐の耳に彼がオーブの支配人だと気づく。


「お連れ様が到着いたしました」


「ありがとうございます。……どうぞ、主が中でお待ちです」


 リックはドアを大きく開き、体をずらす。

 クルトが小さく会釈をして中へ入っていく。ボーイが「失礼しました」と一礼し、去って行き、リックもクルトの背を追うようにドアを閉めて中へと入る。


「神父様、この度はお時間を作って下さり、ありがとうございます」


「こちらこそ先日は息子が世話になった。どうぞ、座ってくれ。リック」


 はい、と返事しマヒロの下へ向かい、テーブルの上に用意されていた酒の準備をする。と言ってもグラスに酒を注ぐだけだ。丸く削られた氷がグラスの中にすでに入っていて、保冷魔道具によって冷やされていたグラスはキンキンに冷えている。

 クルトの前にグラスを置けば、真尋の向かいの椅子に腰かけたクルトが「ありがとうございます」と告げて、一口飲んだ。リックは、マヒロの背後へと下がる。


「……それで、俺が見つけた金髪の獣人族――カレンのことについて聞きたい、ということでいいのか」


 いきなり切り込んだ主に、しかしクルトはわずかに目を上げただけだった。


「…………はい。お話が早くて助かります」


 そういってクルトはまた目を伏せた。


「カレンは、どのような様子でございますか」


「大分、衰弱していて少々危なかったな。二週間と少し前に誘拐されて、廃宿の一室に他の娘たちとともに監禁されていた。だが……我が家の主治術師曰く、カレンの衰弱は誘拐と監禁によるものではないと。カレンのすぐ後に誘拐された娘が、自分が捕まった時にはもうすでにカレンは衰弱していたと言っていてな。おそらく首になったという前の職場で何かあって、精神的なものだろうと治癒術師は言っていた」


「…………」


 クルトは何も言わず耳を傾けている。


「なんでもカレンは、旦那の愛人になろうとして奥方の怒りを買い、首になったそうじゃないか」


 マヒロの言葉に彼の膝の上の手がきつく握りしめられた。


「それで屋敷を追い出されて、あんな治安の悪い地区のぼろいアパートに住む羽目になったと」


「…………神父様、本当はもうカレンにすべてを聞いていらっしゃるのでしょう」


 クルトが俯いたまま静かに告げる。


「カレンは、当家の馬鹿息子に襲われて、その馬鹿があのアホ女に嘘を言い、あのアホ女はカレンを追い出したのです」


 リックは思わず目を丸くする。マヒロもクルトが肯定するのはともかく、主人一家を馬鹿とかアホというとは思っていなかったのだろう。口に運んだグラスが一瞬、止まった。


「あのどうしようもない馬鹿息子がカレンを襲った時、旦那様は遠方に仕入れのために副支配人とともに出かけておりました。あのアホ女と馬鹿息子はそれを良い事にやりたい放題。そして愚かな支配人はまるで自分が主人かのようにふるまっていたそうです」


 クルトの手がグラスに伸び、やや乱暴な手つきで酒をあおった。

 顔を上げたクルトは、苛立ちを隠しきれぬ眼差しでマヒロを見据える。


「カレンはお母様に似て、とても可愛らしい娘で、前々から目を付けられていました。ですが、子どものころから面倒を見ていた使用人たちが彼女を守っていたのです。それがあの日、一瞬の隙を突かれてしまった。……アホ女は、旦那様がカレンを気にかけているのが気に食わず、もともと彼女にきつく当たっていました。だから、ここぞとばかりに馬鹿息子の言葉を信じ、カレンを早々に追い出したのです」


 はぁ、とクルトは溜息をこぼし、片手で額を覆った。


「カレンの借金をチャラにしたとかなんとか言っておりますが、カレンにもカレンの両親にももう借金はありません。ですが、ご両親が拠点にしているのは王都のさらに向こうで、戻って来るのに時間がかかるのです。長い旅路、ここへ戻るには護衛を雇い、準備を万全にするか、いっそ店を畳んで身軽になって来るしかありません。借金返済にすべてをかけていた夫妻は、今、娘を迎えにくるための準備に追われているのです」


「……そのことはカレンには?」


「旦那様は今年の冬までにはお戻りになる予定で、その時に伝えるはずでした。証拠のお手紙もあります」


 クルトは懐を漁り、数通の手紙を取り出した。

 それはカレンの両親からの手紙だ。借金を完済したこと、迎えは三年以内にはなんとかする、それまで娘を頼むというような内容だった。

 消印は王都よりはるか北西の地域のもので、日付も一年ほど前だ。この東の果てに帰って来るには、年単位の時間を有するだろう。


「カレンを探していた理由は」


 手紙を懐にしまいながらマヒロが問いかける。


「無事かどうかを、それだけを確認したかったのです。カレンが追い出された当初、神父様が一番、御存じかとは思いますが……水の月の騒動で、あの頃、ちょうどご若奥様が臨月を迎えられていて、得体のしれない騒ぎにとても敏感になっておられたのです。しかも当店とロークさんや事件現場になったクルィークは同じ通りにございますから、若奥様は寝込んでしまわれて」


「確かに……凄惨な事件だったからな。若奥様というのは、ブランレトゥの支店を任されている長男夫妻のということか」


「はい。お若いながらに旦那様からの才能を受け継がれた若旦那様と気立ての良い若奥様は、立派にお店を経営しておられます。とはいえ、心配なのが親心。若夫婦とお店を手助けするようにと私は旦那様に頼まれ、ブランレトゥに。ですが、騒動が落ち着いて、予定日を少々過ぎてしまいましたが、無事に坊ちゃまも誕生し、若奥様の床上げも済んだ頃、ようやくこの事態が明るみになったのです」


 ポチのおかげで感覚がくるってしまっているが、ブランレトゥとグラウも馬車で一日以上かかる距離にあるのだ。


「メイド頭がアホ女と愚かな支配人の目を盗んで、私に手紙をくれたのです。それで急ぎ、駆け付けますとカレンは姿を消していて、アホ女と馬鹿息子、愚かな支配人は店の金まで使い込み……」


 ここでまたクルトが酒をあおった。だが、あおりたくなる気持ちも分かるような気がした。


「しかしも馬鹿息子は行方知れず。あのアホ女が匿っているのでしょうが、旦那様がいないのを良い事に不遜な態度で現在もふてぶてしく当家に居座っております。というのもあのアホ女と馬鹿息子は私を脅しておりまして」


「クルトを?」


「はい。愚かな支配人はすでに私の采配で、捕まえて別宅に監禁しております。しかし、アホ女と馬鹿息子はあの男が仕入れに行っていて、私はその代理でこちらにいると勘違いしているのです。ですが、私がカレンに関することに気づいているのを知って、余計なことを旦那様に言ったらお前の家族を酷い目に合わせると。まあ、私の家族はお嬢様について行き、王都におりますので無理でしょうが、それも知らんのですよ、アホと馬鹿だから」


「なるほど。旦那様はいつ戻るんだ」


「収穫祭の終わるころには戻られると思います。カレンの件を手紙でお知らせしたところ、怒り狂っておりまして、早々に切り上げて戻ると連絡がありました」


「なるほど」


 マヒロが空になったグラスに酒を注ごうとするとクルトがボトルを手に取りマヒロのグラスに注ぎ、マヒロもクルトのグラスに酒を注いだ。


「馬鹿息子はどうするつもりだ?」


「勘当すると旦那様はおっしゃられております。奥様も家から追い出す、と。正直なところ、現在のグラウの騎士団は信用ができませんので、私的に制裁を与えると。もちろん暴力などは致しませんが、いわゆる、社会的に殺すというやつです。支配人と不倫して、その上、馬鹿息子までいるとあってはオーブにも打撃はありましょう。ですが、それでもあの女たちは社会的に死にます。私たちは同情でも何でも集めて、店を守ります」


 据わった目でクルトは淡々と告げるが、その口調が余計に彼や旦那様の怒りを表しているようだ。


「ふっ」


 マヒロがかすかに笑った。

 おや、とリックは瞬きを一つした。どうやらマヒロは、クルトを気に入ったようだ。


「……俺の息子、どうだった」


 突然の問いにクルトが少し驚いたような顔をした後、記憶をたどるような仕草を見せた後、口を開いた。


「あの大人しく気弱な姿は、演技だろうとお帰りになるころには思いました。本来の坊ちゃまは、冷静で理知的で勇敢な方かと。噂ではブランレトゥの貧民街で孤児たちを取りまとめているほどの人物だったと聞いております。貧民街の孤児はひねくれていてまとめるのは、一筋縄ではいかぬはずですから、その中心たる人物が大人しいわけがないと」


「確かにな」


 マヒロが面白そうに目を細めた。


「しかし、私は最初、本当に礼儀正しくも気弱な坊ちゃまだと思ったのです。……正直に申し上げますと、私は坊ちゃまを侮っておりました。あんな子どもを使いに寄越すなど、神父様は私共を侮っているのだと。ですが、侮っていたのは私どもほうでした。坊ちゃまの審美眼は、見事、この一言に尽きます」


 マヒロが懐を漁り、布張りの小箱を取り出し、蓋を開けてテーブルの上に置く。

 それは、サヴィラがオーブで買い付けてきたダイヤモンドだ。


「このダイヤも見事の一言に尽きる」


「光栄でございます」


 クルトが真っすぐにマヒロを見つめて告げる。その眼差しにはこのダイヤモンドという商品に対する絶対的な自信が見て取れた。


「うちの息子は非常に優秀だ。だが、宝石を見る目も確かだが、一番、優れているのは人を見る目だ」


 マヒロが人差し指と中指で自分の両目を指さし、それをクルトにも向けた。


「君も知っての通り、あの子は苦労してここまで生きてきた。大人に裏切られたあの子は、汚い大人を見抜く目に優れている。だが息子は、君を気に入っているようだった。大人の悪意や嘘に敏感なあの子が、クルトと話すのは面白かった。彼は優秀な人だと言った。それだけで、俺は君がつらつらと述べたカレンに関するあれこれを信じる気でいる」


 クルトが息を吞んだ。


「うちの息子の審美眼は、確かなんだ。宝石に対しても、人に対しても」


 はっと詰めた息が吐き出される。クルトは、どう答えていいか分からないようで、ただマヒロを見ていた。


「このダイヤは、妻に贈るものだ。彼女は俺の身の回りには一流のものしか置かないと決めているが、それは俺も同じ。彼女を飾るものは、一流かそれ以上でなければならない。これは、それにふさわしい。あの宝物を抱え込んで離さないドワーフ族と交渉し、得たというダイヤはこの輝きだけではない価値がある。それはドワーフ族に対して、君たちが誠実であったということだ」


 マヒロは煙草を取り出し、流れるように一本咥えて火をつけた。

 ふーっと吐き出された紫煙の向こうで、クルトはマヒロの言葉の真意を探っているようだった。


「このダイヤ、ネックレスに仕立ててほしい」


「そ、れは、当店の抱える職人に、ということでしょうか」


「ああ。もちろん、俺にもこうしたという想像がある。打ち合わせを重ねて、最終的に美しいものが、俺の妻にふさわしいものができると確信がある」


「もちろんでございます。職人たちは、本当に素晴らしい腕を持っております」


「ブランレトゥに帰ったらいくつか商品を見せてほしい。妻に贈るものは、いくつあってもいいからな」


「は、はい!」


 クルトの声が上ずった。


「さて、ここからは仕事、いや、取り引きの話だ」


 マヒロが指を差し出すとその上にどこからともなく小鳥が降り立った。クルトが目を丸くしている。


「もしや、そちらは神父様が開発したという小鳥型伝言魔道具、でしょうか」


「ああ。どうやら準備が整ったようだ」


 マヒロが小鳥の小さな頭を撫でると、小鳥は歌うようにしゃべり出す。


「『神父様、オーブの次男坊とそのお付き、捕まえました。いかがいたしますか? 現在、カレン嬢のアパートにて待機しております』」


 ピアースの声が告げた言葉にマヒロは頷き、クルトは拳を握りしめた。


「カレンのことを、思いのほか、俺の妻が気に入っていてな。うちでメイドとして雇いたい」


「それは……」


「だが、色々と悪い噂があるのは、我が家としてはよろしくない。カレンの名誉を回復させるために、君たちには真実をきちんと周囲に語ってほしい。だが、そうすればオーブの評判は、君が言っていた通り、傷つくだろう」


「覚悟の上でございます。……旦那様のご友人からお預かりしている大切な娘さんの名誉を傷つけてしまったのですから、我々が償うべき代償です」


「ああ。だが、俺は言った通り、君のところで妻への贈り物を買いたいと思っている。自分で言うのも難だが、ブランレトゥで俺の評判はなかなかのものだ。お優しい神父様、としてな。だから俺の名を使っていい。神父様御用達の、宝石商だと」


 クルトは言葉の意味が飲み込めないのか、なぜかリックを見た。だがしかし、リックとてマヒロの考えることは、分からないのだ。


「町で結婚指輪が流行っているのは?」


 マヒロが左手の薬指を見せる。


「もちろん存じ上げております。神父様が発祥だとも……ですが、まだつけている方の数が少ない上、神父様の周囲の、つまり宝石というものから普段、関わることのない方々が身に着けております故、我々は市場を展開できずにいるのが現状でございます」


「だろうな。この国では、宝石というものは大金持ちや貴族の娯楽だ。平民の間での流行に入り込もうにも、オーブという老舗の宝石商は敷居が高すぎる」


 きっぱりと言い切って、マヒロは煙草の灰をテーブルの上にあった灰皿に落とす。


「だが、俺はこれから上流階級にとって最高の広告塔を捕まえる予定でな」


「と、いいますと」


「領主だ」


 クルトが困惑に固まっている。


「光栄なことに領主様ご一家とは、家族ぐるみで仲良くさせて頂いている」


 とか言っているが、マヒロの奥様はこれから領主様を締め上げる気でいるのだから、リックはなんとも言えない気持ちだ。だが、領主様が全面的に悪いので、庇う気もないのだけれど。もっと早くに反省して動いていればよかったのだ。


「領主夫人のことは知っているか?」


「詳しいことはあまり。噂では病弱ですとか、その……あの、あまりお顔立ちがよろしくなく、それで人前に出てこないとか」


 つまるところ不細工という噂が立っているのだろう。リックたちもアマーリアと直接関わる前は、領主夫人はあまりお体が強くないのかな、と思っていた。

 姿絵はご成婚時に公開されていたが、正直なところ姿絵というのは絵なので、いくらでも誇張ができるのだ。絵の中でたおやかに微笑む白百合のような君が実際はポヴァンにそっくりだったというのはよくある話だ。


「領主夫人は、まあ、俺の妻には劣るが綺麗な人だぞ」


「は、はぁ」


 クルトが返答に困っている。安易に肯定しては、領主夫人に角が立つし、否定しては神父に睨まれるのだから仕方がない。


「妻が彼女とは親友になったらしくてな。口外はしないでほしいんだが、まあ、ありがちだが、ちょっと夫婦喧嘩をしていてな。仲直りの集大成には特別な指輪があると良いと思わないか」


「それは確かにそうでございますが……ですが、宝飾品で妻の機嫌を釣るというのは、宝石商である私の立場で言うのは憚られますが、その、時に魔獣の巣を踏み抜いてしまう事態に陥りかねないかと」


「それは身に染みて知っている」


 リックは思わずジト目になってマヒロを見てしまう。

 本日、潔く妻に土下座していた主だが、なにかと言い訳をしたがるので、誤魔化すためにネックレスなどを贈って、反省なしと判断されて余計に怒られたに違いなかった。(大正解でございます byミツル)


「領主様にはとても世話になっている。だから、神父ではなく、友人として間に入って仲直りをさせる予定ではあるんだ。その後、指輪などあればと思ってな。ジョシュアが身に着けるようになって、より庶民の間では広がっている。庶民にとってこれまで雲上のものだった指輪というものが身近になりつつあるんだ。宝石商として、ここに切り込まないのはもったいないだろう?」


「はい」


「ならば、ここで手を組まないか? お互いが差し出せるものは、分かっているだろう?」


「……神父様、私は一介の支配人であり執事でございます。すべてをここで決めるわけには参りません。旦那様はもう近くまで戻られているはず。手紙のやりとりもそこまで時間を必要とはしないでしょう。せめて三日、お時間を頂けませんか?」


 クルトが指を三本立てる。

 マヒロは短くなった煙草を灰皿に押し付け、グラスを手に取った。


「分かった。まあ、その間にこちらも大体のことは片づいているだろう。では、お互いの健闘を祈って」


 マヒロがグラスを差し出せば、クルトもグラスを構えた。

 カチン、とガラスとガラスがぶつかる音が軽やかに鳴った。



ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

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次回の更新は、27日(土)、28日(日) 19時を予定しております。


次のお話も楽しんで頂けますと、幸いです。

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