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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第二部 本編
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第六十二話 手本を見せる男


 ガチャリと音がして馬車のドアが開けられる。

 供として連れてきたヴァイパーが馬車を降りるのを見届け、真尋も立ち上がり、ジャケットの襟を正して馬車を下りる。一応、今日も頭の包帯と腕の三角巾は健在だ。

 騎士団のエントランスには、このグラウの支部のトップであるチェスター大隊長をはじめとした幹部たちがずらりと並んでいる。


「マヒロ神父殿、ご足労いただきまして、誠に……コ、コシュマール子爵事務官殿……!」


 後続の馬車から降りてきた男にチェスターが悲鳴のような声で彼を呼ぶ。

 今朝、庭の草を熱心にぶちぶちとむしっていたレベリオに事情を話して連れてきたのだ。レベリオは、最初、(妻との離縁の影響で)抜け殻のような顔で話を聞いていたが、だんだんと話を理解すると優秀な事務官の顔に戻った。

 なんでもっと早く教えてくれなかったのですか、と文句を言われたが、大事なカードは最後に取っておきたいのだと言いくるめた。

 真尋の手の内には、まだ騎士団のトップであるウィルフレッドとさらに上のジークフリートが残っている。ここらで、そろそろ先制攻撃をぶちかましていきたいので、レベリオを選んだのだ。


「形式だけの挨拶は不要だ。私もレベリオ殿も忙しいので、手短に済ませたい」


 淡々とした真尋の返事に出鼻をくじかれたらしいチェスターは青ざめた顔をより一層、青ざめさせながら頷いた。

 緊張に強張った顔の事務官に案内されて、何度目かの応接間へと入る。

 真尋とレベリオが並んで座れば、リックとヴァイパーは背後に控え、チェスターは向かいの席に腰を下ろした。


「……まず、所在不明の騎士たちは見つかったのか?」


 その問いかけに数拍の間を置いてチェスター、ではなく、その後ろにいた第二中隊中隊長であるジェイミー一級騎士が口を開く。


「所在不明の騎士の捜索は、私が指揮を執っており、第二中隊を中心に徹底的に捜索に当たっていますが、いまだ所在は分からず……。ですが、騎士カードはまだ彼らの生存を示しております。町の外へ出た形跡もなく、グラウ出身のものとブランレトゥ出身のものは家族への連絡も済ませておりますが、今のところ手掛かりは……」


「そうか。一刻も早く発見の報告を待っている」


 真尋の言葉にジェイミーが「はっ」と力強く返事をする。


「そういえば、チェスター大隊長殿、先日は私の我が儘を聞き入れてくれたこと、礼を言う。私もこの体でなかなか思う通りに動けず、あの日は少し別件の仕事があったものだから妻に任せてしまったのだが、快く、開示してくれて助かった。子どもたちに被害がないというだけでも私の心は軽くなった」


「はっ、い、いえ、はい。お、奥様は、お元気、ですか?」


「ああ。妻も『不躾なお願いを快く聞いてくださってありがとうございます』と言っていた」


「きょ、きょきょ、恐縮で、はい、ありがとうございます」


 今朝、着替えを取りに家に戻った際に雪乃が「ちょっと怒ってしまったの」と言っていたが、よほど、彼女が怖かったらしい。

 そうだ、彼女に勝てる人間なんてこの世にはいないのだ。真尋だって今朝、すべての痕跡を消したはずなのに「あら、あなた、お出かけになってから今日までに何本お煙草を消費したのかしら?」と笑顔で詰め寄られて、本当に怖かったのだ。どうしてバレたんだ。その上、リックが裏切りやがって(みみっちいことにこいつは全ての本数を数えていた)、本数を申告され、微笑んだままの雪乃の頭に角が生えたので(賢い子どもたちは逃げた)真尋は、タイミングよくやってきたレベリオとともにここへ来たのだ。

 事件解決まで家に帰らないでおこう。帰ったら潔く土下座しよう。


「私の都合で一週間という最初の約束は延期になってしまった。だが、それ以上の猶予を与えたのだから、納得のいく結果が出ているのだろう?」


 真尋の第一声にチェスターと彼の後ろに立つ中隊長たちの肩が跳ねた。

 真尋は無言で彼らが口を開くのを待つ。


「こ、こちらで聞き取り調査を行ったところ、大変お恥ずかしい限りですが騎士たちの素行の悪さを私共もようやく把握するに至りまして……」


 青い顔のままチェスターがリストを真尋の前に置く。


「げ、現在、三級以下の騎士を中心に改めて指導を徹底し、私的な時間での外出に制限を設け、監視を厳しくしてより一層、騎士としての立ち居振る舞いを徹底してまいります。また、被害に遭われた方々には見舞金とともに当該騎士は減給処分を決定いたしました」


「それで? 俺が療養を終えてブランレトゥに帰ったら、馬鹿な騎士たちの生活は元通りということか?」


 真尋が煙草を取り出して口に咥えて、火を付けながら問えばチェスターが言葉に詰まる。


「チェスター一級騎士」


 レベリオが静かに口を開く。


「組織とは一本の木のようなものです。……五級、四級と言った新人は芽吹いたばかりの若葉です。三級は大きく育った葉、二級は実った果実、一級は枝、正騎士は幹。そして、役職を持つものは根っこです。いいですか、この根っこが腐って居れば、愚かな若葉も真っ当な葉も果実も枝も幹も全てが枯れ果てるのですよ」


「正すべきが、本来はどこなのか……分かるな?」


 全員、アンデットみたいな顔色になったな、と思いながら紫煙を吐き出す。

 煙草の灰が落ちそうになると後ろから灰皿が差し出され、礼を言ってそこに灰を落とす。


「どうにも今回の事態がどれほどのことか分かっていないようですね、チェスター一級騎士。今回の件、あなた方には、それ相応の責任を取って頂くことになるでしょう」


 レベリオの言葉にチェスターたちが「はい」とかの鳴くような声で返事をした。

 もちろん素行の悪い騎士は正すべきであるが、それを管理できなかったのは上が無能だったから。そこを正さなければ、どれほどの策を尽くしても、また同じことの繰り返しになるのは火を見るよりも明らかだ。


「……ところで」


 真尋がそう口火を切ると部屋に緊張が走る。


「グラウでは、何か大きな事件は起きているか?」


 その問いにチェスターは悩む仕草を見せ、後ろの中隊長たちは顔を見合わせた。

 前回、似たような問いをリックに投げられ、馬鹿な回答をしてしまった自覚のあるチェスターは答えに窮しているようだった。


「例えば、若い女性が連続して失踪しているとか」


「そ、捜索願には若い女性もおりますが、聞き取り調査の上、こちらでは事件性なしと判断しております」


 チェスターが答える。


「そうか、それならいい。捜索願を見て、少し不審な点があったんだが、私の……思い過ごし、だっただけだな」


 ふーっと紫煙を吐き出して、小さく笑った。その瞬間、チェスターたちの表情が凍り付く。


「では、神父様のお体に障ってはいけませんから、我々はここで」


 そんな彼らを一瞥したレベリオがそう告げて立ち上がり、真尋もそれに続く。


「見送りは結構」


 そう告げて、座ったままのチェスター、立ち尽くす中隊長たちを残して応接間を後にする。

 ヴァイパーが隣に並び、灰皿を差し出してきたので煙草をそこに捨てれば、ヴァイパーが下がってリックと並んだ。


「レベリオ殿、どう思う?」


「レベリオで構いませんよ。……どうといわれても、頭が痛いとしか」


 二人とも表情は変えずに、小声で話しながら騎士団の中を進んで行く。

 部外者である真尋と違って、ウィルフレッドの事務官であるレベリオにしてみれば、確かに頭が痛い話でしかないな、と肩を竦める。

 エントランスを出れば、キアランの隊の騎士が御者席に座る馬車が二台、待っていてくれた。ヴァイパーが片方に乗り込み、真尋とレベリオがもう一台のほうに乗り込む。レベリオは、捜査に加わりたいというので、事件現場である倉庫に一緒に行くのだ。ヴァイパーはこのまま家に帰る。


「にしても、良いフットマンを見つけて来ましたね」


 馬車が走り出すとレベリオが言った。


「まず見た目がいいので、そばに置いて様になりますし、彼は気が利きますね」


「アゼルの親族で、海斗と一路に見つけてきてもらったんだが、園田も気に入っているようだし、雪乃も重宝しているので有難い限りだ。子守も得意だしな」


「それは何より……しかし、神父様、どうしてもっと早くこの件について教えてくださらなかったのですか」


「レベリオが庭で草をむしっているのを邪魔してはと思ってな」


「神父様! 私は真面目にお話を……!」


「重要なカードは最後にとっておきたかったんだ」


 真尋の言い草に「それにしたって!」とレベリオは、ぷりぷりと怒っている。

 真尋とて、騎士として優秀だと聞いているレベリオに声をかけるか迷ったのだが、ちらっと見に行った際に、第二小隊の騎士の子どもたちに見守られながら亡霊のように草をむしっていたので、そっとしておこうとリックと一緒に結論付けたのだ。


「その倉庫のほうは、カロリーナ小隊長が?」


「ああ。……何分、昨夜、踏み込んだ際にうちのタマが男を殴ってしまってな。元の顔が分からなくなるくらい顔がぐしゃぐしゃになってしまって、緊急手術になって、その男の(惨状)を見た犯罪者共も軒並み気絶してしまってな。起きても混乱が激しくて、事情聴取どころではないし、ああいうものに耐性のない一路は卒倒して使い物にならなくなってしまった」


「待ってください、タマ殿が殴ったんですか? 生身の人間を? あの小さな体でそこまでの惨状なんですか?」


「魔力を込めることで腕の短さなんかを補ったらしくて、殴られた顔の部分だけ男は俺と同じ魔獣型魔力循環不順症を発症していてな。だが、タマがその魔力を引っぺがすことでなんとかなったらしい。ポチの時もそうすればよかったが……あれはタマだからできたのか、ポチにはできないのかの判断が難しいところだ」


「は、はぁ……」


 なんとも間抜けな返事が返ってきた。


「ともかく、手術は成功したんだ。俺も途中から手伝ったし、例の変装ペンダントで男の顔は再現できたしな」


「なるほど。では今は、事情聴取の真っ最中ですか」


「ああ。おそらくな……しかし、まあ、いるだろうな。騎士団の中に内通者が」


「……ええ、間違いないでしょう。せっかく、ブランレトゥの騎士団を綺麗にしたのに、今度はこちらですか……」


 はぁ、と重い溜息がこぼされた。


「今回、綺麗にしてから帰ればいいさ」


 そうして事件の概要を話していると馬車が止まる。

 レベリオが「おや」と首を傾げた。真尋も、倉庫に向かったにしては早いな、と首を傾げる。

 ガチャリとドアが開いて、なぜか園田が立っていた。よく見ればそこは我が家の玄関ポーチだった。


「おい、なんで家に?」


「あなた、お話が途中でしたでしょ?」


 園田が体を横へとずらすと玄関ドアの前に微笑む雪乃が立っていた。

 その瞬間、真尋は御者席に座っているリックが雪乃と結託していることに気づいた。


「し、神父様……」


 雪乃の怒気を感じ取ったらしいレベリオが怯えた様子で馬車の奥へ下がった。どうしてこの敏感さがナルキーサスには発動しないのか、と何度目ともつかぬことを想いながら、真尋はジャケットを脱いで、座席に放る。

 こうなったら真尋とて覚悟を決めるほかない。


「レベリオ、よく見ておけ。これが神にも教えた手本だ」


そして腕まくりをしてネクタイを緩めながら馬車を降りる。


「雪乃」


「はい」


 微笑む雪乃を前に真尋はすっと足を引き、そして、迷わず膝と手を玄関ポーチについた。

 俗にいう――土下座である。


「すまなかった……!!」







 リックと母の連携によって、家に連れてこられた父は、馬車から降りると玄関に立つ母に向かって潔く土下座を決めた。

 お手本のように美しい土下座だ、とサヴィラはマチをあやしながらリビングの窓からその姿を見ていた。隣にはマサキをあやすジョンもいる。

 幸いなことにミアとシルヴィアは、二階でアマーリアとお裁縫にいそしんでいる。


「……ユキノお姉ちゃん、強いね」


「そうだね……にしても、父様、土下座慣れしてない?? 絶対に毎回、ああやって謝ってんだろうね」


「さすが、サヴィ。大正解」


 後ろから聞こえた声に振り返れば、イチロがいた。

 イチロが少し窓を開ければ、外の声が聞こえてくる。


「あなた、私、お煙草はほどほどにといったはずだけれど? 聞こえていなかったのかしら? キース先生に診てもらわないと」


「いや、それは、その、ちゃんと聞こえていた」


「あらあら、ならおかしいわねぇ。どうしてお約束が守れないのかしらねぇ」


「……す、すまなかった」


「私、あなたには健康でいてほしいのに」


「はい」


「なのに、私のお願いがきけないのかしら、この旦那様は」


 母の声はいつも通りおっとりしたままなのに、絶対に逆らってはいけない何かを感じる。父は顔を上げることもせず、ひたすらに謝り続けている。

 そして、庭先の馬車の中にいたナルキーサスがいつの間にか出てきて、土下座するマヒロを指さして大笑いしている。馬車の中で仮眠をとっていたクロードも起きてきていたが、彼は必死に口元を押さえて背を向けていたが、その背が小刻みに揺れている。二人とも父の友達らしい姿だ。

 あの神父様が土下座しているという事態にヴァイパーや騎士たちは少し動揺しているようだった。


「カイトが、母様だけは怒らせちゃいけないって言ってた意味が分かった気がする」


「そうだよ、サヴィ。僕ら兄弟は真尋君は怒らせても雪ちゃんだけは怒らせないって誓ってるんだ」


 イチロがしみじみと頷いた。


「全く、どこのどなたが私の旦那様にお煙草なんてものを教えたのかしら」


「それはちょっと俺も誰かは……処罰された騎士の中にいるとは思う」


 後で聞いた話だが、エドワードたちを救出に向かった際、ひとりで敵対勢力の騎士たちを伸した際になかなか戻ってこないリックに暇を持て余したため、伸した騎士が持っていた煙草を吸って、煙草をたしなむようになったらしい。


「あなたには、何人、お子さんがいらっしゃるのかしら?」


「四人だ」


「そうねぇ、その上、下の子たちはまだ乳児よ? それであなた、あんなにお煙草を嗜んで、いつまで健康でいられるのかしら? 副流煙ってご存じ?」


「だから、それはその、吐き出すときに魔力を混ぜてクリーンをかけて、同時にクリーンを俺の肺の中にまでかけてだな、健康被害は最小限に」


「はい?」


「すみません」


 見事なまでに才能の無駄遣いだよなぁ、とサヴィラはあきれ返る。


「父様ってさ、すごく頭いいけど、馬鹿だよね」


「そうだね、真尋君は引くほど頭いいけど、馬鹿だね」


 サヴィラの言葉にイチロが深く頷いた。


「マチとマサキの教育に悪いから、窓閉めよう」


 そう声をかけてサヴィラは窓を閉めて、ソファへ移動する。いつの間にか寝ていた双子をゆりかごに並んで寝かせる。


「そういえば、イチロ、いつ帰ってきたの?」


 サヴィラは昨夜、地下室の件の後、リックに送ってもらって帰ってきたのだ。ユキノに「頑張ったんだからゆっくり寝なさいね」と言われて、昼食の少し前まで眠っていた。


「朝方ね……ちょっと昨夜、あまりにもなものを見ちゃって、どうしてもティナの顔が見たくて……」


 心なしか遠い目をしながらイチロがソファに腰かける。

 それと同時にティナが紅茶のワゴンを押しながらやってきた。


「イチロさん、まだ寝ていなくて大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。あ、ミルクティー」


「ふふっ、うんと甘くしておきましたよ」


 そう微笑んで、イチロはティナが差し出したカップを受け取り嬉しそうにカップに口を付けた。


「ジョンとサヴィラはどうしますか? ミルクティー飲みますか?」


「うん!」


「俺は砂糖は入れないでほしいな」


 ティナは、手際よくカップに別のポットからミルクティーを注いでくれた。ジョンは自分で好きな分だけ砂糖を入れ、サヴィラはそのまま飲む。ミルクの甘さだけで十分に美味しい。イチロのためのミルクティーは、普通の人が飲むには甘すぎる。


「あれ? そういえば、キース先生、馬車にいたけど、カレンの傍には誰がいるの?」


「マリーさんとリラさんがいますよ。先ほど、一緒にいらしたんです」


 サヴィラの疑問にティナが答えてくれた。


「カレンさん、具合はどう?」


 イチロが心配そうに尋ねる。


「私もこちらに戻ったばかりで詳しくは」


「カレンだったら順調に回復してるよ。ジュースを飲めるようになって、母様とミツルがあれこれ工夫してる」


「そう。ならよかったよ。助け出したときは、本当に弱っていて心配だったんだ」


 イチロがその顔に安堵を浮かべた。


「それにしても人さらいだなんて物騒ですねぇ」


 ティナが眉を下げる。するとすかさずイチロがカップを置いて、ティナの手を握りしめた。


「ここにはロビンもブランカもいないから、ティナも絶対に一人で出歩いちゃだめだよ? 出かけるときは、みっちゃんかヴァイパーさんを連れて行くんだよ?」


「出かける用事はないですから。それにイチロさんがお仕事に集中できないと困りますから、お家でおとなしくしていますよ」


 ティナが頬を赤らめながらものんびりと答える。イチロは、その答えに満足したのか、にこにこしながら「うん、そうしてね」と頷いた。

 そして、左手をティナと手をつないだまま、クッキーに右手を伸ばす。


「雪ちゃんのお説教が終わったら僕もあっちに戻らなきゃ」


 ちなみにナルキーサスがこちらにいるのは、カレンと第二小隊の宿にいる被害者女性たちとあの庭先の馬車の中にいる件の顔が可哀そうなことになった男と地下牢にいた衰弱した騎士の面倒をみるためで、実は父が帰って来る少し前にこちらに戻ってきていた。あの可哀そうな男は、あれでなんとか一命をとりとめたらしい。重傷なのでナルキーサス一人では手が回らないため、ポチが帰り次第、可哀想な男はブランレトゥの治療院に移送し、ついでに治癒術師や薬師の応援も要請すると言っていた。


「ねえ、イチロ、まだ説教は時間かかるかな?」


「だろうね。僕の経験から言って、あと一時間は堅いね」


「じゃあ、その間に、サンドウィッチでも作っちゃおうかな。今日の差し入れの分なんだ」


「いつもありがとう。美味しいって評判だよ」


「今日は母様のじゃないけどね」


 立ち上がり、ゆりかごから真咲を抱き上げれば、ジョンが真咲を抱き上げた。キッチンにも隅にゆりかごを設置したのだ。

 四人でぞろぞろと移動する。玄関から父が性懲りもなく言い訳をするのが聞こえた。母には通用しないのだろうから、やめればいいのにとあきれながらキッチンへ向かう。


「あれ、ミツルだ」


 中へ入るとミツルとヴァイパーがサンドウィッチの仕度をしていた。


「坊ちゃま、どうされました?」


「サンドウィッチ、作ろうと思って。父様たちのとこにいたんじゃないの?」


「お説教は雪乃様で十分でございますから。私たちはこちらの作業をと」


「なるほど。俺たちも手伝うよ。ミツルがいるなら、夕飯の仕込みも済ませちゃおう。今夜はグラタンだって」


「かしこまりました」


 双子をキッチンの片隅のゆりかごに置いて、サヴィラたちは手を洗い、それぞれ仕度をする。イチロは休んでいれば、と声をかけたが「気が紛れるから」と作業を始めた。だがティナとイチャイチャしながらやっているので、確かに気は紛れるのかもしれない。

 サヴィラは、さてさて、と髪を縛りなおして、手を洗い、気合を入れて、サンドウィッチづくりに挑むのだった。






「あ、お説教終わったの?」


 雪乃とともにリビングに入れば、サヴィラが真智に、ジョンが真咲にミルクをあげていた。


「サヴィラは、お父様のような約束を守れない健康に留意しない人間になってはだめよ?」


 にっこりと微笑んだ雪乃にサヴィラとなぜか隣のジョンまでこくこくと頷いた。真尋は顔をしかめながら、ちょうど、ミルクを飲み終えた真咲をジョンからもらう。

 縦抱きにしてげっぷをうながすために背中をとんとんする。


「ミアは?」


「上でアマーリア様とお裁縫してるよ。うん、よく飲んだね、よっと」


 サヴィラが哺乳瓶を置いて、慣れた手つきで真智を縦抱きにして肩に頭を乗せて背中をとんとんする。どっちが先に出るかな、と思いながら撫でていると、げぷぅ、と立派な音が先に真智から聞こえて、少しして、けふっと控えめな音も真尋の肩口から聞こえた。

 腕の中に抱きなおすと真咲は「あー」と声を上げる。可愛い、と額に口づけを落とす。


「あなた、サンドウィッチを仕度するから、持って行ってね」


「いつもありがとう。美味しいと皆が喜んでいる」


「ふふっ、よかったわ」


「母様、それならさっきみんなで作っておいたよ。今、みっちゃんたちがスープを支度してくれてる」


「あら、本当? ありがとう」


 腰を上げかけた雪乃がソファに腰を下ろしたので、真尋もその隣りに座る。


「そうだわ、じゃあ、あなたに先にお願いしておこうかしら」


「ん?」


 真咲を片腕に抱いて、もう片方の手でほっぺをふにふにしていた真尋は顔を上げる。


「カレン、うちで雇っていいかしら?」


「……理由は」


「長年、メイドさんとして働いていたようだから経験者なのがいいでしょう? 読み書きも簡単な計算もできるみたいだし、それに何よりあなたを襲わないし」


「…………」


 真尋はなんと返事をしようかと、真咲の頬をぷにぷにしながら思考を巡らせる。


「あ、あの! 神父様!」


「お話し中、失礼いたします!」


 振り返れば、開けっ放しだったリビングのドアのところにマリーとリラが立っていた。


「あ、あの、あの、私たちもメイドとして雇って頂けませんか?」


 リラが胸の前で両手を握りしめながら言った。


「まあ」


 雪乃がぱちぱちと瞬きをする。


「わ、私はナニーとして働いていたので、子守が得意ですし、家事も得意です!」


「私も家事は得意ですし、それに加えて針子として働いていたのでそちらでもお力になれます!」


「まあまあ、どうしたの、二人とも。カレンは?」


「キース先生が様子を見に来てくださって、神父様が戻っていらしたと聞いて、ご挨拶をと」


「そうしたらお二人がカレンの雇用のお話をしていたので……!」


 二人は緊張した面持ちでちらちらと真尋を見ている。

 真尋が逃げるように視線を外して上の息子を見れば、サヴィラは「ちゃんと考えな」と犬でも追い払うかのように手を振った。


「急に、言われてもな」


「ブランレトゥにお戻りになるまででもいいので、考えて頂けませんか?」


 マリーがおずおずと真尋を伺う。


「……君たちは、すでに職があるだろう? なぜ、我が家なんだ」


「あ、あの、それは……」


 突然、顔を赤らめた二人に真尋は眉を寄せる。


「ゆ、ユキノ様のおそばに、いたくて……!」


「私もです……! 不純と言われればそれまでなのですが、ユキノ様に憧れて!」


 予想だにしなかった志望理由に真尋はあっけにとられる。隣で雪乃も「まあ」と驚きに小さく声をもらした。


「ユキノ様は、私たちにとても優しく寄り添ってくださって、それに同い年とは思えないほど落ち着いて品のある方です」


「あの時、私たちがユキノ様の言葉に、声に、どれほど救われたか皆さんにお伝え出来たらいいのですが……」


 マリーとリラが言いつのる。


「だが、君たちにはこちらに家族があるだろう。家族には相談したのか?」


「いえ、まだ神父様にまずはお話して、雇う余地があるかどうか判断して頂かないことには、家族の説得は無理です」


「今回の事件でとても心配をかけてしまいましたし、でも、もし雇って頂けるとあれば、ブランレトゥ一安全と謳われている神父様のお屋敷ならむしろどの職場よりも安全ですから許してくれるはずです!」


「まあ、それは、確かに安全だが……」


 真尋自身が趣味で守護魔法をあれこれ仕掛けているし、何よりテディとポチとタマとロボ一家とAランク冒険者が二人も住んで、騎士が出入りする屋敷だ。安全なのは間違いない。

 しかし、さらわれてしまうような美しい年ごろの娘を持つ親たちが、遠方であるブランレトゥでの住み込みを許すかどうかは真尋には分からない。ミアが将来そんなことを言い出したら身も世もなく泣いて止めるし、ミアをさらう奴がいたら問答無用で塵芥にする。


「ねえ、あなた。こんなのはどう? 今もなんだかんだ忙しいし、二人に見習いメイドさんとして働いてもらいましょう。それをミツルさんと私で審査して、合格点が出ればまずは第一関門突破です。その次は、ご家族ときちんと話し合いましょう。今回の件でとてつもない心配をかけてしまったのだから、そこはきちんとしなければいけないわ」


 雪乃の言葉に二人はしかと頷く。


「それでご家族も説得出来たら第二関門突破。最終判断は、これらの条件を鑑みたうえで、あなた決めてちょうだい。……あなたの若い女性を警戒する気持ちも分かっているわ。だから、どうしても無理だったら言ってちょうだいね」


 最後、真尋にだけ聞こえるように雪乃が小声で言った。

 彼女のこういうところに真尋は一切、頭が上がらなくなるのである。


「……分かった。では今夜中に園田と君で話し合って、明日から君たちの試用期間とする。学べることはよく学び、分からない時は質問をためらわず、失敗をおそれることなく頑張ってくれ。……だが、その前に、体調は大丈夫なのか? それに男も」


 そういえば彼女たちもカレン同様、救出されたばかりなのを思い出して問いかける。


「ミツルさんやヴァイパーさんは平気ですし、この家の方や騎士様はお優しいですから」


「それに体調も万全です!」


「分かった。だが、一応、ナルキーサスに相談の上、彼女の許可ももらってくれ。彼女は我が家の主治術師なのでな」


 はい、とマリーとリラが揃って頷いた。

 正直なところあまり乗り気ではないが、事実、我が家は人手不足だ。このままではプリシラやクレアだけでなく、園田やヴァイパー、何より雪乃への負担が大きくなってしまうのだ。


「園田に話をしてくる」


 真尋は立ち上がり雪乃に真咲を預けてリビングを後にする。

 だが、リビングを出て後ろ手にドアを閉めたところで、園田と行き会う。彼の手にはトレーがあり、その上に取っ手付きのグラスが乗せられていた。氷の浮かぶ柔らかな黄色のそれは、おそらくリンゴを絞ったものだろう。


「カレンのところか」


「はい。一緒に行かれますか? おそらく大丈夫ですよ」


「では、頼む。少し聞きたいこともあるんだ」


 そう告げて歩き出した園田の背を追いかけるように真尋も歩き出す。


「お話は聞いておりましたよ」


 階段を降りながら園田が言った。


「お二方とも真面目な女性です。もちろん出会って日が浅いですから、それが全てではないでしょうが……雪乃様への忠誠心は本物でしょう。私と同じ匂いがします!」


「……それは雇用に難が出るな」


「えっ」


 ドアの前で固まった園田を無視して、ドアをノックすると「どうぞ」とナルキーサスの声がした。


「ジュースだ」


 園田の手からトレーを奪い、中へ入りナルキーサスに渡す。

 ベッドの上で体を起こしていたカレンは、まだげっそりとやつれてはいるが、初めて会った時に比べれば、随分と顔色はよくなっていた。ただ真尋の登場に驚きに固まっているが。


「君、説教は終わったのか」


 にやにやしながら問いかけてくるナルキーサスに顔をしかめつつ、無視してカレンに向き直る。


「カレン、少しだけ話をしても?」


「は、はい、大丈夫、です」


「少しだけだぞ」


 主治術師の言葉に「ああ」と頷く。


「では手短に。金の話になってしまうのだが……」


「あ、あの、お金は、その、い、いずれ必ずお支払いを……!」


 布団をぎゅうと握りしめてカレンが顔を青ざめさせた。ぎろりとナルキーサスに睨まれて真尋は「違う」と素早く否定する。


「君にかかる費用は、きっちり騎士団に支払わせるので気にしなくていいと妻にも言われているだろう? 本当にそこは気にしなくていいんだ」


「そ、そうですが、でも……」


「いいか、今回、騎士団の馬鹿どもの被害にあった者には見舞金が出される予定だ。それは被害者である君には、遠慮なく受け取る権利があるんだ。むしろ、慰謝料吹っ掛けてむしり取れ。うちにはよく口の回る男がいるからな。交渉事はあいつに任せておけば、相場の五倍はむしり取ってくるはずだ」


 脳裏に金髪のブラコンを思い浮かべて真尋は言い切った。


「ははっ、それはいいな。私の労働についてもカイトに交渉してもらおう」


 ナルキーサスがケタケタ笑う横でカレンは目を白黒させている。


「俺が聞きたいのは、君が前の職場を辞去する時に、退職金をもらったかどうか。勤めて長いのだろう?」


「い、いえ……両親の借金を帳消しにしてくださったので、そういったものは」


 カレンが隣に置かれていた人形をきゅうと抱き寄せる。確か、両親からの最後の贈り物だったか。


「ご両親は健在なのか」


「正直なところは分かりません……。でも、旦那様がここ数年は毎月、安定して返済がされている、と」


「ふむ、そうか。では、君は紹介状をもらったか?」


 ふるふるとカレンは首を横に振った。


「なるほど。これで最後だが、君が辞める時、旦那様と直接話をしたのか?」


 カレンは戸惑いながらも首を横に振った。


「お、奥様がお怒りで……それにあの時、旦那様は遠方に副支配人と一緒に買い付けにいっていて、グラウ本店を任されているブルーノ支配人が旦那様と連絡をとりあってくださったんです。それで旦那様が借金の帳消しをしてくださったそうで、それと今回の不始末を商業ギルドには報告しないと約束をして……もらったのですが」


「……ギルドへの報告はなくても、噂が一人歩きしているという状態だな」


 カレンが俯いたまま、こくり、と頷く。

 ナルキーサスが「気にすることはない」とカレンの肩をさする。


「よし、これで必要なものは揃った。カレン、君の退職金と紹介状は必ず俺が巻き上げ……ごほん、回収してくるので君はゆっくり養生するように。ついでに君の名誉もきっちり回復させてくる」


「へ?」


 ん、と横に手を出せば、どうぞ、と園田がメモを差し出してくる。今までのカレンとの会話を書き留めてくれていたものだ。


「君はうちで働くと妻が決めたんだ。よく休んで、しっかり元気になるように。頑張り屋の君にティーンクトゥス神からの祝福の風が吹きますように」


 ロザリオを取り出して祈れば、室内でもふわりと優しい風が吹いて、カレンの髪を揺らした。

 驚きに固まるカレンに小さく笑みをこぼして真尋は「頼むぞ」とだけ告げて、カレンの部屋を後にする。


「園田、いずれ向こうが接触を図ってくる。その時は報せろ。すぐに戻る」


「かしこまりました。……それとおそらく明日、領主様がお戻りになられるはずですが……」


「それはまず雪乃に任せる」


「かしこまりました」


 リビングに顔を出すと雪乃がミアを膝にのせてマフラーを編んでいた。


「雪乃、また出かけてくる。今夜も戻れないと思うが、家と子どもたちのことは頼んだ」


「ええ。気を付けていってらしてね……お煙草もね?」


 にっこり笑った雪乃に目をそらしながら頷く。するとミアがとことこっとやってきて、パパ、と手を伸ばしたので抱き上げる。


「パパ、お仕事がんばってね、さみしいけど、ママといいこでまってるね」


 いじらしい娘をぎゅうと抱きしめる。


「ああ。ミアも真智と真咲を頼んだぞ」


「うん!」


 にこっと笑った娘の頬にキスをして降ろす。


「サヴィラも雪乃とミアと双子を頼んだぞ。ジョンもな。頼りにしているぞ」


「父様も気を付けてね。行ってらっしゃい」


「お兄ちゃん、行ってらっしゃい! あ、イチロくんはもうお外で待ってるよ」


「ああ。行ってくる。ありがとう、ジョン」


 家族に手を振り、真尋はリビングを後にする。

 玄関で園田に最終確認をして玄関を出ようとしたところで、雪乃が追いかけてきた。


「真尋さん、忘れものよ」


「なん、」


 ネクタイが引っ張られて、背伸びをした雪乃にちゅっと唇をふさがれた。

 抱きしめて捕まえようとすると、するりと逃げられる。


「ふふっ、行ってらっしゃい」


「……行ってくる」


 弾んでしまいそうな足取りをどうにか抑えながら、真尋はネクタイを直しながら馬車へと乗り込んだのだった。



ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

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真尋さんの土下座シーン書きたくて、書きたくてたまらなかったので、

ようやく書けて嬉しいです(`・ω・´)b!!


次のお話も楽しんで頂けますと、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私もキース先生と一緒に大笑いしたい気分になりましたwwww 今までこの世界の皆から、最強最高な人物と思われたマヒロの潔い土下座!!! さらにはちゃんと、自らキスというアメをあげるユキノは本…
[一言] 久しぶりに感想を書かせて頂きます。 手本を見せる男 のタイトルに何かと思えばw 土下座の手本ですかw ブフォ!と笑わせて頂きましたww いやぁ素晴しいお手本ですね これはジークの時も見…
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