第五十九話 告げる女
「……良い品だ。申し分ない」
真尋はルシアンが差し出した小さな布張りの箱の中身を確認し、そう告げた。
「サヴィラの目利きはさすがだろう?」
「は、はい。私とピアースには、最初に出されたものがダイヤモンドかどうかは全く分からず」
「坊ちゃんは、見事に偽物だと言い当てて、支配人が次に本物を出してきて、その中から選んだものです」
ルシアンの言葉を引きつぐようにピアースが言った。
真尋は、そうか、と頷いて蓋を閉じてアイテムボックスにダイヤモンドをしまった。正直なところ、あまり期待はしていなかったのだが、堀だしものがあったのは幸運だ。ただ、不思議なことにこれを運んできてくれたルシアンとピアースはなぜかがちがちに緊張していたが。(いきなり二千万のダイヤモンドを運ばされたら、一般人は緊張しますよ。 byリック)
「私たちは、この後はどうすれば……」
「とりあえず動きっぱなしだろう。仮眠を取れ」
「分かりました。ありがとうございます」
ルシアンとピアースが頭を下げて、出て行く。
廃宿であるがゆえに部屋は山のようにあるため、上の部屋を軽く掃除をして仮眠室にしているのだ。先ほど、文句を言いながら戻ってきた一路も上で仮眠をとっているし、真尋たちも応援部隊が到着するまでの間は、仮眠をとっていた。
時刻はすでに昼を過ぎた。昼ご飯は、雪乃が大量のサンドウィッチを作ってくれたらしく、タマが運んできてくれたが、届け物を終えるとさっさと戻っていった。
一路と入れ違いで起きてきて、今は捜索願を出されている女性たちの家族や友人に聞き込みをしに行っていた騎士たちがぞろぞろ戻ってきているので、彼らに食事と休憩をとるように言いつけつつ、持ち込まれた情報を精査しているところだ。
「皆、一人になった瞬間を狙われているな」
どの女性たちも仕事からの帰り道にひとりになった後やひとりで買い物へ行ったのを最後に消息を絶っている。
そして、彼女たちの家族や友人、恋人、職場の人間は、皆、口をそろえて「失踪する理由がない」と言っているのだ。
もちろん、個人の心の内は分からない。誰にも言えない悩みを抱えていた可能性だって否定はできない。だが、あまりにも条件がそろい過ぎているのだ。
「女性たちは、皆、さらわれたのでしょうか?」
リックが真尋の目の前に紅茶を置きながら言った。
「その線は濃厚だな。……まあ、今日の夕暮れには分かるだろう」
応援も到着し、第二小隊の二十六名が自由に動けるようになった。第二小隊は真尋が直接稽古をつけてやっているだけはあって、それなりの戦力として期待もできる。真尋とカロリーナを筆頭に二手に分かれて、二つのアジトを占拠するつもりだ。
「マヒロさん、眠る前に一応、隊の編成を考えておきましたので、確認をお願いします」
リックが差し出す紙を受け取り、目を通す。
それぞれ隊長はマヒロとカロリーナで、個人の能力を加味したうえで割り振られている。
「カロリーナ小隊長のほうにはイチロさんを。ジェンヌは貴重な女性騎士で、被害者保護に必須の人材なので、我々の隊に」
「ああ、そうだな。それに一路は治癒魔法が使えるから、万が一、怪我人が出た時も考えてか?」
「いえ、小隊長が何かを燃やしてしまったときに、強力な水属性の使い手が必要で……」
言われてもう一度見直すと、カロリーナの隊には水属性の使い手が多く割り振られていた。逆に火の属性と(破壊という意味では)相性が良すぎる風属性の使い手はすべて真尋の隊にいる。
「……よく、燃やすのか?」
真尋の問いにリックは、曖昧に笑って返事を濁した。だが、それが何よりの答えになっているような気がした。
「できれば、今回の件はジークが戻ってくるまでにけりを付けたい。あいつが戻ってきて、奥さんと仲直りし次第、ブランレトゥに帰るのでな」
「そうなんですか? もう少しいるものかと」
「子どもたちが収穫祭を楽しみにしているからな。明日には始まるのだろう」
「はい。明日から二週間、ブランレトゥもグラウもお祭り騒ぎですよ」
「ならばなおのこと、さっさとけりをつけないとな。前に教えただろう? 大きな騒ぎが起きている裏で、悪事はもみ消されるのだと」
真尋の言葉にリックが表情を引き締める。
「攫った女性陣をどこで売りさばく気かは知らんが、被害者たちの関係者が大勢いるグラウ内ではやらんだろう。人の出入りが激しくなる祭りの開催中にどこかへ連れ出し、安全な場所で売ると考えられる」
「以前に、人身売買をしていた組織をブランレトゥで摘発したことがありましたが、被害者は軒並み、他領や他国から攫われてきた方々ばかりでした」
「やつらは元の縄張りを追われてきて、騎士団が不安定なグラウに付け込んだ。それを手土産に本来の目的地へ向かうつもりだろう。それがブランレトゥか、別のところかは分からん。まだ準備の段階で、最終的には領都であるブランレトゥを拠点にするのかもしれんしな……グラウは準備を整えるには最適の場所だ」
煙草を取り出して、一本咥えて火をつける。
「だが、最適の場所であったはずのグラウに俺がいた。あいつらの最大の誤算で、最高の不幸だ」
ふーっと吐き出した紫煙は揺蕩い消えて行く。
「それは……確かに」
煙の向こうで、リックは静かに微笑んで、可笑しそうに先を続ける。
「グラウの騎士と呼ぶのも恥ずかしい連中が相手であれば誰に気づかれることもなく逃げられたでしょうが、我々が相手では分が悪い」
おや、と真尋は心の内で驚きをこぼす。
真尋が知る中で、最も騎士であることに誇りを持つ青年は、今回の件に大分お怒りのようだ。平静を取り繕っているようだが、腸は煮えくり返っているといったところか。
「明日は、騎士団に挨拶に行かねばならんから、手土産の一つ二つ持って行かないとな」
「きっとチェスター大隊長がお喜びになるでしょうね」
にっこりと笑うリックに彼が作成した編成表を返す。
「編成はこれで構わん。見張りはどちらにもつけてある。お前も休めるときには体を休めておくように」
「分かりました。一応、カロリーナ小隊長にもこれをお見せして確認をして頂いてきます。先ほど起きられて、食事をしていたので」
「ああ」
真尋が頷くとリックは一礼し、もともと食堂だったらしい地下に作った簡易的な食堂へと行った。
その背を見送りながら真尋は紫煙を吐き出し、ふっと笑った。
「カレン、気分はどう?」
「昨日より、大分いいです」
雪乃の問いにカレンが応える。
ベッドの足元に並んで腰かけるマリーとリラもほっとしたように微笑んでいる。
一夜明けて、カレンの熱も微熱にまで下がった。食欲も少し戻ったようで、昼にはパン粥を少し食べることができた。それに果物のジュースをよく飲んでくれるので、昨日に比べれば顔色もいい。
マリーとリラは、昼過ぎに護衛を伴いやってきた。第二小隊が人さらい事件の捜査に当たっているので、キアランという騎士が小隊長を務める別の隊が護衛で派遣されてきたのだ。彼らは昨夜、ティナと一緒にポチの運ぶ馬車に乗ってやってきた。
「でも、本当によかったわ。昨日の貴女は、死んじゃいそうで心配だったの」
「そうよ。もう、心配かけて」
マリーが眉を下げ、リラが形ばかり怒った顔をする。カレンは「ごめんね、ありがとう」と困ったように笑みをこぼした。
「その子が、カレンの言ってた、あの子?」
リラがカレンの傍らに置かれた人形を指さす。
「うん。……両親から、最後にもらった贈り物なの」
カレンが人形を両手でそっと包み込む。
「ご両親からの最後の贈り物って言うのは……」
雪乃の問いにカレンは寂しそうに目を伏せた。
「私、小さいころはとても裕福な家庭で育ったんですよ。……でも両親が事業に失敗しちゃって莫大な借金を背負うことになったんです。それで遠縁だったオーブの旦那様が借金を肩代わりしてくださって、私はオーブで足りない分を働いて返すことになったんです。両親も残りの返済と事業を立て直すために旅に出ました。……私が六歳の時でした」
六歳というとミアと同じ年だ。
それまで裕福な家庭で両親に愛されて、何不自由なく育った小さな女の子が、突然、その日常を失って働くことになる。それはどれほど寂しく、恐ろしく、大変だっただろうか。
「オーブでの暮らしは、辛いこともあったけれど、旦那様や坊ちゃまやお嬢様も使用人仲間も優しかったですし、楽しかった思い出もたくさんあります」
「なら、どうしてやめたの? あ、借金の返済が終わったとか?」
マリーの問いにカレンは首を横に振った。そして、ためらいがちに口を開く。
「……に、二番目の、坊ちゃまを殴ってしまって」
雪乃たちは思わず顔を見合わせる。
まだ短い付き合いとはいえ、カレンが誰かを簡単に殴るようには思えない。何かのっぴきならない事情がったのだろうと容易に想像がつく。
「どうしてか聞いても?」
雪乃の問いかけにカレンは顔を伏せ、お人形のミミを抱き寄せる。
「夜に、呼び、だされ、て」
それだけで雪乃たちは、カレンがどんな目に遭ったのかを悟り、思わず人形を握る手を両手で包み込んだ。マリーが立ち上がり、ベッドの反対側へ回ってカレンの隣に腰かける。
「私、おどろいて……必死に抵抗して、その時、坊ちゃまを殴ってしまって、それで」
「嫌な聞き方かもしれないけれど、未遂? それとも……」
雪乃の問いにカレンが首を横に振る。
「私の悲鳴に気づいた、使用人仲間が助けに来てくれて、未遂で、大丈夫、です。でも、それが、奥様にばれて……奥様は、坊ちゃまの言葉を信じて、私がたぶらかしたんだとお怒りで……旦那様が、借金を清算してやる代わりに出て行け、と……っ」
震える声にたまらなくなって、雪乃はカレンを抱きしめた。マリーが泣きそうな顔でカレンの背をさすり、リラがカレンの手を雪乃の代わりに握りしめる。
「……頑張ったのね、カレン」
骨の浮く体を力一杯抱きしめる。
カレンがやせ細っていたのは、きっと襲われたショックが精神に大打撃を与えていたからなのかもしれない。
「力が、つよくて、ぜんぜん、うごかなくて……いっしょうけんめい、あばれて、なぐられて、でも、ほんとうに……こ、こわかった、です」
「もう大丈夫よ。何も怖いものなんてないわ」
びくり、とカレンの体が一瞬強張って、ふるふると震え出した。同時に涙の匂いが鼻先を撫でた。マリーが雪乃ごとカレンを抱きしめ、リラが泣きながら「もう大丈夫だからね」と声をかけて、カレンの頭を撫でる。
「ふっ、うっ、ふぇえ……、こ、こわかった、こわかったよぉ……っ!」
わんわんと泣き出したカレンを雪乃はぎゅうぎゅと抱きしめる。
ドアの前にあったいつの間にか帰ってきたらしい息子と執事の足音が遠のいていく。
彼らの優しい心配りに感謝しながら、雪乃たちは、カレンが落ち着くまで彼女に寄り添い続けた。
「落ち着いた?」
ヴァイパーに淹れてもらったリンゴの香りがする紅茶を飲みながら、カレンがこくんと頷く。
「ここにいれば、怖いことは一つもないわ。でも、そうね……その坊ちゃんには痛い目を見てもらいましょうね」
雪乃の言葉にマリーとリラが、うんうんと力強く頷いた。
「で、でも……オーブはグラウでも顔が利いて、貴族様ともつながりが……」
「あら、大丈夫よ。私の夫に私以上に怖いものなんてないもの。ちゃーんと痛い目見せてあげるわ」
「さすが、ユキノ様!」
「格好いい……!」
マリーとリラがうっとりとしてつぶやく。
雪乃は、ありがとう、と微笑んで、カレンに向き直る。カレンは、それでもやっぱり少し不安そうに雪乃を見つめていた。
「カレン、今は何にも考えず、ゆっくりと休みなさい。何をするにしてもまずは、元気にならないとね。ほら、横になって」
雪乃が促すとカレンは素直にベッドに横になる。
布団をかけてやり、目にかかりそうな髪を指でそっとはらう。
「それに貴女の行く当ても考えてあるのよ。もちろん、ちゃんとした職場で、これまでのメイドとしての経験を活かせるようなところなの。だから、なーんにも不安がる必要なんてないのよ」
頬を撫でて、柔らかに微笑みかけるとカレンは、ようやく表情を緩めた。
とんとんとミアにするようにお腹を叩いてやれば、まだまだ本調子には程遠いカレンは、あっという間に眠りについてしまった。
カレンの泣いて赤くなっている目じりに濡らしたハンカチを当てる。
「マリー、リラ、二人でカレンについていてくれるかしら? そろそろうちの子のミルクの時間なの」
「もちろんです」
二人がそろって頷いた。
雪乃はお礼を言って立ち上がる。リラと場所を交代して、出口へ向かう。
「あの、ユキノ様、カレンの職場っていうのは……」
リラに呼び止められて足を止め、振り返る。
「ああ、うちよ」
「ユキノ様のところ、ですか?」
「ええ。ここは別宅みたいなものだから、そんなに大きくもないし、住んでいる人も少ないでしょう? でもブランレトゥの本宅には、もっと大勢住んでいるのよ。これまでは、真尋さんの友人ご夫妻の奥さんと庭師のご夫妻の奥さんが家を取り仕切ってくれていたのだけれど、友人の奥さんがおめでたで、足りない人手がより足りなくなってしまったのよ。今は赤ちゃんやお母さんの体調を一番大事にすべきだし、無理はさせられないでしょう? でも正式な使用人が執事の充さんとフットマンのヴァイパーさんしかいなくて」
どう考えても人手不足だ。ミアにだってわかるくらいの人手不足である。
充もこれまでは、真尋と雪乃、双子の四人分の暮らしを支えてくれていた。彼の能力は素晴らしく、おかげで快適な生活を送ることができていた。だが、今はその人数が倍どころではない。どう考えても使用人が少なすぎる。
「そこで、夫がメイドさんを探していてね。夫は昔、色々あって若い女性が苦手なのだけれど、カレンなら夫に惚れて悪さをすることもないだろうし、これまでメイドさんとして働いていたならぴったりだと思って。それに住み込みになるから住む場所の問題も解決するでしょう? 本当は、あと二、三人欲しいのだけれどね」
雪乃は苦笑交じりに告げる。
真尋にとって例の家政婦夜這い事件は、本人が自覚しているよりもずっとかなりのトラウマになっているのだ。
だが、そうは言っても家を回していくには人手が必要だ。とくに双子が乳飲み子になってしまった以上、雪乃は双子とミアとサヴィラを優先してあげたいし、そうなれば人に任せられるとことは、人に任せないと家事が滞ってしまう。
「とはいえまだ私が個人的に思っていることだから、一応、夫や執事である充さんに確認してからになるけれどね」
あれで情に厚い人なので、カレンの境遇を知れば、了承してくれるだろう。
「メイドになるための条件ってあるんですか?」
今度はマリーが尋ねてくる。
雪乃は頬に手を当て、上を見上げながら「そうねぇ」とつぶやく。真尋が言っていた条件を思い出す。
「条件としては、文字の読み書きと計算が最低限出来て、性別問わず夫と私に惚れて悪さをしない人よ。もちろん、子どもたちにもね」
「あ、憧れは?」
「憧れてもらえるのは嬉しいわねぇ。憧れは忠誠にも繋がるし、行きすぎなければいいと思うけれど」
うふふっと笑って返すとマリーとリラが顔を見合わせ、ほっと胸を撫でおろす。
雪乃の脳裏に真尋への憧れを拗らせすぎて、身内には(頭の)病気を患っていると言われる執事の顔が一瞬浮かんだが、あれは特殊な例だとすぐに打ち消す。
ふと、雪乃の兎の耳が、双子の泣き声を拾う。どうやらタイムリミットだ。
「ごめんなさい、子どもたちが泣き出したわ。行ってくるわね」
「はい、引き留めてしまってすみません」
「いいのよ。何かあったら、呼んでね」
そう声をかけて、雪乃は今度こそ、双子の下へとカレンの部屋を後にしたのだった。
「ここに変装用ペンダントが三つある。対象の髪を入れれば、変装できるという代物だ」
真尋が掲げた三つのペンダントに騎士たちが「おー」「あれが噂の」とささやき合う。
これはウィルフレッドに貸していたものを、海斗に引き取ってきてもらい、預かったティナが一路に渡してくれたのだ。それを真尋が受け取ったわけである。
「作戦としては、ここのアジトが騎士にばれそうになったため、二つのアジトにそれぞれ移送する。それでもぐりこんで、壊滅させるという単純なやり口だ。だが、大事なのは、一路がここを制圧した時のように、周囲や他者に悟られないよう静かに遂行する必要がある。やつらは下っ端の下っ端。本陣を叩くには、やつらを残しておかなければ、たどり着かない。摘発されたと知れれば、黒幕はさっさと逃げるだろうからな。本格的な巣を持たない分、逃げることにためらいはないだろう」
騎士たちが神妙な顔で頷く。
「今回は、マリー、リラ、カレンという被害者たちに変装する。彼女たちに協力を仰ぎ、一本ずつ、髪も提供してもらい、すでに仕込んである。だがこの作戦を遂行するに当たって、非常に初歩的で、改善のしようがない問題がある」
真尋は居並ぶ騎士たちを見回す。
「お前たちが全員、でかすぎるということだ」
真尋の姿が見えるように全員、座ってもらっているが立ち上がると全員、真尋と同じくらいかそれ以上ある。
「……うちには、小柄なのがいなくて……」
カロリーナが申し訳なさそうに言った。
そう、第二小隊には基本的に小柄な騎士がいないのだ。ならばと望みをかけた家と宿を護衛してくれているキアランの隊にも小柄な騎士はいなかった。
この変装用ペンダントは、ある程度の身長や体格の差は誤魔化すことができるが、被害者女性三人と彼らはあまりにも違い過ぎるのだ。そう考えるとカロリーナをアマーリアに変装させようとしていたのは、無茶以外のなにものでもなかった。生死をさまようほどの大けがをしていたので、判断力が鈍っていたのかもしれない。
やはり騎士は知性なども問われるが、小柄であるより大柄なほうが犯人を確保するに当たって、必要な条件になるのだろう。アゼルのような小柄な騎士は、実際のところ女性騎士より少ない。
「そこでまず一人目は、マリー役は一路だ」
「こればっかりはしょうがないよね、変装で女装じゃないし……」
一路が隣で何かをぶつぶつ言っている。
一路は身長がマリーとほぼ同じなのでマリーの分を渡す。
「ついで二人目、リラ役はナルキーサス。今はいないが、リックが迎えに行っている」
ナルキーサスも女性にしては身長が高いほうだが、彼女は騎士のような筋肉を有していないので、誤魔化せる範囲だ。
彼女には、三人のなかで一番背の高いリラの変装を担ってもらう。それにナルキーサスも半分は妖精族なので、人族や獣人族が演じるよりは向いているだろうし、何かあっても、彼女は魔導士として優秀なのもありがたい。
「問題はカレンだ」
「彼女、細いですしね」
ジェンヌが言った。彼女は、第二小隊の中で最も背が低いのだが、百七十五センチはある。
「カレンの身長は、キースからの情報によれば百五十センチ。三人の中で一番、小さくて細っこいんだ」
しんと辺りが静まり返る。
「いっそ、カレンはデカい女ってことでいきませんか? でかくて鍛えられた女です」
ジェンヌが真顔で手を挙げながら言った。
「そんな女、誘拐したいか?」
「……俺だったらしないです。小柄なほうが持ち運びやすいし……ジェンヌとかカロリーナ小隊長は襲い掛かっても投げ飛ばされそうだし、小隊長に至っては鎖を引きちぎりそうだし」
ガストンが言った。周りが、だよな、と頷き合うが、二人に睨まれて懸命にも押し黙る。
個人の好みなら、大きかろうが小さかろうが、マッチョだろうが骨だろうが肥満だろうが何でも構わないが、今回は「誘拐して商品として売る」という目的がやつらにはあるのだ。
この場合の商品は、どう考えても肉体労働ではない。愛玩するための存在だ。マリーもリラもカレンも美人で華奢だ。それこそ分かりやすいほどに基準を達成している。
「今回の難しい点は、華奢であること、そして、ある程度、自分の身を守れる能力を有しているということだ。なにせ、犯罪者の巣窟に踏み込むわけだからな」
騎士たちは、うんともすんとも言わない。
規格外と揶揄される真尋でさえ育った身長だけは、縮めることはできないからだ。
「だが、一人だけ、カレンを演じられる人間がいた」
部屋の中にざわめきが走る。
だが、先を続けるより早く、入り口のほうから声が聞こえてきた。リックが戻ってきたようだ。皆の視線が出入り口に向けられる。
「やあ、マヒロ。君のご使命とあれば応えなければな」
愉しそうにナルキーサスがやってくる。
「ナルキーサス先生、この度はよろしくお願いいたします」
カロリーナが頭を下げると部下たちもそれに倣う。
「いいんだいいんだ。私は、マヒロに恩を売れるだけ売りたいだけだからな。いざとなったら全部、凍らせてしまえばいいし」
「類は友を呼んでるよね」
はっはっはと高笑いをするナルキーサスを見ながら一路が言った。
どういう意味かと問いただしたいが、真尋もできる限りジークフリートに恩を売れる限り売ろうとしているので口をつぐんだ。
「それで、神父殿、カレン役の方は誰なんです?」
ガストンの問いかけに真尋は入口へと顔を向けた。
「俺だよ」
ひょっこりと顔を出したのは、真尋の愛息子・サヴィラだ。
「え、ええ!?」
「坊ちゃん!!」
騎士たちがなぜかあわあわしだす。
「サヴィ、ここにいるってことは雪乃の許可は下りたんだな?」
「当たり前でしょ。渋ってたけど、俺からもお願いしたし、母様からの条件も吞んだもん」
サヴィラが隣にやって来る。
「そうか、なら頼むぞ」
「うん、足を引っ張らないように頑張る」
少し緊張した面持ちで頷く息子の頭をぽんぽんと撫でる。
「ま、待ってください! 神父殿! サヴィラ坊ちゃんがまさかのカレン役だなんて!」
「無茶です! いや、お強いのは知っておりますが! 子どもですよ!?」
カロリーナたちが声を上げる。
全員、ハラハラした顔をしているのが面白いな、と思ってしまった横で、サヴィラが口を開いた。
「あの、俺が自分で申し出たんだ」
皆が一斉にだまり、サヴィラに視線を向ける。
「キース先生に話が来て、カレン役に困っているって……それで、俺が立候補したんだ」
「でも、坊ちゃん、昼間の宝石商とは話が違うんですよ」
ルシアンが心配そうに言った。
「うん。分かってるよ……でも、売られる恐怖って、本当に、すごく、目の前が真っ暗になるほど、怖いんだ」
わずかに震えた声に真尋は、その背に手を添える。
「俺も、乳母に売られたから……運ばれている間、逃げ出すことばかり考えてた。だって、容姿が優れているって理由で売られる先で、何されるかなんて、想像にたやすいもん。きっと被害者は、もう家族や友人、恋人に会えないことに嘆きながら、その先の、自分に待ち受ける恐怖に押しつぶされそうになってる。だから、早く助けてあげてほしいんだ。……皆ならできるでしょ?」
サヴィラの伺うような視線に真っ先に応えたのは、カロリーナだった。
「もちろんです、坊ちゃん。必ずや被害者を全員、救出してみせます。そして、組織を壊滅させてみせます」
カロリーナの言葉に騎士たちが一斉に頷いた。
その様子にサヴィラが、ほっとしたように表情を緩める。とんとんと背中を撫でれば、顔を上げたサヴィラと目が合った。紫紺色の瞳がくすぐったそうに細められて、真尋も小さく笑みを返す。
「坊ちゃんのことは、我々が必ず護りますので」
ガストンの言葉にサヴィラがけろりと返す。
「あ、それは大丈夫。母様からの条件で、タマ、連れてきてるから」
サヴィラがジャケットの胸ポケットを撫でるように叩くとひょっこりとラスリサイズのタマが顔を出した。
「きゅいきゅーい!」
「ほー、そこまで小さくなれるのか」
真尋がのぞき込むとタマは出てきて、いつものサイズになってサヴィラの頭の上に着地した。そして、きゅいきゅい、と心なしか誇らしげに鳴いた。
「それにいざとなったら俺も全部、凍らせていいんでしょ?」
「味方以外な。凍らせたってすぐには死なん。最終的に生きていればいいんだ。タマもだぞ。殺すのだけはだめだ」
「きゅーい」
短い手を挙げてタマが返事をした。賢いな、と指先で頭を撫でてやれば、嬉しそうに擦り付けてくる。
最初は、雪乃を取り合うことになると思ったが、タマはそれなりに真尋にも懐いてくれている。
「さっきまで儚げな陰のある美少年だったのにな……」
「言ってることがどっかの魔導士先生と同じじゃん」
「ドラゴン連れて人さらいの討伐行くの、きっと俺たちが王国始まって以来初めてですよ」
「本の中の伝説の勇者だってドラゴンは連れてねえよ。むしろ、討伐しに行くんだもん」
「ほら、ごちゃごちゃ言っていないで、さっさと仕度しろ」
なんだか騎士たちがぼそぼそ言い合っている。パンパンと手を叩いて促せば、それでも気合を入れ直して、立ち上がる。
やはり立ち上がると圧が強い。
「リック、変装の調子を確かめてやってくれ」
「分かりました。行きましょう」
リックの声かけに一路とナルキーサス、サヴィラがついていく。
「第二小隊は、それぞれの班に分かれて、彼らが戻り次第、作戦の最終確認をする。それまでは各自、武器などの確認を」
「はっ!」
カロリーナと真尋の下に騎士たちが分かれる。
「俺たちは、サヴィラの扮するカレンを連れて行く」
真尋の説明に騎士たちが真剣に耳を傾ける。
「お前たちにはクロードの仕事が完了し次第、マントを返却する。マントには紙で渡した隠蔽魔法系の術式紋と同じようなものが刻まれていて、魔力をわずかに流すだけで発動する。紙よりは長い時間の効果が期待できるはずだ。俺とリックがここで捕まえた誘拐犯どもを誘導して、中に入るので、合図を出したら踏み込んでくれ。ガストン、最後尾は君に任せる。君が最後に入り、ドアを閉めてくれ」
「はい」
「あとは、変装組の仕度が整ってから、より詳細な話をしよう。……ああ、そうだ、キース。君も隠蔽魔法が使えるんだったな」
「君以外には見破られん自身があるぞー」
パーテーションの向こうから返事が聞こえた。
「なら、リックに説明してもらって、自分と一路にかけてくれ。マントは騎士の分しかないし、それ以外にまで刻ませるのはクロードが大変だからな」
「了解。にしてもこの変装ペンダントはすごいな。アンデットの髪、はやく狩りに行きたいな」
「本当にな」
「父様、俺も行きたい」
「ねえ、なんつーもんを狩りに行こうとしてんの???」
一路の言葉になぜか目の前で騎士たちが頷いている。
「ジョシュアとレイに依頼したんだが『忙しいから無理、自分で行け』って言われてな。今度、俺とキースとアルトゥロ殿とクロードで行くんだ。サヴィもテディを連れてくるなら来ていいぞ。雪乃にお弁当、作ってもらおうな」
「やった!」
「ねえ、サヴィ、そこで君は喜んじゃだめじゃない?? どうしてピクニック感覚でアンデット狩りに行こうとしてんの??」
そう言いながら、美少女たちが出てくる。
おお、と騎士たちが感嘆の声を上げた。
「ふむ、三人ともばっちりだ」
一路もナルキーサスもサヴィラも完ぺきに、それぞれの女性に変装できている。
ナルキーサスが両脇の一路とサヴィラを見て「こうして触るとさすがにイチロもサヴィラも固いが、まあ、バレんだろ」と彼らの腕をつかんで言った。小柄とはいえ、二人も男なので触り心地は柔らかくない。
紛らわしいので真尋が確認を終えると三人はとりあえずペンダントを外した。服装は変化しないので、三人とも彼女たちが着ていたようなスカートとブラウスとボディスだが似合っている。
「一路とキースは、小隊長のほうだ。サヴィはこっちだ」
はーい、と軽い返事をして二人はカロリーナの下へ行き、息子が真尋の隣にやってくる。
「スカートって初めて履いたけど、すーすーするね」
「そうなのか? さすがに俺も履いたことはないからな……だが、着物……俺たちの国の民族衣装は男も女も帯や袖の作りが違うだけで似たようなもんだから、あれと一緒かもな」
「キモノ? いつも一路が来てるチュニックとは違うの?」
「ふむ、雪乃か園田が持っているだろうから、今度見せてやろう。さて、最終確認をするぞ」
真尋の一声にほのぼのしていた空気が一気に引き締まる。
彼らの真剣な表情に一つ頷いて、作戦の最終調整へと入るのだった。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
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